ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

沈黙の裏側を探る:職場に潜む「言わない」の3つの正体

コラム

「何か意見はありますか?」と司会が問いかけても、会議の場を沈黙が支配する。この光景は、日本の多くの組織で日常的に繰り返される一幕ではないでしょうか。私たちはこの「沈黙」を前にしたとき、「参加者の意欲が低い」「良い意見が浮かばないのだろう」「誰かが何か言うのを待っているだけだ」と、単純な理由で片付けてしまいがちです。

しかし、その静寂の裏には、想像以上に多様で複雑な心理が渦巻いています。学術研究では、従業員の沈黙は単なる「発言の欠如」ではなく、明確な意図を持った「行動」であると捉えられています。そして、その行動を引き起こす「動機」は、決して一様ではありません。

この沈黙の仮面の下にある本当の顔、すなわち、その背後にある動機を見誤れば、上司や組織が打つ手は的外れなものになりかねません。例えば、恐怖で口を閉ざしている従業員に対して「もっと積極的に発言しろ」と叱咤激励しても、それはさらなる恐怖を生むだけでしょう。

本コラムでは、どのように従業員の発言を促すかを考える前段階として、学術研究で実証されている「3種類の沈黙」のフレームワークに基づき、あなたの職場に潜むかもしれない沈黙の正体を解き明かしていきます。それぞれの沈黙がどのような動機から生まれ、組織にどのような影響を与えるのかを深く理解することは、より健全で生産的なコミュニケーション文化を築くための、不可欠な第一歩となるはずです。

「どうせ無駄だから」言わない:黙従的沈黙

最初に探るのは、最も受動的である「黙従的沈黙(Acquiescent Silence)」[1]です。黙従的沈黙は、諦めや服従から、あるいは「何を言っても変わらない」という無力感から、発言を差し控えることを表します。

例えば、次のような状態が黙従的沈黙に当てはまります。

  • 「意見を言っても無駄だ」と感じ、ブレインストーミングや定例会議の場で一切アイデアを出さない
  • 明らかに非効率な業務フローが存在していても、「これがここのやり方だから」と改善を働きかけることなく、ただ黙々とそのルールに従う
  • 会議で決定された方針に疑問を感じても、過去に自分の意見が無視された経験から、「どうせトップダウンで決まる」と考え、質問をしない・異議を唱えない

黙従的沈黙は、従業員が過去の経験から「自分の意見や提案が聞き入れられたことがない」「改善を訴えても、結局は何も変わらなかった」といった学習をしてしまった結果として生まれます。つまり、自らの発言が状況に影響を与えるという感覚を失ったことで、組織の意思決定や日々の業務改善プロセスに関与することを諦め、沈黙してしまっているのです。

このタイプの沈黙は、表立った怒りや反発といった強い感情を伴いません。むしろ、一見すると「従順」に見えるため、問題として認識されにくいという厄介な特徴を持っています。会議で全く発言せず、決まったことには黙って従う。非効率な業務プロセスに気づいていても、文句一つ言わずに淡々とこなす。表面的には「問題のない従業員」と映るかもしれませんが、その内面では仕事への熱意や組織への愛着感が低下していると考えられます。

アメリカの会社員約300名を対象とした研究[2]では、黙従的沈黙が、感情的な燃え尽きに近い状態を招いたり、仕事への関心を失って早退や欠勤が増えたりすることにつながり、ひいてはパフォーマンスの低下につながることが示されています。諦めや無力感を常に抱えているため、それらの感情に対処するためにエネルギーが足りなくなり、目の前の仕事から気を逸らしたり、早退や欠勤をしたりすることで、結果としてパフォーマンスが下がってしまうのです。

また、最新の知見として、黙従的沈黙を放置することは、人間関係や組織に対しても悪影響を及ぼすことが示唆されています。ヨーロッパの様々な業種で働く会社員約600名を対象とした研究[3]で、黙従的沈黙を行うことが、沈黙している本人の組織に対する一体感や帰属意識を低下させ、その結果として、同僚の意見を無視したり見下したりするような発言が増加することが示されました。

このように、黙従的沈黙は、一見すると波風を立てない従順な態度に見えますが、その内実では従業員個人のパフォーマンスを蝕むだけでなく、組織全体へと深刻な悪影響を及ぼす危険性をはらんでいます。この静かな諦めは、単なる「個人の性格」や「組織への順応」と見過ごすことなく、組織の健全性を脅かすシグナルとして捉える必要があるのです。

