2026年3月6日
エンゲージメントを育む職場環境:支援と信頼が生む心理的活力

従業員一人ひとりが、自身の仕事に情熱を注ぎ、自らの能力を存分に発揮している状態。多くの組織がそうした姿を思い描き、その鍵として「エンゲージメント」という概念に関心を寄せています。エンゲージメントとは、従業員が仕事や組織に対して抱く、肯定的で充実した心理状態を指します。それは、朝、仕事に向かう足取りが軽いといった活力、自分の仕事に誇りを持つ献身、時間を忘れるほど作業に没頭する感覚などによって特徴づけられます。
エンゲージメントが高い状態は、本人のやりがいや満足感を高めるだけでなく、組織全体の活性化にもつながると期待されています。しかし、このエンゲージメントという目に見えない心の状態は、一体何によって育まれるのでしょうか。個人の資質や性格だけに依存するものではありません。実は、従業員を取り巻く「職場環境」や、業務を遂行するために利用できる様々な「資源」が、その育成に関わっていることが、学術的な探求から明らかになってきました。
本コラムでは、個人の内面に分け入り、その活力を引き出す源泉となる職場環境と資源のあり方について、いくつかの研究を手がかりに、そのメカニズムを解き明かしていきます。
組織からの支援は、仕事と組織へのエンゲージメントを高める
人が仕事に打ち込むとき、その熱意はどこへ向かうのでしょうか。ある人は、担当する業務そのもの、すなわち「仕事」に深く没入するかもしれません。一方で、別の人は、自身が所属する「組織」全体への貢献に強い意欲を燃やすかもしれません。従業員のエンゲージメントを考えるとき、このように「仕事」と「組織」という二つの対象を区別して捉える視点があります。両者は密接に関連しながらも、その性質は異なります。それぞれを高める要因も、少しずつ違うのかもしれません。
この問いを探るため、ある研究では、カナダの様々な職種で働く102名を対象にアンケート調査が行われました[1]。調査では、エンゲージメントを「仕事へのエンゲージメント」と「組織へのエンゲージメント」に分けて測定し、それらが何によって高まるのか、どのような結果につながるのかを分析しました。
この分析の根底には、「社会的交換」という考え方があります。これは、人間関係における一種の「ギブアンドテイク」の法則のようなものです。組織が従業員に対して価値あるもの、例えば経済的な報酬だけでなく、思いやりや配慮といった情緒的な支援を提供すると、従業員はそれに応えようとします。その「お返し」の一つの形が、自分の役割に対して自らを投じる、すなわちエンゲージメントを高めるという行動です。
分析の結果、興味深い関係性が見えてきました。「組織が従業員の幸福に関心を持ち、貢献を価値あるものとして認めてくれている」という認識、すなわち「組織からの支援」は、仕事と組織、両方のエンゲージメントを一貫して高めることが分かりました。組織から大切にされているという感覚が、従業員に安心感をもたらし、仕事と組織の両方に対して「もっと貢献したい」という気持ちを育むのでしょう。
しかし、二つのエンゲージメントを高める要因は、これだけではありません。仕事へのエンゲージメントに目を向けると、「仕事の特性」が強い関連を持っていました。これは、仕事に与えられた裁量の大きさ、求められるスキルの多様性、自分の仕事が全体の中でどのような位置を占めるのかという意義を感じられることなどを指します。仕事自体が面白く、やりがいのあるものであれば、人は自然とそれに没頭していきます。
他方、組織へのエンゲージメントでは、「手続きの公正さ」が関連していることが確認されました。これは、社内の意思決定プロセスが、一貫性があり、偏りがなく、透明性が保たれていると感じられるかどうかを意味します。公正な手続きによって組織が運営されているという信頼感が、従業員の組織に対する帰属意識や貢献意欲を高めることにつながると考えられます。
これらの結果から浮かび上がるのは、従業員のエンゲージメントが、組織からの包括的な支援という基盤の上に、仕事そのものの魅力と、組織運営の健全さという二つの柱によって支えられている姿です。
良好な職場環境と同僚関係がエンゲージメントを高めて成果につながる
組織からの支援がエンゲージメントの土台となることは先に述べたとおりですが、その支援は、どのような形で従業員の日常に届くのでしょうか。その一つが、日々多くの時間を過ごす「職場環境」です。物理的な快適さだけでなく、そこでの人間関係や空気感が、従業員の心に与える影響は計り知れません。特に、共に働くチームや同僚との関係は、仕事のやりがいを左右する要素です。
