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コラム

専門職になるという物語:学び、揺らぎ、成熟のプロセス

コラム

「自分とは何者か」という問いは、多くの人が抱くものです。私たちは自身の内面を探ることで、その答えを見つけようとします。しかし、「自分」という感覚、すなわちアイデンティティは、個人の内側だけで完結するものでしょうか。

私たちのアイデンティティは、他者や社会との関わりの中で絶えず形づくられ、変化していくプロセスの中にあります。家族、学校、職場といった様々な場面で、他者からの期待に応えたり、集団のルールを学んだりすることを通じて、「社会における自分」という輪郭が明確になっていきます。

本コラムでは、複雑なアイデンティティ形成のプロセスを、「専門職になる」という道のりを通して見ていきます。医師や獣医師といった専門家が、専門知識や技術を習得するだけでなく、いかに「プロフェッショナルである」という自己認識を育むのか。その過程を解き明かす研究を手がかりに、社会的文脈が人の自己認識にどう作用するのかを考えます。

医師のアイデンティティは能力と並行して育まれる

医師になるための道筋と聞けば、多くの人は医学知識の学習や実践的な技術訓練を思い浮かべるでしょう。これらは、医師として不可欠な「能力(できること)」の習得過程です。しかし、この道のりはそれだけで完結しません。能力を身につけていく過程と並行して、もう一つの変化が学習者の内面で進行します。それは、「医師であること」という自己認識、すなわち専門職としてのアイデンティティが育まれていくプロセスです[1]

医学教育では、学習者の能力を客観的に測定し評価する仕組みが整備されてきました。しかし、その測定可能な項目に細分化する中で、個々の能力がいかに統合され、一人の人間としての振る舞いにつながるのか、その人自身が自らを「医師」と認識していく心の動きが見過ごされてきたという問題意識があります。

個人のアイデンティティの成長は、連続的なものではないのかもしれません。ある発達理論によれば、人の自己認識は質的に異なる「段階」を経て移行するとされます。医学生や研修医の初期は、白衣や聴診器といった外見的なシンボルを身につけ、「医師らしさ」を演じている段階にあります。この時期は、指導医や先輩の判断に依存し、他者から見て「正しくできているか」に敏感です。

経験を重ねると、専門職の規範や価値観を内面に取り込み、社会の一員としての自分を意識するようになります。最終的には、外部からの情報や期待を自身の価値観に基づいて吟味し、統合できるようになります。この段階に至って、人は「医師を演じる」ことから「医師である」ことへと移行します。

このような段階の移行は、平穏な日常で進むとは限りません。人の心を強く揺さぶる出来事が引き金となることがあります。初めての解剖実習、初めて執刀した手術、担当患者との死別、緊急医療チームを率いた重圧。これらの経験は、それまでの自己理解に矛盾を生じさせ、医師であるとはどういうことかを問い直させます。こうした「危機」とも呼べる経験が、古い自己像を解体し、新たなアイデンティティを再構築する転換点となります。

このプロセスは、個人の内面だけで起こるものではありません。人は常に、特定の社会集団との関係性の中で自己を認識します。医療現場は「実践共同体」と呼べる社会です。学習者はその共同体の周辺的な位置から参加し、リスクの低い業務を手伝いながら、現場特有の言葉遣いや作法を学びます。そうして共同体の一員として認められていく過程が、専門職アイデンティティを形づくる営みです。

この社会化の過程では、指導医だけでなく、同僚や看護師をはじめとする他職種も、学習者の自己像に作用を及ぼします。カンファレンスでの議論やチーム内での振る舞いなど、周囲との相互作用を通じて、学習者は「医師としての自分」を少しずつ内面化していきます。

協働を通じ、文脈を調整する医師のアイデンティティへ

専門職アイデンティティが、医療という共同体での他者との関わりを通じて育まれることを見てきました。しかし、その関係性はいつも穏やかとは限りません。病院という組織でリーダーシップを発揮する立場になると、組織運営の論理など、臨床現場の価値観とは異なる力学に直面します。このような状況で、医師は自らの専門職アイデンティティをどう維持、あるいは変容させていくのでしょうか。

オランダのある調査は、この問いに光を当てています[2]。この調査では、医療リーダーシップ開発プログラムに参加した医師たちを対象に、エスノグラフィという手法が用いられました。研究者はプログラムに密着し、参加者の対話や行動を長期間にわたり観察しました。

