2026年3月4日
変わらないようで変わる組織:安定を支える日常の努力

私たちの周りにある組織は、昨日と今日、明日も同じように動いているように見えます。日々の繰り返される光景は、組織に「安定性」をもたらし、私たちは安心して活動することができます。しかし、世界は絶え間なく動き続けており、組織が変化の波に乗り遅れれば、立ち行かなくなるでしょう。生き残るためには、変化に対応する「適応性」が不可欠です。
組織はどのようにして、この「安定性」と「適応性」という、一見矛盾する二つの性質を両立させているのでしょうか。毎日同じことを繰り返しているように見えるのに、どうして新しい状況に対応できるのか。その謎を解く鍵は、私たちが普段あまり意識することのない「組織ルーティン」に隠されています。ルーティンと聞くと、何も考えずに行う決まりきった作業を思い浮かべるかもしれませんが、組織におけるルーティンは、もっと複雑な振る舞いをします。
本コラムでは、組織ルーティンに関するいくつかの研究を取り上げます。変化しないことの裏にある人々の意識的な努力、変化を拒んでいるように見える力が実は長期的な適応を助けているという逆説、日々の業務が人と人との「つながり」を育む様子を探求し、組織が安定しながらも変化し続ける、そのメカニズムを解き明かしていきたいと思います。
組織ルーティンの安定は参加者の意識的な努力が生む
組織の決まった手続き、すなわちルーティンがなぜ安定するのかという問いに対し、これまでは「参加者が無意識に過去の行動を繰り返しているからだ」と説明されるのが一般的でした。しかし、ルーティンの安定は、参加者たちがその都度、状況を判断し、意識的に行動を選択した結果として生まれる、という異なる見方があります。
この考え方を掘り下げるため、ある州立大学の住居部門で行われた調査を見てみましょう[1]。
この部門は三つの主要な課で構成され、寮の維持・改修予算を配分する「予算編成ルーティン」が調査対象となりました。従来、各課の現場マネージャーはそれぞれ独自に予算要求リストを提出していました。しかし管理職たちは、各寮にいる三人の現場マネージャーが協力し、建物全体で優先順位をつけた「一つのリスト」を提出するよう変更を求めました。背景には「現場は部門の利益だけでなく、建物全体に共同で責任を持つべきだ」という理想像がありました。
ところが、この試みは何年にもわたって失敗します。管理職が説得を重ねても、現場から提出されるのは相変わらず部門ごとにバラバラのリストばかりでした。一見すると、現場が変化に抵抗したかのように見えます。
しかし調査で明らかになったのは、管理職が語る理想と、組織の日常で実際に行われている行動との間に、埋めがたい矛盾があったことでした。現場のマネージャーたちは、上司の言葉よりも、日々の業務で目の当たりにする組織の現実から「この組織で本当に意味のある行動は何か」を学び取り、古いやり方を続けるという合理的な判断を下していました。
この矛盾は、管理職が掲げた三つの理想の側面に現れていました。一つ目は「協調」です。管理職は現場に協力を求めながら、自分たち自身は予算会議の場で、限られた予算を奪い合う競争的な交渉を繰り広げていました。結局は自分の課の利益が最優先されるという強いメッセージを発していたのです。
二つ目は「対等な権力」です。三人の現場マネージャーが対等に交渉できることが協力の前提ですが、現実には権力差が存在しました。学生の生活全般に関わるレジデンシャルライフ課のマネージャーは、情報量や組織内での地位において優位な立場にありました。そのため、たとえ現場で合意が形成されても、上層部からは「権力のある者が他の二人を言いくるめただけだろう」と見なされます。
三つ目は「管理者意識」です。管理職は現場に当事者意識を求めましたが、実際には、建物の運営に関する重要な決定の多くが、現場の権限が及ばないところで行われていました。この経験を繰り返す中で、現場マネージャーたちは建物に対して主体的に責任感を抱く意欲を削がれていきました。
これらの事実から浮かび上がるのは、現場マネージャーたちが怠慢や反抗心から変化を拒んだわけではない、ということです。彼ら彼女らは組織の現実を観察し、「言葉の上での理想より、競争や階層が現実を支配している」という理解を形成しました。その理解に基づき、従来のやり方を続けることが最も「理にかなった」行動だと判断したのです。組織ルーティンの安定性は、無意識の反復ではなく、参加者たちが置かれた状況を読み解き、最善と信じる行動を意識的に選択し続ける努力によって生み出されていると捉えることができます。
柔軟なルーティンが持続するのは組織文脈に埋め込まれるため
