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コラム

人事戦略としてのオフィス空間:空間論的転回から考える「場」の力(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20261月にセミナー「人事戦略としてのオフィス空間:空間論的転回から考える『場』の力」を開催しました。

組織文化の醸成、部門間連携の強化、イノベーションの促進。これらは多くの企業が人事上の課題として取り組んでいます。一方で、従業員が日々過ごす「オフィス空間」が、これらの課題に関わっている可能性については、これまで見過ごされてきたかもしれません。

デスクの配置、仕切りの有無、動線の設計といった物理的な要素が、従業員同士のコミュニケーションの質や頻度、知識の交換、さらには組織への帰属意識や行動規範にまで影響を及ぼすことが、多くの研究によって示されています。

空間は中立的な舞台ではなく、人々の関係性や組織のあり方を方向づける要因です。こうした空間の役割を積極的に捉え直す視点は「空間論的転回」とも呼ばれ、近年、組織論でも注目されています。本セミナーでは、この「組織と空間」の関係性に着目し、物理的環境が組織パフォーマンスに与える影響を、研究知見に基づいて解き明かしていきました。

例えば、偶発的な出会いや「意図せざる対話」を促す空間デザインとは何か。あるいは、深い協働や集中した作業を支える環境とはどのようなものか。これらの問いについて、具体的な研究結果を参照しながら考察しました。

ハイブリッドワークの普及により、オフィスに集うことの価値が再定義される今、空間の持つ力を理解し、戦略的に活用することが求められています。本講演内容が、皆さんの組織力を最大化するためのヒントとなれば幸いです。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

はじめに

部門間の風通しが悪い。なかなか新しい発想が社内から出てこない。組織の理念が、現場の従業員まで浸透しない。これらは、少なからぬ企業が直面されている組織課題でしょう。これらの課題に対し、研修制度の見直し、評価体系の変更、コミュニケーションツールの導入といった施策で対応しようとするかもしれません。「人」や「制度」へのアプローチです。

しかし、もしかすると、これらの課題の原因、あるいは解決の糸口が、皆さんのオフィスの「デスクの配置」や「パーテーションの高さ」、あるいは「給湯室の場所」といった物理的な環境にある可能性があります。

私たちは、オフィス空間を、業務を遂行するための「入れ物」や、あるいは固定費としての「コスト」として捉えている節があります。しかし、空間は中立的な背景ではありません。そこにある物理的な構造が、人々の関係性や思考、日々の行動パターンを方向づけています。本講演では、空間が組織に与える影響を解き明かし、オフィス環境を人事戦略の一環としてデザインしていくための視点を提供します。

空間は「出会い」をデザインする

イノベーションの創出や部門横断的な連携の強化は、経営上の重要課題です。それらの土壌となるのが、部署や役職の垣根を超えた「意図せざるコミュニケーション」であることは、経験的に知られています。偶発的な出会いや雑談を、組織内でいかに生み出すか、腐心している人もいるでしょう。この問題に対して、「空間」という観点から示唆を与える研究があります。

その一つが、職場で交わされる非公式な雑談が、どのような場所で生まれやすいのかを調査した研究です[1]。この研究は、フランスの複数の組織を対象に、従業員が日常的に利用するコピー室に着目しました。研究者チームは、ビデオ撮影や長期間にわたる参与観察といった手法を用い、人々がコピー室という空間でどのように振る舞い、どのような相互作用が生まれているかを記録しました。

分析の結果、雑談が活発に生まれるコピー室には、三つの共通する条件がそろっていることが明らかになりました。第一の条件は「近接性」です。活発なコピー室は、部署の出入り口やエレベーターホール、郵便受けといった、多くの従業員が異なる目的で必ず通過する「動線の交差点」に位置していました。従業員は、コピーを取るという本来の目的以外でもその場所を通りかかるため、他の部署の人間と偶然顔を合わせる機会が増加します。

第二の条件は「プライバシーという安心感」です。調査されたコピー室の多くは、完全に開かれているのでも、完全に閉じられているのでもない、「半ば囲われた」建築的特徴を持っていました。壁があることで会話の音漏れが適度に防がれ、少し込み入った話や個人的な雑談がしやすくなります。一方で、入り口や窓が開いているため、誰かが近づいてくるのを察知しやすく、会話の主導権を自分たちで保つことができます。この絶妙な閉鎖性が、他人の目を気にせず話せる心理的な安全性を提供していました。

