2026年3月13日
安心の分断線:同じ職場でも感じ方が違う理由

「心理的安全性」は、チームの生産性やイノベーションの鍵として、多くの組織で醸成が試みられています。「心理的安全性が高いチーム」と聞くと、メンバーが安心して発言できる和やかな雰囲気を想像するかもしれません。
しかし、話はそれほど単純ではありません。チーム全体の心理的安全性の「平均点」が高いことと、メンバー一人ひとりの感じ方が揃っていることは、必ずしも同じではないのです。このメンバー間での認識の「共有度」、すなわち「ばらつき」が、チームの運命を左右する可能性があります。
本コラムでは、心理的安全性という概念を「共有度」という視点を通して見つめ直します。「高いか、低いか」という一次元的な見方から一歩進み、認識の分布に光を当てることで、この概念が持つ複雑で多面的な姿を探ります。それは時にチームの力を引き出す原動力となり、またある時には、チームの機能を損なう罠ともなり得ます。
心理的安全性の認識の一致度が高いほど、チームの成果は高まる
チームの力を引き出すには、メンバーが安心して意見を言える環境、すなわち心理的安全性が求められます。では、チーム全体の平均点が高ければ十分なのでしょうか。この問いに答えるため、ノルウェーのマネジメントチームを対象とした調査が行われました[1]。この調査は、心理的安全性の「高さ」だけでなく、メンバー間の認識がどれだけ一致しているかという「一致度」にも目を向けました。
調査対象は、企業のトップ層から現場に近い管理職まで、様々な階層にわたる160のマネジメントチーム、総勢1149人です。参加者は、チームの心理的安全性と成果について質問票に回答しました。分析では、各チームの心理的安全性の平均スコアと、メンバー間の回答のばらつき(認識の一致度)が、チームのパフォーマンスとどう関連するかが検証されました。
結果、予想通り、チームの心理的安全性の平均レベルが高いほど、パフォーマンスも高くなる関係が確認されました。メンバーが安心して問題提起や意見交換ができると感じているチームは、質の高い意思決定や問題解決ができる傾向にありました。
しかし、この調査の発見はそれだけではありません。メンバー間の認識の「一致度」が、この関係を左右することがわかりました。メンバー全員が「このチームは安全だ」と同じように感じている、一致度の高いチームほど、心理的安全性の高さがパフォーマンスの高さに強く結びついていました。逆に、安全だと感じる人とそうでない人が混在する一致度の低いチームでは、たとえ平均レベルが高くても、その結びつきは弱まっていました。最高の成果を出すチームは、心理的安全性が「高く」、かつその認識が「共有されている」チームである、という姿が浮かび上がります。
さらに分析を進めると、心理的安全性の平均レベルが「低い」チームでは、異なる様相が見られました。メンバー全員が「このチームは安全ではない」という認識で一致している場合、パフォーマンスはむしろ低下していました。全員が萎縮し、誰もリスクを取って発言しようとしない、停滞したチームの姿が目に浮かぶようです。
一方で、心理的安全性が低いチームの中でも、メンバーの認識に「ばらつき」がある、要するに一致度が低いチームの方がパフォーマンスは高かったのです。これは、チーム全体が安全でないと感じる状況下でも、一人でも「ここは安全だ」と感じて声を上げるメンバーがいれば、その一人の行動がチーム全体を活性化させ、パフォーマンスの低下を食い止める、あるいは向上させるきっかけになる可能性を示唆しています。この「安全でない中の安全な人」の存在が、淀んだ空気に風穴を開けるのかもしれません。
心理的安全性の認識の不一致は、非機能的なチーム行動を招く
先ほどは、心理的安全性が低いチームにおいて、認識の不一致がパフォーマンスを高めるという意外な一面を見ました。しかし、この「認識の不一致」は、チームの健全な機能を損なう望ましくない行動を引き起こす、両刃の剣のような性質も持っています。ここでは、認識の不一致がもたらす負の側面に光を当てます。
ある理論的な考え方では、心理的安全性を「平均水準」と「メンバー間の認識の一致度(気候の強さ)」という二つの軸で捉えることの重要性が説かれています[2]。この二つの組み合わせで、チームの状態は変わるとされます。
認識の一致度が高い「強い気候」の状態を考えましょう。この状態で心理的安全性の平均水準が高ければ、チーム内には「対人関係のリスクを取っても大丈夫だ」という共通の理解と期待が生まれます。メンバーは互いを信頼し尊重するため、変革の妨害や他者への攻撃といった非機能的な行動は起こりにくくなります。行動の予測可能性が高まり、健全なチーム運営が可能になります。
問題は、認識の一致度が低い「弱い気候」の場合です。この状態では、たとえチーム全体の心理的安全性の平均点が高くても、事態は複雑化します。あるメンバーが「安全だ」と考えて思い切った提案をしたとしても、別の「安全だとは思わない」メンバーの目には、その提案が「許容範囲を超えた逸脱」や「自分への挑戦」と映る可能性があります。
同じ行動でも、見る人の感じ方によって解釈は分裂します。挑戦的な発言が、ある人には歓迎され、別の人には反感を招く。この解釈のズレが誤解や不信感を生み、ついには報復的な行動といった悪循環を引き起こしかねません。結果、チーム全体の機能を損なう非機能的な行動が増加する危険があるのです。心理的安全性の「高さ」は、その認識がメンバー間で共有されて初めて真価を発揮すると言えます。
