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コラム

安心の罠:心理的安全性が高すぎると何が起こるのか

コラム

職場における「心理的安全性」という概念は、広く受け入れられ、健全なチーム運営に有用な要素として認識されています。メンバーが気兼ねなく意見を述べ、疑問を呈し、あるいは自らの過ちを認めることができる環境は、学習と成長を促し、組織の活力を生む源泉と考えられています。対人関係のリスクを恐れることなく、誰もが本来の能力を発揮できる。そのような理想的な職場像を描く上で、この概念が中心に据えられてきたのは自然な流れでしょう。

しかし、一般的に「善」とされるものであっても、その恩恵に限界はないのでしょうか。もし、その水準が一定の域を超えたとき、予期せぬ別の側面が現れるとしたら、どう思いますか。本コラムでは、この広く浸透した概念の、あまり語られてこなかった側面に光を当てます。心理的安全性が「行き過ぎた」場合に生じうる事象について、複数の実証研究の結果をたどりながら、その複雑な性質を探求していきます。

心理的安全性が行き過ぎたとき、動機づけで革新の低下を緩和できる

組織の改善活動、とりわけ「シックスシグマ」と呼ばれる手法を用いるプロジェクトチームにおいて、チーム内の心理的な空気が成果にどう結びつくのかは、長らく議論の対象となってきました。一般には、メンバーが安心して発言できる環境ほど、新しいアイデア、すなわちイノベーションが生まれやすいと考えられます。しかし、この関係性は本当に、高ければ高いほど良いという単純な右上がりの直線なのでしょうか。ある研究では、この通説に一石を投じる結果が報告されています[1]

この調査は、欧州に拠点を置く自動車メーカーと風力タービンメーカーという、2つの製造企業で実施されました。対象となったのは、過去2年間にわたってシックスシグマ手法を用いた改善プロジェクトを遂行した102のチーム、合計324名の従業員です。研究チームは、各プロジェクトチームのリーダーと少なくとも2名のメンバーから回答を得ることを目指し、アンケート調査を行いました。

リーダーにはチームが生み出したイノベーションの度合い(新規性、有用性、独自性など)を評価してもらい、チームメンバーには自分たちのチームの心理的安全性や、仕事から得られる満足感、すなわち内発的動機づけの度合いについて回答を求めました。

分析の結果、心理的安全性とイノベーションの関係は、単純な比例関係ではないことが明らかになりました。心理的安全性の水準が低い状態から中程度の水準へと高まるにつれて、チームのイノベーションは確かに向上しました。安心して意見を交換できる環境が、新しいアイデアの創出を後押しする様子がうかがえます。

ところが、心理的安全性がさらに高い水準に達すると、その関係は反転し、イノベーションの度合いはむしろ低下していくという、いわば「山なり」の曲線を描くことが判明したのです。これは、心地よすぎる環境が、かえって現状維持への満足や、建設的な意見対立を避ける空気につながり、革新への意欲を削いでしまう可能性を示唆しています。適度な覚醒や緊張感がパフォーマンスを高めるという考え方に基づけば、過度の安心感は、情報処理の質をかえって鈍らせてしまうのかもしれません。

一方で、この山なりの関係は、すべてのチームで同じように現れたわけではありませんでした。ここで鍵を握っていたのが、メンバーの内発的動機づけ、要するに「改善活動そのものを楽しむ心」です。分析を進めると、内発的動機づけが高いチームでは、この山なりの曲線全体が上方に押し上げられることがわかりました。

それだけではありません。イノベーションが最大化する山の頂点が、より高い心理的安全性の水準へと移動し、頂点を過ぎた後の下降も緩やかになっていたのです。これは、たとえ職場が非常に快適な状態にあっても、仕事自体に強い関心や喜びを見出しているメンバーは、弛緩することなく課題に集中し続けることができるため、過度の安全性がもたらす革新性の低下を和らげることができるということを物語っています。

高すぎる心理的安全性は、自発的な貢献行動を減らしうる

先ほどは、改善プロジェクトという特定の文脈で、行き過ぎた心理的安全性が革新性を損なう可能性を見てきました。それでは、より日常的な業務において、従業員の自発的な行動にはどのような結びつきが見られるのでしょうか。職務記述書に明記されているわけではないものの、組織の円滑な運営に貢献する「縁の下の力持ち」的な行動、例えば、困っている同僚を助ける、組織のために率先して新しい仕事を引き受けるといった行動は、心理的安全性が高いほど促されるように思えます。しかし、ここでもまた、物事は単純ではないようです。

