2026年3月10日
形式化と機能不全:レッドテープが生まれるメカニズム

「お役所仕事」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。なかなか進まない手続き、複雑で分かりにくい申請書類の山、あるいは次々と求められる承認の印鑑。多くの人が、このような経験からくる徒労感やもどかしさを感じたことがあるかもしれません。こうした現象を、専門的には「レッドテープ」と呼び、組織の非効率性の象徴として語ります。
しかし、この誰もが一度は目にしたことがあるであろうレッドテープの正体を、私たちはどれほど理解しているのでしょうか。それは、単にルールが多いことなのでしょうか。実は、この現象は真剣に探求されてきた分析の対象です。研究者たちは、その正体を突き止めるべく、概念を定義し、発生のメカニズムを理論化し、さらにはその量を測定する方法を開発してきました。本コラムでは、そうした知的な探求の軌跡をたどり、「レッドテープとは何か」という問いに迫ります。
レッドテープの発生源を理論化し公的組織に多い理由を検討
私たちが組織の中で感じる息苦しさや非効率さ、いわゆるレッドテープの正体を探る道のりは、「レッドテープとは何か」という定義を明確にすることから始まります。それは手続きが煩雑であることと同義なのでしょうか。ある研究は、この概念を掘り下げ、その構造と発生のメカニズムを理論的に解き明かそうと試みました[1]。
ルールや手続きには二面性があり、担当者の独断を防ぐ公平な保護手段として機能する一方、本来の目的を見失い活動の足かせとなることもあります。この混乱を避けるため、研究の世界では、ルールが存在すること自体(形式化)と、それが機能不全に陥った状態(レッドテープ)とを区別します。レッドテープは組織が抱える一種の「病理」であり、問題はルールの数ではなく、その質や状態にあると考えるのです。
この考え方に基づくと、レッドテープは「本来、そのルールが達成しようとしていた目的(機能的対象)に対して全く有効でないにもかかわらず、組織や人々に遵守するための負担だけを強いる規則や手続き」と定義されます。この定義の肝心な点は、レッドテープをルールの「機能不全」として捉えていることです。また、ある人には保護手段でも、別の人には邪魔な手続きと映ることから、「特定の関係者が価値を置く目的の達成に貢献しないにもかかわらず、遵守の負担を伴う規則」という、より主観的な定義も導かれます。
機能不全に陥ったルールは、どのように生まれるのでしょうか。その発生プロセスは、大きく二つのタイプに分類できます。一つは「生まれながらに悪いルール」です。これは、ルールが作られた時点ですでに問題を含んでいるケースです。例えば、問題の本質を十分に理解しないままルールが設計されたり、組織の公式な目的とは関係なく、個人の権力拡大といった不純な動機で作られたりする場合がこれにあたります。
もう一つは、「善良なルールが悪に変わる」というプロセスです。こちらは、制定当初は有効だったルールが、時間の経過とともに機能不全に陥っていくケースです。例えば、ルールの本来の意味や精神が忘れ去られ、形骸化した儀式のように遵守されるだけになる「ルールドリフト」という現象や、技術革新によってルールが時代遅れになることなどが挙げられます。
こうした理論的な枠組みは、「公的組織でレッドテープが多いのはなぜか」という古くからの問いに答えるための手がかりをくれます。その理由は、公的組織に固有ではないものの顕著に見られる「相関的な原因」と、公的組織であること自体に根差す「内在的な原因」に分けて考えられます。
前者には、民間組織に比べて多くの外部組織(議会など)からルールを課される「外部からの統制」や、顧客の不満が売上減少として跳ね返ってくるような市場からのフィードバックが働きにくい構造が挙げられます。後者には、政府が持つ「主権的な政治的権威」が関わります。政府は国民に対して正当な強制力を持つ存在であり、その強大な権力の乱用を防ぐために、市民は厳格な手続きを要求します。この手続き的保護は不可欠ですが、時にそれ自体が目的化し、本来の政策目標の達成を妨げるレッドテープと化すことがあります。
レッドテープと公式化は理論的にも経験的にも区別可能
先ほどは、レッドテープを目的を果たせなくなった「機能不全」という病理として捉え、ルールが存在する「公式化」とは区別しました。しかし、この理論的な区別は、あくまで頭の中での整理に過ぎないのでしょうか。それとも、現実の組織で働く人々も、この二つをきちんと見分けているのでしょうか。この問いに、実際のデータを用いて答えようとした研究があります[2]。
