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コラム

言葉ひとつが変える受容:翻訳の言語操作

コラム

組織の現場では、日々様々な知識や考え方が行き交っています。本部から降りてくる新しい方針、現場の担当者が肌で感じる顧客の変化、外部から持ち込まれる経営手法。こうした知識は、そのまま素直に伝わるわけではありません。必ず誰かの手によって「翻訳」されます。

この翻訳のプロセスは、一見すると地味で目立ちません。しかし実際には、組織がうまく機能するか否かを左右する営みです。本コラムでは、四つの異なる角度から、知識の翻訳がどのように起こり、何が翻訳を左右するかを見ていきます。国の政策が地域で形を変える様子、経営手法が日常業務の中で変質する過程、現場の知恵が本社で軽んじられる理由、言葉の使い方一つで受け入れられ方が変わる実態を探っていきます。

抽象政策は地域価値と結合し多様な組織へ翻訳される

デンマークでは2007年に地方分権改革が実施され、「ヘルスケア・センター」という新しい構想が打ち出されました。国は抽象的な理念だけを示し、具体的な中身は各自治体に委ねました。結果、18の自治体が同じ名前の施設を作ったにもかかわらず、その実態は驚くほど多様なものとなりました。

研究チームは18の自治体すべてについて、政策文書を読み込み、政治家や管理職、センターのマネージャー、医師などにインタビューを行いました[1]。分析の結果、自治体の説明は四つの異なる論理に基づいていることが分かりました。

第一は「国家の論理」で、住民が平等に医療にアクセスできることを重んじます。第二は「専門職の論理」で、慢性疾患を抱える人々が自分で健康を管理できるよう支援し、生活の質を高めることに価値を置きます。第三は「企業の論理」で、患者の情報連携や効率的な運営で入院費を抑えることを目指します。第四は「地域共同体の論理」で、地元のアイデンティティを守ること、既存の施設や人材を活用すること、地域の雇用を維持することに重きを置きます。

興味深いのは、第四の論理が政策文書には明記されていなかった点です。現場でインタビューを重ねると、自治体の担当者たちはしばしば地域の課題や価値観に言及しました。この地域共同体の論理は、他の三つの論理と結びつきやすい性質を持っていました。

自治体は、これら四つの論理を様々に組み合わせることで、自分たちのセンター構想を正当化し、三つの異なる組織形態を生み出しました。「旗艦型組織」は、新しく象徴的な建物を建て、地域のブランドを作り出すことに力点を置きました。「活用型組織」は、既にある人材や施設を最大限に活用し、自治体の財政を健全に保つために入院を減らすことを目標に掲げました。「地域成長型組織」は、衰退の危機にある地域病院や建物を中心に据え、地元の雇用や活動を維持することを第一の目的としました。

これら三つのタイプは、どの論理をどう解釈し、どう結びつけるかの違いから生まれました。物理的な資源、すなわち既にある建物や施設の状況が、翻訳の方向を左右しました。ここで見逃せないのは、異なる論理が必ずしも対立しなかったことです。国家の論理は「オープンに誰でも使える」という解釈に変えられ、地域を大事にする考え方と矛盾しませんでした。専門職の論理も「生活の質」という広い射程を持たされることで、地域福祉的なアプローチと手を結びました。

この研究が教えてくれるのは、抽象的な政策やアイデアが現場に降りてくるとき、それは機械的にコピーされるのではなく、「編集」されるということです。編集の方向を決めるのは、その土地の価値観、直面している課題、既にある建物や人材といった物理的な条件です。

経営思想の翻訳は、意図でなく日々の実践の流れが条件づける

スウェーデンの移民局で「リーン経営」という手法が導入されたとき、組織のリーダーたちは明確なビジョンを持っていました。しかし、実際に数年後にできあがった組織の姿は、当初の構想とは異なるものでした。この変化は、誰かが意図的に方向転換したからではありません。日々の小さな実践の積み重ねが、気づかぬうちに別の形を作り出していたのです。

研究者たちは2012年から2014年にかけて、67回のインタビューを行い、実際の職場を観察しました[2]。焦点を当てたのは、仕事のスケジュールを決める実践と、成果を監視する実践という二つの日常業務でした。

リーン導入前、移民局のケースオフィサーたちは「地域専門家」として位置づけられていました。各自が特定地域の専門知識を持ち、自分が担当する申請のケースに対して排他的なコントロールを持っていました。処理にかかる時間は1ヶ月のこともあれば6ヶ月のこともありました。

リーン導入とともに、まずチーム制が導入されました。当初、チームリーダーは各オフィサーの専門性と作業負荷を考えながら、手動でケースを割り当てていました。しかし、これは非常に時間のかかる作業でした。この手間を減らすため、次にOutlookカレンダーシステムを使った電子的なスケジュール管理が導入され、最終的には自動スケジューリングシステムへと発展しました。このシステムは週3件という標準生産目標に基づき、専門性や経験を考慮せず、利用可能性のみを基準にケースを自動的に割り当てるようになりました。