インドの民間銀行で働く536名の従業員を対象に行われたある調査は、この点について示唆に富む結果を提示しています[2]。この調査の目的は、従業員が自分たちの組織の多様性への取り組みや心理的安全性をどのように「認識」しているか、その認識が、先述のような自発的な貢献行動、専門的には「コンテクスチュアル・パフォーマンス」と呼ばれるものとどう関連しているかを探ることでした。

分析の結果、まず従業員の属性によって、組織の施策に対する認識に違いがあることが確認されました。性別や勤続年数が異なると、組織が提供する機会の均等性などに対する見方が変わってくるというのは、ある意味で直感とも合致する結果です。

しかし、本題である貢献行動との関連を分析したところ、予想とは異なる関係性が見えてきました。分析によれば、「機会均等と能力開発」への認識と「心理的安全性」の双方が、コンテクスチュアル・パフォーマンスと統計的に「負の関係」にあることが判明したのです。これは、従業員が「この組織では誰もが平等に扱われ、成長の機会が与えられている」と強く感じていたり、「この職場は何を言っても大丈夫だ」という安心感を非常に高く持っていたりする場合、かえって職務外の自発的な貢献行動が減少する可能性を示しています。

この結果について、調査を行った研究者たちは、過度の安心感が一種の現状肯定につながるのではないかと考察しています。自分の立場が十分に保証されていると感じることで、あえて追加的な努力をしてまで組織に貢献しようという動機が薄れてしまうのではないか、という解釈です。

高すぎる心理的安全性は、時に従業員を自己本位にさせたり、些細な問題を過度に大きく捉えさせたり、あるいはリスクを軽視する行動を促したりすることがあるかもしれません。そうした心理状態が、結果として、組織全体のために身を粉にするような行動を抑制する方向へ働く可能性が考えられます。

過度な心理的安全性による創造性の低下は、誠実性で緩和される

行き過ぎた心理的安全性が、チームの革新性や個人の自発的な貢献行動を鈍らせる可能性を見てきました。次に焦点を当てるのは、組織にとって価値のあるもう一つの成果、「創造性」です。新しいアイデアを生み出し、仕事のやり方を改善していく力もまた、心理的安全性が高い環境でこそ育まれると一般に信じられています。

しかし、ここでも、その関係は単純な直線を描くのでしょうか。そして、もし「行き過ぎ」が創造性を損なうのだとすれば、その作用はすべての人に等しく現れるのでしょうか。個人の性格的な特性が、緩衝材のような働きをすることはないのでしょうか。

中国南部に位置するある電子機器メーカーの研究開発(R&D)チームを対象とした調査が、これらの問いに光を当てています[3]。この調査には、35チームに所属する199名の従業員とその上司である35名のリーダーが協力しました。調査は2回に分けて行われ、まず従業員が自分たちのチームの心理的安全性と、自身の性格特性(ここでは「誠実性」)について回答しました。誠実性とは、自己を律し、責任感が強く、目標達成に向けて粘り強く努力する性格傾向を指します。その1ヶ月後、今度は上司が、部下である各従業員の創造性を評価しました。

個人とチームの両方の階層を考慮した手法を用いてデータを分析した結果、心理的安全性と創造性の間に、これまで見てきた関係と同様の「山なり」の曲線が描かれることが確認されました。心理的安全性が低い状態から中程度のレベルに高まるにつれて従業員の創造性は向上しましたが、そのレベルがさらに高くなると、創造性は逆に低下していくというパターンです。過度に快適な環境は、創造的な探求に必要な健全な緊張感を失わせ、現状維持へと向かわせるのかもしれません。

この調査の真骨頂は、ここからでした。分析を進め、個人の「誠実性」という特性を考慮に入れると、この山なりの曲線の形が人によって異なることが明らかになったのです。具体的には、誠実性のスコアが高い従業員においては、心理的安全性が非常に高いレベルになっても、創造性の低下がほとんど見られなかったのです。山なりの曲線の、頂点を過ぎて下り坂になる部分が、非常に緩やかになっていました。一方で、誠実性のスコアが低い従業員の場合、心理的安全性が高くなるにつれて創造性は大きく低下し、明確な下り坂を描いていました。