第三の条件は「社会的指定」です。これは、その場所が「ここで立ち話をしてもよい」という暗黙の了解を生み出す機能的な特徴を指します。例えば、コピー機や印刷機は、操作や待機のために人々がその場に一定時間留まることを要請します。特に印刷待ちの時間は、傍から見れば「話しかけてもよさそうな、少しだけ暇な時間」として認識され、会話を始めるための正当な口実を与えます。掲示板などコピー以外の機能が併設されていると、滞在理由がさらに増え、「ここは人々が集う場所だ」という暗黙の了解が強化されます。

この研究が示すのは、偶発的な雑談が、単に個人の社交性によって生まれるのではなく、空間の物理的配置、建築的構造、機能的特徴の三つが組み合わさることによって誘発されうるということです。

一方で、良かれと思った空間デザインが、意図した効果を発揮しないケースもあります。例えば、ある航空会社が、従業員間の偶発的な出会いを促進し、組織の創造性を高めるという意図のもと、壁や仕切りを極力取り払った開放的な本社ビルを建設しました[2]。この設計は、まさに部門間の交流を活性化させることを狙ったものでした。

ところが、建設後に従業員の行動を調査したところ、多くの相互作用は、設計者の意図に反して、結局のところ個室や限られた部署内で発生していたことが判明しました。壁を取り払い、「オープンオフィス」という理念を掲げるだけでは、人々の行動様式は簡単には変わらなかったのです。

この事例に関する考察として、空間の名称や理念といった「ラベル」よりも、建物全体の配置における各空間の「連結性」がいかに設計されているかが重要であると指摘されています。個人の集中を確保するための閉じた空間と、偶発的な接触を促す開かれた空間が、建物全体の中でどのように配置され、従業員の動線上でいかに自然に交差するように設計されているかが鍵となります。すべてを開放するのではなく、閉じたり開いたりする空間が適切にバランスされ、連結されている必要があるということです。

皆さんのオフィスにおいて、部門間連携を促すための「井戸端」として機能する場所(コピー室、給湯室、休憩室など)はありますか。それらの場所は、従業員の主要な動線上に戦略的に配置されているでしょうか。

また、オフィスの「開放感」を追求するあまり、従業員が安心して立ち話をするために必要な、適度な「囲われ感」や「滞在の口実」を見落としてはいないでしょうか。例えば、フリーアドレスを導入する際に、座席の効率性ばかりを追求し、こうした「意図的な非効率」とも言える溜まり場を排除してしまっては、組織の非公式な情報流通網を破壊してしまう危険性があります。部門間の連携という課題は、制度設計だけでなく、空間の動線設計という観点からも解決の糸口が見つかるかもしれません。

空間は「集中」と「協働」を支える

先ほどは、空間が偶発的な出会い、すなわちコミュニケーションの「量」をいかにデザインするかを見てきました。しかし、組織の成果にとって、接触回数が多いことだけが重要なのではありません。一つの目的に向かって深く議論する「質の高い協働」や、個々人が高いパフォーマンスを発揮するための「個人の集中」もまた不可欠です。多くの場合、これらはトレードオフの関係にあります。開放性を高めれば出会いは増えますが、集中は妨げられやすくなります。この「量と質のジレンマ」に対し、空間はどのように関わっているのでしょうか。

この点について興味深い調査があります。オフィスにおける壁やパーテーション、ドアといった物理的な障壁は、人々の交流を妨げ、コミュニケーションを遮断する「悪者」と見なされることもあります。しかし、ある研究開発(R&D)組織を対象とした調査は、この通説に疑問を投げかけました[3]

この調査は、ハイテク企業で働く従業員を対象に、彼ら彼女らが日々の業務時間をどのように使っているかを記録してもらいました。それと同時に、研究チームは各従業員の執務空間を実測し、パーテーションの数や高さ、自室のドアを閉めている時間の割合といった「物理的バリア」のデータを収集しました。仕事の特性や個人の社交性といった他の要因を統制した上で、物理的バリアと従業員の活動内容との関連性を分析しました。

分析の結果、多くの物理的なバリアは、相互作用を「減らす」のではなく、むしろ特定の種類の相互作用を「増やして」いました。具体的には、周囲を囲むパーテーションの背が高いオフィスで働く人ほど、「共同作業」や「会議」といった、複数人での計画的な活動により多くの時間を費やしていました。

