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コラム

失敗ではなく変容:翻訳としての経営実践

コラム

職場に「働き方改革」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」「ウェルビーイング経営」など、次々と新しいアイデアが導入されます。私たちはこうした取り組みに対し、計画通りに進んだか、期待された成果は出たか、という視点から「成功」か「失敗」かという評価を下します。しかし、組織という複雑な生態系に投じられたアイデアの運命は、それほど単純な二元論で割り切れるものではありません。

アイデアは静的な設計図ではなく、まるで生き物です。組織という新たな環境に足を踏み入れると、それは潜伏し、周囲の状況に合わせて姿を変え、時には組織そのものを内側から変容させながら、予測不能な時間を生き抜いていきます。ある部署では熱狂的に受け入れられた手法が、別の部署では全く異なる目的で利用されたり、一度はブームが去って忘れ去られた考え方が、数年後に新しい名前で再び脚光を浴びたりすることも珍しくありません。

本コラムでは、このアイデアと組織の複雑でダイナミックな関係性を「翻訳」というキーワードを手がかりに解き明かしていきます。ここで言う「翻訳」とは、単なる言葉の置き換えではありません。アイデアが組織の文化や権力関係と相互作用し、解釈され、作り変えられていく創造的なプロセスを指します。一見すると「失敗」や「形骸化」に映る現象の裏には、どのような必然性が隠されているのか。四つの具体的な研究事例を読み解きながら、アイデアが時間と共にたどる数奇な運命の物語を追い、計画通りに進まない現実の中に潜む豊かさを見出していきましょう。

経営アイデアはウイルスのように潜伏・変異し組織で翻訳される

経営アイデアは、ファッションのように一時的に流行しては廃れるものと見なされる場合もあります。この「経営ファッション論」は、アイデアを「比較的短命な集合的信念」と捉え、その一時的・表層的な性質を論じてきました。しかし、メディアにおける話題性と現場での実践が必ずしも一致しないことや、「ファッション」という比喩自体がアイデアの長期的・実質的な側面を見過ごさせてしまうという限界も指摘されています。

この限界を超えるため、生物学から「ウイルス」という新たな比喩を持ち込む試みがあります[1]。ウイルスが宿主の細胞に感染し、免疫、複製、潜伏、突然変異、休眠といった多様な振る舞いを見せるように、経営アイデアも組織内で単純な採用・拒絶に収まらない、複雑で長期的なプロセスをたどるという発想です。

ウイルスの六つの特徴を手がかりに、組織におけるアイデアの動態を見ていきましょう。

第一の「感染性」は、組織によるアイデアの「採用」に対応します。ウイルスが宿主細胞に能動的に取り込まれるように、組織もまた、単に流行を追うのではなく、自らの戦略に基づきアイデアを主体的に解釈し、作り変える「能動的な宿主」として捉えられます。

第二の「免疫」は、新しいアイデアに対する組織の「抵抗」です。組織の文化や価値観が「生得的免疫」として導入を阻んだり、過去の失敗経験が「獲得免疫」として類似のアイデアへの慎重さを生んだりします。

第三の「複製」は、アイデアが組織の構造や日常業務に深く根付く「定着」にあたります。外部からの規制や、組織内での大規模な教育・訓練が、この定着を促進します。

第四の「潜伏」は、アイデアが採用されてから実践として形になるまでの長い時間、すなわち「成熟」のプロセスです。組織は採用を表明したアイデアを実践に移すよう社会的な圧力を受けるため、長い潜伏期間を経て具体化することがあります。

第五の「突然変異」は、アイデアが組織から組織へと伝わる過程で変容する「翻訳」のプロセスです。アイデアは固定されたものではなく、採用する組織の文脈に合わせてコピー、省略、追加、変更といった形で作り変えられます。

最後に「休眠」です。ウイルスが活動期と休眠期を繰り返すように、アイデアも活動が活発な時期と停滞する「不活性化」の時期を繰り返します。そして、何かのきっかけで再び活動が始まる「再活性化」を迎えるのです。

