2026年3月13日
働く熱意は何を生み出すのか:エンゲージメントがもたらす好循環

ワーク・エンゲージメントという言葉は、働く人の意欲や組織への貢献度合いを示す指標として、多くの企業がその向上に関心を寄せています。しかし、このエンゲージメントは、どこか漠然としていて、掴みどころがないように感じる人もいるかもしれません。従来からある「従業員満足度」と何が違うのでしょうか。満足していれば、それで十分ではないのでしょうか。
エンゲージメントが高い状態とは、仕事に対してポジティブで充実した心理状態にあり、自身の仕事に誇りを持ち、熱心に取り組んでいる姿を指します。それは、仕事から活力を得ていきいきとし、仕事に没頭している状態です。労働条件や環境に「満足している」という評価とは異なり、仕事への能動的で持続的な関わりが、その本質にあります。
働く人の内側から湧き出るようなエネルギーは、一体どのような成果につながっていくのでしょうか。個人の生産性が上がるといった話にとどまらず、もっと広く、深く、組織の隅々にまで、その恩恵は及ぶのかもしれません。例えば、職場の安全性や、顧客との関係性、あるいは日々の売上にまで、エンゲージメントは関わっているのでしょうか。本コラムでは、エンゲージメントがもたらす多様な成果について、そのメカニズムを紐解いていきます。
エンゲージメントは満足感と異なり、仕事の成果と結びつく
働く人の状態を考えるとき、「仕事に満足しているか」という問いは、古くから問われ続けてきました。給与や職場環境、人間関係などに不満がなく、心地よく働けている状態は、確かに望ましいものです。しかし、その「満足」が、直接的に高い成果を生み出すとは限らないことも、多くの人が経験的に知っているのではないでしょうか。居心地の良さだけでは、人は仕事に深く没頭し、持てる力を最大限に発揮しようとするところまでは至らないのかもしれません。ここに、エンゲージメントという概念を区別して考える意義があります。
過去に行われた多くの研究結果を統計的な手法で統合し、大きな視点から結論を導き出す分析があります。その分析の一つに、エンゲージメントが「職務満足」や、組織への愛着を意味する「組織コミットメント」といった、よく似た概念とどう違うのか、仕事の成果とどのように関連するのかを包括的に検証したものがあります[1]。
この分析では、1990年以降に発表された91の研究データが集められました。そこでのエンゲージメントの定義は、仕事の条件への評価ではなく、「仕事の課題を遂行することへの心理的な結びつきであり、個人の身体的・情動的・認知的なエネルギーを同時に、そして全体的に投じている状態」という、より動的なものに設定されました。
分析の結果、まず明らかになったのは、エンゲージメントが職務満足や組織コミットメントと関連性を持ちながらも、統計的に区別できる独立した概念であることでした。エンゲージメントは「仕事への自己投資」という動機づけの状態を指します。一方で、職務満足は「職務の条件に対する評価」、組織コミットメントは「所属する組織への情緒的な愛着や一体感」を指しており、それぞれ性質が異なります。熱意を持って仕事に取り組むことと、会社が好きであること、給与に満足していることは、それぞれ別の心の動きです。
仕事の成果との関連に目を向けると、エンゲージメントの独自性がより鮮明になります。エンゲージメントが高い人ほど、職務記述書に定められた業務をしっかりとこなす「タスクパフォーマンス」のレベルが高いことがわかりました。
それだけではありません。データ入力の補助や新人の手助けといった、定められた業務ではないものの、組織の円滑な運営に貢献する自発的な行動、いわゆる「コンテキストパフォーマンス」も高いレベルで行われていました。仕事への熱意は、決められた範囲の業務だけでなく、その周辺にある協調的な行動にも表れるようです。
この分析でとりわけ注目されるのは、エンゲージメントが持つ「上乗せ」の説明力です。職務満足度や組織コミットメントといった従来の指標を考慮に入れた上で、さらにエンゲージメントという指標を加えると、仕事の成果を予測する精度が格段に上がることがわかりました。これは、満足感や愛着心だけでは捉えきれない、働く人のパフォーマンスの源泉を、エンゲージメントが捉えていることを物語っています。
エンゲージメントは職場の安全な行動を促進させる
先ほどは、エンゲージメントが仕事のパフォーマンスと結びついていることを見てきました。働く人の熱意は、定められた業務の質を高め、さらには自発的な貢献行動にもつながります。この内なるエネルギーがもたらすものは、生産性や効率性といった側面だけなのでしょうか。ここでは視点を変えて、働く人の「安全」という、組織にとって不可欠なテーマとエンゲージメントの関わりを探っていきます。一見すると、熱意と安全性は直接結びつかないように思えるかもしれません。しかし、ここにもまたつながりが存在します。
職場の環境を理解するための一つの考え方に、様々な仕事を「仕事の負担」と「仕事の資源」という二つの側面から捉える枠組みがあります。前者は、リスクや身体的なきつさ、精神的な負荷など、人の心身のエネルギーを消耗させる要素です。後者は、自律性や同僚からの支援、上司の指導、安全に関する知識など、目標達成を助け、個人の成長を促し、負担による消耗を和らげる要素を指します。
