2026年3月5日
組織を動かすのは誰か:人とモノのネットワークから見る運営のリアル

組織運営やプロジェクト管理と聞けば、整然とした計画や指揮系統を思い浮かべるかもしれません。優れたリーダーがビジョンを掲げ、メンバーが一丸となる。そんな理想像が語られることもあります。しかし現場はより混沌とし、予測不能な出来事が連続します。計画は狂い、意図せぬ方向へ物事が進みます。その理由をリーダーの資質やメンバーの意欲に求める場合も多いでしょう。
しかし、組織を動かすのは「人間」の意志や能力だけでしょうか。人間以外の何かも、行方を左右しているのかもしれません。例えば壁のスローガン、古い報告書、組織を去った人物の記憶。そうした「モノ」や「不在の存在」が、意思を持つかのように人々の行動に作用していることもあります。
本コラムでは、この複雑な現実に光を当てます。人間中心の視点から離れ、人間とそれ以外の要素がいかに絡み合い、現実を作り上げるのか。研究知見を手がかりに、計画通りに進まない運営管理のリアルを見つめ直します。
退職したリーダーやスローガンも組織変革を動かす
組織変革は、現職リーダーが旗振り役となって進められるのが一般的です。しかし、原動力が今いる人間からだけ生まれるとは限りません。ある研究は、去った人物やスローガンがいかに変革の力となり得るかを、大学の事例で描いています[1]。
研究の舞台は北米東部のコミュニティカレッジです。この大学は政府報告書で「持続不可能」と指摘され、大規模な変革を迫られました。職業訓練機関から、地域経済の発展を担う存在への変革を目指したのです。その過程を、研究者たちは多様な立場の職員への聞き取り調査で追跡しました。
変革の始まりは、初代CEOの就任でした。彼は政府からの大規模な資金調達を最優先に掲げます。その内部戦略は、非公式に「Getting to Yes」というスローガンで呼ばれました。このスローガンは標語以上の働きをします。1億2300万ドルという資金目標は、職員のエネルギーを集中させ、懐疑的な人々をも巻き込む求心力となりました。CEOは「1つのカレッジになる」というビジョンを掲げ、この資金獲得がばらばらなキャンパスを一つにするためのステップだと説き続けました。そして見事に資金獲得を成功させ、変革は推進力を得ます。
しかし、このCEOは変革の途中で大学を去ります。調査は彼が退職して8ヶ月後のことでした。物理的には、もはや彼は組織にいません。しかし職員たちの語りの中では、彼は生き生きと存在し続けていました。多くの職員が変革の成功を語る際、退職したCEOの名を挙げ、そのビジョンを称賛しました。資金調達の成功という成果と、彼の存在は結びついていました。ある職員は変革プロセスの問題点を問われた際、その責任を他の管理職に求め、退職したCEOへの批判は口にしませんでした。
ここから、目に見えずとも確かな働きを持つ存在がいる現実が浮かび上がります。退職したCEOは物理的には不在でも、彼が作り出したスローガンやビジョン、資金獲得という成果を通じ、ネットワークの中に確固たる地位を占め続けていました。これらの非人間的な要素が彼の不在を埋め、変革を進める力を持ち続けたのです。組織変革とは生きている人間だけの活動ではありません。生み出された言葉や達成された事実は、それ自体が力を持ち人々を動かし続けます。去ったリーダーは、強力なシンボルとして組織に存在し続けることがあるのです。
プロジェクトの説明責任は、モノを介した交渉で実行される
プロジェクトに欠かせない「説明責任」。一般に、計画通りか、予算通りかを報告し正当性を示すことと考えられています。しかし実際の現場は、計画通りに進むことの方が稀です。予期せぬトラブルが続発し、関係者は複雑な交渉を迫られます。そのような状況では、説明責任は書類の上だけで完結しません。ある研究は、大学の改修プロジェクトを通じ、説明責任が「モノ」を介した交渉プロセスであると明らかにしました[2]。
研究対象は築100年以上の学生寮を、最新の学習施設へ改修するプロジェクトです。研究者は、参加や聞き取り調査を重ね、プロジェクトを三時期に分け、何が起きていたかを分析しました。
プロジェクト開始段階では、説明責任は主に「プロジェクト憲章」という公式文書で定義されていました。そこには目標が記され、マネージャーは範囲と予算内で完成させることが責任だと認識していました。この段階では、説明責任はまだ書類という「モノ」の上にある静的なものでした。