これまでの研究の歴史を振り返ると、レッドテープと公式化という二つの概念は、しばしば混同されてきました。初期の研究では、レッドテープは明確な定義なしに、漠然と規則の多さとして扱われることが多かったのです。しかし、研究が進むにつれて、ただの規則の存在ではなく、「過剰で、扱いにくく、無意味だと認識される手続き」といった「機能不全」の側面を捉える定義へと進化し、ある研究者は、公式化を組織の正常な「生理機能」、レッドテープを「病理」に例え、両者の違いを鮮明にしました。
この流れを受け、ある研究チームは、二つの概念が本当に別物なのかを経験的に確かめるための調査に乗り出しました。調査の対象となったのは、米国の三つの州にまたがる公的、私的、非営利組織の管理者たちです。この研究の核心は、管理者たちに尋ねる質問の内容を工夫し、「レッドテープ」を測るための質問と「公式化」を測るための質問を、それぞれ複数用意した点にあります。
これらの回答データを集め、分析しました。結果、レッドテープに関する質問項目群と、公式化に関する質問項目群は、それぞれ全く別のグループを形成しました。この結果が意味することは、調査に協力した管理者たちが、頭の中で「規則がどのくらい詳細に定められているか(公式化)」ということと、「その規則が組織の目的達成を邪魔しているか(レッドテープ)」ということを区別して認識し、回答していたということです。
この実証分析によって、レッドテープと公式化は、理論上の区別だけでなく、組織で働く人々の認識においても区別される独立した概念であることが裏付けられました。これによって、研究者たちは自信を持ってレッドテープという現象を一つの測定対象として捉えることができるようになりました。
レッドテープ測定は質問の言葉遣いや定義提供に影響を受ける
レッドテープと、ルールが存在するだけの「公式化」とは、人々の認識の中でも区別される別個の現象であることが確認されました。これによって、レッドテープを測定の対象として扱う道が開かれました。しかし、何かを「測る」という行為は、私たちが思う以上に繊細なものです。特に、人々の認識や評価を尋ねる調査においては、「聞き方」が「答え」に与えるものは決して小さくありません。この測定方法に潜む問題に光を当てた実験的な研究があります[3]。
多くの研究で、組織のレッドテープを測定するために、ある種の「定番」となっている質問項目が使われてきました。それは、「レッドテープを『組織の有効性に否定的な影響を与える煩雑な行政規則や手続き』と定義する場合、あなたの組織におけるレッドテープのレベルをどのように評価しますか」という形式のものです。この質問は、回答者に共通の定義を提供することで、回答のブレをなくそうという意図で設計されています。しかし、この親切に見える定義の提示が、かえって回答を特定の方向に導いてしまっている可能性はないのでしょうか。
この疑問を検証するため、ある研究は、地方自治体の管理職を対象としたウェブ調査の中で、実験を行いました。回答者をランダムに四つのグループに分け、それぞれに少しずつ言葉遣いが異なるレッドテープに関する質問を投げかけました。第一のグループには、先ほどの「オリジナル」の質問を提示しました。第二のグループには、レッドテープという言葉の定義は直接示さずに、有効性に悪影響を与える規則について考えた上で評価を求めました。第三のグループには、定義そのものを「説明責任、透明性、公平性、公正性に否定的な影響を与える煩雑な行政規則や手続き」へと変えてみました。これは、従来の定義が「有効性」に偏りすぎているのではないか、という問題意識に基づいています。第四のグループには、何の定義も与えず、単に組織のレッドテープのレベルを評価するよう尋ねました。
この四つの異なる「聞き方」で得られた回答を比較したところ、言葉遣いや定義の有無が、評価の結果を左右することが分かりました。各グループが回答したレッドテープのレベルの平均値を比べると、最も高い数値を報告したのは、何の定義も与えられなかった第四のグループでした。逆に、最も低い数値を報告したのは、「説明責任」や「公平性」といった価値との関連で尋ねられた第三のグループでした。このことから、質問の中でどのような定義が提供されるか、あるいは提供されないかが、回答者が認識し報告するレッドテープの量を変動させることが分かります。
分析を進めると、どのような要因がレッドテープの認識と関連するのか、その関係性自体も質問の仕方によって変化することが見えてきました。例えば、「説明責任」や「公平性」の定義で尋ねられたグループでは、組織の規模が大きいほど、また人種的にマイノリティに属する回答者ほど、レッドテープを高く認識していました。一方で、何の定義もなく尋ねられたグループでは、女性の回答者が男性よりも有意に高いレベルのレッドテープを報告しました。
この研究は、レッドテープの測定という行為が、いかに繊細な言葉の選択の上に成り立っているかを明らかにしました。単一の質問で組織全体のレッドテープを尋ねることの難しさが浮き彫りになったのです。