従業員のエンゲージメントを予測する要因を包括的に探る目的で、ある調査が中小企業に勤める383名の管理職を対象に行われました[2]。この調査では、職場環境やリーダーシップ、同僚関係、報酬、キャリア開発の機会など、エンゲージメントに関連しうる7つの要因を取り上げ、それらがエンゲージメントをどの程度説明できるのか、エンゲージメントが個人のパフォーマンスにどう結びつくのかを分析しました。
分析の結果、取り上げられた7つの要因はすべて、エンゲージメントを予測する上で関連があることが分かりました。これは、エンゲージメントが単一の要因ではなく、多様な職場からの働きかけによって育まれる複合的な心理状態であることを物語っています。
その中でも、特に強い結びつきが見られたのが、「職場環境」と「チーム・同僚関係」でした。職場環境とは、従業員が仕事に集中でき、円滑な人間関係を築けるような、支援的で意味のある場所を指します。従業員の気持ちに関心を示し、肯定的なフィードバックがあるような環境です。チーム・同僚関係は、互いに支え合い、信頼できる仲間との関係性を意味します。安心して新しいことに挑戦できるような、オープンで協力的な雰囲気です。
この結果が指し示すのは、人が仕事に没頭するための前提条件として、心理的な安全が確保された環境がいかに大切かということです。どれほど仕事の内容が魅力的であっても、あるいは報酬が高くても、職場の人間関係がぎくしゃくしていたり、常に不安を感じるような環境であったりすれば、心から仕事に打ち込むことは難しいでしょう。逆に、信頼できる同僚に囲まれ、困ったときには助けを求められるという安心感があれば、人は挑戦的な仕事にも意欲的に取り組めるのです。
この調査では、従業員エンゲージメントと個人のパフォーマンスとの間にも、強い正の関係が確認されました。エンゲージメントが高い従業員は、パフォーマンスも高いという関係性です。エンゲージメントによって生まれる活力や集中力が、従業員の持つ潜在能力を引き出し、質の高い仕事につながると考えられます。
良い職場風土はエンゲージメントを高め、従業員の離職意向を下げる
日々過ごす職場環境や同僚との関係性が積み重なることで、その場所ならではの独特の「空気」や「雰囲気」が醸成されていきます。これを「職場風土」と呼ぶことができます。この目には見えない風土は、そこで働く人々の認識を通じて、エンゲージメントや組織への定着意欲に働きかけます。従業員が「この職場は自分に合っている」と感じるかどうかは、こうした風土のあり方と無関係ではないでしょう。
従業員エンゲージメントがどのような要因によって生まれ、どのような結果につながるのかを多角的に検証するため、様々な業界で働く283名を対象としたインターネット調査が実施されました[3]。
この研究では、エンゲージメントの源泉として、「職務適合(仕事が自分の価値観に合っているか)」、「情緒的コミットメント(組織への愛着)」、「心理的風土」という三つの要素に光を当てました。心理的風土とは、従業員が職場をどのように認識しているかを指し、具体的には「上司からの支援」「自分の仕事が組織に貢献しているという感覚」「貢献が承認されること」「挑戦的な仕事が与えられること」といった側面から測定されました。
分析の結果、これら三つの先行要因は、いずれもエンゲージメントと強い正の相関関係にあることが分かりました。とりわけ、従業員が主観的に感じる職場環境、すなわち心理的風土とエンゲージメントの結びつきは強いものでした。上司に支えられ、自分の仕事が認められ、挑戦する機会があると感じられる職場では、従業員は仕事に対して有意味感や安全感を抱きやすく、結果としてエンゲージメントが高まる、というプロセスが推測されます。
エンゲージメントがもたらす結果に目を向けると、エンゲージメントが高い人ほど、職務上の義務を超えて自発的に努力する「裁量的努力」のレベルが高く、組織を辞めたいと考える「離職意向」が低いことが明らかになりました。仕事に熱意を持って取り組んでいる人は、より一層の貢献をしようと努め、その職場に留まりたいと考える、という心の動きがデータ上でも確認された形です。
さらに踏み込んだ分析では、これらの変数が互いにどのように関連し合っているかが探られました。離職意向を低くする上で何が働いているかを調べたところ、組織への愛着である「情緒的コミットメント」が強い基盤となっている上で、エンゲージメントの側面、とりわけ「仕事が有意味である」という感覚と、「仕事に必要な資源が利用可能である」という感覚が、独立して離職意向を低減させる働きを持つことが示されました。
この結果から見えてくるのは、従業員の定着を考える上で、組織への愛着を育むことと並行して、日々の仕事に意味を見出し、業務をスムーズに進めるための支援を実感できることが重要であるという点です。たとえ組織のことが好きであっても、自分の仕事が虚しく感じられたり、必要な道具や情報が手に入らずにストレスを感じたりするようであれば、いずれその職場を去ることを考えてしまうかもしれません。
