2026年3月13日
「戦略をする人々」:誰が戦略を形づくっているのか

組織では、時間と労力をかけて綿密な戦略が策定されます。しかし、一度立てられたその戦略が、計画通りに完璧に実行されることは稀ではないでしょうか。「予期せぬ市場の変化」や「競合の動向」といった外部要因がその理由として挙げられることはよくあります。しかし、計画と現実の間にずれが生じる原因は、本当にそれだけなのでしょうか。
その原因が、組織の「内部」、すなわち日々働いている私たち自身の活動の中に潜んでいることもあります。戦略の成否を左右しているのは、立派な計画書そのものではなく、会議室での発言、部署間の交渉、あるいは何気ない日常業務といった、無数の「活動」の積み重ねかもしれません。
本コラムで紹介する「実践としての戦略」は、こうした視点から戦略を捉え直すアプローチです。戦略を静的な「計画」ではなく、人々が織りなす動的な「実践」として見ることで、これまで見過ごされてきた組織のリアルな姿が浮かび上がってきます。
戦略は誰が何を使って何をするかという実践活動
企業の戦略に関する研究は、長年にわたって、組織や業界全体の業績といった大きな数値を分析することに主眼を置いてきました。どのような要因が企業の収益性を高めるのか。この問いに答えるため、多くのデータが分析されてきました。しかしその過程で、戦略を実際に動かしている「人間」の存在が見過ごされてきました。
従来の分析では、人はしばしば統計データの一項目に置き換えられ、生身の人間がどう考え、行動し、戦略を形作っていくのかという活動の実態は描かれてきませんでした。このような状況への反省から生まれたのが、「実践としての戦略」という新しい研究潮流です[1]。このアプローチは、戦略研究の中心に、人間とその具体的な行為、人々の間の相互作用を据え直そうとします。
この考え方を理解する上で、三つの核となる概念があります。一つ目は「実践者」です。これは戦略に関わる仕事をする人々を指します。経営トップだけでなく、中間管理職、現場の従業員、社外のコンサルタントまで、戦略の形成や実行に関わるあらゆる人々が含まれます。
二つ目は「プラクシス」です。これは戦略が達成されるまでの一連の活動の流れを意味します。会議やワークショップ、日々の会話といった、人々が行う行為の連なりがこれにあたります。
三つ目は「実践」です。これは人々が活動を行う際に用いる、社会的、象徴的、物質的な道具の総体を指します。会議で使われる議題リストや特定の分析フレームワーク、業界で共有される専門用語なども、この「実践」に含まれます。
「実践としての戦略」の研究では、これらの概念を組み合わせ、戦略という現象を多角的に分析します。誰が戦略を担っているのか(実践者)、そしてどのようなレベルの活動を分析するのか(プラクシス)という二つの軸で、研究領域を整理できます。
実践者は、分析対象が個人か集団かという軸と、組織の内部か外部かという軸で分類されます。一方、プラクシスは、活動が捉えられる範囲によって三つのレベルに分けられます。会議といった特定の場面を細かく見る「ミクロ」レベル。組織全体の変革プログラムなどを捉える「メソ」レベル。業界全体の行動様式など、社会制度のレベルで分析する「マクロ」レベルです。
これらを組み合わせることで、戦略を巡る多様な人間活動の姿が浮かび上がります。例えば、経営者同士の個人的な交渉が戦略目標の決定にどう結びついたのかを探る研究は、個々の実践者とミクロレベルのプラクシスを分析しています。また、新しい戦略方針の実行に際し、特定のプロジェクトチームのやり取りが組織全体のプロセスにどのような帰結をもたらしたのかを解き明かす研究もあります。これは個々の実践者がメソレベルのプラクシスに関わる事例です。
視点を広げ、ある業界で特定の提携戦略がなぜ主流となっていったのかを、経営トップから現場スタッフまで、様々な個人の発言を分析して明らかにする研究もあります。これは個人の活動がマクロレベルのプラクシスに繋がる様相を捉えようとするものです。
このように多様なレベルで活動を捉えると、戦略の成果が単一の財務的業績だけではないことも見えてきます。例えば、戦略活動への関与を通じて、個人が仕事への目的意識を得たり、他者への説得力を高める話し方を身につけたりすることがあります。これは個人的レベルの成果です。中間管理職などの集団が、自分たちの提案を組織に認めさせたり、失敗の責任を回避したりするために活動する過程も明らかになります。これはグループレベルの成果と言えます。
もちろん、組織レベルの成果もあります。財務数値に直接結びつくとは限りませんが、戦略の実践を通じて顧客サービスの質が向上したり、ある部署の小さな革新が会社全体の大きな方向転換につながったりするプロセスも確認されています。さらに大きな視点では、ある業界全体で特定の戦略が支配的なものとして定着していく過程など、社会制度レベルの成果も、人々の実践活動の積み重ねの結果として説明されます。これらの成果は孤立しておらず、個人、グループ、組織、社会という複数のレベルで相互に連関し合うものとして捉えられています。