同時に、成果を監視する実践も変わっていきました。リーン導入後、チームリーダーのオフィスにあるホワイトボードの前で、毎朝15分間の立ちミーティングが始まりました。当初のホワイトボードは、仕事の流れを分析し、問題を見つけて改善するためのツールとして使われました。各ケースが行政プロセスのどの段階にあるかを視覚化し、どこで滞っているかを見つけて、チーム全体で改善策を話し合いました。

しかし、自動スケジューリングシステムが導入され、週3件という標準目標が設定されると、ホワイトボードの焦点が変わりました。いまでは、個々のオフィサーのパフォーマンス指標が中心になっています。プロセスの改善から、個人の成果の改善へと、ミーティングの主題が移っていきました。

この変化の過程で、オフィサー自身も、申請者も、その意味合いが変わっていきました。オフィサーは、地域専門家から標準化された生産資源へと変わりました。申請者は、特定地域からの固有のケースから標準化された生産単位へと変わったのです。

ここで鍵となるのは、これらの変化が誰かの意図的な選択の結果ではなかったという点です。変化は、日常の小さな実践が次の実践を条件づけていく流れの中で生じました。手動でのスケジュール管理は時間がかかるという問題を生みました。その問題に対処するために電子カレンダーが導入されました。電子カレンダーにも調整の手間が残ったため、自動システムが導入されました。自動システムは専門性を無視しましたが、それは意図的に専門性を軽視しようとしたからではなく、スケジュール管理の手間を減らすという流れの中で自然に選ばれた解でした。

この事例が明らかにするのは、経営思想の翻訳は、影響力のあるリーダーが許可し促進する範囲でのみ変わるのではないということです。経営思想は、日々の仕事の実践と切り離せません。ある実践が次の実践を条件づけ、その次の実践がまた別の条件を作り出していきます。この流れは偶発的で、予測しにくく、誰かがコントロールできるものではありません。翻訳は、意図よりも、実践の流れによって条件づけられています。

組織末端の現場知は、中心へ伝わる際に翻訳されるが軽視される

あるパン製造会社が、消費者の嗜好変化を把握するために外部のマーケットリサーチ会社を雇いました。しかし、実際には毎日配送を行うドライバーたちが、店主との何気ない会話を通じて同じ情報を持っていました。貴重な情報は既に社内にあったのに、誰もドライバーに聞こうとはしませんでした。

この種の皮肉な状況は、多くの組織で繰り返されています。三つの異なる職場を調べた研究が、この問いに光を当てています[3]。第一の職場は、コピー機の修理技術者たちでした。技術者は、各顧客のオフィスに設置されたコピー機の癖を熟知していました。技術者たちは昼食時に集まって、その日の経験や解決した問題について話を交わし、集合的な知識を蓄積していきました。しかし、製造会社の経営陣は、技術者たちが研究開発や戦略決定に価値ある情報源であることに気づきませんでした。

第二の職場は、イスラエルの国営企業で働くコミュニティ・オーガナイザーたちでした。オーガナイザーの仕事は、地域住民のニーズを把握し、コミュニティセンターのプログラムを開発することでした。組織の運営原則は「地域のニーズに基づく」と明記されていました。にもかかわらず、実際のプログラム設計は中央オフィスで行われ、オーガナイザーへの相談はありませんでした。

これら三つの職場に共通するのは、働く人々が「二重の周辺性」に置かれていることです。まず、組織の階層構造の中で下位に位置し、権力の中心から遠く、意思決定には関わりません。次に、組織の境界を越えて外部の人々と日常的に接しています。この二重の周辺性の交差点で、彼ら彼女らは「二つの文化をつなぐ翻訳者」として機能しています。顧客や住民の言葉と論理、組織内部の言葉と論理、その両方を理解し、橋渡しをしています。

しかし、この翻訳作業は評価されません。なぜでしょうか。一つの理由は、知識の階層構造にあります。19世紀から20世紀にかけて、「科学的」知識と「実践的」知識の間に明確な序列が作られました。科学的知識は、大学教育を通じて習得され、普遍的で一般化可能なものとされました。一方、実践的知識は、経験を通じて身につけられ、特定の状況にしか通用しないものとされました。

組織の中で、誰の知識が「価値ある知識」とされるかは、この階層構造に沿って決まります。大学で経営学を学んだマネージャーの知識は「専門知識」として尊重されます。一方、現場の担当者が日々の仕事の中で培った知識は「個人的な経験」として軽んじられます。

この構造は、職業的地位とも絡み合っています。コピー機技術者、コミュニティ・オーガナイザー、配送ドライバー。これらの職業は、組織の中で「サポート的」「補助的」な位置づけを与えられています。彼ら彼女らの仕事は、身体を使う労働として理解され、「頭を使う」知的労働とは区別されます。結果、彼ら彼女らが持つ知識は見えなくなります。