この枠組みによれば、人の心理状態は二つの異なるプロセスを経て形成されるとされます。一つは、過剰な「仕事の負担」がエネルギーを枯渇させ、燃え尽き(バーンアウト)を引き起こす「健康障害プロセス」。もう一つは、豊富な「仕事の資源」が意欲や熱意(エンゲージメント)を育む「動機づけプロセス」です。
この考え方に基づき、職場の労働条件が、働く人の心理状態を介して、最終的に安全に関する行動や労働災害といった結果にどう結びつくのかを検証した分析があります[2]。この分析では、203の独立した研究データ(合計18万人以上)が統合され、包括的な検証が行われました。
分析結果は、この二つのプロセスが職場の安全を考える上でともに機能していることを明らかにしました。「健康障害プロセス」については、予測された通り、職場にリスクや危険が多かったり、身体的な要求が高かったりする「仕事の負担」が大きいほど、働く人は燃え尽きに陥りやすいことがわかりました。燃え尽きてしまった人は、事故やケガに遭いやすいという関連も見られました。心身のエネルギーが消耗しきった状態では、安全に必要な注意を払うことが難しくなるのかもしれません。
一方で、「動機づけプロセス」に目を向けると、エンゲージメントの側面が見えてきます。自律的に仕事を進められたり、知識を得る機会があったり、上司や同僚からの支援が感じられたりといった「仕事の資源」が豊富であるほど、働く人のエンゲージメントは高まることが確認されました。エンゲージメントが高い人は、安全規則を遵守し、不安全な行動が少ないという関連が認められました。仕事への熱意や没頭が、定められた手順を丁寧に守り、安全を確保しようとする行動につながっているようです。
この分析では、どの要素がとりわけ安全と強く関連しているかも調べられました。「仕事の負担」の中では、職場に存在する物理的な「リスクとハザード」が、働く人の心理状態と安全の結果の両方に一貫して大きな関連を持っていました。また、「仕事の資源」の中では、上司や同僚からの支援、組織全体で安全が奨励される雰囲気といった「支援的な環境」が、エンゲージメントを高め、安全性を向上させる上でひときわ大きな役割を果たしていました。
エンゲージメントはサービス風土を高め、顧客満足につながる
これまで、エンゲージメントが組織の内部で完結する成果、すなわち個人のパフォーマンスや職場の安全性と結びつくことを見てきました。働く人の内なる熱意が、組織内部の活動の質を高めることは理解できます。しかし、その熱意は、組織という境界を越えて、外部の顧客にまで届くものなのでしょうか。ここでは、舞台をサービス業に移し、従業員のエンゲージメントが顧客の心にどのように波及していくのか、そのプロセスを探求します。
サービス業において、顧客に質の高い体験を提供し、再び訪れたいと思ってもらうことは、事業の根幹をなすものです。その鍵を握るのが、現場で顧客と直接接する従業員であることは言うまでもありません。従業員の心の状態が、提供されるサービスの質を左右し、ひいては顧客の満足度に結びつくであろうことは、直感的にも理解しやすいでしょう。
この従業員の内面から顧客の満足へと至るプロセスを、実際のデータで検証した調査があります[3]。スペインのホテルとレストランを対象に行われたこの調査は、従業員と顧客の双方からデータを集めるという特徴的な手法をとっています。
従業員側には、仕事で活用できる資源(トレーニング、自律性、テクノロジーなど)、自身のエンゲージメントの状態、職場に「良いサービスを提供することが奨励されている」と感じる度合い(サービス風土)について尋ねました。一方、その職場でサービスを受けた顧客には、従業員のパフォーマンスがどうであったか、再びこの店を利用したり、他者に勧めたりしたいと思うか(顧客ロイヤルティ)を評価してもらいました。
分析から浮かび上がってきたのは「価値の連鎖」でした。組織から提供されるトレーニングや自律性といった「組織資源」は、直接的に「サービス風土」を高めるわけではありませんでした。これらの資源は、まず従業員一人ひとりの「エンゲージメント」を高めるというステップを踏むのです。十分な研修を受け、裁量を持って仕事に取り組める環境が、働く人の仕事への熱意や没頭を引き出します。
こうして高まった従業員のエンゲージメントが、職場全体の「サービス風土」を醸成していました。個々人が仕事に誇りと熱意を持って取り組むことで、「私たちの職場は、質の高いサービスを提供することを大切にしている」という共有された認識、要するに良い雰囲気が生まれるのです。
この質の高いサービス風土が、顧客の目に映る「従業員のパフォーマンス」へと結びつきます。共感的な態度や、優れたサービス行動は、そうした職場の雰囲気の中から自然と生まれてくるのでしょう。顧客によって高く評価されたパフォーマンスが、最終的な「顧客ロイヤルティ」につながっていました。質の高いサービスを受けた顧客は、再びその場所を訪れたい、誰かに勧めたいと感じます。