先ほどは、ルーティンの安定が参加者の意識的な行動の結果であることを確認しました。しかし、ルーティンは常に硬直的なわけではなく、状況に応じて柔軟に実行されることもあります。ルーティンが日常的に柔軟に運用されているのなら、なぜ多くのルーティンは、長期的には根本的に変わることなく「持続」するのでしょうか。この「柔軟でありながら持続する」という性質を解き明かす研究があります[2]。
その舞台は、世界有数のメーカー、仮称「Chipco」です。分析対象は、将来の技術開発の方向性を定める「ロードマッピング」という社内ルーティンでした。このロードマッピングは、確立された手順を持つ一方で、新しい部門が利用する際にはそのニーズに合わせて柔軟に運用されるなど、多様な使われ方がされていました。
調査の結果、ルーティンの柔軟な実行には、関わる人々の主体的な働きかけがあることがわかりました。一つは「意図の多様性」です。人々は公式な目的だけでなく、自分たちの正当性のアピールや専門知識の誇示など、様々な個人的・集団的な意図を持ってルーティンに参加していました。これが状況に応じた柔軟な実行を引き出していました。
もう一つは「時間的な方向性の違い」です。経験豊富なマネージャーは過去のやり方を「反復」し、新しい部門のメンバーは現在の課題に「適用」し、経営幹部は未来を「構想」するといったように、関わる人々の視点が異なるため、実行は画一的にならず柔軟性が生まれていました。
これほど柔軟に運用されながら、なぜルーティン自体は維持され続けたのでしょうか。その答えは、ルーティンが組織の文脈に深く「埋め込まれている」という事実にありました。ロードマッピングは、組織の他の重要な仕組みと結びついていたのです。
第一に、「技術的な構造」です。Chipcoの技術は予測可能なペースで進化し、ロードマッピングの計画サイクルは、この技術進化と同期していました。第二に、「調整の構造」です。専門化が進んだ巨大組織において、ロードマッピングは権威や責任の所在を明確にし、円滑な調整を可能にしていました。第三に、「文化的な構造」です。データに基づき、目標達成を重んじ、規律を尊ぶというChipcoの強い企業文化を、ロードマッピングのプロセスはまさに体現していました。
このように、ロードマッピングはChipcoの技術、権力、文化という組織の根幹に深く埋め込まれていました。そのため、個々の場面で多少の逸脱があったとしても、ルーティン自体を根本的に変更することは、これらの強力な組織構造全体を変革することを意味し、極めて困難だったのです。結果、ルーティンは柔軟性を保ちながらも、その基本的な形を変えることなく持続していました。
ルーティンの変化への抵抗が、結果的に組織の適応力を高める
ここまで、ルーティンが持つ「安定性」や「持続性」のメカニズムを探ってきました。変化への抵抗、すなわち「慣性」は、組織が新しい環境に適応する上での障害と見なされます。しかし、この「変わらなさ」や「変化の遅れ」が、逆説的に組織の長期的な適応力を高めることがあります。
この点を探求するため、ある研究ではコンピューターシミュレーションが用いられました[3]。組織を、相互に依存しあう複数のルーティンの集合体として数理モデルで表現し、その振る舞いを再現する試みです。このモデルで肝心なのは、ルーティン同士が相互に依存している点です。一つのルーティン変更が、他のルーティンの働きに思わぬ作用を及ぼすため、組織全体として良い状態を見つけ出すことは簡単ではありません。
この仮想の組織は、常により良い状態を目指してルーティンを変更する「計画」を立てます。しかし、このモデルの独創的な点は、計画がすぐに実行されるとは限らないという仮定を置いたことです。モデルには「慣性」というパラメーターが設定され、この値が大きいほど、計画された変更の実行に「遅延」が生じやすくなります。
慣性、すなわち変化の遅れがあると何が起こるのでしょうか。シミュレーションが明らかにしたのは、この遅延が「意図せざるバリエーション」を生み出すという事実です。例えば、A、B、Cという順で変更を計画しても、慣性があると、Bが先に実行されたり、BとCが偶然同時に実行されたりといった事態が起こりえます。計画された変更の「順序の入れ替わり」や「偶然の同時実行」が生じるのです。
これらの意図せざるバリエーションは、組織が試すことのできるパターンの範囲を広げます。計画通りに進めていれば試されることのなかったルーティンの組み合わせが、偶然の結果として試される機会が生まれるのです。これは、組織による「探索」活動が豊かになることを意味します。
