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コラム

従業員の「熱意」を「成果」につなげるには:エンゲージメントの多面性を理解する(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20261月にセミナー「従業員の『熱意』を『成果』につなげるには:エンゲージメントの多面性を理解する」を開催しました。

従業員の意欲をいかに引き出し、組織の持続的な成長につなげるか。これは、多くの組織が直面する重要な経営課題です。

その鍵として「エンゲージメント」という言葉が広く使われるようになりました。従業員のエンゲージメントが高い組織は、生産性が高く、創造性に富み、離職率が低いとされ、各社がその向上に向けた取り組みを進めています。しかし、私たちはこの「エンゲージメント」という言葉の本質をどれほど深く理解しているでしょうか。

一口にエンゲージメントと言っても、その実態は多様です。例えば、熱心に長時間働く姿が、必ずしも健全なエンゲージメントの表れとは限りません。内なる強迫観念に駆られて働く「ワーカホリズム」は、むしろ従業員の健康を害し、長期的なパフォーマンスを低下させる可能性が指摘されています。また、「会社への愛着」や「忠誠心」も、過度になれば柔軟な発想を妨げたり、仕事と家庭生活の両立を困難にしたりするといった、意図せぬ副作用をもたらす場合もあります。

エンゲージメント向上を目指す施策が、単なる「熱心さ」の追求や、一方的な「愛着」の強要になってしまっては、本末転倒です。重要なのは、その「質」を見極めることです。

実務で多様に使われるエンゲージメントという概念は、学術的には大きく二つの側面に整理されます。一つは、仕事そのものに誇りややりがいを感じ、活き活きと取り組む「ワーク・エンゲイジメント」。もう一つは、所属する組織への心理的な結びつきを示す「組織コミットメント」です。

本セミナーでは、これらの学術的な知見に基づき、エンゲージメントの複雑な側面を解き明かしました。従業員が仕事に深く没頭し、本来の力を発揮するために必要な条件とは何か。組織への結びつきも、「心から所属したい」という前向きな愛着(情緒的コミットメント)と、「辞めると損だから」という消極的な理由(継続的コミットメント)では、従業員の行動や成果に全く異なる影響を与えます。

表層的なエンゲージメント施策を見直し、従業員の活力と自発的な貢献を引き出すためには、何が必要なのでしょうか。本レポートが、皆さんの組織における人材活躍と成長戦略を考える上での、新たな視点を提供する機会となれば幸いです。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

はじめに

企業の人事戦略において、「従業員エンゲージメント」の向上は重要課題の一つとして位置づけられています。定期的にエンゲージメント・サーベイを実施し、その「スコア」の動向に注目している企業も増えています。「昨年度よりスコアが3ポイント向上した」「業界平均を上回った」といった結果は、一見すると喜ばしい成果です。

しかし、その数値の裏側で、従業員の心理や行動にどのような実態が隠されているのか、私たちは深く洞察できているでしょうか。例えば、「熱心に働く社員」が増えた結果としてスコアが向上した場合、その「熱心さ」が本当に組織の生産性や創造性に結びついているのか、あるいは疲弊やメンタル不調の予兆となっていないかを見極める必要があります。

また、「会社への愛着」を示すスコアが高いとしても、その動機が「この会社で働き続けたい」という前向きな動機ではなく、「他に選択肢がないから、この会社にしがみつくしかない」という消極的な理由である可能性も否定できません。

本講演では、サーベイの「点数」という量的な側面だけでは捉えきれない、エンゲージメントの「質」に焦点を当てます。「熱意」がなぜ「成果」に結びつかないのか、その複雑なメカニズムを学術的な知見に基づいて検討し、人材活躍を実現するための視点を提供します。

エンゲージメントの「解像度」を上げる

「エンゲージメント」という言葉は、非常に多義的であり、その実態を正確に把握するためには、まず概念の解像度を高める必要があります。実務で多様に使われるこの概念は、学術的な研究領域において、大きく二つの異なる心理状態として区別されています。この二つの側面を理解することは、人事戦略を構築する上での出発点となります。

第一の側面は、「ワーク・エンゲイジメント」と呼ばれるものです。これは、従業員の「仕事そのもの」に対するポジティブで充実した心理状態を指します。具体的には、「活力(Vigor)」「熱意(Dedication)」「没頭(Absorption)」という三つの要素によって特徴づけられます[1]

