ビジネスリサーチラボ

open
読み込み中

コラム

私たちを導くもの、縛るもの:アフォーダンスが語る技術の両義性

コラム

私たちの日常や仕事の風景は、テクノロジーによって描き変えられています。人工知能が判断を下し、ビッグデータが好みを予測し、バーチャルリアリティが現実を超える体験を提供し、ウェアラブルデバイスが身体の状態を記録する。これらの技術は、効率化や利便性の向上を約束し、未来に明るい光を投げかけているように見えます。しかし、光が強ければ、その裏側の影もまた濃くなるのかもしれません。

テクノロジーは、中立的な道具ではありません。それは私たちの働き方、学び方、組織のあり方、社会との関わり方を変容させる力を持っています。一つの技術がもたらす行動の可能性は、多くの場合、予期せぬ制約や課題と背中合わせです。ある人にとって飛躍の翼となる技術が、別の人にとっては見えない足枷となることもあります。私たちは、テクノロジーが持つ「両義性」から目をそらすべきではありません。

本コラムでは、異なる領域の技術実装を掘り下げた研究を手がかりに、テクノロジーがもたらす変革の光と影を多角的に探ります。公共部門の人工知能、民間サービスのビッグデータ、組織学習のバーチャルリアリティ、職場のウェアラブル技術。それぞれの現場で技術は何をもたらし、どのような問いを突きつけているのか。この探求が、私たちがテクノロジーとどう向き合うべきかを考える機会になればと思います。

AIのアフォーダンスは公共部門の変革を可能にし制約する

公平性と安定性が求められる行政などの公共部門にも、変革の波は押し寄せています。その鍵を握る技術が人工知能(AI)です。AIは行政サービスを効率的で質の高いものへ変える可能性を持っていますが、その導入は単純な道のりではありません。ヨーロッパの8つの公共部門組織で行われたAI導入プロジェクトを対象としたある事例研究は、その複雑な実態を浮き彫りにしています[1]

この研究は、技術導入の成否を「技術」「組織」「環境」の3側面から捉える枠組みと、技術が特定の行動を可能にしたり(アフォーダンス)、妨げたりする(制約)という関係性に着目する理論を組み合わせて分析を行いました。プロジェクト関係者へのインタビューや資料分析を通じて、公共部門でAIがどのように受け入れられ、変化を引き起こすのかを追跡しました。

分析から見えてきたのは、AI導入のプロセスが、従来のデジタル技術導入と共通する要因と、AIならではの特殊な要因の両方によって形作られるという事実です。

初めに技術的な側面です。AIの際立った特性は、データとの相互作用を通じて自ら学習し続ける能力にあります。この「継続的な学習プロセス」は、従来不可能だった、より精密で迅速なデータ分析を可能にします。そして、AI導入に不可欠な、組織内でデータを相互利用できる基盤の整備は、組織がデータに基づいて意思決定を行う文化への変革を促します。

しかし、この可能性は制約も生み出します。学習するAIの判断プロセスはブラックボックス化しやすく、結論に至った理由を説明することが困難になるという課題です。高品質なデータを継続的に収集・整備する基盤がなければ、AIはその能力を発揮できません。

続いて組織的な側面です。AIは組織の働き方を変える可能性を持っています。定型的な認知作業を自動化することで、職員はより創造的な業務に専念できるようになります。これは、職員が新しいスキルを身につけ、AIと共に働く新たなスタイルを学ぶ機会をもたらし、人間の意思決定能力を拡張することにもつながります。

その一方で、こうした変化は、既存の業務に慣れた職員からの抵抗を引き起こすこともあります。仕事がAIに奪われるのではないかという不安や、未知の技術への不信感は、導入を妨げる制約となり得ます。AIを道具としてだけでなく組織の一員と捉え、人間と機械の関係性を再構築することは容易ではありません。

さらに環境的な側面です。AIを活用すれば、市民一人ひとりのニーズに合わせたデータ駆動型の公共サービスを提供できる可能性が広がります。組織の壁を越えたデータ共有は、公共部門間の連携を深めることにも貢献するでしょう。

しかし、ここにも制約は存在します。市民がAIによる情報利用に不信感や恐怖心を抱けば、サービス導入の障壁となります。技術の進化に法律や社会のルール作りが追いついていない現状も、本格的な活用をためらわせる要因です。専門業者との安定的で長期的な協力関係を築き、維持していくことの難しさも指摘されています。

この研究が描き出すのは、公共部門におけるAI導入が、技術的な問題に留まらない、社会と技術が複雑に絡み合うプロセスであるという姿です。AIがもたらす変革の可能性は、判断の不透明性、職員の不安、市民の不信感といった制約と隣り合わせにあります。

BDAのアフォーダンスがサービスの個別化を可能にする

公共部門でAIが「市民一人ひとり」に合わせたサービスの可能性を拓く一方、民間企業では「顧客一人ひとり」の心をつかむための競争が繰り広げられています。この「サービスの個別化」の原動力が、ビッグデータアナリティクス(BDA)です。顧客がデジタル世界に残す膨大な足跡を収集・分析し、好みや次の行動を予測して最適なサービスを提供する。このメカニズムを解き明かした研究があります[2]