シミュレーションの結果は、このメカニズムの有効性を示していました。慣性が大きい組織は、変更の実行スピードが遅いため、短期的には適応が鈍くなります。しかし、長期的には、より広範な探索を行うことで、慣性のない組織よりも優れた状態、すなわち高い適応度に到達する可能性があることが確認されました。「遅いけれども、より広い探索」が、最終的により良い結果をもたらすことを意味します。この研究から得られる考えは、組織における変化への抵抗や遅延が、必ずしも排除すべき悪ではないということです。
組織ルーティンがつながりを育み、組織の適応力を生む
これまではルーティンを「行動のパターン」という観点で眺めてきましたが、ここで視点を変え、ルーティンが「人と人をつなぐ仕組み」であるという側面に光を当てます。日々の業務が人間関係を形成し、それが組織の安定と適応を両立させる上で、決定的な働きをしているのかもしれません。
この視点を探求した研究は、ルーティンの成果物はタスクの達成だけでなく、その過程で生まれる「つながり」と、それを通じて育まれる「共有された理解」であると主張します[4]。そして、この共有された理解が、組織の適応能力の源泉だというのです。
組織のルーティンは複数の人間が関わるため、必然的に人々の間に相互作用、すなわち「つながり」を生み出します。例えば「採用ルーティン」では、マネージャーは経理部、広報部、人事部など様々な部署と連絡を取る必要があり、その過程で無数の「つながり」が網の目のように張り巡らされていきます。
このつながりを通じて人々は繰り返しコミュニケーションを行い、それが「共有された理解」を育みます。研究では、この共有された理解を二つのレベルで捉えています。
一つは「パフォーマンスに関する共有された理解」です。これは「今、何をすべきか」という行動レベルの理解を指します。例えば、航空機の着陸という高度なルーティンでは、管制官とパイロットたちが緊密なコミュニケーションを通じてつながり、断片的な情報を統合して「安全に着陸する」というシステム全体での共有された理解を形成します。個々人の知識の総和を超える知性が、ルーティンを通じて発揮されます。
もう一つは「組織に関する共有された理解」です。これは「なぜ、その行動がこの組織において適切なのか」という、より大きな文脈に関する理解です。採用ルーティンの中で、マネージャーは組織全体の優先順位を知るかもしれません。また、ある工場で従業員の出入り口が身分によって異なっていた事例では、その違いが組織内の地位に関する暗黙の理解を形成していました。誰と誰がルーティンを通じてつながるかは、組織のアイデンティティに関する共有された理解にまで影響を及ぼします。
これら二つのレベルの理解は相互作用しています。日々の具体的なやり取り(ミクロレベルのWhatの理解)が、組織文化(マクロレベルのWhyの理解)を形作り、同時にマクロレベルの文化がミクロレベルでの行動を規定します。このミクロとマクロの絶え間ない相互作用は、組織のルーティンが、迅速な適応性(ミクロ)と一貫性を保つ安定性(マクロ)を同時に生み出すメカニズムなのです。
脚注
[1] Feldman, M. S. (2003). A performative perspective on stability and change in organizational routines. Industrial and Corporate Change, 12(4), 727-752.
[2] Howard-Grenville, J. A. (2005). The persistence of flexible organizational routines: The role of agency and organizational context. Organization Science, 16(6), 618-636.
[3] Yi, S., Knudsen, T., and Becker, M. C. (2016). Inertia in routines: A hidden source of organizational variation. Organization Science, 27(3), 782-800.
[4] Feldman, M. S., and Rafaeli, A. (2002). Organizational routines as sources of connections and understandings. Journal of Management Studies, 39(3), 309-331.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