仕事の資源はエンゲージメントを高め、その日の売上につながる
先ほどは、従業員のエンゲージメントが、職場の雰囲気という媒介を経て、顧客満足という比較的長期的な成果に結びつくプロセスを見ました。働く人の熱意は、時間をかけて組織文化を醸成し、顧客との良好な関係を築いていくようです。もっと短期的な、それこそ日々の業績との関係はどうなっているのでしょうか。エンゲージメントは、その日一日の仕事の成果にも具体的に表れるものなのか。ここでは、時間の解像度をぐっと上げ、「一日」という単位で、エンゲージメントのダイナミクスを追っていきます。
私たちの気分や意欲が日によって変動するように、エンゲージメントもまた、日々変化するものです。ある日は活力に満ちて仕事に没頭できても、別の日にはそうでもないといった経験は誰にでもあるでしょう。このような日々のエンゲージメントの波は、何によって引き起こされ、そしてどのような短期的な結果に結びつくのでしょうか。
この疑問に答えるため、あるファストフード店の従業員を対象に「日記式調査」という手法を用いた分析が行われました[4]。参加した従業員は、連続する5日間の勤務シフトを終える直前に、その日の仕事の経験について記録をつけました。
記録の内容は、その日にどれだけ自律性を感じたか、上司からどのような指導を受けたか、チームの雰囲気はどうだったかといった「仕事の資源」、自分ならできるという自信(自己効力感)や物事がうまくいくという感覚(楽観性)といった「個人の内的な資源」、さらにはその日の仕事へのエンゲージメントです。これらの主観的な記録が、各シフトの客観的な売上データと照合されました。
分析の結果、エンゲージメントをめぐる日々の活発な動きが明らかになりました。まず、その日に利用できる「仕事の資源」が、従業員の心理状態を左右していました。例えば、上司から良いコーチングを受けたり、自分の裁量で仕事を進められたりした日には、従業員の「個人の内的な資源」、すなわち自己効力感や楽観性といったポジティブな自己評価が高まることがわかりました。
この高まった「個人の内的な資源」が、その日の「ワーク・エンゲージメント」を促進していました。自信と楽観性に満たされた従業員は、その日の仕事に、より一層の熱意と活力を注ぎ込むのです。最も注目すべきは、この一連の心の動きが、具体的な業績に結びついていた点です。従業員のエンゲージメントが高かった日には、実際にそのシフトの売上が高くなるという関連が認められました。
この調査では、時間差のある関連についても検証されています。すると、「前日の上司のコーチング」が、「翌日の楽観性」を高めることを通じて、「翌日のワーク・エンゲージメント」を向上させていることもわかりました。良い関わりは、その日限りで消えてしまうのではなく、翌日の意欲の源泉にもなり得るのです。
脚注
[1] Christian, M. S., Garza, A. S., and Slaughter, J. E. (2011). Work engagement: A quantitative review and test of its relations with task and contextual performance. Personnel Psychology, 64(1), 89-136.
[2] Nahrgang, J. D., Morgeson, F. P., and Hofmann, D. A. (2011). Safety at work: A meta-analytic investigation of the link between job demands, job resources, burnout, engagement, and safety outcomes. Journal of Applied Psychology, 96(1), 71-94.
[3] Salanova, M., Agut, S., and Peiro, J. M. (2005). Linking organizational resources and work engagement to employee performance and customer loyalty: The mediation of service climate. Journal of Applied Psychology, 90(6), 1217-1227.
[4] Xanthopoulou, D., Bakker, A. B., Demerouti, E., and Schaufeli, W. B. (2009). Work engagement and financial returns: A diary study on the role of job and personal resources. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 82(1), 183-200.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