しかし改修作業が本格化すると事態は一変します。ここで新たな主役として登場するのが「建物」です。この古い建物は、解体を進めるたびに図面にない構造問題を次々と露呈させました。予期せぬ問題は計画を揺るがし、説明責任のあり方を問い直すことになります。
この状況で調整の場となったのが「ウォークスルー会議」でした。これは関係者が現場を歩き回り、現物を見ながら進捗を確認する非公式な会議です。書類では分からない建物の「声」を聞き、その場で解決策が探られました。説明責任は、文書から建物へ移り、非公式な交渉で動的に実行されるようになりました。ただ、ある関係者は議論が記録されないことに懸念を抱いていました。
プロジェクト最終段階に入り、遅延が深刻化すると、関係者間の緊張は高まります。すると今度は「Eメールシステム」が交渉の中心的媒体として浮上しました。口頭でのやり取りは減り、進捗報告や指示が文書として記録されるようになります。説明責任は再び形式的なものへと回帰しました。
一方でEメールが新たな問題を引き起こすこともありました。サーバー不調でメールを見落としたため、建築家チームが大規模な手戻りを強いられる事態も発生しました。説明責任はモノを介して実行される一方、そのモノの特性によって新たな混乱を生む。これが現実でした。
この事例が描き出すのは、プロジェクトにおける説明責任が、固定された単一のプロセスではないという事実です。それは計画書や建物、Eメール等の「モノ」を介し、関係者間で形を変え実行される交渉の連続体です。説明責任は、誰か一人がトップダウンで負うものではなく、多くの人間とモノとの複雑な相互作用の中に分散して存在しています。
プロジェクトの成否は、内外の利害関係者の接続で決まる
国を挙げての情報システム開発のような大規模プロジェクトは、なぜ失敗が多いのでしょうか。技術や予算不足が原因とされますが、根源は複雑な人間関係や組織力学にあるのかもしれません。ある研究は、スリランカの電子政府プロジェクトを追い、成否が「内側」の実行部隊と「外側」の支援者との関係性にいかに左右されるかを浮き彫りにします[3]。
分析では、利害関係者を二つのグループに分けて捉えます。一つは、アジア開発銀行や政府上層部といった、プロジェクトに資金や政治的正当性を供給する「グローバルネットワーク」。もう一つは、財務省の現場職員や国内コンサルタントなど、実際に開発や導入を担う「ローカルネットワーク」です。
プロジェクト初期、アジア開発銀行(グローバルネットワーク)が主導し、国際標準とされる壮大なシステム構想が描かれました。しかしこの計画は現場の現実を無視したものでした。財務省の職員(ローカルネットワーク)は、既存システムが考慮されていないと強く反発し、協力を拒否します。理想を掲げるグローバルネットワークと、現実を知るローカルネットワークの間に深い溝が生まれ、両者を接続できなかった結果、プロジェクトは早々に頓挫しました。
この失敗を受け、プロジェクト体制は大きく変更されます。今度は、国内事情に精通したコンサルタントや現場職員が中心となり、既存システムを土台にした、現実的なシステムの開発が進められました。この「統合予算システム」と名付けられた小規模なシステムは見事に稼働します。この小さな成功が、両ネットワーク間の信頼回復のきっかけとなりました。現場の成功という成果物が、両者をつなぐ橋となったのです。
この成功体験を基に、再び大規模な統合システム構想が持ち上がります。しかし、一度失敗したアジア開発銀行は、新たな資金提供に慎重でした。そこでスリランカ政府は、韓国の援助機関という新たなグローバルネットワークを交渉相手に見つけます。しかし、韓国側が提案するシステムと、スリランカの現場(ローカルネットワーク)が考えていた構想との間には、またしても隔たりがありました。研究が終わった時点でも、プロジェクトの先行きは不透明なままでした。
この事例が物語るのは、大規模プロジェクトの運営が、内外の多様な利害関係者の思惑をいかに調整し、両者をうまく接続できるかにかかっているという現実です。プロジェクトの「内側」と「外側」が共有できる目標、すなわち「必須通過点」を確立できなければ、プロジェクトは前進できません。権威や資金を持つグローバルネットワークでも、実行部隊であるローカルネットワークを動員できなければ力を行使できないのです。プロジェクトの成否は技術や計画だけで決まらず、異なる人々をつなぐ政治的な交渉の巧拙に委ねられます。
