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コラム

効率・倫理を超えて:第三の領域としての美

コラム

私たちが日々働くオフィスや工場、店舗といった空間には、言葉では表現しにくい独特の「空気」が流れています。ある職場は活気に満ちて心地よく、別の職場はどこか息苦しく感じられることがあるかもしれません。私たちはこうした感覚を、オフィスのレイアウト、飛び交う会話の響き、壁に飾られた絵といった要素から無意識のうちに感じ取っています。

これまで組織を語る言葉は、生産性や効率性といった数値化できる指標が主だったかもしれません。もちろん、これらは組織が存続していく上で必要です。しかし、客観的なデータだけでは、そこで働く人々の実感や、組織全体が醸し出す雰囲気といった人間的な側面を捉えきることはできません。私たちは、組織生活を論理だけで理解しているわけではなく、五感を通して、身体全体で経験しているからです。

ここで一つの新しい視点を提案したいと思います。それは「美学」という視点を通して組織を眺めてみることです。

美学と聞くと、芸術鑑賞といったビジネスとは縁遠い世界を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、本来、美学とは「感性的な認識」に関わる学問です。この視点を持ち込むことで、「美しい組織」や「醜い組織」といった、これまであまり語られてこなかった切り口から、組織のあり方を洞察できる可能性があります。本コラムでは、この組織美学というアプローチを手がかりに、組織生活の全体像を捉え直したいと思います。

組織生活は美的な視点から全体的に理解できる

組織というものを理解しようとするとき、私たちはつい、その構成要素を一つひとつ分解して分析しがちです。リーダーシップのスタイルやコミュニケーションの経路といった個別のテーマを検証する分析的なアプローチは、特定の問題点を明らかにする上で有効です。しかしその一方で、要素を足し合わせただけでは見えてこない、組織全体の「生きた姿」を見失ってしまう危険性も伴っています。

これに対して、組織生活を美的な観点から捉えるアプローチは、部分ではなく全体を、論理ではなく感性で理解しようと試みます。それは、一枚の絵画を鑑賞するように、組織を一つのまとまりとして味わうことに似ています。あるイタリア企業で行われた調査は、このアプローチがどのようなものかを描き出しています[1]。その調査では、会長室と秘書室という二つの空間が詳細に記述されました。

会長室は、建物の最上階ではなく、中間的な二階にありました。この配置自体が、会長の権威を過度に誇示しない姿勢を物語っているかのようです。ドアはしばしば半開きにされ、廊下を通る人々は会長の様子をうかがい、気軽に会釈を交わせました。訪問者の目は自然と、ドアの正面に置かれた会長の机へと引き寄せられます。その机の上は、仕事道具のほかにファイルやメモで雑然としており、会長が常に仕事に取り組んでいる様子を伝えていました。

この部屋の壁には、三種類の絵画が掛けられていました。

一つは、会長自身が描いた、母方の祖母の肖像画。その画風から、訪問者に組織の創設メンバーかと想像させました。二つ目は、ソファの上に飾られた巨大な抽象画です。これは前会長が購入した非常に高価なもので、結果的に多くの従業員に喜びをもたらし、その場所にふさわしいものとして受け入れられていました。三つ目は、ドアのそばに掛けられた、組織が開発した最初の生産ラインの写真です。少し黄ばんだその写真には、経営陣と技術者たちが一緒に写っており、組織の歴史と誇りを物語っていました。

これらの絵画や写真は、組織の運営に直接必要なものではありませんが、それぞれが組織の過去と現在、個人の歴史を映し出し、部屋全体の雰囲気を形成していました。物理的なオブジェクトの機能や階層的な意味合いを個別に分析するのではなく、それらが一体となって醸し出す空気感を丸ごと捉えること。これが、組織の美的読み取りの第一歩です。

一方、会長室の向かいにある秘書室は、異なる様相でした。細長いその部屋は机やキャビネットで埋め尽くされ、訪問者は窮屈さを感じます。机の上には事務用品に混じって秘書の家族のスナップショットが飾られ、壁には芸術家のポスターと子供たちの笑顔の写真が貼られていました。同僚や訪問者は、これらの写真を目にするたびに自然と私的な会話を交わすことになり、公私の境界線が緩やかに溶け合っているような雰囲気が感じられました。

