2026年3月5日
戦略の二重性:安定と変化がせめぎ合う現場から

多くの企業にとって、「戦略」は会社の将来像を描き、そこへ至る道筋を立てる重要な活動です。しかし、念入りに策定されたはずの計画が、現場では想定通りに進まないことは珍しくありません。計画と現実はなぜ食い違うのでしょうか。
その答えを探る鍵は、戦略を静的な「計画書」としてではなく、人々が日々繰り広げる動的な「実践」として捉え直す視点にあります。戦略の実践には、現状を維持しようとする力と、新しい状況に適応しようとする力がせめぎ合い、トップの意図と現場の解釈が相互に作用しあう、複雑な力学が存在します。
本コラムでは、戦略が持つこのような「二重性」に光を当てていきます。戦略が、安定と変化、計画と創発といった、矛盾する要素の緊張関係のなかで、どのように形づくられていくのか。学術研究を手がかりに探ることで、日々の組織運営やマネジメントに対する新たな見方を探ります。
戦略は安定を求める力と変化しようとする力の緊張関係
企業の戦略は変化を生み出すためのものだと考えられがちですが、実際には、物事を安定させようとする力と、変化に適応しようとする力の両方が働いています。この二つの力の緊張関係が、戦略の実践を理解する上での出発点となります[1]。
安定を求める力は「再帰性」と呼ばれます。これは、人々の行為が社会の仕組みを再生産し、その仕組みがまた人々の行為を方向づける循環的な性質を指します。
個人のレベルでは、私たちは物事を判断する際に、無意識のうちに過去の経験から作られた経験則や思考の癖に頼ります。慣れ親しんだ考え方は、安心感をもたらし、効率的な判断を助けます。
組織のレベルでは、長年培われてきた業務手順や意思決定のパターン、いわゆる「組織ルーティン」が存在します。これらは組織の強みとなる一方、一度定着すると変化を妨げる「硬直性」に転じることもあります。
社会のレベルでは、同じ業界の企業が似たような経営手法を取り入れたり、「業界の常識」に従ったりする現象が見られます。再帰性は、効率性を生み出す源泉であると同時に、変化を拒む慣性の源にもなります。
一方で、戦略の実践には、こうした安定性に抗い、変化を生み出そうとする「適応性」の力も内包されています。社会は静的なものではなく、自己を変革しながら生成されていくという考え方が根底にあります。この変化は、社会全体の大きな出来事(マクロな文脈)と、特定の現場で人々が行う具体的なやり取り(ミクロな文脈)との相互作用から生まれます。
例えば、新しい技術の登場といったマクロな環境変化は、企業に戦略の見直しを迫ります。しかし変化の種は、もっと身近なところにもあります。特定の目的を共有する人々が集まる「実践共同体」では、日々の相互作用を通じて、新しい知識ややり方が生まれることがあります。問題解決のための対話や、新メンバーの加入が、当たり前とされていた慣行を見直すきっかけとなります。
この安定を求める「再帰性」と、変化を生み出す「適応性」は、単に対立しているだけではなく、絶えず相互に作用し合っています。外部から新しい知識を取り入れるプロセスを考えると、その関係性がよくわかります。
私たちは、自分が既に持っている知識の枠組みを使って新しい情報を理解しようとします。これは再帰的なプロセスです。しかし、新しい情報が既存の枠組みに収まらない場合、その枠組み自体を少しずつ修正し、調整していきます。これが適応的なプロセスです。この二つのプロセスが相互に作用し続けることで、学習や発達が起こります。
戦略の実践も、これと同じように、安定と変化の絶え間ない相互作用の中で生じています。この複雑な動きを具体的に捉えるため、「経営プラクティスが実際にどのように使われているか」という点に光が当てられます。戦略計画の策定会議や品質管理の手法といった経営プラクティスは、多くの企業で導入されている制度化されたものです。
しかし、それらが現場で教科書通りに使われるとは限りません。人々は、自分たちの目的や状況に合わせて、これらのやり方を流用し、創造的に組み合わせる「使用の技法」を持っています。この職人芸的な創意工夫は「ブリコラージュ」と呼ばれ、標準化されたプラクティスが、特定の文脈で独自の形態へと生まれ変わる過程を指します。このように、経営プラクティスの「使用」のされ方に着目することで、制度に従う再帰的な側面と、現場の工夫による適応的な側面との間の動的な関係性を描き出すことが可能になります。
戦略は社会的な実践が可能にし、同時に制約する
戦略という活動は、組織や社会に深く根ざした、様々な「物事のやり方」によって可能になると同時に、制約も受けています。この視点は、「実践としての戦略」という研究アプローチの中核をなすものです[2]。
このアプローチは、戦略を企業の「所有物」としてではなく、人々が日々「行うもの」として捉え直します。人々の行為は、個人の意思だけで決まるのではなく、社会に共有されている「実践」という、いわばインフラのようなものに深く埋め込まれていると考えます。実践とは、個人の行為と社会の構造を結びつける鍵となる概念です。
ここでいう実践には、会議で議論するといった目に見える活動(プラクシス)だけでなく、その背後にある、通常は意識されない層が存在します。