情報システムは、統制道具ではなく現場の能力を育む足場
組織に情報システムが導入されるとき、それは時に業務の進捗を管理し、人々を統制する道具として語られます。とりわけプロジェクト管理システムは、計画と実績の差異を監視するツールと見なされやすいでしょう。しかし、ある研究は全く異なる情報システムの姿を提示します[4]。それは管理の道具ではなく、現場の能力を育み自律的な協力を促す「足場」としての姿です。
この研究は、オーストラリアの三つの公的機関(警察、農村消防、保健専門職登録局)で導入されたプロジェクト・マネジメント情報システム(PMIS)の長年の運用史を、内側から記述したものです。研究者自身が導入を支援し、システムとユーザーの相互作用を分析しました。
警察の事例では、当初システムは改革案件を一覧化する単純な登録機能しかありませんでした。しかし運用を続ける中で現場の要望を取り込み、システムは少しずつ姿を変えます。リスク管理等の機能が追加され、次第に職員たちが「プロジェクト」という共通概念で仕事の計画を立て、合意形成するための支援ツールへと進化しました。システムとの対話を通じ、職員たちは曖昧な自分たちの仕事を「プロジェクト」として構造化する方法を学びました。
農村消防の事例では、通常業務と並行して大規模な組織変革を行う課題に直面していました。このシステムは「統制ツール」ではなく、多様な関係者が対話し合意形成する基盤として機能しました。ボランティアや地域代表者といった人々も、このシステムを介して変革に参加し、自分たちの活動をプロジェクトとして捉え直し、その成果を定義する能力を身につけていきました。
保健専門職登録局の事例では、限られた予算で老朽化した基幹システムを更新する必要がありました。ここでは簡単な文書テンプレートという形で「足場」が提供され、段階的にシステムが拡張されました。ここでもシステムは、厳格な管理モデルを押し付けず、現場が自律的に合意形成するプロセスを後押ししました。
これらの事例に共通するのは、情報システムがトップダウンの管理強化を目的とせず、現場の能力開発を主眼として設計・運用されている点です。システムは、人々に「プロジェクトとは何か」「成果とは何か」を考え、共有するための共通言語と枠組みを提供しました。システムの価値はソフトの機能ではなく、使う人間との安定した関係性から生まれます。システムと人間の相互作用の中で、組織の応答力は高まります。情報システムは、統制の道具ではなく、人々の能力を引き出し、育むための「足場」となり得るのです。
脚注
[1] MacAulay, D., Yue, A. R., and Thurlow, A. B. (2010). Ghosts in the Hallways: Unseen Actors and Organizational Change. Journal of Change Management, 10(4), 337-353.
[2] Burga, R., and Rezania, D. (2017). Project accountability: An exploratory case study using actor-network theory. International Journal of Project Management, 35, 1024-1036.
[3] Heeks, R., and Stanforth, C. (2007). Understanding e-government project trajectories from an actor-network perspective. European Journal of Information Systems, 16(2), 165-177.
[4] Pollack, J., Costello, K., and Sankaran, S. (2013). Applying Actor-Network Theory as a sensemaking framework for complex organisational change programs. International Journal of Project Management, 31, 1118-1128.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
