2026年2月25日
「戦略」は計画ではなく、日々の実践である:Strategy as Practiceの世界へ

「戦略」という言葉を聞いて、どのような光景を思い浮かべますか。企業のトップが役員会で壮大な未来図を語り、分厚い計画書に基づいて全社的な号令をかける、などといったイメージが先行するかもしれません。戦略とは、組織の進むべき道筋を定め、競争を勝ち抜くための「設計図」であり、一部の優れたリーダーによって描かれるもの。私たちは、そうした物語に慣れ親しんできた嫌いがあります。
しかし、組織の未来は、そのような華々しい舞台の上だけで決まるのではありません。私たちが日々職場で繰り広げている、ありふれた会議、何気ない会話、資料作成といった一つひとつの営みが、組織の方向性を形作っています。企業の運命を左右する流れは、実はきらびやかな会議室よりも、現場の地道な活動の積み重ねの中に、その源流があります。
近年、経営学の世界では、このような考え方が広がりを見せています。それは、戦略を完成された「状態」や「計画」として捉えるのではなく、人々が日々行う「活動」として捉え直そうとする試みです。本コラムでは、この「実践としての戦略」と呼ばれる新しい考え方を紹介していきます。
戦略とは状態ではなく日々の活動のこと
企業の進むべき道を示す「戦略」は、長い間、組織全体を高い場所から見下ろすような、大きな視点で語られてきました。企業の持つ資源や、社会の制度といったマクロな要因を分析し、それらをいかに組み合わせるかが議論の中心でした。しかし、この見方だけでは、一つの大切な問いが見過ごされてしまいます。「現場では、実際に何が行われているのか」という問いです。どんなに優れた資源を持っていても、それを活用する人々の具体的な活動がなければ、価値は生まれません。
こうした問題意識から、戦略を「状態」としてではなく、日々の「活動」として理解しようとする考え方が生まれました[1]。これは、戦略研究の焦点を、組織という大きな舞台から、そこで活動する人々の手元へと引き寄せる試みです。この「活動に基づく見方」は、従来の考え方に新たな光を当てます。
例えば、ある企業が独自の技術という「資源」を持っているとします。従来の考え方では、その資源の価値を分類し、評価することに主眼を置いていました。しかし、新しい見方では、その技術が会議でどのように議論され、報告書でどのように表現され、開発チームによってどのように扱われるのか、といった一連の活動の連鎖に目を向けます。知識そのものではなく、人々が知識を用いて何かを成し遂げようとする「営み」が、競争力の源泉だと考えるのです。
この視点は、企業の多角化や組織構造といったテーマにも応用されます。ある企業が複数の事業を手掛けている場合、それらの事業が分類上「関連している」と分析するだけでは不十分です。実際に事業間でどのような協力関係が築かれ、どのような情報交換が行われ、どのような人間関係が価値を生み出しているのか。その活動の質と量が、シナジーの実態を明らかにします。
同様に、組織の構造も、静的な図表として捉えるのではなく、人々がその構造の中でどのように働き、部門間の調整をどのように行い、ルールをどのように解釈・運用しているのかという、「構造化」のプロセスとして捉えられます。固定された「名詞」の世界から、絶えず変化する「動詞」の世界へと、分析の舞台が移ります。
このようなミクロな活動に目を凝らすことは、いくつかの利点をもたらします。第一に、企業の業績といったマクロな結果と、現場の活動との間の結びつきを、より説得的に描き出すことができます。第二に、戦略の「やり方」、例えば会議の進め方やチーム間の調整の仕方といった、実務に直結する知見を得やすくなります。
戦略は人々が行う社会的に達成された活動の総体
先ほどは、戦略の焦点をマクロな状態からミクロな「活動」へと移す視点を紹介しました。この考え方を進め、戦略を「人々が社会的な文脈の中で行う実践」として捉えるアプローチが提唱されています。この視点によれば、戦略とは、誰か一人の頭の中に存在する計画ではなく、多くの人々が関わり合いながら、時間をかけて織りなしていく、社会的に達成される営みの総体を指します。
この複雑な営みを理解するために、三つの要素に分解して考える枠組みが提示されています[2]。それは、「プラクティス(practices)」「実践家(practitioners)」「プラクシス(praxis)」です。
一つ目の「プラクティス」とは、社会や組織の中で定着している、物事の「やり方」のことです。これには、戦略会議の進め方、事業計画書の書き方、市場分析で使われるフレームワークといった形式的なものから、議論の際に用いられる言葉遣いや、意思決定の際に参照される暗黙のルールまで、様々なものが含まれます。これらは、人々が戦略について考え、語り、行動するための道具や乗り物のようなものです。
