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コラム

組織を動かす「贈与」の力:信頼と協力を生み出す交換

コラム

組織の中では、日々、多くのやり取りが交わされています。上司が部下を指導し、同僚同士が助け合い、部門を超えて情報が共有される。こうした光景は当たり前のように感じられるかもしれません。しかし、その背景にあるメカニズムを考えてみたことはあるでしょうか。なぜ人は、自分の業務範囲を超えて他者に協力したり、自らが持つ貴重な知識を惜しげもなく分かち合ったりするのでしょうか。

この問いに対して、給与やインセンティブといった金銭的な報酬だけで説明するのは、難しいでしょう。そこには、もっと人間的な、古くから社会に根付いてきた交換の法則が働いているのかもしれません。本コラムでは、組織内で行われる人材育成や知識の共有といった活動を、「贈与交換(贈り物のやり取り)」という新しい視点から捉え直してみたいと思います。

一見すると、組織の論理とは相容れないように聞こえるかもしれませんが、この視点は、現代の組織における協力関係を解き明かします。企業の研修制度から、従業員のボランティア活動支援、研究者同士の知的な交流まで、様々な場面を「贈与」という視点で見てみることで、これまで見過ごされてきた組織のダイナミズムと、人と人とを結びつける絆の姿が浮かび上がってきます。

汎用スキル訓練は贈与となり、自発的な協力という返礼を引き出す

企業が従業員の成長を支援するために行う研修は、組織の活力を維持する上で欠かせない活動です。その中でも、興味深い現象があります。それは、企業が多額の費用を投じて、従業員に「汎用スキル」を習得させるケースです[1]。汎用スキルとは、どの企業に行っても通用するポータブルな能力を指します。

費用対効果の観点から考えると、この企業行動は一つの逆説をはらんでいます。汎用スキルを身につけた従業員は、労働市場での価値が高まり、より良い条件を求めて他社へ転職しやすくなるはずです。企業にとっては、時間と費用をかけて育てた人材が流出してしまうリスクが高まることを意味します。

であるならば、企業は自社でしか通用しない「企業特殊的スキル」の訓練に投資を集中させ、汎用スキルの習得費用は従業員自身が負担すべきだ、と考えるのが自然なようにも思えます。しかし現実には、多くの企業が従業員の汎用スキル習得を積極的に支援しています。この一見不合理に見える投資は、どのように理解すれば良いのでしょうか。

この謎を解く鍵は、研修という行為を「経済的な取引」としてではなく、「社会的な贈与交換」として捉える視点にあります。私たちの社会における交換には、大きく分けて二つの種類があると言われます。一つは、スーパーで商品を買うような「経済交換」です。そこでは、提供されるモノやサービスの価値が価格として表示され、支払うお金と交換されます。関係は一時的で、取引が終わればそれ以上続く必要はありません。

もう一つが、「贈与交換」です。誕生日プレゼントのやり取りを想像してみてください。そこには値札はついておらず、贈る側は相手の喜ぶ顔を思い浮かべながら品物を選びます。受け取った側は感謝の気持ちを抱き、「いつか何かの形でお返しをしたい」という緩やかな義務感を持ちます。返礼がいつ、どのような形で行われるかは決められていません。この時間的な遅れと価値の曖昧さが、二人の間に信頼と継続的な関係性を育みます。

企業の汎用スキル研修への投資も、この贈与交換の枠組みで捉えることができます。企業が従業員のキャリア全体を見据え、市場価値を高めるような研修機会を費用負担付きで提供したとします。その際、企業側が「この研修を受けさせる代わりに、今後これだけの成果を出すように」といった見返りを求めず、あくまで従業員個人の成長を願うという姿勢で臨んだ場合、従業員はその支援を会社からの特別な「贈り物」として認識しやすくなります。

このように感じた従業員の心の中では、社会的な規範である「返礼のルール」が働き始めます。受けた恩に対して、何らかの形で報いたいという気持ちが芽生えるのです。その返礼は、転職せずに会社に留まり続けるという形で現れることもあれば、より積極的な貢献として示されることもあります。例えば、自分の公式な職務範囲を超えて、困っている同僚を助けたり、新人の面倒を見たり、組織を良くするための改善提案を行ったりする。こうした自発的な協力行動は、組織全体のパフォーマンスを底上げしていくものです。

興味深いのは、この贈与交換の論理が、企業特殊的スキルの研修では働きにくいという点です。企業特殊的スキルは、その名の通り、その企業でしか価値を持ちません。したがって、その研修は個人のためというよりも、企業の利益に直結する投資であるという側面が強くなります。従業員もそれを理解しているため、研修の機会を「贈り物」とは感じにくく、給与や昇進といった経済的な取引の一部として捉えるでしょう。結果、自発的な協力を引き出す力は、汎用スキル研修の場合ほど強くはならないと考えられます。