「活力」とは、仕事に取り組む中で高いエネルギーを感じ、精神的な回復力を持って困難にも粘り強く立ち向かう状態です。「熱意」は、自分の仕事に対して意義や誇りを感じ、熱心に関与している状態を意味します。「没頭」は、仕事に深く集中し、時間の経過を忘れるほど夢中になっている状態を指します。

これら三つが揃ったワーク・エンゲイジメントの高い状態は、従業員が仕事から活力を得て生き生きと活動し、組織の生産性や創造性の源泉となるポジティブなエネルギーを生み出している状態と言えます。

第二の側面は、「組織コミットメント」です。これは、従業員の「所属する組織(会社)」に対する心理的な結びつきの強さを示します。ワーク・エンゲイジメントが「仕事」という活動に向けられるものであるのに対し、組織コミットメントは「組織」という対象に向けられる点で異なります。この結びつきは、「この組織の一員であり続けたい」という従業員の意志や態度として現れ、組織への定着や、組織目標の達成に向けた貢献行動の基盤となると考えられています[2]。組織と従業員との心理的なつながりを指す概念です。

人事にとって重要なのは、この二つのエンゲージメントが、必ずしも常に連動するとは限らないという事実です[3]。例えば、仕事そのものには強いやりがいと誇りを感じている(ワーク・エンゲイジメントが高い)一方で、会社の経営方針や処遇には不満があり、組織への愛着は低い(組織コミットメントが低い)というケースは十分に考えられます。これは、仕事の楽しさだけでつなぎ止められている状態であり、より良い条件や環境を求めて優秀な人材が外部へ流出してしまうリスクを伴っています。

逆に、仕事内容自体は退屈でやりがいを感じられない(ワーク・エンゲイジメントが低い)ものの、組織の安定性や人間関係の居心地の良さから、会社への帰属意識は高い(組織コミットメントが高い)というケースもあり得ます。この場合、従業員は組織に留まり続けますが、日々の業務における自発的な努力や革新的な行動は期待しにくいかもしれません。むしろ、現状維持を望む傾向が強まり、組織変革の際の抵抗勢力となる可能性も考えられます。

このように、ワーク・エンゲイジメントと組織コミットメントは、それぞれ異なる側面から従業員の意欲と行動に影響を与えます。組織が持続的に成長していくためには、従業員が仕事そのものに熱意を持って取り組み、かつ、所属する組織にも前向きな結びつきを感じている状態、すなわち両方のエンゲージメントが高いレベルで両立していることが理想です。しかし、それぞれを高めるためのアプローチは異なるため、自社の課題がどちらにあるのかを診断し、適切な対策を立てる必要があります。

「仕事への熱意」の光と影

多くの組織が、従業員に「熱心に働いてほしい」と願っています。しかし、その「熱心さ」という外見的な姿が、必ずしも健全なワーク・エンゲイジメントの表れであるとは限りません。一見似ているようで本質的に異なる二つの状態、すなわち「ワーク・エンゲイジメント」と「ワーカホリズム」を区別する必要があります[4]

ワーク・エンゲイジメントは、前述の通り、仕事そのものへのポジティブな関与です。その根底にある動機は、「仕事が楽しいから」「意義を感じるから」といった自発的なものです。研究では、このような内発的な動機づけや、自らの価値観と一致しているという動機が、ワーク・エンゲイジメントと強く関連していることが示されています[5]。仕事への関与がポジティブな感情や達成感を伴うため、個人のウェルビーイングや持続的なパフォーマンス向上に寄与します。

一方、ワーカホリズムは、「仕事中毒」とも訳され、仕事に対して強迫的に取り組まずにはいられない心理状態を指します。その動機は、「仕事をしていないと不安だ」「評価されないのではないかと恐ろしい」といった、内面的な不安や罪悪感、もしくは他者からの評価を維持したいという外的な圧力に基づいています。これは「働かなければならない」という統制的な動機づけであり、仕事への関与がネガティブな感情を伴います[6]。ワーカホリズムの状態にある人は、休息を取ることに罪悪感を覚え、仕事から心理的に離れることができません。

この二つは、仕事に深く「没頭」し、長時間働くという外見的な類似性を持つため、しばしば混同されます。しかし、その心理的メカニズムと結果は対照的です。ワーク・エンゲイジメントは、ポジティブな感情を介して生産性や創造性を高め、従業員の心身の健康にも良い影響を与えます。

