2026年3月6日
同じ安全、違う結果:心理的安全性を左右する環境要因

職場には、日々新しい考え方や手法が紹介されます。チームの生産性を高めるためのツール、組織の風通しを良くするための制度、個人の創造性を引き出すためのマネジメント手法など、どれもが魅力的であり、導入すれば素晴らしい結果が生まれるように思えます。しかし、現実はそう単純ではありません。良かれと思って始めた取り組みが、かえって現場の混乱や疲弊を招いてしまう経験はないでしょうか。
ある事柄がもたらす結果は、その事柄自体の性質だけで決まるわけではありません。それがどのような「文脈」に置かれ、どのような「条件」と組み合わさるかによって、その働きは姿を変えます。
本コラムでは、近年多くの組織でその価値が語られる「心理的安全性」という概念を一つの軸として、物事の機能の仕方が文脈や条件によっていかに変わりうるかを探求していきます。心理的安全性は、多くの場面で組織に良い結果をもたらすことが知られていますが、決して万能なものではありません。それがないことで他の取り組みがうまくいかなくなることもあれば、それがありすぎること、あるいは他の要素との組み合わせが、意図せぬ結果につながることもあります。
心理的安全性がないと、プロセス革新は業績を悪化させる
多くの企業が、時代の変化に対応するために、業務の進め方を見直す「プロセス革新」に取り組んでいます。これには、ビジネスプロセスの再設計や品質管理手法の導入などが含まれます。これらの革新は、効率性を高め、競争力を維持するために不可欠だと考えられています。しかし、多大な労力をかけて新しいプロセスを導入したにもかかわらず、期待していたほどの業績向上に結びつかないという声も少なくありません。
一体、何が成否を分けるのでしょうか。ある研究は、その答えが革新的なプロセスではなく、それが導入される職場の「雰囲気」にある可能性を提起しています[1]。具体的には、「イニシアティブ気候」と「心理的安全性気候」という二つの組織的な風土が鍵を握ると考えられています。
イニシアティブ気候とは、従業員が自発的に、先を見越して粘り強く仕事を進めることを、組織が後押ししている状態を指します。一方、心理的安全性気候とは、従業員が会議で発言したり、問題点を指摘したりといった、対人関係上のリスクを伴う行動をとっても、不利な扱いを受ける心配が少ないと感じられる状態のことです。
この二つの雰囲気が、プロセス革新と企業の業績との関係をどう左右するのかを調べるため、ドイツ企業を対象とした調査が行われました。各社でプロセス革新がどの程度進められたか、二つの組織風土がどの程度根付いているかを尋ね、実際の財務データと照らし合わせて分析されました。
分析から見えてきたのは、イニシアティブ気候と心理的安全性気候は、それぞれが単独で企業の業績と正の関連を持つということでした。自発的な行動が奨励され、安心して意見交換ができる職場は、それ自体が組織の成果を高める基盤となるようです。
しかし、より注目すべきは、プロセス革新と業績の関係を考えたときに見られた、これらの雰囲気の働きです。分析の結果、二つの風土が高いレベルにある企業では、プロセス革新を進めるほど、業績が向上するという関係が見られました。新しいプロセスを導入すると、必然的に予期せぬ問題が発生します。そのような時に、従業員が自発的に問題解決に動いたり、率直な意見交換を通じて協力したりできる雰囲気が、革新の価値を最大限に引き出す上で重要であることがうかがえます。
対照的に、これらの雰囲気が乏しい企業では、全く逆の現象が見られました。イニシアティブ気候や心理的安全性気候が低い場合、プロセス革新を進めることは、むしろ業績を悪化させることにつながっていました。これは、新しいプロセスがもたらす複雑化や相互依存の高まりに対し、現場が柔軟に対応できないことを物語っています。問題が発生しても誰も率先して動こうとせず、報復を恐れて口をつぐんでしまうような職場では、革新のための変更が新たな混乱を生むだけに終わってしまうのかもしれません。
心理的安全性が成果を上げるには、学習への動機づけも必要
先ほどは、心理的に安全な環境が、組織的な取り組みを支える土台となることを見てきました。安心して発言し、失敗を恐れずに試行錯誤できる場がなければ、新しい挑戦は実を結びにくいようです。この「安全な場」という条件さえ整えれば、チームは自動的に学習を進め、高い成果を上げていくのでしょうか。
この問いに対し、過去の複数の研究を統合したある分析は「それだけでは不十分である」という答えを提示しています[2]。この分析では、心理的安全性とチームの学習、業績の関係を扱った過去の研究データ(合計3,600以上のチーム)が収集され、精査されました。
分析の根底にある考え方は、心理的安全性がチームの学習や成果に結びつくためには、メンバー自身が「学びたい」と感じる状況、すなわち「学習への動機づけ」が必要だというものです。いくら失敗が許される安全な環境があったとしても、そもそも学ぶ必要性を感じていなければ、新たな知識やスキルを獲得しようという行動にはつながりにくいと考えられます。
この「学習への動機づけ」は、チームが取り組む仕事の性質によって左右されると想定されました。そこで、各チームの仕事がどの程度学習を動機づける性質を持つかが、客観的な指標で評価されました。評価の指標とされたのは、「創造性要求(新しいアイデアを生み出す必要性)」「センスメイキング要求(曖昧な情報を解釈し、意味を見出す必要性)」「課題の複雑性」の三つです。