企業のボランティア支援は贈与となり、スキル向上と成功認識を促す

企業が従業員に対して行う支援は、先ほど見たスキル研修だけにとどまりません。近年、多くの企業が従業員のボランティア活動を支援する制度を導入しています。これには、活動のための有給休暇を認めたり、会社の施設や備品の使用を許可したり、活動団体へ金銭的な寄付を行ったりと、様々な形があります。これもまた、企業の直接的な利益にすぐには結びつかないように見える活動です。

しかし、このボランティア支援という行為も「贈与交換」の視点から眺めることで、組織と従業員の双方にとって価値ある循環を生み出すプロセスが浮かび上がってきます。

この関係を明らかにするために、カナダで行われた全国調査のデータを見てみましょう[2]。この調査では、ボランティア活動を行っている多くの就労者を対象に、勤務先から何らかの支援を受けているか、年間にどれくらいの時間をボランティアに費やしているか、その活動を通じてどのようなスキルを身につけたか、といった点が尋ねられました。

分析の結果、勤務先からボランティア活動への支援を受けている従業員は、そうでない従業員に比べて、活動に費やす時間が長いことが分かりました。企業からの支援は、活動への物理的な障壁(時間の制約など)を取り除くだけでなく、「あなたの活動は価値あるものだ」という肯定的なメッセージを送ることになります。これが従業員のモチベーションを高め、より多くの時間を活動に注ぐことにつながるのです。企業からの支援は、従業員にとって価値ある「贈り物」として機能していると解釈できます。

ボランティアに多くの時間を費やす従業員ほど、活動を通じて新たなスキルを習得したと報告する割合が高いことも確認されました。長時間活動に関わることで、より責任のある立場を任されたり、多様な課題に取り組んだりする機会が増え、コミュニケーション能力や問題解決能力、リーダーシップといった様々なスキルが磨かれていきます。これは、ボランティア団体が従業員に対して提供する、いわば「返礼の贈り物」と見なすことができるかもしれません。

このプロセスはここで終わりません。ボランティア活動で新たなスキルを身につけた従業員は、その後の仕事において二つの肯定的な結果を得ていました。一つは、自身の仕事における成功の可能性が高まった、という主観的な認識です。ボランティアで得たスキルが自信となり、本業の遂行能力が向上したと感じるようになります。もう一つは、勤務先からボランティア活動に対して、表彰や感謝状といった公式な承認を得る可能性が高まるという事実です。

この最後の点が、贈与交換のサイクルを完結させる上で大切です。企業は最初にボランティア支援という「贈り物」を従業員に提供します。それに応えて従業員は活動に励み、新たなスキルという形で価値を身につけます。企業がその従業員の成長や貢献を公式に「承認」することで、最初の贈り物に対する感謝を示し、交換関係を強化するのです。この一連のやり取りを通じて、従業員は「自分の成長を会社が見てくれている」と感じ、組織への信頼感や愛着を深めていくでしょう。

知識共有は、ネットワーク構造と贈与交換の相互作用によって生まれる

組織の競争力は、そこに蓄積された知識をいかに活用できるかにかかっています。しかし、知識は組織という箱の中にただ存在するだけでは価値を生みません。個人の頭の中にあるアイデアや情報が、他者と交換され、組み合わさることで、新しい価値が生まれます。この知識の交換は、組織の中でどのように起こるのでしょうか[3]

この問いに答えるための一つのアプローチが、組織内のコミュニケーションのつながりを分析する「社会ネットワーク分析」です。これは、組織の人々を点(ノード)とし、誰と誰がやり取りしているかを線(リンク)で結んで、その構造を可視化する手法です。この地図を描いてみると、多くの場合、いくつかの特徴が見えてきます。

例えば、公式な組織図とは別に、人々が日常的に頼りにしている非公式な情報交換のネットワークが存在することや、異なる部門やグループをつなぐ橋渡しのような役目を、ごく少数の特定の人物が担っていることなどが明らかになります。

しかし、この構造分析だけでは説明できないことがあります。それは、たとえ二人の間にコミュニケーションの経路があったとしても、なぜ価値ある知識が実際に交換されるのかという「動機」の問題です。ネットワークの地図は、あくまで川の流れうる道筋を示しているに過ぎません。そこに水を流そうとする人々の「意志」がなければ、川は干上がったままです。特に、成果が不確実で、個人の貢献度も測りにくいイノベーションのような活動においては、上司からの命令や契約だけで、人々が持つ価値ある知識の交換を促すことには限界があります。

ここで再び、「贈与交換」の理論が力を発揮します。価値ある知識やアイデア、あるいは他者の計画に対する的確なフィードバックといったものは、金銭的価値に換算しにくい、優れた「贈り物」となり得ます。ある人が、自分の時間と労力を割いて、同僚に有益な情報を提供したとしましょう。これは、相手に対する一種の贈与です。情報を受け取った同僚は、感謝の念を抱くとともに、「自分もいつかこの人のために何かをしよう」という返礼の義務感を持ちます。