「自分のために」言わない:防衛的沈黙

黙従的沈黙とは対照的に、能動的で意図的な選択として、「防衛的沈黙(Defensive Silence)」があります。防衛的沈黙は、「発言することが個人的に危険である」という恐れから、自分自身を守るために発言を差し控えることを表します[4]

例えば、以下のような状況が防衛的沈黙に当てはまります。

  • 上司の提案に明らかな欠陥を見つけても、反論すれば「生意気だ」と睨まれることを恐れて黙っている
  • プロジェクトの重大な遅延や問題に気づいているが、報告すれば自分が責任を追及されるかもしれないと考え、口をつぐむ
  • 同僚の不正行為を目撃したが、告発して村八分にされることを恐れ、見て見ぬふりをする

この沈黙の背景にあるのは、報復・人間関係の悪化・ネガティブな評価・キャリアへの悪影響といった、個人的なリスクに対する強い恐れです。従業員が、発言することによって自らが被るであろう不利益を予測し、そこから身を守るために戦略的に口を閉ざす。これが、防衛的な沈黙の本質です。

重要なのは、防衛的沈黙が「無関心」とは異なるという点です。むしろ、この沈黙を選ぶ従業員は、問題意識や当事者意識を強く持っている場合があります。状況を正確に認識し、「言うべきだ」という思いと、「言えば自分が損をする」という現実との間で葛藤した末に、自分を守ることを選ぶのです。周囲の権力関係やリスクを冷静に分析した上での、痛みを伴う「戦略的撤退」と言えます。諦めているのではなく、組織の中で生き残るために、声を出すという選択肢を封印しているのです。

中国の学術機関に勤務する知識労働者約500名を対象に行われた研究[5]では、防衛的沈黙が増えることで、個人の意見だけではなく、純粋な情報についても知らないふりをしたり共有しなくなったりすることが分かっています。さらにその結果として、組織のルールを無視する・意図的に仕事のペースを落とす・遅刻や欠勤をするといった、生産的でない行動を取るようになることも示されました。

「あなたのために」言わない:向社会的沈黙

これまで見てきた二つの沈黙は、「諦め」や「恐怖」など、ややネガティブに映る動機に基づいて生まれるものでした。最後にご紹介するのは、この二つと方向性が異なる動機から生まれる「向社会的沈黙(Prosocial Silence)」です。この沈黙は、「他者への配慮」や「組織への貢献」といった、利他的・協調的な思いやりから生まれる、極めて高度なコミュニケーション戦略です。

向社会的沈黙は、「他者や組織に利益をもたらすことを目的として、仕事に関連するアイデア、情報、または意見を意図的に差し控えること」を表します[6]。この「善意の沈黙」は、受動的な状態ではなく、状況を判断し、特定の情報を伝えないことが、特に相手やチーム、組織にとって最善の行動であると判断した上で行われる、積極的な選択です。

例えば次のように、向社会的沈黙も職場の様々な場面で起こっています。皆さんも同じように口を閉ざしたことがあるのではないでしょうか。

  • チームの和を乱さないように、些細な意見の対立点をあえて口に出さない
  • プレゼンテーションを終えたばかりの同僚の自信を削がないように、細かな表現の誤りについては指摘しない
  • 同僚のプライバシーに関わる情報を耳にしても、他者に広めないように沈黙を守る

向社会的沈黙という概念の複雑さや、その奥深い側面を理解する上で、経営学や組織行動論の分野でよく扱われる概念である「組織市民行動」、特にその一要素である「スポーツマンシップ」について押さえておく必要があります。

まず組織市民行動とは、「自分の担当業務として明確に決められているわけではないものの、組織全体が円滑に、そして効率的に回るように従業員が自発的に行う行動」を表します[7]。また、スポーツマンシップとは、「職場環境や仕事の進め方が理想通りでなくても、些細なことで不平不満を言わないで、建設的な態度を保つこと」を指します。

この“不平不満を言わない”ことこそが、まさにチームの士気を維持し、目標達成に集中するという、他者志向の目的を持った沈黙の一形態と見なすことができるのです。些細な不満を口にせず、建設的な側面に集中する態度は、協力して仕事を進めていくうえで不可欠な潤滑油となります。