戦略とは実践者、活動、実践を統合して捉える営み
先ほどは、戦略を「誰が、何を使って、何をするのか」という人間の活動として捉える広範な地図を見てきました。実践者、プラクシス、実践という三つの概念を軸に、戦略という現象が多様なレベルで展開されることが示されました。しかし、これらの要素は実際にどのように結びつき、互いに作用し合っているのでしょうか。ここでは、それらを統合し、戦略が織りなされる仕組みを解き明かす枠組みを探求します[2]。
戦略に関する研究は、これまで二つの異なる方向性を持つことがありました。一つは、組織の内部に分け入り、人々が戦略に関わる日々の活動を詳細に観察するアプローチです。もう一つは、視点を引き、そうした無数の活動が集まった結果として、社会全体に広がる大きな現象として戦略を捉えるアプローチです。
この「ミクロな活動」と「マクロな現象」という二極化は、戦略の全体像を捉える上での課題でした。組織内での戦略の成功や失敗は、外部の環境や社会的な流行と無関係ではありえないからです。逆に、社会的な大きなトレンドも、現場で人々が何をしているのかを詳しく見なければ、その実態を理解できません。この二つのレベルをつなぐことが、戦略を実践として理解する上で不可欠です。
このような問題意識は、戦略研究に限りません。社会科学の広い分野で、個人の自由な意思決定を起点に考える立場と、社会の構造やルールが人の行動を規定すると考える立場の間で、長らく議論が続けられてきました。この二元論を乗り越えようとする中で、「実践理論」という考え方が登場します。この理論には、主に三つの核心的な考え方があります。
第一に、社会には人々の活動の指針となる、共有された理解やルールといった「実践」が存在するということです。私たちは社会の慣習や規範を無意識に身につけ、それに従って行動します。第二に、人々は社会的なルールにただ従うわけではなく、状況に応じて工夫を凝らしながら行動するということです。実際の活動は、社会の大きな構造からだけでは予測できません。第三に、人々は与えられたルールを巧みに解釈し、応用する主体的な「行為者」であるということです。日々の活動の中で工夫を重ね、時には既存のルールを変えたりもします。
この考え方に基づき、戦略の実践を捉えるための統合的な枠組みが提案されています。それは、「プラクティショナー(実践者)」「プラクシス(活動)」「プラクティス(実践)」という三つの概念を、相互に関連し合うシステムとして捉えるものです。
この枠組みの中心にいるのは「プラクティショナー」、すなわち戦略の仕事に関わる人々です。彼ら彼女らは、組織の内外に存在する様々な「プラクティス」(共有されたツール、規範など)を引き出し、それらを用いて組織の中で「プラクシス」(会議や議論など)という具体的な活動を行います。
この関係性は一方通行ではありません。プラクティショナーは、プラクシスを通じて既存のプラクティスを使い続けることで、そのやり方を維持、再生産します。一方で、時には既存のやり方を少し変えたり、外部からコンサルタントを招き入れたりして、組織に全く新しいプラクティスを導入することもあります。このように、プラクティショナーは、組織内部の具体的な活動と、組織内外に存在する抽象的な資源とを結びつける接点となっているのです。
この枠組みの有効性を、ある出版社の戦略ワークショップが失敗に終わった事例を再分析することで見てみましょう。当初、この失敗の原因は参加者の心理的な抵抗にあると説明されていました。しかし、この三つの要素を統合した枠組みを用いると、より多角的な分析が可能になります。
「プラクティショナー」の観点から見ると、ワークショップの参加者に決定権を持つ取締役が含まれていなかったことや、進行役のコンサルタントがフリーランスの学者であったことが、その場の権威性や信頼性に作用した可能性が考えられます。
「プラクティス」の観点では、コンサルタントが用いた分析手法が、もともと大企業向けのものであり、クライアントである中規模出版社の迅速な意思決定の文化とは馴染まなかったのかもしれません。
「プラクシス」の観点からは、コンサルタントが調査結果を報告する際に、最高経営責任者に対して配慮を欠いた表現を用いてしまい、その人の感情を害したことで、その後のプロセスへの協力を得られなくなったという、活動の具体的な場面での出来事が浮かび上がってきます。
このように三つの要素を統合して考察することで、ある戦略的な出来事の成功や失敗を、より豊かに深く理解できます。この統合的アプローチは、今後の戦略実践に関する新たな研究の方向性を示唆するものでもあります。例えば、広く普及した戦略ツールが、実際の現場でどう解釈され、応用されているのか。新しい戦略ツールは、どのようなプロセスを経て生み出されるのか。そして、人はどのようにして有能な「戦略家」としてのスキルを身につけていくのか。こうした問いを探求していくことができます。
社会学の眼で、組織を超えた実践として戦略を見る
