ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

測定か対話か:組織文化が描くリスクの境界

コラム

私たちの働く組織には、目には見えない無数の「境界」が存在します。部署間を分ける線、専門職とそうでない人々を隔てる線、あるいは役職による階層の線。私たちはこれらの境界を当たり前のものとして受け入れていますが、その水面下では、人々が自らの領域を守り、ときには広げようと駆け引きを繰り広げています。

境界は、単に組織の構造を定めているだけではありません。それは人々のアイデンティティ、権威、仕事のやり方を定義する、重要な意味を持っています。だからこそ、境界が揺らぎそうになるとき、人々は戦略を用いて自らの立場を正当化し、他者との関係性を再定義しようと試みます。それは、言葉の選び方ひとつ、根拠の示し方ひとつに表れる、繊細な営みです。

本コラムでは、普段は光の当たらない「境界をめぐる駆け引き」の世界を探求します。医療、金融、科学、外交の舞台。異なる領域で、組織や専門家集団が、いかに自分たちの専門性という城の堀を深くし、ときには橋を架けているのか。その知られざる営みを検討していきます。

専門職の地位の高さが、言説による境界主張の戦略を決定

医療の世界から、この境界をめぐる物語を始めましょう。病院では多様な専門家が協力していますが、その裏側には、専門職が持つ「地位」の差が、境界をめぐる言葉の戦略を左右している現実があります。ある地域で、医療専門職間の連携を円滑にする制度改革が提案されたとき、各専門職団体がどう意見を表明したかを分析した調査があります[1]。この調査は、境界が揺らぐ機会に、それぞれの立場がどう言葉に表れるのかを描き出しました。

分析の対象は、カナダのオンタリオ州で、政府の諮問機関が専門職間連携の推進に関する報告書を公表し、広く意見を募った際に、五つの専門職団体(医師、看護師、准看護師、心理学者、心理学アソシエイト)が提出した公式意見書です。改革案は各専門職の業務範囲見直しに言及していたため、各団体にとって、自らの境界線を守り、再編するための重要な局面でした。調査では、各団体が連携という論点をどう定義し、主張をどう正当化し、自他をどう描き出したかが比較されました。

結果、団体の地位の高さによって、境界を主張する戦略が系統的に異なっていました。最も高い地位にある医師団体は、連携という新しい概念を、既存の「協働診療」とほぼ同じものとして狭く定義しました。役割分担の明確化は口にするものの、他の専門職が業務範囲を広げる必要はないという姿勢を暗に示したのです。これは、現状の秩序を維持しようとする意図の表れと解釈できます。

主張の根拠にも特徴がありました。医師団体は、患者の福祉や職業倫理といった、規範的で普遍的な価値を前面に押し出しました。一方、主張を裏付ける具体的なデータの提示は限定的でした。自分たちを議論の余地なくリーダーシップをとる存在として描き、他の専門職は「その他の医療提供者」と一括りにしました。これは、他者をあえて無視することで、階層的な境界を再確認する言葉の戦術と言えます。

対照的に、医師以外の四団体、すなわち地位の低い専門職たちは、全く異なる戦略をとりました。看護師などの団体は、連携を広く捉え、権限や責任の配分を大胆に見直すべきだと主張しました。業務範囲の重なりを肯定的に捉え、制度変革の必要性を訴えました。

その主張を支えるため、外部の研究報告書や統計、現場の具体例などを幅広く動員し、客観性と説得力を持たせようとしました。特に地位の低い准看護師は、現場経験といった資源を多用する姿が見られました。自分たちを、高い能力がありながら正当に評価されていない存在として描き、現状の問題点を指摘する際は、医師団体を名指しで明確に批判の対象としました。

この調査から浮かび上がるのは、専門職の境界をめぐる言葉の戦術が、その地位と結びついている構図です。地位の高い者は、現状の秩序を自然なものに見せる「自然化」の戦略をとります。抽象的な理念を盾に他者を無視し、自らの優位性を再生産しようとします。かたや地位の低い者は、現状の不合理さを具体的なデータでさらし、問題の所在を名指しで告発する「標的化」の戦略をとるのです。

組織文化によりリスク管理は、測定か対話かで専門性の境界が分かれる

専門職の地位が境界戦略を方向づけることを見てきました。しかし、同じ専門分野でも、所属組織の「文化」によって、振る舞いや境界の引き方は違ったものになり得ます。次に舞台を移すのは金融の世界です。銀行という組織の中でリスクを管理する専門家たちが、組織文化という見えない力に導かれ、いかに異なるやり方で自らの専門性を定義しているのかを探ります。