このように、ウイルスという視点を通すと、経営アイデアの運命は「採用」か「拒絶」かではなく、「非採用」「隔離」「消滅」「定着」「成熟」「翻訳」「不活性化」「再活性化」といった、はるかに多様で動的なプロセスの組み合わせとして描き出されます。

経営アイデアの導入は組織文化と作用し変容する翻訳の過程

アイデアがその姿を変える「翻訳」は、組織とアイデアの相互作用を理解する鍵です。このプロセスは、新しいアイデアが組織に浸透していく様子を、半透膜を通して液体が混ざり合う「浸透(osmosis)」に例えることができます。新しいアイデアは、組織内に存在する権力関係や組織文化という「半透膜」を通過する過程で、元のアイデアも組織自身も変容を遂げるのです。

この翻訳プロセスを、オランダのある銀行で導入された情報技術マネジメント手法「PROMIS」の事例から見ていきましょう[2]。計画通りに進んだかという結果で評価する「重要成功要因」アプローチで見れば、この取り組みは「失敗」でした。合併した二つの旧組織を統合する象徴として導入されたものの、旧組織間の考え方の違いから理念は浸透せず、最終的に断念されたからです。

しかし、結果よりもプロセスを重視する「翻訳理論」の視点で見ると、この「失敗」は組織変革の正常なプロセスの一部として再解釈されます。翻訳のプロセスは、四つの局面を経て進行しました。

第一の局面は「アラインメント(整列)」です。関係者が新しいアイデアを自分たちの利害と一致させようとする中で、表面的な合意の裏で徐々に対立が生まれていきました。

第二の局面は「エンロールメント(登録)」です。各関係者は自分なりの解釈でアイデアへの関与を決め、ネットワークを形成します。PROMISという一つの名前の下で、実際には異なる解釈に基づく複数のグループが生まれてしまいました。

第三の局面は「凝固化」です。多様な解釈は、やがて具体的なシステムや業務手順として定着します。PROMISという新しいラベルを使いながら実際には従来のアプローチを続ける「再ラベリング」や、言葉の解釈のずれによる「意味論的混乱」が生じました。

第四の局面は「ヘゲモニー的権力」です。これらの翻訳プロセスは、常に暗黙の権力関係の中で進行します。各々が自身の立場を守るために無意識にアイデアを解釈し、その対立構造がプロジェクトの進行を妨げました。

翻訳理論の視点を通すと、一連の混乱や対立は、新しいアイデアが組織の現実に適応する上で避けられない自然なプロセスと分かります。PROMISの断念は失敗ではなく、その経験を通じて組織が理念を学び、次の一歩へと進んだ翻訳のプロセスなのです。アイデアの導入を成功か失敗かで判断するのではなく、変容しながら定着していく動的なプロセスとして理解することが求められます。

人員削減の理念は、他社の模倣と摩擦を経て組織へと翻訳される

翻訳のプロセスは、人員削減のような痛みを伴う不快なアイデアが組織に導入される際に、さらに複雑な力学を見せます。特に他社の成功事例を「模倣」する際には、その変容の過程がより鮮明になります。ここでも、アイデアが完成された形で広まるという「普及モデル」ではなく、様々な関係者の解釈によって姿を変えながら広がる「翻訳モデル」が有効な視点となります。

この翻訳のダイナミズムを、スウェーデンの国営電力会社ヴァッテンフォールが経験した、十数年にわたる「社会的に責任ある人員削減」の事例から探ります[3]。かつて長期雇用が当然視されていたこの会社は、市場の自由化に直面し、大規模な人員削減を迫られました。

この会社におけるアイデアの旅は、四つの段階を経て進みました。第一段階は1992年からの「RECA」プロジェクトです。人員削減の経験がない経営陣は、他社の事例を模倣し、「可能な限り解雇は避ける」といった原則を掲げました。これは人員削減という不快なアイデアを「社会的責任」というパッケージで包む最初の翻訳でした。しかし計画は頓挫し、最終的に「社会的責任」の意味は「解雇された人々への最大限の支援」へと再翻訳されました。

第二段階は1997年からの「能力転換」プログラムです。過去の苦い経験から「人員削減」という言葉が避けられる中、より前向きな響きを持つ他社のアイデアが模倣されました。しかし、市場環境の悪化で再び大規模解雇が必要になると、労使関係は深刻な対立に陥りました。