二つ目の「実践家」とは、これらのプラクティスを用いて実際に行動する人々のことです。この考え方では、「戦略家」の範囲を大きく広げて捉えます。企業の方向性を決めるのは、経営層だけではありません。新しい事業のアイデアを練るミドルマネジャー、顧客との最前線で情報を得る現場の従業員、専門的な助言をするコンサルタント、ときには顧客や取引先といった社外の人間までもが、戦略の形成に関わる「実践家」となり得ます。年齢や役職といった属性ではなく、実際に何を行い、どのように関わっているのかが問われます。
三つ目の「プラクシス」とは、これらの多様な実践家が、様々なプラクティスを駆使して活動する中で生まれる、一連の出来事の流れです。ある会議での発言がきっかけで新しいプロジェクトが生まれ、その過程で作成された資料が別の部署の意思決定に参照され、やがて組織全体の方向性が少しずつ変わっていく。このような、個々の活動が連鎖し、絡み合いながら展開していくプロセス全体が、プラクシスです。
三つの要素は、互いに切り離すことができません。実践家は、社会に存在するプラクティスを使わなければ行動できず、一方で、実践家の行動を通じてプラクティスは維持されたり、少しずつ変化したりします。その相互作用の積み重ねが、プラクシスという大きな流れを形作ります。
この枠組みを用いると、これまで見過ごされてきた戦略の側面が見えてきます。例えば、ある意思決定がなぜ下されたのかを理解するためには、その会議で誰が、どのような言葉や資料(プラクティス)を用いて、どのように議論を導いたのか(実践家の行為)を微視的に分析することが有効になります。また、現場の従業員たちが生み出した小さな工夫(周縁の実践)が、どのようにして組織全体に広がり、大きな事業の柱へと育っていったのか(プラクシス)という物語も描き出すことができます。
戦略は、組織化の仕事と絡み合う日々の仕事の産物
戦略が人々の活動の総体であるとすれば、その活動はどのような場所で、どのように行われるのでしょうか。真空の中で行われるわけではありません。それは常に、組織という具体的な舞台の上で、その仕組みやルールと関わりながら展開されます。ここでは、戦略を形作る仕事、すなわち「ストラテジジング」と、組織の仕組みを形作る仕事、すなわち「オーガナイジング」が、いかに密接に絡み合っているかを見ていきます[3]。
この視点では、戦略も組織も、完成品ではなく、絶えず行われる「仕事」の産物として捉えられます。戦略の仕事とは、未来について考え、話し合い、資料を作り、人々を説得し、資源を動かすといった、一連の営みを指します。それは、必ずしも戦略部門の専売特許ではありません。新しい製品の企画会議、営業部門の目標設定会議、日々の業務報告など、組織のいたるところで、未来を方向づけるための仕事が行われています。
一方で、組織化の仕事とは、会議のルールを決めたり、報告のフォーマットを定めたり、誰がどの決定権を持つのかを明確にしたり、評価の基準を設定したりすることです。これらの仕事は、組織内の活動に秩序と安定性を与えます。
この二つの仕事は、互いに影響し合います。例えば、どのようなメンバーを戦略会議に招集し、どのような議題設定をするかという「組織化」の仕事は、そこでどのような戦略が議論され、どのような結論が導き出されるかという「戦略化」の仕事の方向性を左右します。逆に、ある戦略的な決断が下されると、それを実行するために新しい部署が作られたり、部門間の連携を促すための新しい会議体が設けられたりします。これは、「戦略化」の仕事が新たな「組織化」の仕事を生み出す瞬間です。
この相互作用を、身近な例で考えてみましょう。あるチームが、プロジェクトの進捗を管理するために、特定のスプレッドシートを導入したとします。このシートの項目や計算式(組織化の仕事)は、チームメンバーが何に注意を払い、どの数値を大事だと考えるか(戦略化の仕事)を規定します。やがて、そのシートを使うことがチームの習慣となり、そのやり方が他のチームにも広がっていけば、組織全体の仕事の進め方や優先順位の付け方が変わっていくかもしれません。
スプレッドシートという一つの「物」をめぐる日々の仕事が、戦略と組織の両方を動かしていきます。
このように、戦略とは、組織の仕組みから独立して設計されるものではなく、既存の組織化の実践の中に埋め込まれ、それを通じて達成されるものです。会議のやり方、使われる言葉、資料の形式、部屋のレイアウトといった、一見些細に見える「組織化」の断片が、積み重なって戦略の輪郭を形作っていきます。
したがって、戦略を理解するためには、計画書の内容を分析するだけでは不十分です。その計画がどのような会議で、どのような資料を用いて、どのような人々によって語られ、正当化されていったのかという、具体的な仕事の連鎖を丹念に追跡することが求められます。