対照的に、ワーカホリズムは、短期的には高いアウトプットを出しているように見えても、その働き方は非効率であったり、過度な完璧主義に陥ったりします。さらに、十分な休息が取れないことによる慢性的な疲労の蓄積は、長期的には心身の健康を害し、バーンアウトを引き起こして、最終的にはパフォーマンスの低下を招くことが、多くの研究で実証されています[7]

この二つを混同し、ワーカホリックな働き方を「熱心で意欲的」と高く評価してしまうことは、組織にとって危険です。不健康な働き方を公式に奨励し、組織全体に疲弊と不安を蔓延させることに他なりません。エンゲージメント向上を目指す施策が、結果としてワーカホリズムを助長するようなものであってはなりません。

組織はどのように、ワーカホリズムではなく、ワーク・エンゲイジメントを育んでいけばよいのでしょうか。研究によれば、ワーク・エンゲイジメントは個人の生来の資質(例えば、外向性や感情的安定性)とも一定の関連がありますが、それ以上に職場環境が重要な役割を果たします[8]。特に、従業員が仕事に自らのエネルギーを注ぎ込むかどうかを決定づける、三つの重要な心理的条件が指摘されています[9]

第一の条件は、「心理的意味性(Meaningfulness)」です。これは、自分の仕事が価値のあるものであり、自らの時間とエネルギーを投じるに値すると感じられる感覚を指します。作業をこなすのではなく、その仕事が誰かの役に立っている、組織の目標達成に貢献しているという実感です。挑戦的な業務目標も、それが成長の機会として認識されるならば、心理的意味性を高める要因となり得ます[10]

第二の条件は、「心理的安全性(Safety)」です。これは、職場で自分らしく振る舞い、ありのままの意見を述べたり、新しいことに挑戦して失敗したりしても、それによって罰せられたり、人間関係を損ねたりすることはないという安心感を指します。支援的な上司や、互いに信頼し合える同僚との関係性は、心理的安全性の基盤となります。安全性が確保されて初めて、人はリスクを取って自らの能力を最大限に発揮しようと試みることができます。

第三の条件は、「心理的可用性(Availability)」です。これは、仕事にエネルギーを注ぎ込むために必要な、十分な身体的・精神的リソースが自分自身に備わっているという感覚です。どれほど仕事に意味を感じ、職場が安全であっても、過重な業務負荷によって疲弊しきっていたり、私生活の問題で頭がいっぱいだったりすれば、仕事に没頭するための余裕はありません。仕事から離れたオフタイムでの十分な休息と回復が、翌日の可用性を高める上でも重要です[11]

したがって、人事が取り組むべきワーク・エンゲイジメント向上施策とは、従業員に対して抽象的な「やりがい」を一方的に押し付けることではありません。むしろ、職務設計を見直し、従業員が「仕事の意味」を感じられるように工夫すること、支援的な風土を醸成し「心理的安全性」を確保すること、過度な業務負荷を管理し、十分な休息を促すことで「心理的可用性」を担保すること、という三つの環境整備が求められるのです。

人事や管理職が具体的に実践できることとしては、ワーカホリズムの兆候に注意を払うことが挙げられます。部下が楽しそうに没頭している(エンゲージメント)のか、それとも不安や焦燥感から仕事を手放せずにいる(ワーカホリズム)のか。個人面談などの対話を通じて、「なぜ」それほどまでに働くのか、その動機を探ることが重要です。長時間労働を「熱意」と誤認し評価することは、不健全な働き方を助長する可能性があります。

次に、三つの心理的条件を整える行動です。「心理的意味性」のためには、全社的なビジョンだけでなく、「あなたの今日の仕事が、顧客やチームにどのような良い影響を与えたか」という貢献をフィードバックすることが有効です。

「心理的安全性」のためには、会議で意識的に反対意見や懸念点を求める時間を作ったり、上司自身が自らの失敗談を開示したりすることが、部下がリスクを取ることを許容する雰囲気を作ります。

「心理的可用性」のためには、業務負荷を可視化し、適正な人員配置を行うことはもちろん、「休むことも重要な仕事である」というメッセージを発信して、業務時間外の連絡を原則控えるといったルールを整備し、従業員が仕事から心理的に離れられる環境を守ることが求められます。