この研究は、保険、銀行、通信、電子商取引という4業界の企業を対象とした事例研究です。研究者たちは、BDA技術が持つ具体的な機能、いわば「物質性」に着目し、それらが組み合わさることで、どのようにサービスの個別化という行動の可能性(アフォーダンス)を生み出すのかを理論的に明らかにしようとしました。価値は企業が一方的に提供するものではなく、顧客との相互作用の中で生まれるという考え方を基盤に、現場で起きているイノベーションの実態を分析しました。

分析の結果、BDAがサービスの個別化を可能にする上で核となる6つの機能、すなわちデータの「収集」「保存」、出来事や行動の「認識・予測」、「ルール適用」、分析結果の「可視化」の存在が浮かび上がりました。これらの機能が連携することで、企業は顧客に対する全く新しいアプローチを手に入れます。

この研究では、これらの機能が可能にするサービスイノベーションが、大きく二つのタイプに分けられることを見出しました。

一つは、「顧客の状況に合わせたサービス提供の自動化」です。これは、システムが人間の介入なしに、独立して価値を創造する動きを指します。

ある保険会社では、家のセンサーが不法侵入を検知すると、システムが即座にそれを認識し、ルールに基づき警報を鳴らすなどの行動を自動的に実行します。これは、従来の事後対応から、損害を未然に防ぐ積極的な支援へとサービスを転換させます。銀行の事例では、顧客がサイトで住宅ローン計算ツールを繰り返し使う行動を検知し、「住宅ローンにご興味はありませんか」といったメッセージを自動で表示します。システムが顧客の意図を汲み取り、先回りして働きかけるのです。

もう一つのタイプは、「BDAが可能にする人間と物質的なサービスの連携実践」です。こちらは、システムが人間のサービス提供者を支援し、両者が協働することで、より高度な個別化を実現します。

別の保険会社の事例では、システムがウェブ情報から顧客のライフイベント(結婚など)を予測し、保険代理店に通知します。代理店は顧客のニーズが変わる絶好のタイミングで、適切な提案ができます。通信会社のコールセンターでは、担当者が顧客と話している最中に、システムがその顧客の過去の利用履歴を分析し、「次に提案すべき最適なプラン」などを画面に推奨します。これによって、担当者はデータに基づいた的確な対応が可能になります。

BDAは、顧客のデジタルの痕跡からその人物像を描き出し、サービスを「一人ひとり」に最適化されたものへと進化させます。その変革は、完全に自動化された形、あるいは人間の能力を拡張する形で進みます。サービスの個別化は、顧客に快適な体験をもたらす一方、私たちの行動が常にデータとして収集・分析される世界の到来を告げてもいます。

VRのアフォーダンスは課題や副作用と表裏一体である

データとアルゴリズム中心の世界から、私たちの「感覚」や「体験」に直接働きかける技術、バーチャルリアリティ(VR)に目を転じてみましょう。コンピューターが生成した三次元空間に没入するこの技術は、特に組織の人材育成やトレーニングでの応用が期待されています。しかし、その革新的な体験は、諸刃の剣となる可能性も秘めています。

組織内トレーニングにおけるVR活用に関して、2011年以降の学術論文50本を網羅的に分析したある研究は、この技術が持つ光と影を包括的に描き出しています[3]。この研究は、個別の成功事例ではなく、蓄積された知見を体系的に整理することで、VRがもたらす肯定的な可能性(アフォーダンス)だけでなく、「課題」や「副作用」にも焦点を当てています。技術導入は、利点と欠点を含めたシステム全体を俯瞰することが不可欠だという立場から、その複雑な実態に迫りました。

分析の結果、VRがトレーニングにもたらす肯定的な側面は数多く確認されました。最大の利点は、高い没入感と臨場感です。学習者は、現実の職場に近いシナリオに引き込まれ、学習意欲や満足度を感じることが報告されています。

とりわけ、現実では危険だったり高コストだったりする状況を、安全な環境で繰り返し体験できる点は大きな価値を持ちます。外科医の手術手技訓練や工場の安全教育など、特定のスキル習得とパフォーマンス向上への貢献が示されました。VR環境で学んだスキルが実際の職場で応用される「学習の転移」も確認されています。

しかし、その可能性の裏で、無視できない課題や副作用も浮かび上がりました。実践的な課題として、高価なハードウェアやコンテンツ開発コストが、予算の限られた組織の障壁となります。また、複雑な操作や非現実的なデザインは学習の妨げになります。VRトレーニングの成果を客観的に測定する共通指標が未確立なことも、価値を証明する上での課題です。