レッドテープを負担と機能性欠如の二次元で測る尺度を開発
これまでの探求を通じて、レッドテープという現象の複雑な姿が浮かび上がってきました。特に、組織全体という大きな主語でレッドテープを尋ねることの曖昧さは、測定における壁として立ちはだかります。この課題に正面から向き合い、より現場で働く人々の実感に近い形でレッドテープを捉えようとする測定アプローチが提案されています[4]。このアプローチは、まず既存の測定法が抱える、ルールを守るための「負担」に偏りがちで、ルールが本来の目的を果たしていないという「機能性の欠如」を十分に捉えきれていない、といった問題意識から出発します。
そこで研究者たちは、レッドテープを二つの異なる次元を持つものとして捉え直しました。一つは「コンプライアンス負担」です。これは、ルールを遵守するために、過剰な時間や労力を費やさなければならない度合いを指します。もう一つが「機能性の欠如」であり、これは、そのルールが意図された目的を達成する上で役に立っていないと認識される度合いです。この「負担」と「機能性」という二つの軸を用いると、私たちは日々の業務で出合うルールを四つのタイプに分類して考えることができます。負担が大きく、機能性も低いものが「レッドテープ」。負担は大きいけれども、目的達成のために必要不可欠だと認識されているものは「必要な官僚制」。負担は小さいものの、特に何の役にも立っていないものは「不必要なルール」。負担が小さく機能性も高いものが「高品質なルール」となります。
この二次元の枠組みに加えて、このアプローチが提唱するもう一つの重要な柱が、「職務中心アプローチ」です。これは、組織全体という漠然とした対象ではなく、従業員一人ひとりが「自分の仕事」の中で直接経験するルールに焦点を当てる考え方です。自分の仕事に直結するルールであれば、その負担の大きさや機能性について、より正確で実感に基づいた評価ができるはずです。
このコンセプトに基づいて測定尺度を開発するため、研究者たちは、オランダの中央政府で働く公務員たちにインタビューを行いました。「良いルール」と「悪いルール」について自由に語ってもらう中で、彼ら彼女らが自発的に、ルールを評価する際に「コストや不満(負担)」と「目的を見失っている(機能性の欠如)」という二つの側面から話していることが確認されました。このインタビューで得られた具体的な言葉を基に質問項目が作成され、次に1200人を超える職員アンケートが実施されました。その結果、「コンプライアンス負担」と「機能性の欠如」は、やはりそれぞれ独立した次元として測定できることが証明されました。
新しい尺度を用いて分析された結果は、示唆に富むものでした。従業員が自身の「中核的業務」に関わるルールを「レッドテープだ」と認識している割合は約20%でした。これに対し、「人事業務」や「財務業務」といった管理的な手続きに関するルールについては、その割合が約40%にまで増え、中核的業務の約2倍に達しました。この研究は、現場の従業員の視点から、レッドテープをより高い解像度で捉える新しいツールを提供しました。
脚注
[1] Bozeman, B. (1993). A theory of government “red tape”. Journal of Public Administration Research and Theory, 3(3), 273-303.
[2] Pandey, S. K., and Scott, P. G. (2002). Red tape: A review and assessment of concepts and measures. Journal of Public Administration Research and Theory, 12(4), 553-580.
[3] Feeney, M. K. (2012). Organizational red tape: A measurement experiment. Journal of Public Administration Research and Theory, 22(3), 427-444.
[4] Loon, N. V., Leisink, P. M., Knies, E., and Brewer, G. A. (2016). Red tape: Developing and validating a new job-centered measure. Public Administration Review, 76(4), 662-673.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