観察から、参加者が抱くリーダーシップの自己像が、大きく三つの物語に分類できることが見えました。一つ目は「英雄的物語」です。自らを組織に変革をもたらす先駆者と位置づけ、個人の力で現状を打破しようとする自己像です。二つ目は「臨床的物語」です。患者ケアという医療の本質を第一とし、経営や管理といった「外部」の論理から臨床の自律性を守ろうとする自己像です。これらは、組織や他者を、乗り越えるべき、あるいは距離を置くべき対象として捉える点で共通します。

三つ目が「協働的物語」です。医療は多くの人々の協力で成り立つと考え、医師は様々な人々の間に立って利害を調整し、組織全体の目標達成に貢献する存在であるという自己像です。

当初、多くの参加者は「英雄的」か「臨床的」な物語を自身のアイデンティティの中核に据えていました。しかし、プログラム内で対話や他職種との交流を重ねるうちに、その自己像は揺らぎ始めます。個人の力だけで組織を動かそうとしても協力が得られないこと、臨床の論理だけを主張しても組織全体の課題から目をそらせないこと。このような現実に直面し、それまでの個人主義的、対立的な姿勢を見直すきっかけとなりました。

プログラムは、参加者が他者を対立相手ではなく、共に課題解決に取り組むパートナーとして捉え直すことを促しました。結果、多くの参加者のアイデンティティは「協働的物語」へと再構築されていきました。この変化は、自分たちが置かれている「文脈」に対する認識の変化でもあります。当初、病院という文脈は固定的で変えるべき対象と見なされていましたが、協働的な自己像を内面化した参加者は、文脈を他者と関わりながら継続的に調整できる、動的な営みの対象として認識するようになったのです。

他者との関わりが三様式で医師のアイデンティティを形成

組織との関わりという視点から、医師のアイデンティティが変容する様子を見てきました。より現場レベルではどうでしょうか。臨床実習に臨む医学生は、どのような関わりを通じて自らを「未来の医師」として形づくっていくのでしょうか。ある研究が、学生たちの声を通じてそのプロセスを明らかにしました[3]

この研究は、オランダの医学生に協力を仰ぎ、1年間の臨床実習中、音声日誌を記録してもらう方法で行われました。「将来の医師としての自分を考えさせられた出来事」を経験するたびに、その詳細を記録してもらったのです。集まったエピソードを分析した結果、アイデンティティ形成につながる他者との関わりには、三つの様式があることが浮かび上がりました。

第一は「関与(engagement)」です。学生が実際に臨床現場に入り、医師や患者と直接関わりながら実践活動に参加することを指します。病歴聴取や診察の経験は、「医師である感覚」を強く喚起します。指導医やスタッフから歓迎されていると感じられる環境は、この「関与」を促します。

第二は「想像(imagination)」です。目の前の実践だけでなく、時間や場所を超えて「どのような医師になりたいか」を思い描く内的な営みです。手本となる医師の観察はもちろん、反面教師から学ぶこともあります。このプロセスを特に深化させるのは他者との対話です。指導医や同輩と自らの考えや感情について語り合うことを通じて、学生は漠然としていた理想像をより鮮明にします。

第三は「整合(alignment)」です。自身の行動を、チーム医療の規範や病院全体の目標といった、より大きなシステムに接続し、方向づけることを指します。最初は暗黙のルールに従うことから始まりますが、やがて「チームの一員」として意見を求められる経験を通じ、医療システムに貢献する一員であると自覚するようになります。

これら三つの様式は、医師、患者、同輩との関係性の中で多様に現れます。指導医は、学生の実践参加の機会を調整すると同時に、対話を通じて「想像」を刺激します。患者との直接の触れ合いは、「関与」の中核をなします。同輩は、感情や経験を分かち合い、共に「想像」を育む共同体となります。

このことから、専門職アイデンティティの形成が、単に現場経験を積むだけで自動的に進むわけではないことが分かります。理想の自分を思い描き(想像し)、より大きな目的と自分を結びつける(整合させる)という、複合的なプロセスが同時に進行しているのです。

獣医師のアイデンティティは時間と文脈に応じて発達する

これまで、主に医師の世界におけるアイデンティティ形成を探ってきました。このプロセスは他の専門職にも共通するのでしょうか。ここで、獣医師の世界に目を向けます。獣医療の現場には、飼い主の経済的な事情や価値観など、特有の複雑な文脈が存在します。

獣医師の仕事は、必ずしも教科書通りに最適な診断や治療を行えるわけではありません。限られた設備や飼い主の意向といった制約の中で、最善の道を探ることが日常です。このような「文脈的な課題」を獣医師自身がどう捉えるかは、職業上の満足感や精神的な健康に関わります。