さらに、翻訳という作業自体が見えにくい性質を持っています。翻訳は日常業務の一部として、ごく自然に行われます。この一連の行為の中に翻訳が埋め込まれているため、「翻訳している」という認識すら生まれません。

この構造が生み出す帰結は、組織にとって損失です。外部環境の変化を最も早く感じ取る人々の知識が、意思決定に反映されません。さらに、周辺で働く人々は、自分の知識が評価されないことを学習していきます。次第に、わざわざ伝えようとしなくなります。

この研究が突きつけるのは、知識の問題が心理的な問題ではなく、社会的に形成された構造の問題だということです。どの知識が価値あるものと見なされ、誰の発言が聞かれるべきだと考えられているか。この根底にある前提を問い直さない限り、周辺部の知識は翻訳されても軽視され続けるでしょう。

経営アイデアの翻訳は、対話における微細な言語操作で進む

英国の官民連携組織で、新しい品質管理の仕組みが導入されることになりました。二人の研修トレーナーが、現場の職員たちに新制度を説明する研修を行いました。研究者たちは、この研修の一日を詳しく記録し、やり取りを一言一句、文字に起こしました[4]。その対話の細部を分析すると、緻密な言語操作が展開されていることが分かりました。

研修の冒頭、トレーナーは「共感」という道具を使いました。「監査の時期になると、皆さんはファイルを探し回って大混乱になりますよね」。聴衆の苦労を言語化することで、「私はあなたたちの大変さを分かっている」というメッセージを送りました。続いて、「利害の付与」という道具を使いました。「この新しい仕組みを使えば、仕事が楽になりますよ」。聴衆にとってのメリットを明示し、新制度への関心を引き出しました。

ただし、トレーナーは自分自身の利害については距離を置きました。「この品質管理フレームワークが導入された」という表現を使い、誰が導入を決めたかを曖昧にしました。これは「名詞化」という道具です。行為の主体をぼかすことで、新制度を既成事実として提示し、抵抗の矛先をそらしました。「私たち」という言葉を繰り返し使うことで、トレーナーは聴衆と自分を同じ側に位置づけました。

研修が進むと、参加者から不満の声が上がりました。この「荒波」に対して、トレーナーは話し方を切り替えました。「外在化」という道具を使いました。「これは監査要件なんです。外部からの要求があって、それに応えなければならない」。新制度を外部環境の「事実」として描くことで、内部の誰かの意思ではなく、必然的なものだと位置づけました。

同時に、「フッティングの操作」という道具を使いました。フッティングとは、発話における自分の立場のことです。トレーナーは「私たちは設計者じゃなくて、伝える役割を担っているだけ」と述べました。これは、新制度の「作者」から「単なる伝達者」へと自分の立場を後退させる操作です。批判の矛先が自分に向かわないようにしたのです。

コーヒーブレイクの非公式な会話では、より繊細な操作が見られました。参加者が「最初は手間が増えるだけじゃないか」と漏らしたとき、トレーナーは「譲歩」という道具を使いました。「確かに、最初のうちは余計な作業に感じるかもしれません」。反論を部分的に認めることで、公正さを示しました。その上で、「真正性」という道具を使いました。「でも、私は本当に思うんです。監査の時期に走り回らなくていいって、すごく助かると」。個人的な確信として語り、台本的な説明ではなく本音だと伝えました。

これらの言語操作は、対話の瞬間瞬間で選び取られていました。参加者の反応を見ながら、共感、利害付与、外在化、譲歩、真正性という道具を切り替え、組み合わせていきました。

この分析が明らかにするのは、経営アイデアの翻訳が「話し方の工夫」という実践の束に支えられているということです。トレーナーは、ただ情報を伝えていたのではありません。誰が当事者で、何が前提で、どこに責任があるかを、言葉の使い方一つで動的に組み替えていました。「私たち」という言葉一つでも、使い方次第で意味が変わります。名詞化で主体をぼかせば、抵抗の矛先をそらせます。譲歩で反論を認めつつ、真正性で確信を語れば、信頼が生まれます。

翻訳は、大きな決断の瞬間だけに起こるのではありません。日常の対話の細部、言葉の選び方、立ち位置の微調整といった地味な営みの中で、少しずつ進んでいきます。そして、その細部に、翻訳の成否を左右する力が宿っています。

脚注

[1] Waldorff, S. B. (2013). Accounting for organizational innovations: Mobilizing institutional logics in translation. Scandinavian Journal of Management, 29(3), 219-234.

[2] Hultin, L., Introna, L. D., and Mahring, M. (2021). The decentered translation of management ideas: Attending to the conditioning flow of everyday work practices. Human Relations, 74(4), 587-620.

[3] Yanow, D. (2004). Translating local knowledge at organizational peripheries. British Journal of Management, 15, S9-S25.

[4] Mueller, F., and Whittle, A. (2011). Translating management ideas: A discursive devices analysis. Organization Studies, 32(2), 187-210.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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