「会社への愛着」の質を見極める

ワーク・エンゲイジメントと並ぶもう一つの柱が、組織コミットメント、すなわち「会社への愛着」です。多くの組織は、従業員の定着率を高めるために、組織コミットメントの向上に努めます。「離職率が低い」ことは、採用コストや教育コストの削減、組織の安定性といった観点から、望ましい経営指標とされてきました。しかし、ここでも私たちは「質」の問題に直面します。従業員が「なぜ、会社に居続けているのか」という動機を掘り下げなければ、離職率の低さという数字に潜むリスクを見誤る可能性があります。

組織コミットメントの研究は、従業員が組織に留まる動機が単一ではないことを明らかにしています。特に、二つの対照的なコミットメントの「質」を理解することが重要です[12]

第一は、「情緒的コミットメント(Affective Commitment)」です。これは、従業員が組織の価値観や目標に共感し、組織に対してポジティブな感情的な愛着を抱いている状態を指します。「この組織の一員であることが誇らしい」「心から所属し続けたい」と願う、自発的で前向きな結びつきです。

情緒的コミットメントは、公正な処遇、支援的な上司からのリーダーシップ、組織全体への信頼といった、ポジティブな職場経験を通じて育まれます。情緒的コミットメントが高い従業員は、定められた職務をこなすだけでなく、自発的に同僚を助けたり、組織全体の利益のために行動したりする「組織市民行動」を多くとり、高いパフォーマンスを示すことが期待されます[13]。これは、多くの組織が理想とする「愛着」の形でしょう。

第二は、「継続的コミットメント(Continuance Commitment)」です。これは、組織を辞めることによって失うコスト(経済的な損失やキャリア上の不利益)の大きさを認識し、その損失を避けるために「留まる必要がある」と判断する、計算的な結びつきを指します。

その動機は、「この組織に居たい」ではなく、「辞めると損をする」あるいは「他に選択肢がない」という消極的なものです。例えば、長年の勤務で積み上がった有利な退職金制度、その会社でしか通用しない特殊なスキル、転職市場における自身の市場価値への不安などが、継続的コミットメントの源泉となります。

人事にとっての落とし穴は、この二つのコミットメントを混同することです。もし組織が「離職率の低下」のみを優先の目標に掲げた場合、どのような施策が選択されるでしょうか。例えば、過剰に年功序列的な報酬体系を維持したり、他社では通用しない組織固有のスキルばかりを要求するキャリアパスを設計したりすることは、従業員が転職する際のコストを高め、「継続的コミットメント」を人為的に強化する可能性があります。その結果、表面的には離職率が低く、「安定した」組織が実現するかもしれません。

しかし、この「継続的コミットメント」によってつなぎ止められた従業員の行動は、情緒的コミットメントの高い従業員とは異なります。研究によれば、継続的コミットメントの高さは、日々の業務パフォーマンスとは無関係であるか、むしろ低いパフォーマンスと関連することが示されています[14]。これは、高い貢献意欲の源泉にはなりにくいことを意味します。

さらに深刻なのは、このような従業員が、組織が新しい方針を打ち出したり、業務プロセスを変革しようとしたりする際に、強い「抵抗」を示す傾向があることです[15]。彼ら彼女らにとって現状維持は自らの利益を守る最善の策であり、変化はリスクとなります。意図せず「継続的コミットメント」の高い従業員ばかりを増やしてしまうことは、組織の活力を蝕み、変革を妨げる「静かなリスク」を組織内に溜め込むことに他なりません。

ただし、継続的コミットメントが組織にとって一概に「悪」であるとも言えません。いくつかの研究では、組織への愛着(情緒的コミットメント)が何らかの理由で低下した従業員であっても、継続的コミットメントが高い(辞めると損だと感じる)場合、その従業員の即時的な離職行動を食い止める役割を果たす可能性が示されています[16]。組織としては、パフォーマンス向上に直結しなくとも、人材の急激な流出を防ぐ「安定要因」として機能する側面があることも認識しておく必要があります。重要なのは、この状態を放置せず、情緒的コミットメントを高める施策へと転換していくことです。

したがって、人事としては「辞めさせない」施策ではなく、公正性や信頼、有意義なキャリア開発の機会を提供することで、「心から居たい」と思わせる「情緒的コミットメント」を育むことにこそ注力すべきでしょう。

さらに、ある種の理想である「情緒的コミットメント」も、その強度が行き過ぎた場合には、予期せぬ副作用をもたらす可能性があることも指摘されています[17]