戦略は意図的な計画ではなく、日常における実践的対処
これまで、戦略を計画というよりは、日々の活動や仕事の積み重ねとして捉える視点を見てきました。この議論を深くへと進め、戦略のあり方について考えてみましょう。一般的に、戦略的な行動は、明確な「意図」や「計画」に導かれていると考えられています。しかし、私たちの日常の行動の多くは、いちいち計画を立てずとも、ごく自然に行われているのではないでしょうか。ここでは、戦略が、そうした計画的な活動よりも、むしろ日常における実践的な「対処」から立ち現れる可能性を探ります[4]。
この考え方を説明するために、二つの異なる活動のモードを対比してみましょう。一つは「築く(building)」モードです。これは、設計図を描き、材料を計算し、手順に従って家を建てるような活動です。目的が先にあり、それを達成するための手段を合理的に選択していく。従来の戦略論が描いてきたのは、主にこちらの世界でした。
もう一つは「住まう(dwelling)」モードです。これは、建てられた家の中で日々暮らすような活動です。私たちは、ドアノブを回すのにいちいちその仕組みを考えたりはしません。身体が自然に動き、状況に溶け込んでいます。このモードでは、活動は明確な目的意識に先立たれず、目の前の状況に対して反射的かつ即興的に行われます。これが「実践的対処(practical coping)」と呼ばれるものです。
この二つのモードを戦略に当てはめてみると、興味深い見方が生まれます。戦略とは、常に「築く」モードで合理的に計画されるものだけではありません。むしろ、多くの戦略的な動きは、「住まう」モード、要するに、人々が日々の業務の中で直面する様々な状況に、半ば無意識的に「対処」していく中で、非意図的に生まれてくるのではないかという考え方です。
ある有名なバイクメーカーが、かつてアメリカ市場に進出した際の逸話が、この点をよく物語っています。当初、会社は大型バイクを販売する計画でした。しかし、その計画はうまくいきませんでした。一方で、社員たちが個人的な移動手段として使っていた小型バイクが、現地の人々の間で評判を呼び始めます。会社は、この予期せぬ出来事に対応する形で、小型バイクの販売へと方針を転換し、結果的に大きな成功を収めました。
これは、壮大な計画(築く)が、現場での偶発的な出来事への対処(住まう)によって乗り越えられ、新たな戦略が生まれた事例と言えます。
計画がないのに、なぜ組織の行動には一貫性が生まれるのでしょうか。その答えは、人々や組織に染みついた、物事の「作動様式」に求められます。これは、長年の経験を通じて身体化された、一種の行動の癖やスタイルのようなものです。明確なルールや目標がなくても、この内面化された様式が、状況に応じた「適切」な行動を自然に生み出し、あたかも計画があったかのような一貫した軌跡を描き出すのです。
もちろん、「築く」モードが不要なわけではありません。日常の「住まう」モードでの対処がうまくいかなくなったとき、例えば、業績が急に悪化したり、予期せぬ競合が現れたりといった「破綻」の局面で、私たちは初めて立ち止まり、状況を客観的に分析し、新たな計画を立てようとします。「築く」モードは、日常が途切れたときに発動される、回復のための営みと位置づけられます。
脚注
[1] Johnson, G., Melin, L., and Whittington, R. (2003). Guest editors’ introduction: Micro strategy and strategizing: Towards an activity-based view. Journal of Management Studies, 40(1), 3-22.
[2] Jarzabkowski, P., Balogun, J., and Seidl, D. (2007). Strategizing: The challenges of a practice perspective. Human Relations, 60(1), 5-27.
[3] Whittington, R. (2003). The work of strategizing and organizing: For a practice perspective. Strategic Organization, 1(1), 119-127.
[4] Chia, R., and Holt, R. (2006). Strategy as practical coping: A Heideggerian perspective. Organization Studies, 27(5), 635-655.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
