2026年3月12日
変化にしなやかに対応する力:キャリア・アダプタビリティとは何か

私たちの働き方やキャリアのあり方は、変化の波にさらされています。数年前には想像もしなかった技術が登場し、仕事の進め方が変わり、時にはキャリアの軌道修正を余儀なくされることもあります。こうした予測困難な時代の中で、個人がしなやかに主体的にキャリアを築いていく能力が求められています。
「アダプタビリティ(Adaptability)」という言葉を聞いたことはありますか。日本語では「適応力」と訳されるかもしれませんが、「柔軟性」や「変化への対応」といった曖昧なイメージだけでは、その内実を捉えることはできません。本コラムでは、キャリア研究の分野で「アダプタビリティ」という概念がどのように定義され、測定可能なものとして確立されてきたのか、その過程を追います。この概念は、個人の性格特性とは区別される、特定の「資源」の集まりとして捉えられています。
CAASはキャリア・アダプタビリティを13か国で測定可能
キャリアを考える上で、「適応」という言葉にはいくつかの異なる側面が含まれています。これらを整理することが、アダプタビリティを理解する一歩となります。
最も基本的な土台として、変化に対応しようとする個人の「意欲」や準備の度合いを指す「適応性」があります。これは、その人が持つ性格的な柔軟さに近いものです。次に、本コラムの中心となる「アダプタビリティ」があります。これは、変化に直面したときに実際に問題を解決するために活用できる、心理社会的な「資源」や能力を指します。
この違いは、飛行機の緊急脱出時の手伝いを例にすると分かりやすいかもしれません。客室乗務員は乗客に「手伝う意思(willingness)があり、その能力(able)がありますか」と尋ねます。この「意思」が「適応性」にあたり、「能力(資源)」が「アダプタビリティ」に相当します。
この資源を使って実際に行動を起こすことが「適応行動」です。その行動の結果として望ましい状態がもたらされることが「適応結果」と呼ばれます。
研究者たちは、このうち二番目の「アダプタビリティ(資源)」を測定するための尺度開発に乗り出しました[1]。この資源は、単一のものではなく、4つの異なる要素の集合体であると考えられました。
一つ目は「関心(Concern)」です。これは、自分のキャリアの将来について考え、それに備えようとする姿勢を指します。二つ目は「統制(Control)」です。これは、自分のキャリア形成に責任を持ち、自律的に意思決定しようとする姿勢です。三つ目は「好奇心(Curiosity)」です。これは、自分自身の可能性や様々な仕事の選択肢について、積極的に探求しようとする姿勢を指します。四つ目は「自信(Confidence)」です。これは、キャリア上の困難に直面しても、自分なら乗り越えられると信じる力です。
この4つの資源を測定する「Career Adapt-Abilities Scale (CAAS)」の開発は、13カ国の研究者が協力する国際的なプロジェクトとして進められました。
国際チームが議論を重ねて4つの資源の定義を明確にし、多数の質問候補を作成しました。その後、アメリカでのテストを経て項目が絞り込まれました。この英語版を各国の言語に翻訳する際、直訳ではなく、文化的なニュアンスを考慮した慎重な調整が行われました。
こうして13カ国で収集されたデータを分析し、尺度の品質が検証され、最終的に合計24項目の尺度として完成しました。分析の結果、理論的に想定されていた通り、この尺度は「関心」「統制」「好奇心」「自信」という4つの側面と、それらを束ねる「キャリア・アダプタビリティ」という総合的な概念の構造を持っていることが確かめられました。
異なる国の間で尺度を比較研究に用いるためには、尺度が「同じものを同じように測れているか」(測定同等性)の確認が不可欠です。分析の結果、4つの資源からなる構造は、調査対象となった全ての国で共通していました(配置不変性)。
各質問項目とそれが測定しようとする潜在的な能力との関連の強さも、国を越えて等しいことが確かめられました(測定不変性)。これは、国が違っても同じ概念を測定していることを示す、研究の土台となる知見です。
尺度の安定性を示す「信頼性」も、全体として高い水準にあることが分かりました。これらの検証を経て、キャリア・アダプタビリティという資源を測定するための、国際的に利用可能な尺度が確立されました。
米国版CAASは妥当で、職業同一性と整合する指標である
国際的に利用可能な尺度が開発された後、その尺度が特定の国において、キャリア発達の他の概念とどのように関連しているかを調べる研究が進められました。ここでは、アメリカ版の尺度(CAAS-USA)が、青年期における「職業的アイデンティティ」とどう結びつくかが検証されました[2]。職業的アイデンティティとは、仕事に関する自己理解がどれだけ明確で、安定しているかを示す概念です。
この研究は、460名のアメリカの高校生を対象に行われました。研究では、キャリア・アダプタビリティを測定する尺度(CAAS-USA)と、職業的アイデンティティの状態を測定する尺度(VISA)の両方が実施されました。
