2026年2月17日
アテンションの設計図:組織の意思決定を変える見えない資源
組織の中で、優れたアイデアや、対処すべき問題が誰にも気づかれずに消えてしまうことがあります。一方で、なぜか順調に賛同者を集め、組織を動かしていく提案も存在します。この違いは、どこから生まれるのでしょうか。アイデアの優劣だけで決まるわけではないようです。そこには、組織に属する人々の「注意」を、いかに集め、維持するかという働きかけが隠されています。
注意とは、いわば組織が持つ有限な資源です。無数の情報や課題の中から、何に光を当て、何を見過ごすか。この配分のされ方が、組織の意思決定と行動の方向性を定めています。
本コラムでは、個人や組織が、この見えざる資源である「注意」をどのように動かし、成果へと結びつけているのか、その仕組みを研究から解き明かしていきます。個人の提案活動から始まり、業界全体の意識の変化、危機を未然に防ぐための組織設計、取締役会での議論の質、文化的な背景が意思決定に与える作用まで、様々な角度から「注意」が動くメカニズムを探っていきます。
成功する論点提案は型と価値と仲間で注意を動かす
組織の中で新しい提案をしたり、問題点を指摘したりしても、それが必ずしも上層部に届くとは限りません。特に、組織の中間層にいる人々が、自身の問題意識を経営層に伝え、具体的な行動を促すためには、どのような工夫が求められるのでしょうか。この問いに答えるため、ある研究で米国の地域基幹病院における聞き取り調査が行われました[1]。
調査の対象となったのは、42名の中間管理職です。それぞれに、自らが組織の上層部に働きかけた経験について、成功した事例と失敗した事例の両方を語ってもらいました。集まった合計82の事例を分析し、提案が受け入れられる際に用いられていた共通の働きかけが浮き彫りになりました。
分析から見えてきた働きかけは、大きく三つの要素に整理できます。第一に「見せ方」です。成功した事例では、提案内容を単なる思いつきとしてではなく、数値やデータに基づいた事業計画の形式で語るという特徴が見られました。これは、組織が普段から意思決定に用いている論理の「型」に合わせることで、提案の正当性を高める試みといえます。また、大きな変革を一気に提案するのではなく、達成可能な小さな目標に分解して段階的に見せる手法も、成功した事例で多く語られていました。
第二の要素は「結び付け方」です。提案を、組織全体が共有している収益性や社会的な評判といった価値目標に接続することで、その必要性を訴えかける方法です。個別の利害関係者の関心に訴えるよりも、組織の根幹にある価値観に訴えかける方が、提案は通りやすいことが分かりました。失敗した事例では、この価値目標との接続を試みればよかったという後悔の声が聞かれました。
第三の要素は「巻き込み方」です。当然ながら、上司や経営層への働きかけは頻繁に行われますが、成否を分ける上で見逃せないのが、同僚、すなわち部門を横断した横の連携でした。成功した事例では、同じ階層の仲間を巻き込み、幅広い支持基盤を築いていたことが確認できます。失敗談の中では、もし同僚たちの協力を得ていれば結果は違ったかもしれないという声が目立ちました。
これらの分析結果は、組織内で論点を動かす活動が、良い内容を伝えるだけの作業ではないことを物語っています。それは、組織に存在する「型」を理解し、共有された「価値」に接続し、共に動く「仲間」を募るという、文脈を深く読み解く実践です。この病院の事例からは、既存の秩序から大きく外れた急進的な提案よりも、定められた形式に沿い、段階的に変化を促すような提案の方が受け入れられやすいという、組織の持つ性質の一端も垣間見えます。
業界注目の持続は責任帰属とイメージ矛盾で決まる
ある出来事が社会で起きたとき、すべての事象が同じように産業界から意識されるわけではありません。あるものは一過性の話題として消え去り、またあるものは業界全体の構造を変えるほどの大きな課題へと発展します。何がその運命を分けるのでしょうか。
この問いを解明するため、1960年から1995年にかけて米国の化学産業にまつわる8つの環境関連の出来事を比較分析した研究があります[2]。具体的には、業界の専門紙と、社会の動向を報じる一般紙や経済紙の記事を収集し、それぞれの出来事がどのように報じられ、扱われたかを比較しました。これによって、ある出来事が業界内で取り上げられ、議論され続けるための条件が探られました。