例えば、私たちが日常会話で使う言葉遣いや特定の言い回しは「言説的実践」と呼ばれ、何が正しく、何が議論に値するのかを暗黙のうちに規定します。会議で使われるプレゼンテーションソフトなども「物質的実践」として、私たちのコミュニケーションのあり方を形づくっています。これらの実践は、個々の組織を越えて社会全体に広がっており、人々の活動の可能性を定め、またその範囲を限定しているのです。
このような「実践」の視点から戦略活動を分析すると、これまでとは異なる風景が広がります。具体的な研究の知見は、「プラクティス(道具や決まり事)」「プラクシス(活動)」「プラクティショナー(担い手)」という三つの枠組みで整理されます。
まず、「プラクティス」、すなわち戦略策定で用いられる道具や決まり事です。SWOT分析のようなツールは、使う人によって、定型業務としてこなされたり、自己を省みるきっかけとして使われたりと、多様な形で活用されます。その価値は、分析の正確さよりも、視覚的な表現を通じて新たな発想を促したり、意思疎通を円滑にしたりする点にあるのかもしれません。また、戦略会議での投票といった手続きが、新しい提案を推進するためではなく、中止させるために使われることが多いこともわかっています。
次に、「プラクシス」、すなわち戦略策定の具体的な活動です。このアプローチは、プロセスの「内部」で実際に何が起きているのかを明らかにしようとします。例えば、企業の競争力の源泉が、従業員が顧客とどのように話すかといった微細な日々の活動の中に宿っている様子が捉えられています。戦略の変更に際して、中間管理職の間で交わされるゴシップや噂話といった非公式なやりとりが、経営トップの意図とは別に、変更に対する現場の「意味づけ」を形成していくこともあります。
最後に、「プラクティショナー」、すなわち戦略の担い手です。従来、戦略の担い手はトップマネジメントとされてきましたが、このアプローチは中間管理職など多様な人々に光を当てます。そして、誰が「戦略家」と見なされ、誰が議論から排除されるのかは、戦略に関する「言葉遣い」によって決まる、という側面を明らかにします。例えば、「戦略を難解なものとして語る」「専門用語を多用する」といった言説は、一部の人々を専門家として権威づけ、他の人々を議論から締め出す働きをします。
これによって、トップが戦略を「考える人」で、他の従業員はそれを「実行する人」である、という分業体制が再生産されます。戦略とは、社会に埋め込まれた様々な「実践」という網の目の上で繰り広げられる活動です。
戦略はミドルの非公式な意味づけで意図せず変わる
トップが意図した戦略は、実行の段階で、なぜ、どのように予期せぬ方向へと進んでいくのでしょうか。ある企業の変革プロセスを長期間にわたって追いかけた、一つの事例研究がこの問いに光を当てています[3]。
研究の舞台となったのは、民営化された直後のある公益企業です。経営トップは、コスト削減とサービス向上を目指し、トップダウンの戦略的変革を打ち出しました。計画の骨子は、事業部を三つに分割し、部門間で顧客と供給者のような関係を築くことで効率化を図るというものでした。
研究者たちは、この変革を、変革の「受け手」である中間管理職の視点から、約一年間にわたってリアルタイムで追跡しました。主なデータ収集の方法は、26名の中間管理職による定期的な日誌の記録でした。
変革のプロセスを時系列で見ていくと、興味深い様相が浮かび上がります。変革の初期、新しい組織構造が発表されると、それが「引き金」となり、中間管理職たちの間で雑談や噂話が活発になりました。変革の本当の意味は、こうした非公式なコミュニケーションの中で探られていきました。その過程で、「我々と彼ら」という部門間の対立構造を前提とし、新しい仕組みは「競争」を意味するという解釈が形成されていきました。この解釈はすぐに行動に現れ、部門間の緊張や縄張り意識が顕在化しました。
変革が中期に入ると、部門間の役割分担や費用負担のルールが未整備だったため、「誰が何を、誰が費用を」という問題が日常的に発生し、部門間の交渉が頻発しました。初期に形成された対立的な解釈が根底にあるため、話し合いは難航し、非協力的な態度が目立ちました。
しかし、変革の後期になると、解消への糸口が見え始めます。経営陣が、部門間の取引ルールを定めた「契約」を試験的に導入したのです。当初、「契約は摩擦を悪化させる」という先入観が支配的でしたが、実際に導入されると予期せぬことが起こりました。契約が、曖昧だった役割や責任を判断するための「共通の参照枠」として機能し始めたのです。
これによって、具体的な問題について交渉・解決することが可能になり、部門間の協働が増え始めました。この成功体験を通じて、「契約をうまく使えば協力できる」「関係は改善しつつある」という、以前とは異なる新しい解釈が共有され始めました。
この経過から、戦略実行の裏側にあるメカニズムが見えてきます。トップダウンで設計された施策は、それ自体が直接結果を生むわけではなく、受け手である中間管理職たちの解釈活動を誘発する「引き金」にすぎません。本当に重要なのは、その引き金をきっかけに活性化する、中間管理職同士の横のつながり、すなわち非公式な会話や噂話です。その相互作用の中で、変革に対する独自の「解釈の枠組み(スキーマ)」が発達していきます。