第一に、組織への愛着や一体感が過剰に強まると、組織内での同調圧力が生まれやすくなります。「会社のため」という意識が強いあまり、組織の主流な意見や決定に対して異を唱えることが困難な雰囲気が醸成されることがあります。その結果、多様な視点や健全な批判精神が失われ、意思決定の質が低下して、イノベーションが阻害されます[18]

第二に、組織への過剰な献身は、個人の私生活を犠牲にすることを正当化する論理につながります。組織の目標達成を最優先するあまり、長時間労働が常態化し、家庭生活との間で深刻なコンフリクト(ワーク・ファミリー・コンフリクト)を引き起こすかもしれません[19]。これは従業員個人のウェルビーイングを損なうだけでなく、長期的な疲弊や離職の原因ともなり得ます。

第三に、憂慮すべき副作用として、倫理観の麻痺が挙げられます。組織と自分自身を過度に同一視するようになると、「会社のためなら」という大義名分のもとで、社会的な規範や倫理から逸脱した行動(例えば、不正会計、データ改ざん、顧客への不誠実な対応など)への心理的な抵抗が弱まることがあります。組織への忠誠心が、かえって組織的な不正行為の温床となる可能性も否定できません[20]

人事としては、コミットメントの「質」を見極める視点が求められます。まず、「継続的コミットメント(鎖)」を意図せず高めてしまう施策、例えば過度に年功に依存した制度や、社内でしか通用しないスキルにキャリアを固定化するような仕組みを見直すことが必要かもしれません。その上で、「情緒的コミットメント(絆)」を育む施策に注力します。

情緒的コミットメントの基盤には「社会的交換理論」、すなわち「互酬性の原理」があります。従業員は「組織が自分の幸福や健康を気遣い、大切にしてくれている(=知覚された組織的支援)」と強く感じたとき、その恩に報いようとして「組織に貢献したい」という愛着を強めます。組織が従業員に対して「先んじて」支援を提供し、それが従業員に「支援された」と認識されることが大事です。

したがって、人事は、この「知覚された組織的支援」を意図的に設計し、実行しましょう。例えば、評価や報酬における「公正性」の担保は、組織からの強力な支援メッセージとなります。評価基準を共有し、評価者間の目線合わせを徹底することで、プロセスの透明性を高めて、組織への信頼を醸成します。

また、従業員の市場価値を高めるリスキリングやキャリア自律を積極的に支援することも、「いつでも辞められる(選択肢がある)けれど、それでもこの会社を選びたい」という絆を育むことにつながります。さらに、管理職には業績管理だけでなく、「部下のキャリア自律とウェルビーイングを支援すること」も重要な役割であると位置づけ、個人面談などを通じて支援するスキルを研修で提供することも有用です。

同時に、行き過ぎた愛着の副作用にも注意が必要です。「会社のため」という言葉が同調圧力や倫理的な逸脱の言い訳になっていないか監視し、ワークライフバランス施策を徹底することで、健全な距離感を保つことも人事の重要な役割です。

おわりに

本講演では、従業員エンゲージメントという概念を、サーベイの「スコア」という量的な側面だけでなく、その背後にある「質」の側面から多角的に検討してきました。従業員の「熱心さ」が、成果を生み出すワーク・エンゲイジメントなのか、それとも心身を蝕む強迫的なワーカホリズムなのか。従業員の「愛着」が、組織への前向きな情緒的コミットメントなのか、それとも「辞められない」という消極的な継続的コミットメントなのか。この「質」を見極める視点なくして、本当の意味での人材活躍は実現できません。

人事に求められるのは、第一に、ワーカホリズム(強迫的な長時間労働)を「熱心さ」と誤解して評価する組織文化を改めることです。働き方の健全性を確保し、十分な休息を促すことは、エンゲージメント向上の前提です。

第二に、「辞めさせない」ための施策ではなく、「心から居たい」と思わせる施策へと舵を切ることです。公正な評価、信頼できる人間関係、仕事そのものの意味性を高める努力が、情緒的コミットメントを育みます。

第三に、行き過ぎた一体感を求めるのではなく、多様な価値観を許容し、仕事と生活のバランスを尊重する姿勢が、組織の長期的な活力と柔軟性を支えます。

エンゲージメントとは、従業員を組織の都合で縛り付けることではなく、彼ら彼女らが持つ本来の活力を解き放つことです。本講演で提供した視点が、皆さんの組織における人材戦略を「質」の面から見直し、持続的な成果へとつなげる一助となればと思います。