分析の結果、業界内で初期の関心が高まるきっかけは二つあることが分かりました。
一つは、外部メディアが、出来事の原因をその業界や特定の企業にあると名指しで報じる「外部からの責任帰属」です。例えば、有害物質による土壌汚染が問題となった「ラブ・カナル事件」では、化学企業の過去の廃棄慣行が原因だと広く報道され、業界専門紙もこの問題を継続的に取り上げました。一方で、川が汚染で炎上した「カユホガ川火災」は、主に地元自治体の問題として扱われ、化学業界の責任とは結び付けられなかったため、業界内ではほとんど取り上げられませんでした。
もう一つのきっかけは「内部からのイメージ点検」です。外部から直接的な責任を問われなくとも、業界自身が「この出来事は、我々の社会的なイメージを損なうかもしれない」と判断した場合に、内部での関心が高まります。石油タンカーの座礁事故である「エクソン・バルディーズ号原油流出事故」は、石油業界の事故であり、化学業界の直接的な責任は問われませんでした。しかし、事故処理で使われる化学薬品の有効性が、社会課題を技術で解決するという化学業界の自己認識に関わる問題と捉えられたため、業界専門紙でも複数の記事でその動向が追われました。
しかし、初期の関心を集めた出来事が、そのまま業界の重要課題として定着するわけではありません。関心が持続し、大きな課題へと「イシュー化」するためには、もう一つの条件が必要でした。
それは、その出来事の解釈をめぐって、外部社会と業界内部との間に対立が生じ、その対立が、業界が自らをどう認識しているかという「産業アイデンティティ」を根本から揺るがす場合です。殺虫剤の環境への作用を告発した書籍『沈黙の春』をめぐる論争は、科学技術の進歩を善とする業界のアイデンティティと、その負の側面を指摘する外部からの批判が正面から衝突し、長期にわたる議論となりました。
このことから分かるのは、ある出来事が業界でどれだけ取り上げられるかは、出来事の規模の大きさよりも、それが「誰の責任」として語られ、「業界の自己イメージ」とどう関わるか、という解釈のされ方によって決まるということです。社会的な報道量と業界内の関心は、必ずしも比例しないのです。
注意の三次元統合が危機の予兆を捉える
組織は、時に予期せぬ危機に見舞われます。その多くは、事前に何らかの小さな兆候、いわゆる「弱い兆候」があったにもかかわらず、見過ごされてしまった結果として発生します。なぜ組織は、こうした兆候を捉え損ねるのでしょうか。デンマークのある大手製薬会社が1993年に経験した品質管理に関する危機を、長期間にわたって質的に分析した研究は、この問いに一つのヒントを提示します[3]。その研究が描き出すのは、組織が危機の予兆を捉えるためには、注意の向け方を意図的に設計する必要があるという事実です。
この研究では、組織の注意を三つの次元から捉えます。
第一の次元は「安定性」です。これは、特定の課題に対して、時間をかけて継続的に深く観察し続ける注意のあり方を指します。繰り返しの観察を通じて、問題の複雑さや隠れた危険性が徐々に明らかになっていきます。
第二の次元は「鮮明性」です。これは、一つの課題を多角的かつ豊かな視点から捉える力を意味します。中心的な見方だけでなく、周縁的な、あるいは矛盾を含んだ解釈をも許容することで、埋もれがちな弱い信号を拾い上げることができます。
第三の次元が「整合性」です。これは、部門や階層を超えて、組織全体が同じ課題に対して足並みをそろえて注意を向けることを指します。
この製薬会社が危機に陥った背景には、長年の成功体験からくる過信がありました。組織内では異論を唱えることが難しい空気が醸成され、現場が感じ取っていた規制強化の動きといった弱い兆候は、経営層に届きませんでした。加えて、競合他社との合併による組織再編が、人々の意識を内部の問題へと集中させ、外部環境の変化に対する注意の安定性、鮮明性、整合性のすべてを低下させていました。情報は階層を上がる過程で簡略化され、現場の専門家が発していた警報は、その深刻さを失っていったのです。
この手痛い経験から、会社は組織の注意のあり方を再設計しました。その中核が、先ほどの三つの次元を同時に高めるための仕組みづくりです。例えば、社外の批判的な非政府組織などと恒常的に対話する専門部署を設置し、外部の多様な視点を取り込むことで「鮮明性」を高めました。また、経営層が定めた全社目標への各部門の取り組みを評価し、部門間の連携を促す仕組みを導入して「整合性」を確保しました。
そして、特に独創的だったのが「ファシリテーション」という仕組みです。社内で人望の厚い管理職がファシリテーターとして各部門を巡回し、従業員から「普段は語られない懸念」を直接聞き出します。これは、階層のフィルターを迂回して現場の生の声を経営層に届けることで、弱い兆候に対する「安定性」を担保する試みでした。
この事例が物語るのは、危機の予兆を捉えるためには、注意の安定性、鮮明性、整合性のどれか一つが優れていても不十分であり、三つの次元を意図的に交差させる設計が不可欠であるということです。そうした仕組みを通じて初めて、見過ごされがちな危機の種が、組織の視野に入ってきます。
非形式的会議が多様性を活かし起業的議論を促す
企業の将来を左右する新製品開発や新規市場参入といった「起業家的課題」は、取締役会でどの程度議論されているのでしょうか。そして、その議論の量を左右する要因は何でしょうか。ある研究が、この問いに光を当てました[4]。
184社の上場企業を対象に、1994年から2000年までの取締役会議事録を分析するという手法が用いられました。議事録は、企業の監査を担当する会計士によって内容が精査され、どのような議題にどれだけの時間が費やされたかがデータ化されました。これによって、取締役会の構成(どのような人がメンバーか)と、会議の進め方(どのように集まるか)が、起業家的な議論にどう結びつくかが検証されました。
分析から浮かび上がったのは、多様な経歴を持つ取締役を集めるだけでは、必ずしも未来志向の議論が活発になるわけではないという事実です。
議論の時間を増やす方向に働いたのは、取締役の勤続年数のばらつきや、社外出身者や異業種出身者がいるといった経歴の多様性でした。また、マーケティングや営業、研究開発といった、企業の「アウトプット」に直接関わる部門の出身者が多いほど、起業家的な議論に時間が割かれることも分かりました。一方で、会計や法務といった様々な専門分野の出身者がいるという「機能的」な多様性だけでは、議論の活性化にはつながらないという結果になりました。
取締役の属性の組み合わせ方にも工夫が必要なようです。取締役の複数の属性(例えば、勤続年数、専門分野、社内外の別など)が重なり合うことで、取締役会の中に派閥のような下位集団が生まれることがあります。この内部の「割れ目」が深く、明確である場合、むしろコミュニケーションが阻害され、起業家的な議論の時間は減少してしまいました。
ここで議論の量を左右するもう一つの鍵として登場するのが、会議の「非形式性」です。この研究では、会議が社外の施設で行われる割合、議題の自由度の高さ、開催頻度の三つから、会議の非形式性の度合いを測定しました。分析の結果、会議が非形式的であるほど、アウトプット志向の取締役が持つ未来志向の視点が議論に反映されやすくなることが確認されました。加えて、非形式的な会議は、取締役会内部の深い「割れ目」がもたらすコミュニケーションの阻害を和らげる働きも持っていました。
この研究から得られる知見は、取締役会の議論の質が、構成員の属性という静的な要素と、会議の運営方法という動的な要素の相互作用によって決まるということです。誰がいるかだけでなく、その人々がどのように配置され、どのような場で対話するかが、組織の未来を形作る議論の土台となります。多様な専門家を集めるだけでなく、非公式な対話の場を設けることで、その多様性が創造的な議論へと昇華される可能性が高まります。
日本企業では業績超過時も互酬性でR&D探索が増える
企業は、業績に応じて研究開発(R&D)への投資、すなわち未来に向けた探索活動の強度を変化させます。従来の経営学の考え方では、企業の業績が目標水準を下回ったとき、問題解決のためにR&Dを活発化させ、逆に目標を上回ったときには、現状に満足してR&Dを抑制すると説明されてきました。しかし、この理論は、すべての国の企業に当てはまるのでしょうか。この疑問を検証するため、1992年から2004年にかけて、2,123社の日本企業を対象としたパネルデータ分析が行われました[5]。
分析の結果、日本企業においても、業績が目標水準を下回った際には、問題解決のためにR&D投資を増やすという、従来の理論通りの動きが確認されました。これは、危機的な状況に直面した企業が、生き残りのために新しい技術や製品を模索する、ごく自然な反応と言えます。
しかし、業績が目標水準を上回ったときの行動は、従来の理論の予測とは異なるものでした。なんと、業績が好調なときにも、日本企業はR&D投資を増やすという動きを見せたのです。業績とR&D投資の関係をグラフにすると、目標水準を底にしたV字型のパターンがはっきりと浮かび上がりました。
この独特のパターンの背景には、どのような仕組みがあるのでしょうか。研究では、その理由を、日本企業を取り巻く「互酬性」の文化に求めます。欧米の企業が、株主や従業員との関係を個別の契約の束として捉える傾向が強いのに対し、日本の企業社会では、企業は従業員、取引先、地域社会といった多様な利害関係者との長期的な関係性の中に埋め込まれています。こうした共同体的な文脈では、短期的な利益の最大化だけでなく、相互に助け合うという規範が働きます。
この規範に基づけば、業績が好調なときに得られた余剰資源を、株主へ還元するだけでなく、将来の成長に向けたR&Dに再投資することは、理にかなった行動となります。そうした投資は、長期的には新しい製品や雇用を生み出し、取引先や地域社会を含むすべての利害関係者に恩恵をもたらす「恩送り(ペイ・フォワード)」として機能するからです。好調なときに未来への種を蒔くことで、共同体全体の持続的な発展に貢献するという考え方が、V字型の投資パターンの根底にあると解釈できます。
もちろん、すべての日本企業が同じように行動するわけではありません。株主の構成も、この意思決定に作用します。短期的な利益を求める海外の投資家の比率が高い企業では、業績が目標を超過した際にR&Dを抑制する力が強く働き、V字の右側の上昇は緩やかになります。一方で、国内の金融機関や事業法人のような、長期的な関係性を重視する株主の比率が高い企業では、この互酬性の論理がより強く働くことが示唆されました。
脚注
[1] Dutton, J. E., Ashford, S. J., O’Neill, R. M., and Lawrence, K. A. (2001). Moves that matter: Issue selling and organizational change. Academy of Management Journal, 44(4), 716-736.
[2] Hoffman, A. J., and Ocasio, W. (2001). Not all events are attended equally: Toward a middle-range theory of industry attention to external events. Organization Science, 12(4), 414-434.
[3] Rerup, C. (2009). Attentional triangulation: Learning from unexpected rare crises. Organization Science, 20(5), 876-893.
[4] Tuggle, C. S., Schnatterly, K., and Johnson, R. A. (2010). Attention patterns in the boardroom: How board composition and processes affect discussion of entrepreneurial issues. Academy of Management Journal, 53(3), 550-571.
[5] O’Brien, J. P., and David, P. (2014). Reciprocity and R&D search: Applying the behavioral theory of the firm to a communitarian context. Strategic Management Journal, 35(4), 550-565.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