知識の贈与交換には、特有のルールがあります。重要なのは、返礼がすぐに行われないことです。もし情報提供に対して即座に「これで貸し借りなしだ」というような見返りがあれば、それは取引となり、二人の間に信頼関係は育ちません。贈り物をし、返礼を待つという時間的な隔たりが、「自分たちは互いに助け合う仲間だ」という義務感と信頼の絆を生み出し、関係を維持させます。

このメカニズムは、企業に所属する科学者たちの間で顕著に見られます。ある研究によれば、学術論文を積極的に発表し、科学コミュニティ全体に知識を「与える」科学者は、そうでない科学者よりも結果的に多くのものを得ているという傾向が示されました。知識を広く与えることで評判が高まり、他社の研究者から、まだ公になっていない最先端の情報や実験のヒントといった、非公式な知識を「受け取る」機会が増えるからです。

研究者の知識共有は、無私と計算が共存する贈与交換の実践である

知識の創造と共有を本質とする学術の世界は、「知識の贈与交換」がどのような力学で動いているのかを観察するための舞台となります。フランスとドイツの研究者を対象に行われたインタビュー調査は、知的な共同体の中で交わされる知識のやり取りが、単純な美談では語れない、人間の感情や社会的な力学が絡み合う実践であることを描き出しています[4]

この調査で浮かび上がってきたのは、一見すると矛盾しているように思える、いくつかのパラドックスでした。第一のパラドックスは、「無私なる贈与」と「戦略的な計算」の共存です。インタビューに答えた研究者たちは、口を揃えて、知識を共有する喜びや知的好奇心といった内面的な動機を熱心に語りました。そして、キャリア上の利益などを目的に行動する他の研究者を「計算高い」と批判することもありました。

しかし、いざ自分自身の行動について語り始めると、誰にどのくらいの時間や労力を割くか、そのやり取りが見合っているかといった、授受のバランスに対する鋭い感覚をのぞかせるのです。

これは、彼ら彼女らが偽善的であるということではありません。むしろ、これは贈与交換の本質的な特徴を表しています。贈与交換の世界では、あからさまな損得勘定を口にすることはタブーとされます。やり取りはあくまで、自発的で気高い行為として行われなければなりません。しかしその水面下では、関係性が一方的な搾取に陥らないよう、バランスを維持しようとする意識が働いています。

第二のパラドックスは、「対等な関係への憧れ」と「非対称な交換の現実」です。多くの研究者は、知識の交換は地位や階層に関係なく、対等な立場で行われるべきだという理想を語りました。しかし、実際のやり取りを見てみると、ベテラン研究者と若手研究者、あるいは教授と学生といった、当事者間の地位の違いが交換のあり方を規定していました。

例えば、ベテラン研究者が若手に対して多くの時間と労力をかけて助言を与えることは、一方的な贈与に見えますが、コミュニティの中では「バランスが取れている」と見なされます。そこには、地位の高い者がコミュニティに対してより多くを貢献すべきだ、という暗黙の規範が存在するからです。知識交換の場は、地位の違いを乗り越える機会をもたらすと同時に、既存の地位関係を再生産する場としても機能しているのです。

第三のパラドックスは、「創造への情熱」と「コミュニケーションの困難さ」です。研究者たちは、自らの研究テーマについて語る際、「情熱」という言葉を頻繁に用いました。情熱こそが、困難な研究活動を続ける上での原動力となっています。しかし、ここにも一つのジレンマが存在します。自分が最も情熱を注いでいる核となるアイデアほど、それを他者に的確に伝えることが難しいという現実です。

これは、贈与交換の考え方を用いると理解できます。情熱が込められた知識は、単なる客観的な情報ではありません。それは、その人の価値観や経験、感情といった「魂」の一部を含んだ、個人的な「贈り物」なのです。だからこそ、その受け渡しには本質的な難しさが伴います。

学術界における知識共有は、このように、無私と計算、平等と非対称性、情熱と困難さといった、相半ばする要素を内包しながら実践されています。それは、人間的な感情と社会的な規範が織りなす、繊細な贈与交換のドラマと言えます。

脚注

[1] Balkin, D. B., and Richebe, N. (2007). A gift exchange perspective on organizational training. Human Resource Management Review, 17(1), 52-62.

[2] Booth, J. E., Park, K. W., and Glomb, T. M. (2009). Employer-supported volunteering benefits: Gift exchange among employers, employees, and volunteer organizations. Human Resource Management, 48(2), 227-249.

[3] Dolfsma, W. (2008). Making knowledge work: Intra-firm networks, gifts, and innovation. Knowledge Organization, 35(4), 222-228.

[4] Antal, A. B., and Richebe, N. (2008). A passion for giving, a passion for sharing: Understanding knowledge sharing as gift exchange in academia. Journal of Management Inquiry, 18(1), 78-95.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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