Q&A

Q:「組織コミットメント」と「従業員エンゲージメント」は、同じ概念と考えてよいのでしょうか。

これらはイコールではなく、異なる概念です。従業員エンゲージメントは、非常に広い意味を持つ風呂敷のようなものだとイメージしてください。この大きな風呂敷の中に、組織への愛着を示す「組織コミットメント」や、仕事への活力を示す「ワーク・エンゲイジメント」といった個別の概念が含まれています。それぞれ異なる役割や特徴を持っていますので、これらを混同せずに整理して捉えておくことが大切です。

Q:ワーカホリズムは長期的には弊害がありますが、短期的には成果が出るため人事評価が高くなってしまいます。どのように行動を抑制し、健全なエンゲージメントを評価すればよいでしょうか。

ワーカホリズムは短期的には高い成果を出すことがありますが、長期的には心身の健康を損ない、組織にとってもマイナスになります。

対処法として、評価軸に持続可能性を組み込むことが有効です。例えば、単年度の売上達成だけでなく、「チームが疲弊していないか」「離職者が増えていないか」「後進育成ができているか」も評価指標とします。数字達成の裏でメンバーが辞めていくような状況は、評価すべきではないでしょう。

こうした指標によって、リソースを使い潰す働き方にブレーキをかけられます。また、「休息をとること」をプロフェッショナルな行動として称賛するカルチャーを醸成することも、健全なエンゲージメントを育みます。

Q:ワーク・エンゲイジメントは低めですが組織コミットメントは高い組織です。大半の社員は定型作業やクレーム対応を担当しており、仕事の意味を感じにくい状況です。どのような対策ができますか。

ワーク・エンゲイジメントを高める王道は仕事の「自律性」を高めることですが、定型業務では個人の裁量を持たせにくく、このアプローチは難しいかもしれません。

そこで有効なのが「周囲との関係性」です。上司や同僚から適切な支援が得られていると感じられる環境作りが重要になります。特にクレーム対応など精神的負担の大きい業務では、孤立させないことが大切です。辛い時に同僚と共有し、互いに情緒的なケアを行える関係性を作ること。「一人ではない」と感じられる、お互いにサポートし合える風土を醸成することが、定型業務におけるワーク・エンゲイジメント向上につながります。

Q:エンゲージメントが高く優秀な人材が、さらなる成長を求めて卒業していくことがあります。無理な引き止めは良くないですが、損失も大きいです。人事としてどう対応すべきでしょうか。

エンゲージメントが高い人ほど離職率は低い傾向にありますが、個別の事例では当然辞めることもあります。「成長を求めての卒業」はポジティブな離職です。無理に囲い込んだり、損得勘定で引き止めたりするのは得策ではありません。むしろ、前向きに捉えて「アルムナイ」の構築をお勧めします。

社外で新たな知見を得て成長した彼ら彼女らが、将来的に戻ってくる「ブーメラン採用」や、社外パートナーとして協力してくれる可能性があります。「いつでも戻ってきてください」と快く送り出し、良好な関係を保つことが、長期的には組織の大きな資産になります。

Q:ジョブ型雇用が進むと、ワークエンゲージメントは向上する一方、組織コミットメントは低くなる傾向があるのでしょうか。

雇用形態の影響は一概には言えません。ジョブ型で役割が明確になればワーク・エンゲイジメントは高まりやすく、役割を果たしている実感から組織コミットメントが高まることもあり得ます。

一方で、役割が明確でも自律性がなかったり、周囲の支援がなかったりすれば、どちらのエンゲージメントも高まりません。要するに、制度の形だけで決まるわけではないのです。ジョブ型かメンバーシップ型かにかかわらず、自律性の付与や人間関係の構築といったソフト面での支援をどう設計し実行するかが、エンゲージメントを高める上で必要です。

Q:スキルアップ支援で市場価値が上がり、離職が増えるのを心配しています。支援と定着率維持を両立させるにはどうすればよいでしょうか。

多くの企業が抱えるジレンマですが、支援をしなければ組織力も上がりません。重要なのは、市場価値が高まった社員に「社内でこそ新しいスキルを活かせる機会がある」と提示し続けることです。

社内には既に人間関係や信頼という心理的安全性があります。慣れ親しんだ環境でリスクを抑えて挑戦できるのは、従業員にとってもメリットです。社内公募や新規プロジェクトなど、スキルを発揮できる場を用意しましょう。

また、成長を支援してくれた組織には「返報性(お返しをしたい心理)」が働き、感謝の気持ちが組織への愛着(情緒的コミットメント)を高めます。成長支援と活躍の場の提供がセットになれば、定着率はむしろ高まっていくはずです。

脚注

[1] Schaufeli, W. B., and Bakker, A. B. (2004). Job demands, job resources, and their relationship with burnout and engagement: A multi-sample study. Journal of Organizational Behavior, 25(3), 293-315.