統合分析の結果、全体として、心理的安全性とチームの学習および業績との間には、それぞれ正の関連があることが再確認されました。しかし、その関連の強さには、研究ごとに大きなばらつきが見られました。
このばらつきを説明する鍵が、仕事の性質、すなわち学習への動機づけでした。仕事の創造性要求、センスメイキング要求、複雑性が高いチームほど、心理的安全性と学習、そして業績との結びつきが、より強固になることが明らかになりました。これは、曖昧で答えのない複雑な課題に取り組むチームにとっては、安心して意見を戦わせ、試行錯誤できる環境が業績に直結する一方で、定型的で単純な作業を行うチームにとっては、心理的安全性の高さが必ずしも直接的な成果向上にはつながらないことを意味しています。
低い心理的安全性と高い説明責任の組み合わせが成果を上げた
心理的安全性は、高ければ高いほど良い。これは、多くの職場で共有されている一種の常識かもしれません。しかし、この常識が、ある特定の文脈では当てはまらないとしたらどう思いますか。むしろ、「低い」心理的安全性が、長期的な成果向上に貢献する可能性があるとしたら・・・。
このような、直観に反する可能性を探るため、米国の公立学校を舞台とした長期間の調査が行われました[3]。この研究では、多くの学校を対象に、3年間にわたって教師へのアンケート調査と、学校の公的な成績指標とを突き合わせる分析が試みられました。
ここで焦点が当てられたのは、心理的安全性と、もう一つの組織風土である「感じられる説明責任」との組み合わせです。感じられる説明責任とは、教師たちが、自らの仕事の成果について、他者から評価されている、あるいは達成すべき目標が明確に示されていると感じる度合いを指します。心理的安全性が「何をしても大丈夫」という安心感に関連する一方で、説明責任は「期待に応えなければならない」というある種の緊張感に関連する概念です。
分析の対象となった成果指標は、各学校が年次目標を達成できたかどうかです。分析から得られた結果は、これまでの一般的な理解を揺るがすものでした。ある単一の年度だけを見ると、心理的安全性の高さは、その年の目標達成確率と「負」の関連を持っていました。心理的安全性が高い学校ほど、目標を達成できない傾向があったのです。一方で、感じられる説明責任の高さは、目標達成確率と「正」の関連を持っていました。
この結果は、学校という組織の文脈を考慮すると、ある程度理解できるかもしれません。教師の仕事は専門性が高く、比較的独立して行われる側面があります。このような環境では、過度な安心感が、目標達成に向けた努力の強度を少し緩めてしまう可能性も考えられます。
しかし、この研究の真骨頂は、これらの関係が時間の経過と共にどう変化するかを明らかにした点にあります。心理的安全性と説明責任、そして「時間」という三つの要素を組み合わせた交互作用を分析したところ、特異なパターンが浮かび上がりました。
長期的に見て、最も目標達成の確率が高まる軌道を描いたのは、「心理的安全性が相対的に低く、かつ、感じられる説明責任が高い」学校でした。逆に、達成確率の伸びが最も鈍かったのは、「心理的安全性が高く、かつ、説明責任が低い」学校だったのです。これは、二つの組織風土の組み合わせがもたらす効果が、時間をかけて現れてくることを物語っています。
高い心理的安全性と自律性の組み合わせは、時に成果を阻害する
良いものと良いものを組み合わせれば、最高の結果が生まれるはずだ。私たちは、ついそのように考えてしまいます。例えば、チームメンバーがお互いを深く信頼し合っている状態と、各メンバーが高い自律性を持って仕事に取り組める状態。どちらも、理想的なチームの条件として挙げられることが多いでしょう。しかし、この二つの「良いもの」が組み合わさった時、予期せぬ落とし穴が生まれるとしたら、どう感じますか。
この逆説的な可能性を探求したのが、自己管理型チームを対象としたある研究です[4]。自己管理型チームとは、リーダーの細かい指示を待つのではなく、メンバー自身が役割分担や仕事の進め方を決定する裁量を持つチームを指します。調査では、チーム内の信頼、個人の自律性、チームのパフォーマンスが測定されました。
この研究が特に着目したのは、「モニタリング」という行動です。モニタリングとは、チームメンバーが互いの仕事の進捗を確認したり、課題への取り組み状況を把握したりする、いわば相互監視の行動を指します。一般的に、モニタリングは、誰かが怠けるのを防ぐだけでなく、メンバー間の連携をスムーズにするために不可欠な機能だと考えられています。
研究の仮説は、次のような連鎖的なメカニズムに基づいています。チーム内の信頼レベルが高まるほど、メンバーは「お互いを監視する必要はない」と感じ、モニタリングのレベルは低下するだろう。特に自己管理型チームでは、「仲間を疑うような行為はしたくない」という同調圧力が働き、モニタリングが手薄になる可能性があると考えられました。
このモニタリングの低下が、チームのパフォーマンスにどう帰結するかが問われます。ここで鍵となるのが、「個人の自律性」です。メンバーがそれぞれ独立して仕事を進める裁量(個人の自律性)が大きいチームでは、互いの状況を把握するためのモニタリングが欠かせません。もしモニタリングが不十分なまま、各々がバラバラに仕事を進めれば、チームとしての連携は失われ、全体のパフォーマンスは低下するはずです。