同様に、自室のドアを閉めている時間が長い人ほど、単独作業が増えるのではなく、「共同作業」や、信頼関係を築く上で重要な「関係構築」のための会話に、より多くの時間を割いていることが判明しました。一方で、意図しない「中断」を減らす効果が確認されたのは、机を入り口に背を向けて配置することだけでした。

この結果が示唆するのは、仕切りやドアといった「囲い」が、コミュニケーションの障害物ではないという事実です。これらの物理的な境界は、外部の視線や騒音から守られた空間を確保する役割を果たしています。

人々は、プライバシーが保護された環境があってこそ、安心して集中した議論に臨むことができます。機密情報やデリケートな人事評価、あるいは失敗の可能性を含む創造的なアイデアの議論には、こうした守られた環境が不可欠です。空間的な境界は、「ここは私たちだけの議論の場だ」という気持ちを強め、目的を持った質の高い協働を後押しする機能を果たしていたのです。

このように、公式な業務空間が「集中」や「協働」を支える一方で、組織内にはもう一つ、見過ごされやすい空間が存在します。それは、デスクや会議室といった明確な目的を持つ「主役」の空間の「狭間」にある、廊下、階段、給湯室、物置といった「脇役」の空間です。これらの空間が、働く人々にとってどのような意味を持っているのかを鮮やかに描き出した研究があります。

この研究は、英国の美容室で働く43名の美容師を対象に行われました[4]。研究者は、参加者一人ひとりに使い捨てカメラを渡し、「あなたにとって職場で意味のある場所」を自由に撮影してもらうよう依頼しました。その後、現像された写真を見ながら一対一でインタビューを行い、なぜその場所を撮影したのか、そこで何を感じ、どのように過ごしているのかを聞き取りました。この「フォト-インタビュー」と呼ばれる手法は、言葉だけでは捉えきれない、人々の空間に対する主観的な経験や感情を浮かび上がらせました。

分析から明らかになったのは、階段の踊り場や店の裏口、タオルが積まれた物置といった、本来は業務のためでも休憩のためでもない、用途の曖昧な「狭間の空間」が、美容師たちにとって三つの重要な機能を持つ「一時的な居場所」へと作り替えられている実態でした。

第一に、それはプライバシーを確保し、「隠れる」ための場所でした。美容室のフロアは、お客様や他のスタッフの視線に晒される緊張感の高い空間です。プロとしての顔を保ち続けなければならない中で、わずかな時間でも一人になり、気持ちをリセットする必要がありました。

写真には、薄暗い金属製の階段や、店の外のちょっとした段差といった場所が写っており、参加者はそこで一息つき、「自分らしさを取り戻す」と語りました。公式な場(接客フロア)とも、非公式な場(スタッフルーム)とも違う、その境界線上にある小さな隙間が、心の避難所として機能していました。

第二に、そうした空間は、仲間との絆を育む「非公式のスタッフルーム」になっていました。トイレの前の小さなスペースや、物置の隅などが、気の置けない同僚との私的な会話の場として利用されていました。多くの美容室には公式のスタッフルームが設けられていたにもかかわらず、美容師たちはあえてこうした非公式な場所を選んでいました。

公式のスタッフルームは、上司の目があったり、休憩時間中でも業務対応を求められたりするなど、必ずしも心からリラックスできる場所ではなかったのです。それに対して、自分たちで「発見」し、暗黙のうちに領有した境界の小場所は、誰にも邪魔されずに本音で語り合える、心理的安全性の高い社交の場となっていました。

第三に、これらの場所は、新たなひらめきや学びが生まれる触媒としての働きも担っていました。カラー剤が並ぶ棚の前や、店の裏の路地といった、管理の網の目から少し外れた場所で同僚と偶然出会った際の立ち話から、新しい技術のヒントを得たり、仕事への見方が変わったりすることがあると、多くの美容師が語りました。公式のミーティングのような堅苦しさがなく、偶発的で対等な会話が生まれるからこそ、創造的な対話が可能になっていました。

これらの研究は示唆に富んでいます。コミュニケーションの「量」だけを求めてオフィスをオープン化しすぎることが、かえって「質」の高い協働や、個人の集中を妨げていないでしょうか。特にハイブリッドワークが浸透する中で、オフィスに求められる機能は「自宅ではできないこと」、すなわち偶発的な出会いと、質の高い集中・協働の両立となっています。

一つの画一的な空間を提供するのではなく、従業員がその時の業務内容や気分に応じて、「囲い」のある集中ブースや、非公式に集まれる「狭間」の空間を自由に選べるような、柔軟性と多様性を持った環境設計が求められます。