[2] Mowday, R. T., Steers, R. M., and Porter, L. W. (1979). The measurement of organizational commitment. Journal of Vocational Behavior, 14(2), 224-247.

[3] Saks, A. M. (2006). Antecedents and consequences of employee engagement. Journal of Managerial Psychology, 21(7), 600-619.

[4] Shimazu, A., and Schaufeli, W. B. (2009). Is workaholism good or bad for employee well-being? The distinctiveness of workaholism and work engagement among Japanese employees. Industrial Health, 47(5), 495-502.

[5] van Beek, I., Hu, Q., Schaufeli, W. B., Taris, T. W., and Schreurs, B. H. J. (2012). For fun, love, or money: What drives workaholic, engaged, and burned-out employees at work? Applied Psychology: An International Review, 61(1), 30-55.

[6] van Beek, I., Taris, T. W., and Schaufeli, W. B. (2011). Workaholic and work engaged employees: Dead ringers or worlds apart? Journal of Occupational Health Psychology, 16(4), 468-482.

[7] Clark, M. A., Michel, J. S., Zhdanova, L., Pui, S. Y., and Baltes, B. B. (2016). All work and no play? A meta-analytic examination of the correlates and outcomes of workaholism. Journal of Management, 42(7), 1836-1873.

[8] Langelaan, S., Bakker, A. B., van Doornen, L. J. P., and Schaufeli, W. B. (2006). Burnout and work engagement: Do individual differences make a difference? Personality and Individual Differences, 40(3), 521-532.

[9] Kahn, W. A. (1990). Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of Management Journal, 33(4), 692-724.

[10] Crawford, E. R., LePine, J. A., and Rich, B. L. (2010). Linking job demands and resources to employee engagement and burnout: A theoretical extension and meta-analytic test. Journal of Applied Psychology, 95(5), 834-848.

[11] Sonnentag, S. (2003). Recovery, work engagement, and proactive behavior: A new look at the interface between nonwork and work. Journal of Applied Psychology, 88(3), 518-528.

[12] Allen, N. J., and Meyer, J. P. (1990). The measurement and antecedents of affective, continuance and normative commitment to the organization. Journal of Occupational Psychology, 63(1), 1-18.

[13] Meyer, J. P., Stanley, D. J., Herscovitch, L., and Topolnytsky, L. (2002). Affective, continuance, and normative commitment to the organization: A meta-analysis of antecedents, correlates, and consequences. Journal of Vocational Behavior, 61(1), 20-52.

[14] Meyer, J. P., Paunonen, S. V., Gellatly, I. R., Goffin, R. D., and Jackson, D. N. (1989). Organizational commitment and job performance: It’s the nature of the commitment that counts. Journal of Applied Psychology, 74(1), 152-156.

[15] Geneviciute-Janoniene, G., and Endriulaitiene, A. (2014). Employees’ organizational commitment: Its negative aspects for organizations. Procedia – Social and Behavioral Sciences, 140, 558-564.

[16] Somers, M. J. (1995). Organizational commitment, turnover and absenteeism: An examination of direct and interaction effects. Journal of Organizational Behavior, 16(1), 49-58.

[17] Johnson, C. W., III. (2024). Too much of a good thing? Exploring affective commitment’s negative impact. The Scholarship Without Borders Journal, 2(2), 4.

[18] O’Driscoll, M. P. (1989). Over-commitment to the job and the organisation: Implications of excessive job involvement and organisational attachment. New Zealand Journal of Industrial Relations, 14, 169-177.

[19] Lee, H., and Lee, S.-Y. (2021). Is more commitment always better? A study on the side effects of excessive organizational commitment on work-family conflict. Review of Public Personnel Administration, 41(1), 25-56.

[20] Matherne, C. F., III, and Litchfield, S. R. (2012). Investigating the relationship between affective commitment and unethical pro-organizational behaviors: The role of moral identity. Journal of Leadership, Accountability and Ethics, 9(5), 35-46.


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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