この二つの部屋を比較すると、興味深い点が見えてきます。会長室の祖母の絵画と、秘書室の子供たちの写真は、どちらも家族という私的なテーマを職場に持ち込んでいます。これらは、働く個人のペルソナに奥行きを加え、組織内外の生活をつなぐ橋渡しのようにも見えます。しかし、絵画が過去の歴史を暗示するのに対し、写真は未来への希望を感じさせます。

このような観察を通じて組織を理解するプロセスは、一人の研究者が客観的な事実を発見するというよりも、複数の主体による共同作業の様相を帯びてきます。組織で働く人々が自らの美的経験を語り、研究者がそれを記述し、そして読んだ私たち自身が想像力を働かせて、その組織の姿を心の中に再構築していくのです。

このアプローチは、組織の美学を製品デザインや建築といった個別のテーマに限定する従来の研究とは一線を画します。組織生活そのものが美的経験の対象であり、日常的な実践の中にこそ、その組織ならではの美しさが宿っているのです。

組織美学研究を「方法」と「内容」の2軸で体系的に整理

先ほどは、ある企業のオフィスを描写することを通じて、組織生活を全体として美的に捉えるアプローチの一端を見ました。こうした実践的な探求と並行して、学問の世界でも「組織美学」という分野が形作られてきました。この分野は、これまで組織研究の中心であった効率性を問う「道具的領域」や倫理を問う「道徳的領域」とは異なる、第三の領域を切り開こうとする試みです。それは、美しさや心地よさといった感覚的な経験を扱う「美的領域」に光を当てるものです。

この「美学」という言葉は、いくつかの異なる意味合いで理解できます。一つは、「認識論としての美学」です。これは、知識には論理的な思考を通じて得られるものだけでなく、五感を通じた直接的な経験から得られる「感覚的知識」があるという考え方に基づいています。この感覚的知識は、言葉での説明は難しいものの、私たちの直感的な理解や新しい洞察の源泉となります。組織の中では、熟練した職人の技のような「暗黙知」として日常的に機能しています。

二つ目は、「判断基準としての美学」です。私たちは「あの人の美学には共感できない」といったように、美学という言葉を独自の基準セットという意味で使うことがあります。組織論の文脈で言えば、例えば、科学的管理法は「効率的に機能するものは美しい」という、特定の美学に基づいていたと解釈できます。

三つ目は、「つながりとしての美学」です。これは、私たちが何かを美しいと感じる経験が、自分と他者、あるいは世界との「つながり」の感覚と結びついているという考え方です。芸術的な表現は、個人がより大きな社会集団の一員であるという感情を共有するための手段であり、人々を結びつける働きを持ちます。

これらの多様な美学の捉え方を踏まえ、組織美学の研究を体系的に整理するための枠組みが提案されています[2]。それは、「方法」と「内容」という二つの軸を用いたものです。「方法」の軸は、研究手法が伝統的な「知的方法」に近いか、芸術実践に依拠する「芸術的方法」に近いかを示します。「内容」の軸は、研究が扱う問いが、効率性といった「道具的内容」に関わるか、組織の感覚的な経験そのものを問う「美的内容」に関わるかを示します。

この二つの軸を組み合わせることで、組織美学の研究は四つの領域に分類できます。

一つ目は、「道具的問題の知的分析」です。これは、組織美学研究の中で最も蓄積がある領域です。例えば、組織を劇場や物語といった芸術の比喩として捉える研究や、シェイクスピアの戯曲から現代経営への教訓を引き出すといった試みがこれにあたります。

二つ目は、「道具的問題を見るために使用される芸術的形式」です。このアプローチでは、組織が抱える問題を理解・解決するために、演劇や描画といった芸術的な手法が用いられます。芸術が単なる比喩ではなく、探求のための具体的な方法となります。

三つ目は、「美的問題の知的分析」です。この領域の研究は、組織における感覚的な経験そのものに焦点を当てます。高級レストランのように製品自体が美的価値を持つ産業の分析や、老人ホームでの感覚的経験が入居者の尊厳にどう関わるかを考察する研究などが含まれます。

四つ目の領域は、「美的問題を見るために使用される芸術的形式」です。これは、組織生活で人々が感じる喜びや苦悩といった、言葉にしにくい感覚的な経験を、詩や音楽といった芸術形式を用いて直接的に表現し、探求しようとする最も新しい試みです。伝統的な研究の枠組みが捉えきれなかった、生々しい経験の全体像に迫る可能性を秘めています。