効率化や標準化を進めるあまり、一見すると無駄に見える廊下の踊り場や給湯室の隅といった「狭間の空間」をなくしてしまっていないでしょうか。そうした曖昧な空間が、従業員の心の安定を支え、本音のコミュニケーションや非公式な学びを育む、組織にとっての貴重な場として機能している可能性があるのです。

空間は「文化」と「規範」を物語る

オフィス空間は、業務効率やコミュニケーションの頻度といった「機能的」な側面だけでなく、その組織が何を大切にし、どのような価値観を持っているかを従業員や訪問者に伝える「象徴的」な役割も担っています。空間は、組織文化を映し出すと同時に、そこで働く人々に特定の振る舞いを促すメディアでもあります。

私たちは、オフィスの物理的な環境から、無意識のうちに多くの情報を読み取り、他者を判断しています。その典型的な例が、同僚の机周りの装飾です。ある研究は、オフィス内の装飾や私物が他者にどのように解釈され、人物像の判断に結びつくのかを明らかにしました[5]

この研究は、IT企業などに勤める従業員への質問紙調査と、それに続くインタビューによって進められました。参加者には、同僚のオフィスのどのような装飾が印象に残り、そこから何を感じ取ったかを記述・口述してもらいました。

分析の結果、人々の解釈の仕方には、大きく分けて二つの異なる思考パターンがあることが見出されました。一つは「トップダウン型」と呼ばれる様式です。これは、高価そうな家具、飾られた学位記、あるいは全体の整頓具合といったいくつかの目立つ手掛かりを素早く拾い上げ、「この人は管理者タイプだ」「プロ意識が高い人物だ」といった、あらかじめ持っている典型的な人物像に当てはめて判断するやり方です。

もう一つは「ボトムアップ型」の思考様式です。こちらは、一つの手掛かりで結論を急ぐのではなく、オフィス内の多様な情報を広く収集し、それらを結びつけながら多角的な人物像を構築しようとします。例えば、机の上の書類の山を見ても「だらしない」と即断せず、「どのような種類の書類が、どう積まれているか」「仕事の動線を考えて、あえてここに置いているのかもしれない」といったように、その背景にある持ち主の意図を探ろうとします。

この研究では、装飾の持ち主と会う前にオフィスを見た場合と、会った後に見た場合とで、解釈がどう変わるかも調べています。持ち主の人物像をまだ知らない、すなわちオフィスだけが目の前にある状況では、人々は特にトップダウン型で物事を判断し、家具の質や大きさといった手掛かりから、その人の「地位」を読み取ろうとする傾向が強いことがわかりました。重厚な机は高い地位を、質素な備品は低い地位を連想させやすいのです。

ところが、持ち主と実際に会って話した後に同じオフィスを観察すると、人々の関心は変化します。地位のような社会的な属性よりも、その人ならではの価値観や趣味といった「独自性」に焦点が移るのです。以前は地位の印としか見えなかったものが、その人の個性を示す手掛かりとして解釈され直されます。このとき、解釈の仕方もボトムアップ型へと移行しやすくなることも分かりました。

この研究が示すのは、オフィスの装飾が個人の趣味の問題ではなく、組織内でのアイデンティティを他者に伝えるメッセージとして機能しているという事実です。人々は、物理的な環境から、その人の組織内での地位や人柄を無意識のうちに読み取っています。

さらに踏み込んで、空間は、私たちが組織の中でどのように振る舞うべきかという「規範」を、無言のうちに強化する働きも持っています。特に、ジェンダー規範といった、社会に深く根差した規範が、オフィス空間の設計や利用のされ方によって、いかに物質化されているかを明らかにした研究があります[6]

この調査は、大学で働く女性たちを対象に行われました。研究者は、参加者に一枚のアート作品を見せるというユニークな手法を用いました。その作品は、オフィスで働く女性が机の陰に隠れ、やがて自らゴミ袋に入って捨てられるまでを連続写真で表現したものです。この視覚的な刺激は、多くの女性たちが職場で抱える、普段は言葉にしにくい身体的な感覚や経験を語るための触媒となりました。

参加者たちの語りから浮かび上がってきたのは、職場空間をめぐる三つの共通した経験でした。第一に、「閉じ込められている」という感覚と、それに伴う「不可視であると同時に過剰に可視である」という矛盾した経験です。