分析の結果は、この仮説を裏付けるものでした。予測通り、チーム内の信頼レベルが高いほど、モニタリングの量は少なくなるという関係が見られました。しかも、信頼があるレベルを超えると、モニタリングの量が急激に落ち込むというパターンを示していました。
個人の自律性がパフォーマンスにどう関わるかを見たところ、モニタリングとの複雑な相互作用が明らかになりました。モニタリングが十分に行われているチームでは、個人の自律性が高いほどパフォーマンスも高まりました。しかし、モニタリングが手薄なチームでは、話は別でした。個人の自律性が高いほど、パフォーマンスはむしろ低下していたのです。そして、調査対象の中で最もパフォーマンスが低かったのが、「モニタリングが低く、かつ、個人の自律性が高い」チームでした。
軍隊での心理的安全性は、革新を促すが規律を損なう
これまで、ビジネス組織や教育現場といった文脈で、心理的安全性がもたらす複雑な様相を見てきました。組織の目的や文化が大きく異なる環境、例えば「軍隊」のような組織において、心理的安全性の概念はどのように機能するのでしょうか。
この問いに正面から向き合ったのが、軍隊組織に関するある論考です[5]。軍隊という組織は、その特殊性から、一般的な経営理論がそのまま当てはまるとは限りません。一部には、心理的安全性を重視することが組織を「軟弱にする」という懸念の声さえあります。この論考は、こうした懸念が誤解に基づいていると指摘しつつも、軍隊という文脈で心理的安全性を導入する際の利点と、看過できない潜在的なデメリットの両方を分析しています。
心理的安全性がもたらす利点として、いくつかの点が挙げられています。一つ目は、革新的なアイデアの創出です。現代の軍隊は、潜在的な脅威に対して常に先んじるため、現場からの革新的な意見や率直な報告を求めています。心理的に安全な環境は、階級の低い兵士であっても、臆することなく上官に意見具申をしたり、現状の問題点を指摘したりすることを可能にします。これによって、硬直的な思考に陥るリスクを減らし、組織全体の適応力を高めることが期待されます。
二つ目は、人材の確保と定着です。心理的安全性が高い職場は、バーンアウトを減少させ、職務満足度を高めることが知られています。これは、軍が直面している採用や定着の問題に対処する上で、有効なアプローチとなり得ます。
しかしその一方で、研究者らは、軍隊組織における心理的安全性の導入が、意図しない否定的な結果を招く可能性についても警鐘を鳴らしています。
最大の懸念は、組織の根幹である「規律」を損なうリスクです。心理的安全性が、時に「指揮の統一」という軍隊の基本原則と緊張関係に陥ることがあり得ます。誰もが自由に発言できる文化を奨励するあまり、指揮官の決定が議論の対象であるかのような誤った印象を与えてしまうと、命令系統が混乱し、部隊の秩序が損なわれる恐れがあります。
心理的安全性がリスクテイク行動を促すという側面も、軍隊においては慎重に扱われなければなりません。ビジネスの世界では、失敗から学ぶことが奨励されますが、軍事作戦における失敗は、人命の喪失という取り返しのつかない結果に直結します。失敗を恐れない文化が、健全な危機意識や慎重さを麻痺させてしまうことがあってはなりません。
脚注
[1] Baer, M., and Frese, M. (2003). Innovation is not enough: Climates for initiative and psychological safety, process innovations, and firm performance. Journal of Organizational Behavior, 24, 45-68.
[2] Sanner, B., and Bunderson, J. S. (2015). When feeling safe isn’t enough: Contextualizing models of safety and learning in teams. Organizational Psychology Review, 5(3), 224-243.
[3] Higgins, M. C., Dobrow, S. R., Weiner, J. M., and Liu, H. (2022). When is psychological safety helpful in organizations? A longitudinal study. Academy of Management Discoveries, 8(1), 77-102.
[4] Langfred, C. W. (2004). Too much of a good thing? Negative effects of high trust and individual autonomy in self-managing teams. Academy of Management Journal, 47(3), 385-399.
[5] Swain, J. E., Conkey, K., Kalkstein, Y., and Strauchler, O. (2024). Exploring the utility of psychological safety in the armed forces. Journal of Character & Leadership Development, 11, 288.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