アメリカ版の尺度の品質が検証され、理論通りの構造を持ち、安定した測定結果(良好な信頼性)を示すことが確認されました。その上で、本題であるキャリア・アダプタビリティと職業的アイデンティティの関連が分析されました。
結果、キャリア・アダプタビリティの得点が高い生徒ほど、職業選択への確信が強く、現在の選択肢について情報を集め、様々な可能性を検討していることが分かりました。逆に、キャリア・アダプタビリティの得点が高い生徒ほど、職業選択への不確かさは低いという関係がありました。
この結果から、キャリア・アダプタビリティという資源(将来への関心、キャリアへの統制感、好奇心、自信)を持つことが、職業に関する自己理解を深め、確信を形成していくプロセスと関連している様子がうかがえます。
この研究では、参加者を職業的アイデンティティの発達段階(地位)によって分類し、それぞれのキャリア・アダプタビリティの得点を比較しました。アイデンティティの地位とは、例えば、十分に選択肢を探索した上で確信を持っている「達成」状態や、探索も確信もしていない「拡散」状態などを示す分類です。
分析の結果、「達成」状態にある生徒が、最も高いキャリア・アダプタビリティの得点を示しました。「拡散」状態などの生徒が、最も低い得点でした。
キャリア・アダプタビリティは主観的成功を予測する
キャリア・アダプタビリティが青年期のアイデンティティ形成と関連することが分かりましたが、それでは、すでに働いている成人にとって、この資源はどのような意味を持つのでしょうか。キャリア・アダプタビリティの資源を持つことは、キャリアにおける「成功」と結びつくのでしょうか。
この問いを検証した研究があります[3]。ここで焦点が当てられたのは、「主観的な」キャリアの成功です。これは、本人が自分のキャリアにどれだけ満足しているか(キャリア満足)、自分自身で自分の仕事の遂行度をどう評価しているか(自己評定キャリア遂行)という、個人の内面的な実感としての成功です。
この研究が試みたのは、両者の関連を見るだけではありません。個人の基本的な性格特性(ビッグファイブ)や、自分自身をどれだけ有能で価値があるものとして捉えているか(CSE)といった、より安定的で汎用的な個人の特徴を考慮に入れた上で、それでもなお、キャリア・アダプタビリティが主観的成功を説明する力を持っているか(増分妥当性)を検証することでした。
理論的には、キャリア・アダプタビリティの資源は、一般的な性格特性よりもキャリアという文脈に特化しており、変化しうる自己調整能力です。そのため、性格とは別に、キャリアの成功感覚と結びつくと予測されました。
調査はオーストラリア在住の1,723名の就労者を対象に、質問票を用いて行われました。分析は、統計的な手法を用いて、段階的に行われました。年齢、性別、学歴、ビッグファイブ特性、CSEを考慮した上で、キャリア・アダプタビリティが主観的成功の説明力を「上乗せ」できるかが検証されました。
初めに、「キャリア満足」を予測する分析結果です。基本情報、ビッグファイブ、CSEを投入した後、キャリア・アダプタビリティの総合得点を追加したところ、説明力はさらに上乗せされました。
この結果は、個人の基本的な性格や自己評価とは別に、アダプタビリティの資源を持つことが、キャリアへの満足感を高めることと関連していることを意味します。アダプタビリティの4つの資源別に見ると、特に「関心(将来への備え)」と「自信(乗り越えられるという信念)」が、キャリア満足と強く結びついていました。
続いて、「自己評定キャリア遂行」を予測する分析結果です。こちらも同様に、基本情報、ビッグファイブ、CSEを投入した後、アダプタビリティ総合得点を追加したところ、説明力はさらに上乗せされました。
アダプタビリティの資源は、キャリアに満足しているという感覚だけでなく、自分はうまくやれているという遂行感とも、性格特性とは独立した形で関連していました。資源別に見ると、こちらでも「関心」と「自信」が、遂行感を予測する強い要因となっていました。
キャリア・アダプタビリティは特性と行動をつなぐ資源
これまで紹介した研究で、キャリア・アダプタビリティは測定可能な「資源」であり、アイデンティティや主観的成功と関連することが見えてきました。しかし、ここで一つの疑問が生じます。キャリア・アダプタビリティの「資源」(例:好奇心)と、私たちが実際に行う「適応行動」(例:キャリア探索)は、同じものなのでしょうか、それとも違うものなのでしょうか。
一番初めに整理したように、個人の根本的な「適応性(特性)」、測定可能な「アダプタビリティ(資源)」、「適応行動(行動)」という3つの概念があります。これらは、どのような順番で関連しあっているのでしょうか。
このプロセスを解明しようとした研究があります[4]。この研究は、キャリア適応に関する概念を理論的・実証的に整理することを目的としました。研究では、3つの概念を以下のように定義し、測定しました。