多くのアート作品の女性像に自らを重ね、「そこにいるのに、いないかのように扱われる」という疎外感、すなわち自分の存在や仕事が正当に評価されないという「不可視性」を口にしました。その一方で、女性は「明るく、話しかけやすく、いつでも対応可能」であることを期待され、他者の都合でいつでも中断させられる存在、要するに他者の視線に過剰にさらされる存在としての経験も語られました。

第二のテーマは、「侵入される」という感覚です。ある参加者は、背後から不意に人が近づいてくることに不安を感じ、自己防衛のために机の向きを変えた経験を語りました。これは、物理的なレイアウトを変更することで、自己の境界線を守ろうとする試みです。また、別の参加者は、隣の男性同僚の書類や私物が、自分のスペースへと「溢れ出してくる」状況を語りました。自分の居場所が他者によって侵食されていく感覚です。

第三に、そうした制約の中での「限定的な自己表現」の実践が明らかになりました。多くの女性は、自分のオフィス空間を写真や小物で飾りますが、そこには慎重な計算がありました。例えば、子どもの写真を飾るにしても、「多すぎない適切な量」を意識し、「人間味があり、親しみやすい」という印象を演出しようとします。これは、プライベートを過度に見せることが、プロフェッショナルでないという評価につながることを避けるための自己規制です。空間の装飾は、組織の中で承認される主体となるための自己呈示の一部となっていました。

これらの研究は、オフィス空間が決して中立的な器ではないことを示しています。役員室の設えや広さ、管理職と一般社員のデスクの違い、空間のレイアウトや装飾のあり方は、その組織がどのような価値観(例えば、階層性か、平等性か)を重視しているかを物語っています。

この空間の象徴的機能は、採用活動における企業ブランディングや、従業員への理念浸透といった人事施策と連動するかもしれません。例えば、面接に来た候補者は、エントランスの設えや執務室の雰囲気から、その企業の文化を感じ取っています。自社のオフィス空間が、従業員や社会に対してどのようなメッセージを発信しているか、批判的に吟味する必要があるでしょう。例えば、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するのであれば、意図せず特定の従業員グループ(例えば性別、あるいは身体的特性)に不利な規範や振る舞いを強いていないか、空間デザインの細部にまで目を配ることが求められます。

おわりに

本講演では、オフィス空間が業務遂行の「背景」ではなく、従業員同士の「出会い」をデザインし、「協働」の質を支え、組織の「文化」や「規範」を物語る能動的な要因であることを、いくつかの研究知見に基づいて論じてきました。

空間は、組織のあり方を方向づけます。特に、ハイブリッドワークやテレワークが普及し、「どこでも働ける」ようになった現代において、「なぜ、私たちはわざわざオフィスに集うのか」という問いが突きつけられています。オフィスは単に「作業をする場所」ではなく、「組織文化を体感し、偶発的に出会い、深い協働を行うための場」へと、その存在意義を再定義されなければなりません。

これまで、オフィスのデザインは、総務部門や建築家の専門領域だと考えられてきました。しかし、「どのような組織でありたいか」「従業員にどのように働き、どのように関係性を築いてほしいか」という組織のあり方から逆算し、それを実現するための「場」を設計することは、人事戦略に関係します。本講演が、皆さんの組織力を高めるための「空間戦略」を考える、新たなきっかけとなれば嬉しく思います。

Q&A

Q:囲いやパーテーションが協働を促進するという話は興味深かったです。現在主流のオープンオフィス環境下で、手軽に囲いの効果を取り入れ、心理的安全性を高めるアイデアはありますか。

「パーテーションを使ってください」では芸がないので、より手軽な方法を回答します。私が企業訪問で感心したのは、移動式のホワイトボードを活用するケースです。キャスター付きのホワイトボードや、観葉植物をうまく配置して視線を遮るのも効果的な囲いの一種です。

ここで重要なのは、研究結果にもある通り、完全に密閉された個室である必要はないという点です。半ば開いていて、半ば閉じているバランスや、他者の視線を自分でコントロールできる感覚が心理的な安心感を生みます。

例えばチームで議論する際、周囲にホワイトボードを立てて、自分たちだけの空間を作るだけでも、心理的安全性が保たれ、議論がしやすくなる効果が期待できます。

Q:職種間の壁が高く、フロアごとに同じ職種が集まっているのに共同作業があまり発生せず、感情的なやりとりがチャットで行われがちです。どう捉えればよいでしょうか。

本日は物理的なオフィス空間に特化しましたが、現代にはバーチャルな空間も存在します。ご質問のケースは、物理空間にプライバシーを確保できる囲いが不足している可能性があります。オープンな環境は一見コミュニケーションが取りやすそうですが、周囲に会話を聞かれている状態でもあります。これでは本音や感情的な話はしにくいものです。