この結果が意味するのは、個人の内面的な特性が、外部環境からの作用を調整するフィルターの働きをするということです。誠実性の高い人は、たとえ周囲の環境がどれだけ心地よく、ある意味で「ぬるま湯」的になったとしても、自らの内なる規律や目標達成への意欲によって、創造的な努力を維持し続けることができます。自己を律する力が、環境の弛緩作用に対する防波堤となるのです。逆に、そうした特性が低い人は、環境からの作用を直接的に受けやすく、過度に安全な状況が創造的活動からの撤退につながりやすいのかもしれません。

定型業務では、高すぎる心理的安全性は成果を低下させる

これまで、革新性、自発的貢献、創造性といった、どちらかといえば非定型的な業務成果と心理的安全性との関係を探求してきました。これらの活動は、不確実性が高く、試行錯誤が求められる性質を持っています。しかし、多くの職場における業務の大半は、定められた手順に従って正確に遂行することが求められる「定型業務」によって占められています。では、このような業務の文脈において、心理的安全性はどのように機能するのでしょうか。ここでも「高ければ高いほど良い」という原則は通用するのでしょうか。

この問いに多角的に答えるため、個人、部署、組織(店舗)という異なるレベルで、合計5つの独立した調査を束ねて分析した研究があります[4]。この研究は、心理的安全性の恩恵には限界があり、特に定型業務においては、その水準が高すぎるとかえって成果を低下させるという主張を検証するものです。

一連の調査は、知識集約型企業の従業員、病院の看護師、バイオ医療系スタートアップの従業員、ハイテク企業の部署、大手小売チェーンの店舗と、多岐にわたる対象を含んでいます。それぞれの調査で、心理的安全性のデータと、業務成果(パフォーマンス)のデータを、異なる情報源から、時間を空けて収集するという手続きが踏まれています。

5つの調査すべてにおいて、一貫した結果が得られました。それは、心理的安全性と定型業務のパフォーマンスとの間には、やはり「山なり」の関係が存在するということです。心理的安全性が低い状態から中程度のレベルまではパフォーマンスが向上するものの、ある点を越えて非常に高いレベルに達すると、パフォーマンスは低下に転じるのです。この傾向は、個人のパフォーマンス、部署全体のパフォーマンス、店舗の生産性やサービス品質といった組織レベルの客観的な業績指標のいずれにおいても確認されました。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。研究者たちは、そのメカニズムを「認知的注意散漫」という概念で説明しています。高すぎる心理的安全性は、従業員の注意を、本来遂行すべき定型業務から逸らしてしまうというのです。その理由は二つ考えられます。

一つは、心理的に安全な環境がリスクテイクや革新を奨励するため、従業員の意識が非定型で創造的なタスクに過度に向いてしまい、標準化された手順の遵守がおろそかになることです。もう一つは、最も効率的であることが分かっている手順に従うべき場面で、従業員が「もっと良いやり方があるかもしれない」と、必ずしも生産的とはいえない個人的な実験を始めてしまうことです。

しかし、この研究は、高すぎる心理的安全性がもたらす弊害を緩和する要因も明らかにしています。それは「集団的アカウンタビリティ」、すなわち「組織の目標達成に対して、集団として責任を負うという共通の認識」です。分析の結果、この集団的アカウンタビリティが高い職場では、心理的安全性が非常に高い水準にあっても、パフォーマンスの低下は見られませんでした。

集団としての目標や基準が明確であるという認識が、従業員の注意を本来の業務に引き戻し、行動の「境界線」として機能するため、心理的安全性の利点を享受しつつ、その弊害を回避できるのです。

脚注

[1] Arumugam, V., Kumar, M., Kumar, M., and Rich, N. (2024). A curvilinear assessment of innovation in Six Sigma project teams: The influence of psychological safety and intrinsic motivation. Journal of Manufacturing Technology Management, 35(8), 1508-1527.

[2] Dongrey, R., and Rokade, V. (2021). Assessing the effect of perceived diversity practices and psychological safety on contextual performance for a sustainable workplace. Sustainability, 13(21), 11653.

[3] Lin, W., Koopmann, J., Wang, M., and Deng, Y. (2025). Perish in comfort? Psychological safety, creativity, and conscientiousness. SSRN.

[4] Eldor, L., Hodor, M., and Cappelli, P. (2023). The limits of psychological safety: Nonlinear relationships with performance. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 177, 104255.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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