第三段階は2000年からの「The Step」プログラムです。今度は、従業員の自発的な退職を手厚く支援するという、メディアで話題の新たなモデルが模倣されました。ここで「社会的責任」の意味はさらに翻訳され、会社を去ることをキャリアへの「機会」として捉え直し、支援することだと再定義されました。

第四段階として、2005年には「恒久的な支援部門」が設置されます。人員削減への対応は一時的なプロジェクトではなく、恒久的な組織機能と位置づけられました。かつて口にすることさえはばかられた人員削減が、労使双方にとって「当たり前の自然なこと」として制度化されたのです。

この事例は、「社会的に責任ある人員削減」が、生きた組織の中で絶えず翻訳され、意味を変え続けるアイデアであることを示しています。他社の模倣は、単に解決策を見つけるだけでなく、過去の失敗の記憶を乗り越える機能も果たしました。そして、不快なアイデアは、多くの「摩擦」を経て、逆説的により洗練され、組織独自の「制度」へと昇華されたのです。

経営理念の翻訳は、かえって組織間の類似性を高めることがある

経営アイデアが組織の文脈に合わせて「翻訳」されるなら、各組織の独自性が際立ち、組織間の違いは大きくなるように思えます。しかし、翻訳のプロセスには一定の規則性があり、むしろ組織同士が似通ってくる「同質化」が起こりうる、という逆説的な現象が指摘されています。

この謎を解き明かすため、ノルウェーの病院組織を対象に、「評判マネジメント」という理念がどのように実践されているかを分析した調査を見ていきましょう[4]。分析では、アイデアが翻訳される際の具体的な変化のパターンとして「コピー」「追加」「省略」「変更」という四つのルールが用いられました。

分析対象の「評判マネジメント」は、一般的に「評判への真摯な関心」「評判プラットフォームの定義」「戦略的自己呈示」「差別化」の四つの要素から成ります。

調査の結果、非常に整然とした翻訳のパターンが明らかになりました。「評判への真摯な関心」と、ロゴやビジョンといった「戦略的自己呈示」の手段は、ほとんどの病院でそのまま「コピー」されていました。

一方で、組織のアイデンティティを定義する「評判プラットフォームの定義」は、ほとんどの病院で「省略」されていました。そして、最も特徴的だったのが「差別化」の扱いです。これもまた意図的に「省略」されていました。多くの病院関係者は他院との差別化に否定的で、むしろ他の病院と似ていることが好ましいと考えていたのです。

その代わりに、病院は評判マネジメントに新しい要素を「追加」していました。それは、「他の病院と同様に、一般的な病院として認識されること」を好む姿勢です。ユニークさよりも、制度的な環境における「正当性」を優先する戦略と言えます。

この調査から導き出される結論は二つあります。第一に、ノルウェーの病院では「コピー」「省略」「追加」という翻訳ルールが、組織間で驚くほど共通して用いられていました。第二に、その結果、各病院は差別化を避けて類似性を志向し、業界全体としては「同質化」がもたらされたのです。

この発見は、アイデアの翻訳が必ずしも組織の多様化につながるわけではないことを示しています。特に病院のように制度化された環境では、組織は外部の理念を、自らの正当性を守るために同質性を高める方向へと修正(翻訳)する力が働くということです。

脚注

[1] Rovik, K. A. (2011). From fashion to virus: An alternative theory of organizations’ handling of management ideas. Organization Studies, 32(5), 631-653.

[2] Doorewaard, H. J. A. C. M., and van Bijsterveld, M. (2001). The osmosis of ideas: An analysis of the integrated approach to IT management from a translation theory perspective. Organization, 8(1), 55-76.

[3] Bergstrom, O. (2007). Translating socially responsible workforce reduction: A longitudinal study of workforce reduction in a Swedish company. Scandinavian Journal of Management, 23(4), 384-405.

[4] Waraas, A., and Sataoen, H. L. (2013). Trapped in conformity? Translating reputation management into practice. Scandinavian Journal of Management, 30(2), 242-253.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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