向社会的沈黙には、黙従的・防衛的沈黙とは異なる効果があることが分かっています。複数の研究結果を取りまとめて再分析した研究[8]では、向社会的沈黙を行うことで、本人の仕事に対する満足感が増加したり、自分の役割として決められている仕事に対するパフォーマンスが向上したりすることが分かっています。さらには組織市民行動、つまり自分の役割を超えた組織に対する貢献をより行うようになることも示されているのです。

ただし、善意に基づく沈黙であったとしても、「言わない」こと自体が持つリスクは消えない、ということを忘れてはいけません。例えば同僚のミスを指摘しないことが、仕事の成果を妨げたり、成長の機会を奪ったりすることにもつながり得ます。また、「チームの和を乱さない」という配慮が、重要な問題提起の機会を奪い、より良い意思決定を妨げる可能性があります。

したがって、向社会的沈黙を実践する際には、その沈黙がもたらす短期的な利益と、発言しないことによる長期的な機会損失やリスクを天秤にかける、高度な判断力が求められるのです。

沈黙の動機を見極めることが重要

ここまで見てきたように、「言わない」という一つの行動の裏には、諦め、恐怖、そして善意という、全く異なる三つの心理が隠されています。この動機の違いを理解することは、職場内で有害な沈黙を減らし、建設的なコミュニケーションを活性化させていく上で極めて重要です。

管理職や組織として従業員の沈黙に直面したとき、その背後にある動機を考慮することなく、ただ「発言しろ」と促すための施策、例えばオープン・ドア・ポリシー[9]を講じても、その効果は限定的です。この施策は、恐怖に基づく防衛的沈黙を和らげるかもしれません。しかし、諦めに根差す黙従的沈黙や、意図的な選択である向社会的沈黙にはほとんど影響を与えないかもしれません。

沈黙に対する効果的なマネジメントは、画一的な対策を講じるのではなく、まず自らの組織やチームに蔓延している沈黙がどのタイプなのかを見定めることから始まります。目指すべきは、全ての沈黙を根絶することではありません。むしろ、諦めや恐怖から生まれる有害な沈黙を最小化し、その一方で他者への配慮に基づく有益な沈黙が、適切な場面で活かされるような組織風土を醸成することにあるのです。

脚注

[1] Hao, L., Zhu, H., He, Y., Duan, J., Zhao, T., & Meng, H. (2022). When is silence golden? A meta-analysis on antecedents and outcomes of employee silence. Journal of Business and Psychology, 37(5), 1039-1063.

[2] Whiteside, D. B., & Barclay, L. J. (2013). Echoes of silence: Employee silence as a mediator between overall justice and employee outcomes. Journal of business ethics, 116(2), 251-266.

[3] Weiss, M., & Zacher, H. (2025). Still Waters Run Deep: How Employee Silence Affects Instigated Workplace Incivility Over Time: M. Weiss, H. Zacher. Journal of Business Ethics, 1-18.

[4] 脚注1 Hao, et al, 2022)と同じ

[5] Qi, F. S., & Ramayah, T. (2022). Defensive silence, defensive voice, knowledge hiding, and counterproductive work behavior through the lens of stimulus-organism-response. Frontiers in Psychology, 13, 822008.

[6] 脚注1 Hao, et al, 2022)と同じ

[7] Podsakoff, P. M., & MacKenzie, S. B. (2014). Impact of organizational citizenship behavior on organizational performance: A review and suggestions for future research. Organizational Citizenship Behavior and Contextual Performance, 133-151.

[8] 脚注1 Hao, et al, 2022)と同じ

[9] 「役職者が個室のドアを常に開けておく」という物理的な状態から比喩的に使われることが多い、経営層や管理職が、従業員からの相談や提案をいつでも関係する姿勢を示す、コミュニケーション方針や施策を表します。


執筆者

小田切 岳士 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー
同志社大学心理学部卒業、京都文教大学大学院臨床心理学研究科博士課程(前期)修了。修士(臨床心理学)。公認心理師。働く個人を対象にカウンセラーとしてのキャリアをスタート。その後、企業人事として制度・施策の設計・運用などに携わる。現在は主な対象を企業や組織とし、臨床心理学や産業・組織心理学の知見をベースに経営学の観点を加えた「個人が健康に働き組織が活性化する」ための実践を行っている。特に、改正労働安全衛生法による「ストレスチェック」の集団分析結果に基づく職場環境改善コンサルティングや、職場活性化ワークショップの企画・ファシリテーションなどを多数実施している。

#小田切岳士

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています