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コラム

人が仕事に没頭する瞬間:エンゲージメントを生む心理的条件

コラム

「エンゲージメント」という言葉を、職場やビジネスの文脈で耳にする機会が増えました。従業員のエンゲージメントが高い組織は、生産性が高く、創造性に富み、離職率が低いと言われます。そうした認識が広まるにつれて、多くの組織がエンゲージメントを高めるための取り組みを導入しています。しかし、私たちはこの言葉の意味するところをどれほど深く理解しているのでしょうか。人が仕事に深く没頭するとは、一体どのような状態を指すのでしょう。それは、何によって生み出せるものなのでしょうか。

本コラムで検討するのは、人が仕事に対して自分自身のエネルギーを注ぎ込もうと決める瞬間、その人の心の中では一体何が起きているのか、という問いです。人が自らの仕事に深い意味を見出し、安心して本来の自分を表現し、持てる力を注ぎ込む背景には、共通した心のメカニズムが存在します。本コラムでは、エンゲージメントを個人の内面で生じる心理的な経験として捉え、その土台となる条件を明らかにしてきた複数の学術的な探求の道のりをたどります。

エンゲージメントは「意味・安全・可用性」で高まる

ある人が仕事に熱中している一方で、同じ人物が別の状況では淡々と業務をこなしていることがあります。人が仕事に「自分自身を投入する」状態と、逆に「自分を切り離す」状態は、何によって分かれるのでしょうか。この問いを探るため、ある研究では、異なる二つの職場が詳細に調査されました[1]。一つはサマーキャンプの現場、もう一つは建築設計事務所です。研究者は、これらの職場で働く人々にインタビューを重ね、その行動を観察することで、個人の内的な経験に迫りました。

この探求から見えてきたのは、人が仕事に向き合う際の二つの対照的な姿勢でした。一つは「パーソナル・エンゲージメント」と呼ばれる状態です。これは、人が仕事の役割を果たす際に、自身の身体、認知、感情を注ぎ込み、表現している状態を指します。エンゲージしている人は、単に業務に集中しているだけではありません。自分が好ましいと考える「本来の自己」を、仕事を通じて発揮しています。例えば、あるスキューバダイビングのインストラクターは、自身の海に対する深い愛情や哲学を、技術指導の中に織り交ぜていました。

もう一方は「パーソナル・ディスエンゲージメント」です。これは、仕事の役割から自分自身を意識的に切り離し、身体的、認知的、感情的なエネルギーの投入を抑制する状態を指します。この状態にある人は、自分の本当の考えや感情を隠し、自己を防衛しようとします。決められた役割を最低限こなすことに徹するのです。建築事務所のあるデザイナーは、上司の指示を待つばかりで、自らの創造的なアイデアを口にしませんでした。同僚や顧客に対しても感情的な距離を置き、仕事から自己を引き離していました。

人はどのような時にエンゲージし、ディスエンゲージするのでしょうか。研究によれば、私たちは仕事の様々な瞬間において、無意識のうちに三つの問いを自分自身に投げかけているといいます。その問いへの答えが、エンゲージメントの度合いを左右する三つの「心理的条件」を形作ります。

第一の条件は「心理的意味性」です。これは「この仕事に自分を投入することは、どれほど意味があるか」という問いに対応します。人は、自分のエネルギーを投じるに見合う価値ある見返りが得られると感じたとき、仕事に意味を見出します。その見返りとは、金銭的な報酬だけではありません。自分の仕事が誰かの役に立っているという貢献感や、挑戦を通じて成長できているという実感など、内面的な満足感が含まれます。仕事が挑戦的で創造性に富み、自身の裁量で進められる部分が大きいほど、この意味性は高まります。

第二の条件は「心理的安全性」です。「自分を投入することは、どれほど安全か」という問いです。これは、自分の本当の考えや感情を表現したり、新しいことに挑戦して失敗したりしても、それによって自分の立場が脅かされたり、人格を否定されたりすることはないという安心感を指します。このような安全な環境は、信頼できる人間関係に支えられています。支援的で、言動が一貫している上司や同僚に囲まれていると、人は失敗を恐れずにありのままの自分を表現しやすくなります。

第三の条件が「心理的可用性」です。これは「自分を投入するための心身のリソースは、自分に備わっているか」という問いに関連します。どれだけ仕事に意味を感じ、安全な環境にあったとしても、エネルギーが枯渇していては自分を投入できません。

この可用性を低下させる要因は、仕事の中だけにあるとは限りません。例えば、純粋な肉体的疲労がエネルギーを奪うこともあります。複雑な業務における精神的な消耗も可用性を低下させます。自分の能力への不安や、他者からの評価を気にしすぎることも、仕事に向かうべきエネルギーを消費させます。私生活での出来事も私たちの心の容量を占め、仕事に使えるリソースを減少させることがあります。

エンゲージメントを高めるには仕事の「有意味性」が重要

先ほど紹介した「意味・安全・可用性」という三つの心理的条件は、人の内面を洞察した理論でした。しかし、この理論は質的な調査から導き出されたものです。これがより多くの人々に当てはまるメカニズムであると結論づけるには、数量的なデータによる裏付けが求められます。ある研究チームが、この三つの条件とエンゲージメントとの関連を実証する調査を行いました[2]

この研究の目的は、先行研究で示された理論モデルが、実際のデータによって支持されるかどうかを確かめることでした。そのために、ある企業の従業員を対象とした質問紙調査が実施されました。調査では、従業員一人ひとりに対して、自身のエンゲージメントの度合い、そして「心理的意味性」「心理的安全性」「心理的可用性」をどの程度感じているかを尋ねました。それだけでなく、それぞれの心理的条件がどのような職場環境や個人の認識から生まれるのか、その前提となる要因についても質問が設けられました。

分析の結果、三つの心理的条件のすべてが、エンゲージメントと明確な正の関連を持つことが確認されました。仕事に意味を感じ、職場が安全だと感じ、自分に心身の余裕があると感じている人ほど、エンゲージメントが高いという理論の根幹部分がデータによって裏付けられたわけです。

この分析はもう一つの事実を明らかにしました。三つの条件の中でも、エンゲージメントとの関連が最も強かったのは「心理的意味性」だったのです。心理的安全性や心理的可用性もエンゲージメントを支える要素ではありますが、それ以上に、従業員が自分の仕事は「価値ある投資対象だ」と感じられるかどうかが、エンゲージメントの核心をなしていることが示されました。人は、自分の時間とエネルギーを注ぐに値する意義を仕事に見出したときに、最も強く動機づけられ、自らを仕事に投入します。

この研究は、それぞれの心理的条件がどのような要因から生まれるのか、その道筋も明らかにしています。心理的意味性は、仕事の特性(仕事の重要性や結果に関するフィードバック)や、自分の強みや価値観と仕事内容が一致していることから生まれていました。心理的安全性は、上司や同僚からの支援的な人間関係や、公正で予測可能なルールが存在する環境によって育まれていました。心理的可用性は、心身が過度に消耗していないこと、業務に必要な資源が確保されていることと関連していました。

「挑戦」と見なされる仕事の要求はエンゲージメントを高める

仕事における負荷や困難は、私たちの心身を消耗させ、エンゲージメントを低下させる原因と見なされています。しかし、高い目標や責任、厳しい納期といった「仕事の要求」が、かえって人を奮い立たせ、仕事への没頭を促すこともあります。この一見矛盾した現象を解明するため、ある研究では、仕事の要求が持つ二面性が検証されました[3]

この探求の出発点となったのは、「仕事要求度資源モデル」という枠組みでした。このモデルは、職場環境を「仕事要求度」と「仕事資源」の二つに分類します。仕事資源(上司のサポートや成長機会など)がエンゲージメントを高めることは広く認められていました。しかし、仕事要求度(仕事量や時間的プレッシャーなど)とエンゲージメントとの関係については、研究結果が一貫していませんでした。

この矛盾を解き明かすため、研究者たちは、仕事の要求度をひとくくりに捉えるのではなく、従業員がそれをどのように評価するかによって二種類に分類するという、新しい視点を導入しました。

一つは「挑戦要求」です。これは、従業員自身が、それを乗り越えることで自らの成長や将来的な利益につながる可能性があると認識するような要求を指します。例えば、責任の重い仕事や厳しい納期などがこれにあたります。これらはストレスフルではありますが、同時に、自分の能力を試し、新しいことを学ぶ機会と捉えることもできます。このような要求に直面したとき、人はその課題を乗り越えようとエネルギーを注ぎ込みます。このエネルギーの投入が、エンゲージメントの高まりとして現れると考えられました。