ある研究では、獣医学生が専門家へと成長する過程で、アイデンティティがどう発達するかをモデル化しました[4]。このモデルは、アイデンティティの発達経路が、その人が職場環境という「文脈」とどう関わるかによって、三つに分岐することを示しています。

一つ目は「交渉されたアイデンティティ」という、最も望ましいとされる経路です。この道を歩む人は、臨床現場での経験を通じて多様な価値観や視点に開かれており、それらを積極的に探求します。自己の理想と現実の環境との間で対話を続け、環境の複雑さを織り込んだ、しなやかなアイデンティティを形成します。このような獣医師は、現実との矛盾を感じにくく、達成感を得やすいとされます。

二つ目は「固定されたアイデンティティ」です。この場合、人は自身の既存の理想像に固執し、それに合わない情報や意見を無視・拒絶する傾向があります。環境から学ばず、自己と環境の間に「つながり」が生まれないため、アイデンティティは現実を知らないまま凝り固まります。その結果、理想と現実の間に常に壁を感じ、慢性的な不満を抱きやすくなります。

三つ目は「行動主義的アイデンティティ」です。この経路をたどる人は、自身の価値観が確立されておらず、周囲の行動を深く考えずに模倣します。その場の空気を読んで適応しようとしますが、自己の軸がないため、複雑な問題に対して自律的な判断が難しくなります。

専門職アイデンティティは専門教育が始まる前から存在する

これまで、専門教育の過程やプロとして働き始めてからアイデンティティが形成される様子を見てきました。しかし、人が専門職の世界に足を踏み入れる瞬間、その人のアイデンティティは「白紙」の状態なのでしょうか。

この問いに答える手がかりを、イギリスで行われた調査が提供しています[5]。この調査では、医療や社会福祉分野の大学1年生を対象に、入学直後の時点でどの程度の専門職アイデンティティを持っているか、その強さに関連する要因は何かを明らかにしました。

分析の結果、学生たちが大学の門をくぐる前から、すでにある程度の専門職アイデンティティを形成していることが判明しました。これは専門職としての自己認識が、大学入学後にゼロから構築されるのではなく、それ以前の人生経験を通じて育まれていることを示します。

そのアイデンティティの強さは、目指す専門分野によって差があることも分かりました。例えば、理学療法学の学生は最も強いアイデンティティを、ソーシャルワークの学生は最も弱いアイデンティティを示しました。職業の社会的イメージなどが、アイデンティティの初期強度に関わっている可能性があります。

この入学時点でのアイデンティティの強さを左右するものは何でしょうか。いくつかの要因が浮かび上がりました。大学入学前に関連する現場で働いた経験を持つ学生は、より強いアイデンティティを持っていました。現場での経験がアイデンティティ形成を促していると考えられます。同様に、チームで働くことの重要性を理解している学生や、自らが目指す専門職を「よく知っている」と自己評価する学生ほど、アイデンティティが強いという関連が見られました。

個人の特性として「認知的柔軟性」、すなわち状況の変化に適応する能力が高い学生ほど、専門職アイデンティティが強いという結果も得られました。新しい専門家としての自分を、より素早く受け入れ内面化する力と結びついているのかもしれません。

これらの結果は、「専門職的社会化」というプロセスが、大学入学前から始まっていることを裏付けています。人は職業を志し、情報に触れ、経験を積む中で、すでに専門職としての自己像を描き始めているのです。

脚注

[1] Jarvis-Selinger, S., Pratt, D. D., and Regehr, G. (2012). Competency is not enough: Integrating identity formation into the medical education discourse. Academic Medicine, 87(9), 1185-1190.

[2] Berghout, M. A., Oldenhof, L., van der Scheer, W. K., and Hilders, C. G. J. M. (2020). From context to contexting: Professional identity un/doing in a medical leadership development programme. Sociology of Health & Illness, 42(2), 359-378.

[3] Adema, M., Dolmans, D. H. J. M., Raat, J., Scheele, F., Jaarsma, A. D. C., and Helmich, E. (2019). Social interactions of clerks: The role of engagement, imagination, and alignment as sources for professional identity formation. Academic Medicine, 94(10), 1567-1573.

[4] Armitage-Chan, E., and May, S. A. (2019). The Veterinary Identity: A time and context model. Journal of Veterinary Medical Education, 46(2), 153-162.

[5] Adams, K., Hean, S., Sturgis, P., and Macleod Clark, J. (2006). Investigating the factors influencing professional identity of first-year health and social care students. Learning in Health and Social Care, 5(2), 55-68.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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