良い職場風土とは、従業員が組織への情緒的なつながりを感じられるだけでなく、日々の業務において意味と手応えを感じながら、安心して能力を発揮できる環境でもあるのです。
豊富な仕事の資源がエンゲージメントを高め、離職意向を低下させる
日々の業務において、仕事の有意味性や手応えを感じるためには、それを支える具体的な「資源」の存在が不可欠です。ここで言う資源とは、物理的な設備や予算に限りません。上司からの的確なコーチング、同僚からの励ましや協力、あるいは自身の仕事ぶりに対するフィードバックといった、無形の支援も含まれます。これらの「仕事の資源」が豊富にある環境は、従業員の心にどのような作用を及ぼすのでしょうか。
仕事における人々の心理状態を理解するための枠組みとして、「仕事要求度–資源モデル」という考え方があります。これは、仕事の特性を、努力を要し心身のコストを伴う「要求度(例:仕事量、感情的な負担)」と、目標達成を助け成長を促す「資源」の二つに分けて捉えるものです。
このモデルに基づき、オランダの4つの異なる職場で働く合計1698名の従業員を対象とした調査が行われました[4]。この調査の目的は、仕事の要求度と資源が、それぞれ「バーンアウト」と「ワークエンゲージメント」にどのように結びつき、最終的に健康問題や離職の意図にどうつながるのか、その二重のプロセスを明らかにすることでした。
分析から浮かび上がってきたのは、職場における二つの異なる、しかし並行して進む経路でした。
一つは、「エネルギー枯渇のプロセス」です。過剰な仕事量や感情的な負担といった「仕事の要求度」が高いと、それは主にバーンアウト、すなわち疲弊感や仕事への冷めた感情を引き起こす原因となります。このバーンアウトの状態が、心身の健康問題へとつながっていくという経路が支持されました。これは、絶え間ない要求によってエネルギーがすり減らされ、心身が消耗していく過程と理解できます。
もう一つは、「動機づけのプロセス」です。こちらは、本コラムの主題であるエンゲージメントに関わる経路です。上司からのコーチング、同僚からの支援、パフォーマンスへのフィードバックといった「仕事の資源」が豊富であると、それは従業員のワークエンゲージメント、すなわち仕事への活力、献身、没頭を高める方向へ作用します。この高まったエンゲージメントが、結果として従業員の「離職意向」を低下させるという経路が確認されたのです。
この動機づけのプロセスが示唆しているのは、仕事の資源が従業員の内的な動機づけを高める燃料として機能するということです。挑戦的な仕事であっても、それを乗り越えるための支援やフィードバックがあれば、人はそれを「やらされている」負担としてではなく、自らの成長の機会として前向きに捉えることができます。こうした資源に支えられて仕事に没頭し、達成感を得る経験が、仕事や職場への肯定的な感情を育み、「この場所で働き続けたい」という気持ちにつながっていくのでしょう。
脚注
[1] Saks, A. M. (2006). Antecedents and consequences of employee engagement. Journal of Managerial Psychology, 21(7), 600-619.
[2] Anitha, J. (2014). Determinants of employee engagement and their impact on employee performance. International Journal of Productivity and Performance Management, 63(3), 308-323.
[3] Shuck, B., Reio, T. G., Jr., and Rocco, T. S. (2011). Employee engagement: An examination of antecedent and outcome variables. Human Resource Development International, 14(4), 427-445.
[4] Schaufeli, W. B., and Bakker, A. B. (2004). Job demands, job resources, and their relationship with burnout and engagement: A multi-sample study. Journal of Organizational Behavior, 25, 293-315.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