もし感情的なやりとりが、特定のメンバーしかいないチャットなどで行われているなら、それはプライバシーを求めている現れと捉えられます。「みんなには聞かれたくないが、限られたメンバーには伝えたい」という欲求が物理的な場所で満たされず、バーチャルな囲いに逃げ込んでいる状態です。物理的なオフィスでも周囲を気にせず話せる囲いを作ることで、解決の糸口が見えるのではないでしょうか。

Q:オフィスの装飾がアイデンティティを示すというお話でしたが、フリーアドレス制では個人の装飾が困難です。この環境下で、従業員がお互いの人となりを知ることはできるでしょうか。

確かにフリーアドレス制では物理的な装飾は難しいですね。これには二つの方向性が考えられます。一つ目は、バーチャル空間での代替です。チャットツールのプロフィール画面を有効活用し、アイコンの工夫や自己紹介ページを充実させます。趣味や価値観を記述すれば、物理的な装飾の代わりとして機能します。

二つ目は、物理的な環境での工夫です。例えば、個人ロッカーの扉の裏側や名札周辺といった小さなスペースであれば、多少の遊び心が許容される場合もあるでしょう。ロッカーを開けた瞬間に中身が見え、「こういうものが好きなんですね」と会話のきっかけが生まれます。こうした小さな情報を手がかりに、お互いの理解を深めることは十分可能です。

Q:コピー機の待ち時間が会話の口実になるという話がありましたが、ペーパーレス化でコピー機が減っています。現代において、それに代わり会話を生み出す場所は何が考えられるでしょうか。

時代の変化を捉えた良い質問ですね。かつてのコピー機に代わる有力な場所は、例えば、コーヒーマシンやウォーターサーバーのあるスペースかもしれません。

特に豆から挽くタイプのコーヒーマシンは抽出に時間がかかります。この待ち時間がポイントです。飲み物を取りに来たという目的があるため、手持ち無沙汰な時間も自然な形でその場にいられ、会話を始めるハードルが下がります。

重要なのは、コピー室の研究同様、これらを人通りの多い動線上に配置することです。オフィスの隅ではなく、人が行き交う場所に設置することで、「飲み物を待っている人」と「通りがかった人」の間にも自然な会話や挨拶が生まれるきっかけになります。

Q:空間デザインが行動を変えるというお話でしたが、逆に行動を変えるためにあえて不便にする戦略はあり得るのでしょうか。エレベーターを減らして階段を使わせるようなアイデアです。

意図的な非効率を取り入れる戦略ということですね。有効だと思います。逆に、徹底的に効率化された状態を想像してみてください。すべての業務がデスクで完結し、移動が不要になれば、他者との偶発的な出会いは消滅してしまいます。

あえて不便を作る例として、ゴミ箱の集約が挙げられます。個人のデスクのゴミ箱を廃止し、フロア中央に大きなゴミ箱を設置します。ゴミを捨てるために席を立つ必要があり一見非効率ですが、強制的に移動が発生します。座りっぱなしの解消になりますし、共有スペースに行くことで誰かと鉢合わせる可能性が生まれます。

ただのゴミ捨てが、「お疲れ様です」といった挨拶や雑談のきっかけとなり、そこから部署間の連携や情報共有につながることもあります。移動せざるを得ない不便さのデザインは、一つの視点になるでしょう。

脚注

[1] Fayard, A.-L., and Weeks, J. (2007). Photocopiers and water-coolers: The affordances of informal interaction. Organization Studies, 28(5), 605-634.

[2] Clegg, S. R., and Kornberger, M. (2004). Bringing space back in: Organizing the generative building. Organization Studies, 25(7), 1095-1114.

[3] Hatch, M. J. (1987). Physical barriers, task characteristics, and interaction activity in research and development firms. Administrative Science Quarterly, 32(3), 387-399.

[4] Shortt, H. (2015). Liminality, space and the importance of “transitory dwelling places” at work. Human Relations, 68(4), 633-658.

[5] Elsbach, K. D. (2004). Interpreting workplace identities: The role of office decor. Journal of Organizational Behavior, 25, 99-128.

[6] Tyler, M., and Cohen, L. (2010). Spaces that matter: Gender performativity and organizational space. Organization Studies, 31(2), 175-198.


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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