なぜチーム内でこのような認識の不一致が生まれるのでしょうか。この理論モデルは、いくつかの要因を挙げています。例えば、メンバーそれぞれの仕事が独立している「タスクの相互依存性が低い」チームでは、共通認識を育む機会が少なくなります。また、年齢や価値観でチーム内に潜在的な分断線がある「グループ・フォルトラインが強い」場合も、サブグループごとに認識が固まり、チーム全体での一致は難しくなるでしょう。
低い心理的安全性は、雇用の不安を介して非倫理的行動を促す
ここまで、チーム内における心理的安全性の「認識の共有度」に焦点を当ててきました。ここからは視点を変え、心理的安全性が「低い」状態が従業員の心にどのようなプロセスを引き起こし、倫理に反する行動を誘発してしまう可能性について掘り下げます。
中国のサービス業と製造業に従事する管理職を対象としたある調査が、この問題に光を当てています[3]。調査が探求したのは、心理的安全性の低さが、いかに「組織のためになる非倫理的行動」へとつながっていくか、というメカニズムでした。「組織のためになる非倫理的行動」とは、会社の利益のために顧客に製品の情報を偽って伝えたり、会社の税負担を軽くするために会計数値を改ざんしたりする行為を指します。動機は会社のためであっても、その行為自体は社会の規範や倫理から外れたものです。
調査に参加した135名の管理職は、自身の職場における心理的安全性、将来的に職を失うことへの恐れ(雇用の不安定さ)、非倫理的行動にどの程度従事しているかを回答しました。
分析の結果、明らかになったのは、心理的安全性が低いと感じている人ほど、非倫理的行動に手を染める度合いが高いという、直接的な結びつきでした。
しかし、この調査はさらに一歩踏み込み、その背景にある心理プロセスを解き明かしました。その鍵を握っていたのが、「雇用の不安定さ」でした。分析によると、心理的安全性の低さは、直接的に非倫理的行動を引き起こしているというよりも、「雇用の不安定さ」という感情を高めることによって、間接的に非倫理的行動を誘発していたのです。
「心理的に安全でない職場環境が、従業員に自分の職が危ういという不安を感じさせ、その不安から逃れるために、あるいは会社に自分の価値を証明するために、非倫理的であっても組織の利益になる行動を取ってしまう」という一連の流れが、データによって裏付けられました。
このメカニズムは、「社会交換理論」という考え方で説明することができます。従業員は、組織との間に一種の交換関係を築いていると見なします。組織から「雇用の維持」という見返りを得るために、組織が求める「貢献」をしようとします。自らの立場が危うくなればなるほど、その貢献へのプレッシャーは高まり、たとえそれが非倫理的な手段であったとしても、組織に利益をもたらす行動を選択してしまう可能性が高まります。
心理的安全性は支援的環境と学習や成果とをつなぐ
これまでの議論では、心理的安全性の認識のばらつきがもたらす複雑な側面や、低い状態が引き起こす負の連鎖について見てきました。それは、心理的安全性が持つ、ある種の「危うさ」を浮き彫りにするものでした。では、そもそも心理的安全性とは、どのような環境から生まれ、私たちにどのような恩恵をもたらしてくれるのでしょうか。
ここからは、心理的安全性が持つ本来の建設的な光の側面に目を向け、その全体像をより広い文脈の中で捉え直してみたいと思います。過去に行われた学術研究を体系的に整理した、あるレビュー論文が、そのための指針となります[4]。
このレビュー論文は、世界中で発表された心理的安全性に関する数十件の実証研究を網羅的に分析し、何が心理的安全性を育み(先行要因)、心理的安全性は何をもたらすのか(成果)を、個人、チーム、組織という異なるレベルで整理したものです。
心理的安全性がどこからやってくるのか、その源泉を探ってみましょう。数多くの研究が共通して指し示していたのは、「支援的な環境」の存在でした。その中でも特に大きな要因として挙げられていたのが、「支援的なリーダーの行動」です。リーダーがメンバー一人ひとりに対して包括的な態度で接し、オープンで誠実であること。メンバーの話に耳を傾け、必要なサポートを惜しまないこと。こうしたリーダーの日常的な振る舞いが、部下の心に安心感の芽を育む最大の要因であることが、個人レベルでもチームレベルでも繰り返し確認されています。
リーダーだけではありません。組織全体の姿勢も関わっています。組織として従業員を支援する制度が整っていたり、ダイバーシティを推進する取り組みがあったりすることも、心理的安全性を高めることにつながります。そしてもちろん、日々の業務で最も多くの時間を共にする、同僚との関係も欠かせません。メンバー間の良好な人間関係や質の高い交流が、安心して自分をさらけ出せる空気を作り出すのです。
このようにして育まれた心理的安全性は、私たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。レビュー論文が明らかにした「成果」は、多岐にわたります。最も顕著なのは、コミュニケーションの活性化です。心理的に安全な環境では、メンバーはミスを隠さずに報告し、自分が持つ知識や情報を共有し、組織を良くするための意見を臆せずに述べるようになります。
この活発なコミュニケーションは、「学習行動」へとつながっていきます。心理的安全性と学習行動の間には、個人レベルでもチームレベルでも、一貫して強い結びつきが見られました。失敗を恐れず挑戦し、そこから学ぶ。仲間と対話し、互いに高め合う。そうした学習のプロセスが、心理的安全性によって支えられるのです。