ある事例研究が、複数の銀行におけるリスクマネジメントの実践を比較しました[2]。金融危機以降、リスクを精緻に測定しようとする試みへの批判が高まりましたが、この研究は、リスク管理のあり方が一つの方向に進んでいるわけではないことを明らかにしています。各銀行が持つ「計算的文化」と、リスク専門家たちが行う「境界作業」によって、その姿は大きく二つに分かれていくというのです。

一つ目のスタイルは、「測定によるリスク管理」です。これは「数量的熱狂」と表現できる文化を持つ銀行で見られました。この文化では、リスクとは基本的に定量的に測定し、集計できるものだと考えられています。市場リスクや信用リスクといったカテゴリーに分類され、洗練された数理モデルが開発されます。測定値は組織共通の物差しで一つにまとめられ、業績評価や報酬に直接結びつけられます。

このスタイルの専門家たちは、測定範囲の拡大に情熱を注ぎます。自らの客観的なアプローチが「プロフェッショナル」だと主張し、経験や勘に頼る旧来のやり方との間に線を引きます。そして、自分たちの責任範囲を測定可能なリスクの管理に限定し、経営陣の戦略的判断から生じる測定不能なリスクの結果には責任を負わないという境界線を引きます。客観的な数値を盾に、専門家としての自律的な領域を確保しようとします。

対照的なのが二つ目の「視覚化によるリスク管理」です。これは「数量的懐疑」の文化を持つ銀行で見られます。こちらの文化では、リスク測定モデルから生み出される数値は絶対的な真実とは見なされず、あくまで経営陣の判断を助ける道具と捉えられています。関心は、モデルでは捉えきれない戦略的な不確実性や、将来の最悪シナリオを想像することに向けられます。

このスタイルの専門家は、自らを「悪魔の代弁者」と位置づけます。事業部門の楽観的な計画に懐疑的な問いを投げかけ、経営陣との対話を通じて危険を警告することが仕事だと考えています。彼ら彼女らが重んじるのは、数値だけでなく、長年の経験や直感、数値化できない定性的な情報です。彼ら彼女らは測定による管理を追求する専門家たちを「理論的で現実を知らない」と批判し、経験と判断に基づく自らのアプローチの優位性を主張します。そして、他部署との境界を意図的に曖昧にし、協調的な関係を築くことで、組織全体の意思決定プロセスに関与しようとします。

ここから見えてくるのは、同じリスク管理という専門業務でも、組織文化によって専門性の境界の引き方が正反対になりうる事実です。一方は「測定できるもの」と「できないもの」の間に線を引いて専門性を守り、もう一方は他部門との境界を溶かして組織に貢献することで価値を示そうとします。専門性とは、それが実践される場の文化によって定義が形作られていくのです。

専門家組織は、科学と政策の境界の引き方で多様性を許容し機能

専門家たちが領域を守るために境界線を引く様子を見てきました。しかし、ときには境界を曖昧にしたり、複数の引き方を組織内で許したりすることが、組織全体の目的達成のために機能する場合もあります。気候変動という地球規模の課題に取り組む、国際的な専門家組織の内部を覗いてみましょう。ここでは、科学と政策という壮大で複雑な境界をめぐる物語が展開されます。

ある調査では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で中心的な働きを担う専門家たちにインタビューを行いました[3]IPCCは科学的知見を集約し、政策決定者に提供することで国際的な課題設定に貢献してきましたが、その報告書が各国の具体的な行動変容に必ずしも結びついていないジレンマを抱えています。この調査は、その中心にいる専門家たちが、自らの活動の難しさをどう認識し、「科学」と「政策」の間にどう境界線を引こうとしているのか、その生の声から探ろうとしました。

インタビューから明らかになったのは、専門家たちが「科学と政策は明確に区別されるべきだ」という点では一致しているものの、その関係性の捉え方には多様な見解が存在している事実でした。一つは、IPCCは純粋な科学的組織として客観的な事実提供に徹するべきだ、という見方です。もう一つは、IPCCは科学と政策が出会う「境界組織」であり、その活動は本質的に政治的・価値的な側面を帯びざるを得ない、という捉え方です。