そして、その発達した解釈が、その後の人々の行動を方向づけ、トップの意図に沿った結果と、意図に反する結果の両方を生み出します。戦略の実行とは、計画を上から下へ正確に伝達するプロセスではなく、現場の人々の非公式な意味づけのプロセスと結びついた、本質的に予測困難な活動です。
戦略という専門職は、開放的になることで不安定さを増す
戦略の実践が複雑で動的なプロセスであるという視点は、それを担う「戦略の専門家」のあり方にも光を投げかけます。戦略実践の性質が変化するにつれて、専門職もまた変貌を遂げているのです。
戦略の専門家とは、企業の内部にいる戦略プランナーや、社外の戦略コンサルタントなどを指します。彼ら彼女らは、組織全体の将来について考えることに専念する人々です。しかし、この専門職は、必須の資格があるわけでもなく、他の管理職との密接な協力なしには仕事が成り立たないため、その立場は他の専門職と比べて弱いとされています。
一般に、企業の戦略プランニング部門は長期的に衰退していると見なされていました。しかし、ある研究では、新聞の求人広告のデータを長期的に分析し、この通説に疑問を投げかけています[4]。その分析によると、戦略専門家に対する需要は、長期的に衰退しているのではなく、景気の波に合わせて大きく変動する、非常に不安定な周期を描いていることがわかりました。このことから、戦略は衰退しているのではなく、構造的に「不安定」な専門職であると結論づけられています。
その不安定さの要因は二つあります。一つは、長期的な視点を担うがゆえに、不況期にはコスト削減の対象になりやすいという経済的な理由。もう一つは、トップが交代するとその地位が危うくなるという組織政治的な理由です。
近年、この構造的な不安定さは、戦略策定のあり方がより「オープン」になるという大きな変化によって、さらに強まっていると指摘されています。
「オープン戦略」とは、戦略策定のプロセスを、従来よりも開かれたものにしていく潮流を指す言葉です。これは、「包摂性」と「透明性」という二つの側面から理解できます。
「包摂性」とは、戦略に関する対話に参加する人々の範囲を広げることです。組織の内部では、現場の従業員からも戦略的なアイデアを募るような取り組みが見られます。外部に対しては、顧客やビジネスパートナーといった社外の関係者を巻き込む動きが広がっています。
「透明性」とは、組織の戦略に関する情報を、より多くの人々に見える形にすることです。社内外の利害関係者に対して、自社の戦略を積極的に開示していきます。こうした動きは、戦略は「トップの仕事」であり「秘密にすべきもの」であるという、従来の常識に挑戦するものです。
なぜ戦略は、かつての閉鎖的なものから、現代の開放的なものへと進化してきたのでしょうか。その背景には、「組織的」「社会的」「文化的」「技術的」という四つの力の相互作用があります。かつては、巨大企業の登場や中央集権的な価値観、未発達な情報技術が、戦略を一部のエリートに集中させる方向に働いていました。しかし現代では、企業のグローバル化、民主的な価値観の広がり、インターネットといった情報技術の進化が、戦略をよりオープンなものにする方向に作用しています。
戦略の実践がこのようにオープンになることで、多様な知見が活用され、より優れた戦略が生まれる可能性が広がります。しかしその一方で、戦略専門家の専門性や権威は相対的に低下し、その立場はより一層不安定なものになっています。誰もが戦略を語れる時代において、専門家の固有の価値が問われているのです。
脚注
[1] Jarzabkowski, P. (2004). Strategy as practice: Recursiveness, adaptation, and practices-in-use. Organization Studies, 25(4), 529-560.
[2] Vaara, E., and Whittington, R. (2012). Strategy as practice: Taking social practices seriously. The Academy of Management Annals, 6(1), 285-336.
[3] Balogun, J., and Johnson, G. (2005). From intended strategies to unintended outcomes: The impact of change recipient sensemaking. Organization Studies, 26(11), 1573-1602.
[4] Whittington, R., Cailluet, L., and Yakis-Douglas, B. (2011). Opening strategy: Evolution of a precarious profession. British Journal of Management, 22(3), 531-544.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