最終的に、この学習は目に見える成果へと結実します。心理的安全性は、チームのパフォーマンスや個人の創造性を直接的に高めるだけでなく、学習行動を促すことを通じて、間接的にも成果の向上に貢献します。
心理的安全性はチームでの学習や発言を可能にする
心理的安全性が支援的な環境と学習や成果とを結びつける「ハブ」のような存在であることが明らかになりました。ここでは、その中でも特に「チーム」という単位に光を当て、心理的安全性がチーム内での学習や発言をいかに可能にするのか、そのメカニズムを深く探求していきたいと思います。この概念がどのような歴史を経て発展してきたかを振り返ることは、その本質を理解する上で助けとなるでしょう[5]。
心理的安全性という考え方の萌芽は、1960年代の組織研究にまで遡ることができます。当時、組織が大きな変化を乗り越えるためには、従業員が変化に対して安心感を持ち、自分たちにはそれを乗り越える能力があると感じることが不可欠だと考えられていました。変化という未知への挑戦には、失敗を恐れないための心の拠り所が必要だったのです。
その後、1990年代に入り、この概念は再び脚光を浴びます。このとき、心理的安全性は「自分自身のイメージやキャリアに悪影響が及ぶことを恐れずに、ありのままの自分を表現できる状態」として、より個人の内面的な側面に焦点を当てて再定義されました。
現代の心理的安全性研究の主流を形作ったのが、「対人関係におけるリスクをとっても、このチームは安全であるという、チームメンバーによって共有された信念」という、チームレベルでの定義です。
この定義のポイントは、「対人関係のリスク」という部分にあります。質問をする、助けを求める、異なる意見を述べる、間違いを認める。これらはすべて、チームで仕事を進める上ではごく当たり前の行動に見えます。しかし、これらの行動は、「無知だと思われたらどうしよう」「邪魔をしていると見なされたらどうしよう」といった、対人関係上の不安を常にはらんでいます。
心理的安全性とは、こうした不安を乗り越え、チームの目標達成のために必要な対人関係のリスクをメンバーが取れるようにするための、共有された信念です。それは、決して単なる「居心地の良さ」や「仲の良さ」を意味するのではありません。むしろ、時には厳しい意見の対立をも恐れない、建設的な議論を可能にするための基盤と言えます。
数多くのチームを対象とした研究が、この点を裏付けています。心理的に安全なチームでは、学習行動が活発になることが一貫して示されています。心理的安全性は、メンバーが発散的に思考し、創造性を発揮し、新たな挑戦というリスクテイクをすることを可能にすることで、この学習プロセスを後押しします。
また、仕事の進め方に関する健全な対立(タスク対立)が起きた際に、心理的安全性は緩衝材のような働きをします。安全性が低いチームでは、タスク対立が個人的な対立に発展してしまいます。しかし、安全性が高いチームでは、互いへの信頼と尊敬があるため、意見の対立をより良い結論を導き出すための健全なプロセスとして受け止め、パフォーマンスの向上につなげることができるのです。
脚注
[1] Fyhn, B., Bang, H., Egeland, T., and Schei, V. (2022). Safe among the unsafe: Psychological safety climate strength matters for team performance. Small Group Research, 54(4), 439-473.
[2] Zhang, Y., and Wan, M. (2021). The double-edged sword effect of psychological safety climate: A theoretical framework. Team Performance Management: An International Journal, 27(5/6), 377-390.
[3] Khushk, A., Hui, Y., Yi, X., and Zengtian, Z. (2023). Psychological safety as a precedent to unethical pro-organizational behavior: A social exchange analysis. Organizational Psychology, 13(3), 74-91.
[4] Newman, A., Donohue, R., and Eva, N. (2017). Psychological safety: A systematic review of the literature. Human Resource Management Review, 27(3), 521-535.
[5] Edmondson, A. C., and Lei, Z. (2014). Psychological safety: The history, renaissance, and future of an interpersonal construct. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1, 23-43.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