このように、組織美学の研究は、既存の経営学の枠組みの中で美的視点を活用するアプローチから、美的経験そのものを芸術的な手法で探求するアプローチまで、幅広い広がりを持っています。こうした多様な探求の先に、組織をより深く、より人間的に理解するための道筋が見えてくるのかもしれません。

記号論に基づき組織の美を分析し、10の類型を設計

これまでの議論で、組織を全体として美的に捉える視点や、組織美学という研究分野の全体像を見てきました。より踏み込んで、組織の「美」を構成する要素とは何なのでしょうか。この問いに、記号論というユニークな分析ツールを用いて挑んだ研究があります[3]

記号論とは、世界の物事や現象を「記号」として捉え、その意味の生成を解明しようとする学問です。ある理論では、あらゆる事象を三つのカテゴリーの相互関係として捉えます。この枠組みを組織分析に応用すると、組織を以下の三つの次元から多角的に見ることができます。

第一の次元は「第一性(Fundamentals)」と呼ばれ、組織が持つ「可能性」の側面を表します。これは、建物や設備、組織図、技術、経営戦略、企業理念といった、組織の土台となる要素です。いわば、「組織が持っているもの」の総体です。

第二の次元は「第二性(Processes)」で、組織の「現実」や「実践」の側面を指します。ここでは、第一性で示された可能性が、事業計画の立案や日々の意思決定、業務の遂行といった具体的な活動として現れます。「組織がやっていること」がこの次元に属します。

第三の次元は「第三性(Valuations)」であり、組織の「法則」や「価値観」に関わる側面です。組織文化や倫理観、存在目的といった、組織の行動様式を方向づける無形の力です。「組織がそれをどうやるか」という、行動の質を規定します。

この三次元の枠組みを用いて、人々が組織のどこに「美」を感じるのかを明らかにする実証研究が行われました。その結果、組織の美を構成する要素についての知見が得られました。調査では、「目的の明確さ」や「具体的な行動」、「組織文化」といった要素が美しい組織の条件として評価されました。また、パンデミック後には、「安全、照明、清潔さなど、物理的な空間が良い状態であること」が最も高く評価され、物理的環境の質が改めて問われるようになったことがうかがえます。

これらの調査結果と理論的考察を統合し、組織が体現する「美」のあり方を10の類型に分類する枠組みが設計されました。これは多様な美の個性を理解するための地図のようなものです。

  • 伝統的な美:競争戦略や生産性を最優先するタイプ
  • 魅力的な美:デザイン性の高い職場や学習機会で人材を惹きつけるタイプ
  • 唯物論的な美:企業の合併・買収や財務の健全性を美の基準とするタイプ
  • 商業的な美:マーケティングや顧客満足度の最大化に美しさを見出すタイプ
  • 現実的な美:経済的パフォーマンスや市場での地位を追求するタイプ
  • 人道主義的な美:倫理や透明性を大切にし、従業員の福利厚生や健康を第一に考えるタイプ
  • カリスマ的な美:創造性や革新を促す環境で、組織とコミュニティ双方の繁栄を目指すタイプ
  • 古典的な美:人間関係や社会的評価を重んじ、持続可能性や信頼性を強みとするタイプ
  • 合理主義的な美:効率性を追求し、市場の変化に柔軟に適応することに美しさを見出すタイプ
  • 未来志向の美:多様性の尊重、ワークライフバランス、協力を美の中心に据えるタイプ

これらの類型は、組織が自らのアイデンティティを築き、独自のスタイルを創造するための指針となり得ます。組織の美は、漠然とした印象ではなく、分析可能な具体的な要素から構成されているのです。

脚注

[1] Strati, A. (1992). Aesthetic understanding of organizational life. Academy of Management Review, 17(3), 568-581.

[2] Taylor, S. S., and Hansen, H. (2005). Finding form: Looking at the field of organizational aesthetics. Journal of Management Studies, 42(6), 1211-1231.

[3] Sastre, R., and Yela Aranega, A. (2023). A paradigm change: Aesthetics in the management of organisations. Journal of Business Research, 157, 113574.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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