もう一つは「妨害要求」です。これは、従業員が、自らの目標達成や成長を不必要に妨げる障害物である、と認識するような要求を指します。例えば、役割の範囲が曖昧であること、煩雑な社内手続きなどが挙げられます。これらの要求は、本質的な仕事を進める上での足かせとなり、従業員の進捗を阻害します。その結果、人は意欲を減退させ、エンゲージメントが低下すると考えられました。

この新しい分類の有効性を確かめるため、過去に発表された数十の研究データを統計的に統合する「メタ分析」という手法が用いられました。分析の結果は、この新しい分類の正しさを支持するものでした。予測通り、挑戦要求はエンゲージメントと正の関連を持っていました。一方で、妨害要求はエンゲージメントと負の関連を持っていました。これまで矛盾した結果を生んでいた「仕事の要求度」をこの二つに分けて分析したところ、それぞれ正反対の関係性が見出されました。

エンゲージメントは組織支援とパフォーマンス向上を結びつける

従業員のエンゲージメントが高い状態は、本人にとって充実感があり、組織にとっても望ましいことです。しかし、その「良い状態」は、どのようにして仕事の成果、すなわちパフォーマンスへと結びつくのでしょうか。ある研究は、この問いに答えるため、エンゲージメントが組織と個人の成果をつなぐ働きをするのではないかという仮説を検証しました[4]

この研究の背景には、職務満足や内発的動機づけといった、これまでパフォーマンスを説明するためによく用いられてきた概念への問い直しがありました。これらの概念は、従業員の自己の特定の一側面に焦点を当てています。しかし、人が仕事に没頭するとき、認知、感情、物理的努力のすべてを同時に投入しているはずです。研究者たちは、この包括的なエネルギーの投入状態を捉える「エンゲージメント」こそが、パフォーマンスとの関係をより力強く説明できると考えました。

この研究の中心的なアイデアは、エンゲージメントが「媒介変数」として機能するというものです。例えば、「組織が従業員を支援してくれる」という認識(組織的支援)は、パフォーマンスを高める良い要因だと考えられています。

しかし、この良い要因が直接的にパフォーマンスを向上させるのではなく、「組織からの支援があるから、従業員は安心して仕事にエンゲージできるようになる。そして、その高まったエンゲージメントが、結果として高いパフォーマンスを生み出す」という、間接的なプロセスが存在するのではないかと想定されたわけです。

この仮説を検証するため、調査は米国の消防士とその直属の上司を対象に行われました。消防士自身がエンゲージメントの度合いや組織的支援などを評価し、彼ら彼女らのパフォーマンスは直属の上司が評価しました。

分析の結果、この研究の仮説はほぼ支持されました。エンゲージメントが高い消防士ほど、上司から評価されるパフォーマンスが高いことが確認されました。組織的支援や価値観の一致といった先行要因は、確かにエンゲージメントを高めていました。

重要な発見は、エンゲージメントの介在的な働きに関するものでした。組織的支援といった良い要因からパフォーマンスへの直接的なつながりはほとんど見られませんでした。その代わり、これらの要因がパフォーマンスに与える作用は、ほぼエンゲージメントを介して伝達されていることが示されました。「組織的支援エンゲージメントパフォーマンス」という流れが、データによって裏付けられたのです。

脚注

[1] Kahn, W. A. (1990). Psychological conditions of personal engagement and disengagement at work. Academy of Management Journal, 33(4), 692-724.

[2] May, D. R., Gilson, R. L., and Harter, L. M. (2004). The psychological conditions of meaningfulness, safety and availability and the engagement of the human spirit at work. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 77(1), 11-37.

[3] Crawford, E. R., LePine, J. A., and Rich, B. L. (2010). Linking job demands and resources to employee engagement and burnout: A theoretical extension and meta-analytic test. Journal of Applied Psychology, 95(5), 834-848.

[4] Rich, B. L., LePine, J. A., and Crawford, E. R. (2010). Job engagement: Antecedents and effects on job performance. Academy of Management Journal, 53(3), 617-635.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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