- 適応性(特性):変化に対処しようとする個人の「意欲」や「柔軟性」といった特性。ここでは「中核的自己評価(CSE)」と「主体性」によって測定されました。
- アダプタビリティ(資源):キャリア課題に対処するための心理社会的な「資源」。これは、これまで見てきたCAAS(関心、統制、好奇心、自信の4側面)によって測定されました。
- 適応行動(行動):個人が実際に行う具体的な「行動」。ここでは「キャリアプランニング(計画)」、「キャリア探索」など、従来から測定されてきた尺度群が用いられました。
研究の仮説は二つありました。第一に、「アダプタビリティ(資源)」と「適応行動(行動)」は、互いに関連しているものの、統計的に区別される異なる概念であるというものです。第二に、適応のプロセスとして、「適応性(特性)」が「アダプタビリティ(資源)」に結びつき、その「資源」が次に「適応行動(行動)」を引き起こす、という流れ(媒介モデル)があるというものです。
調査はドイツの大学生1260名を対象とした横断的分析(1時点目)と、そのうち363名を6ヶ月後まで追跡した縦断的分析(2時点目)によって行われました。
第一の仮説(概念の区別)は、1時点目のデータを用いた統計分析によって検証されました。その結果、両者を別々の概念として設定したモデルの方が、データによく適合しました。この比較から、第一の仮説は支持され、「資源」と「行動」は異なる概念であることが実証されました。
第二の仮説(プロセスの検証)は、縦断データを用いて検証されました。1時点目の「適応性(特性)」と「アダプタビリティ(資源)」が、6ヶ月後の2時点目の「適応行動(行動)」を予測するかどうかを分析しました。
その結果、1時点目の「適応性」(CSEや主体性)は、同じ1時点目の「アダプタビリティ(資源)」を予測しました。1時点目の「アダプタビリティ(資源)」は、6ヶ月後の「適応行動(行動)」を予測しました。
「適応性(特性)」が「アダプタビリティ(資源)」を経由して「適応行動(行動)」に至る間接的な流れが、統計的に確認されました。特に、「資源」の中では「関心」と「統制」が、特性と行動をつなぐ上で媒介として機能していました。
この結果は、「適応性(特性)」→「アダプタビリティ(資源)」→「適応行動(行動)」という理論的なプロセスモデルを支持するものです。個人の根本的な特性が、キャリアへの「資源」を高め、その高まった「資源」が、数ヶ月後に具体的な「行動」を促進するというメカニズムが示されたのです。
この分析では、もう一つの発見がありました。アダプタビリティ(資源)の4側面と、適応行動(行動)の4側面の間に、理論的に想定された「1対1の対応関係」が見られなかったのです。
例えば、6ヶ月後の「キャリア探索(行動)」を最もよく予測したのは、資源の「好奇心」ではなく、「関心」でした。この結果は、CAASで測定される4つの資源が、それぞれ特定の行動に個別に対応しているのではなく、4つの資源が一体となって、様々な適応行動全体に対して広範に作用している可能性を示唆しています。
4つの資源の中で、「関心」は、様々な適応行動に対して最も一貫して強い予測力を持つことが、ここでも確認されました。
脚注
[1] Savickas, M. L., and Porfeli, E. J. (2012). Career Adapt-Abilities Scale: Construction, reliability, and measurement equivalence across 13 countries. Journal of Vocational Behavior, 80(3), 661-673.
[2] Porfeli, E. J., and Savickas, M. L. (2012). Career Adapt-Abilities Scale-USA Form: Psychometric properties and relation to vocational identity. Journal of Vocational Behavior, 80(3), 748-753.
[3] Zacher, H. (2014). Career adaptability predicts subjective career success above and beyond personality traits and core self-evaluations. Journal of Vocational Behavior, 84(1), 21-30.
[4] Hirschi, A., Herrmann, A., and Keller, A. C. (2015). Career adaptivity, adaptability, and adapting: A conceptual and empirical investigation. Journal of Vocational Behavior, 87, 1-10.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