より深刻なのは、利用者の心身に直接現れる副作用です。最も頻繁に報告されるのが、乗り物酔いに似た吐き気や不快感を引き起こす「サイバー酔い」です。これは学習の継続を困難にし、体験の質を損ないます。技術的な不具合が学習者の集中を削いだり、デザインによってはモチベーションを低下させたりするケースも報告されています。社会的な側面からの懸念も指摘されます。現在のVRアプリケーションの多くは個人利用が前提のため、学習者同士が議論したり協力したりする、集団での学びの機会を制限してしまう可能性も否定できません。

この研究が明らかにしたのは、VRが学習体験を革新する可能性を持つ一方、その強力な没入体験が、身体的な不快感や社会的な孤立といった望ましくない結果と表裏一体であるという事実です。ある人には最高の学習ツールが、別の人には苦痛の原因にもなり得ます。

ウェアラブルのアフォーダンスは5つの利用者像を分かつ

従業員一人ひとりの身体に直接装着される技術、ウェアラブルデバイスに焦点を当てましょう。心拍数や活動量といった生理学的データを計測・分析する「フィジオリティクス」技術が、健康増進や安全管理を目的として職場に導入されるとき、人々はそれをどう受け止めるのでしょうか。その反応は決して一枚岩ではありません。ある研究は、従業員の内なる声に耳を傾け、その多様な視点を明らかにしました[4]

この研究は、従業員が職場におけるウェアラブル技術利用に対し、どのような認識の枠組み(メンタルモデル)を持っているのかを探ることを目的としています。そのために、人々の主観的な見方を体系的に明らかにするアプローチが用いられました。研究参加者は、ウェアラブル技術に関する様々な意見が書かれたカードを、「最も同意する」から「最も同意しない」まで、自らの考えに合うように並べ替えます。その並べ方のパターンを統計的に分析し、参加者の間に共通して存在する、特徴的な視点を浮かび上がらせるのです。

分析の結果、従業員が持つ視点は、大きく5つの異なるユーザータイプに分類されることが明らかになりました。そして、これらのタイプに共通する傾向として、多くの人が技術の肯定的な可能性よりも、プライバシー侵害や自己決定権の制約といった、否定的な側面をより強く意識している事実が浮かび上がりました。

第一のタイプは「自由を愛するユーザー」です。組織の目標よりも個人の自由と個性を重んじ、会社が個人的な事柄に介入することに強い抵抗感を抱きます。個人情報が悪用されることを懸念し、技術が個人の自律性を少しでも縛るものであってはならないと考えます。

第二のタイプは「個人主義のユーザー」です。公私の分離を望み、「健康は個人の責任である」という信念が強いのが特徴です。雇用主が個人情報を不利益に利用するのではという強い不信感を持ち、インセンティブがあっても参加には消極的です。自ら決定する権利が維持されることが絶対条件だと考えています。

第三のタイプは「シニカルなユーザー」です。企業が掲げる「従業員の健康のため」という表向きの理由の裏に、「従業員の監視と管理」という本当の狙いがあると見抜いていると考えています。この技術を操作道具と捉え、監視が強まることへの警戒心を抱いています。

第四のタイプは「技術から独立したユーザー」です。技術に過度に依存し、自分自身の感覚や判断力を信じられなくなることを恐れています。ウェアラブルデバイスのような複雑な技術より、労働時間短縮といった従来型の健康増進策を好みます。

第五のタイプは「バランサーのユーザー」です。他の四つとは対照的に、技術が持つ肯定的な可能性も認識しています。雇用主には従業員の健康を守る一定の責任があると考えており、技術導入に比較的肯定的です。しかし、同時に個人データを失う懸念も抱いており、利益とリスクを天秤にかけて判断しようとします。

この研究が示しているのは、ウェアラブル技術のような個人の身体性に関わるテクノロジーに対し、従業員の受け止め方が多様であるという事実です。その態度の背景には、プライバシーという単一の論点だけでなく、個人の自由、自己責任、会社への信頼、技術への依存といった、一人ひとりが持つ価値観が横たわっています。

脚注

[1] Maragno, G., Tangi, L., Gastaldi, L., & Benedetti, M. (2023). Exploring the factors, affordances and constraints outlining the implementation of Artificial Intelligence in public sector organizations. International Journal of Information Management, 73, 102686.

[2] Lehrer, C., Wieneke, A., vom Brocke, J., Jung, R., and Seidel, S. (2018). How big data analytics enables service innovation: Materiality, affordance, and the individualization of service. Journal of Management Information Systems, 35(2), 424-460.

[3] Yang, M., Miller, C., Crompton, H., Pan, Z., and Glaser, N. (2024). The Implementation of Virtual Reality in Organizational Learning: Attitudes, challenges, side effects, and affordances. TechTrends, 68, 111-135.

[4] Mettler, T., and Wulf, J. (2019). Physiolytics at the workplace: Affordances and constraints of wearables use from an employee’s perspective. Information Systems Journal, 29(4), 876-907.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

#伊達洋駆

アーカイブ

社内研修(統計分析・組織サーベイ等)
の相談も受け付けています