ここまで、戦略を人間の活動として捉える地図と、その動的な仕組みを見てきました。この視点は、従来の戦略研究が光を当ててこなかった、組織内部で起こるリアルな営みに私たちをいざないます。しかし、このアプローチがもたらすものはそれだけにとどまりません。それは、戦略という現象を見る私たちの「眼」を変える可能性を秘めています。ここでは、戦略を「社会学的な眼」で捉え直すとはどういうことか、それがどのような新しい地平を切り拓くのかを探ります[3]。
「社会学的な眼」とは、戦略を、単に企業の利益を最大化するための道具として見るのではなく、私たちの社会に存在する他の多くの営み、例えば結婚や法律などと同じように、一つの制度化された「社会的な実践」として捉える視点です。
結婚を例にすると、社会学者は単にカップルの経済的成功や幸福度といったパフォーマンスだけを分析の最終目的とするわけではありません。社会や時代による結婚の形態の違い、関わる人々の多様性、儀式で用いられる慣習や道具など、多角的な問いを立てます。
これと同じように、戦略を社会学的な眼で見つめ直すと、従来の戦略研究がいかに組織の財務パフォーマンスという一面に光を当ててきたかがわかります。この新しい視点は、戦略という現象を組織という枠組みからいったん解き放ち、その活動に関わる人々、そこで用いられる様々な実践、それらが埋め込まれている社会を、研究の主役として舞台に上げることを可能にするのです。
この視点から、戦略の実践が探求すべき領域は、四つの「P」として整理することができます。
一つ目は「Praxis(実践活動)」です。これは計画の策定や意思決定など、戦略を創り出す具体的な活動、つまり「戦略策定の仕事」を指します。この領域は、伝統的な「戦略プロセス」研究が長年探求してきた分野と重なります。ただし、実践としての戦略研究は、より現場に密着した手法を用いることで、活動の細部に新たな光を当てようとします。
二つ目は「Practices(諸実践)」です。これは戦略活動で用いられる定型的な手順や道具のことです。戦略合宿やSWOT分析などもこれに含まれます。従来のプロセス研究では、これらは特定の組織における付随的な要素と見なされていました。しかし、実践としての戦略研究では、これらの実践が多くの組織で広く使われている社会的な現象として捉えられ、それ自体が比較研究の対象となります。
三つ目は「Practitioners(実践者)」です。これは戦略に関わる多様な人々を指します。プロセス研究も経営者などを分析対象としますが、その関心は組織の成功にどう貢献するかという点に限定されることが少なくありません。一方、実践としての戦略研究は、組織という枠組みを一度脇に置き、例えば戦略コンサルタントといった特定の専門家集団が、組織の壁を越えてどのような歴史や利害を持ち、社会全体にどのような作用を及ぼしているのかを探求します。
四つ目は「Profession(専門職)」です。これは戦略という専門分野を一つの制度的なフィールドとして捉える視点です。このフィールドには、コンサルティング会社、ビジネススクール、学術誌、企業などが含まれ、一体となって「戦略」という共通の営みを形成しています。この専門職集団が、特定の戦略論を流行させ社会経済全体に変化をもたらすといった現象も、研究の対象となります。
このような社会学的な眼を持つことから、実践としての戦略研究を進める上での五つの指針が導き出されます。
第一に、個人や出来事を孤立したものと見ず、組織を横断する共通の立場や関係性に着目すること。
第二に、戦略活動は、より広い社会の文脈の中に埋め込まれていると認識すること。
第三に、見過ごされがちな日常的な物事の裏に隠された意味を解き明かそうとすること。
第四に、分析の焦点を組織の財務的パフォーマンスから広げ、戦略の実践が社会に与える広範な結果や、実践者個人の能力といった多面的な成果を問題として捉えること。
第五に、革新や変化だけでなく、多くの組織で繰り返される継続的な営みにも敬意を払い、研究対象とすることです。
脚注
[1] Jarzabkowski, P., and Spee, A. P. (2009). Strategy-as-practice: A review and future directions for the field. International Journal of Management Reviews, 11(1), 69-95.
[2] Whittington, R. (2006). Completing the practice turn in strategy research. Organization Studies, 27(5), 613-634.
[3] Whittington, R. (2007). Strategy practice and strategy process: Family differences and the sociological eye. Organization Studies, 28(10), 1575-1586.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