興味深いことに、これらの異なる見解は組織内で対立せず、共存しているように見えました。これによって、専門家がそれぞれの信念に基づいて活動に貢献できているのかもしれません。しかし、彼ら彼女らが広く共有している一つの原則がありました。それは、「政策的に有用(policy-relevant)ではあるが、政策を処方(policy-prescriptive)してはならない」というものです。政策決定の助けになる情報は提供するが、特定の政策を「こうすべきだ」と推奨はしない、というバランス感覚です。専門家たちは、IPCCはこの難しい境界線を守ることに成功していると考えていました。

気候変動の科学に伴う「不確実性」の扱い方についても、組織内には異なる考え方が存在しました。不確実な知識を無理に数値で表現する傾向に警鐘を鳴らす専門家もいれば、不確実性を段階的に評価し伝達するIPCC独自の手法を高く評価する専門家もいました。

この調査が物語るのは、IPCCという組織のしたたかさです。科学と政策の境界線の引き方について内部に多様な考え方を抱えながらも、外部には統一された権威あるメッセージを発信することに成功しています。その要因は、個々の線の引き方は異なっても、「科学と政策」「有用性と規範性」といった境界を引くこと自体の大切さについては、広く合意が形成されている点にあるのかもしれません。

外交共同体は、外部との境界での出会いを通じて互いに変容する

視点を「境界」が持つダイナミズム、すなわち境界で何が起きるのか、という点に移しましょう。境界とは単に内と外を隔てる静的な壁ではなく、異なる集団が出会い、互いを認識し、学びが生まれる動的な場でもあります。東南アジアの外交共同体を例に、境界での相互作用が、いかに当事者たちを相互に変えていくのかを探ります。

ある研究が、東南アジア諸国連合(ASEAN)の外交官たちが形成する「実践共同体」と、外部からやってくる外交官との関わりに光を当てました[4]。実践共同体とは、共通の実践を通じて結びついた人々の集団です。この研究は、ASEANの外交官と、その「対話パートナー」と呼ばれる域外の国の外交官へのインタビューに基づいています。

分析から見えてきたのは、ASEANの外交官たちが、域外の「他者」と接することを通じて、「我々ASEAN」という強い共同体意識を形成・維持している姿です。彼ら彼女らは、非公式なコミュニケーションを重んじ、時間をかけてコンセンサスを形成する独自のやり方(「ASEANウェイ」)が、この地域の問題を扱う上で適切だと認識しています。

一方、対話パートナー国の外交官たちは、最初、この「ASEANウェイ」に戸惑いを覚えます。自分たちの効率を重んじる外交スタイルと異なるため、ASEANのやり方を非効率で「奇妙」だと感じ、不満を抱くことも少なくありません。これが境界で起こる最初の文化的衝突です。

しかし、関わる時間が長くなるにつれて変化が訪れます。一部の外交官は、ASEANのやり方が、すぐには結果が出ないように見えても、この地域の文脈では理にかなっているのかもしれないと理解し始めるのです。これは、境界での継続的な接触を通じて、相手のやり方の背後にある論理を学び始めるプロセスです。

さらに経験を積んだ外交官の中には、ASEANの外交スキルを高く評価し、そのやり方を積極的に学び、模倣しようとする者まで現れます。彼ら彼女らは、ASEANの「言語」を理解し使うことで、物事を円滑に進められることに気づきます。そして、このようにASEANのやり方に適応できる外交官は、ASEAN側からも「有能なパートナー」として認められるようになります。

このプロセスが明らかにしているのは、境界が持つ相互作用的な性質です。ASEANの外交官たちは、外部と接することで自らのアイデンティティを再確認します。同時に、外部から来た外交官たちは、単なる部外者から、共同体の作法を理解し実践する、境界をまたぐ存在へと変化していきます。この過程を通じて、何が「有能な外交」であるかという基準が交渉され、再定義されていきます。境界とは、内と外のアイデンティティを再確認させる場であると同時に、双方に学びと変容を促す、ダイナミックな空間として機能しています。

脚注

[1] Bucher, S. V., Chreim, S., Langley, A., and Reay, T. (2016). Contestation about collaboration: Discursive boundary work among professions. Organization Studies, 37(4), 497-522.

[2] Mikes, A. (2011). From counting risk to making risk count: Boundary-work in risk management. Accounting, Organizations and Society, 36(4-5), 226-245.

[3] Lidskog, R. (2024). Science for transformative change: The IPCC, boundary work and the making of useable knowledge. Frontiers in Climate, 6, 1408513.

[4] Glas, A., and Martel, S. (2024). Boundary work, overlapping identities, and liminality in communities of practice: Diplomacy within and beyond ASEAN. Global Studies Quarterly, 4(1), ksad072.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています