2026年2月9日
組織の「正統性」を科学する:社会から信頼される企業の条件とは(セミナーレポート)

ビジネスリサーチラボは、2025年12月にセミナー「組織の『正統性』を科学する:社会から信頼される企業の条件とは」を開催しました。
なぜ、ある企業の活動は社会から広く支持される一方で、別の企業の取り組みは厳しい批判にさらされるのでしょうか。製品やサービスの質、あるいは法令遵守といった要素だけでは、この違いを十分に説明することはできません。その背景には、組織と社会との間に存在する、目には見えない関係性が関わっています。
本セミナーでは、その関係性を解き明かすヒントとなる「正統性」という概念に焦点を当てました。正統性とは、ある組織の存在や活動が、社会の価値観や規範に照らして「望ましく、適切である」と認識されている度合いを指します。これは、顧客や従業員、投資家といった関係者からの支持を得て、組織が持続的に活動していくための基盤となります。
セミナーでは、具体的な研究事例を基に、この正統性という考え方を多角的に掘り下げました。新しい事業や組織が、実績のない状態からいかに社会的な信頼を獲得していくのか。組織が不祥事などの危機に直面した際、どのようなコミュニケーション戦略が信頼の回復につながるのか、あるいは意図せず裏目に出てしまうのか。
情報開示の効果が受け手の時間的な視野によって変わることや、一般社会と投資家とで同じ対応への評価が異なる現実にも触れます。採用における魅力の向上、従業員のエンゲージメント維持、企業文化の醸成といった人事領域の課題に対しても、正統性という視点から新たな示唆を得ていただくことを目的としています。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
採用競争の激化、従業員エンゲージメントの伸び悩み、企業文化の浸透の難しさ。人事の皆さんは、日々こうした複雑な課題と向き合っています。個別の施策を重ねても、なかなか解決に至らないと感じることはないでしょうか。これらの課題の根底には、組織と社会との関係性という共通のテーマが横たわっているかもしれません。
本講演が光を当てるのは「正統性」という概念です。これは、組織の存在や活動が社会から「望ましく、適切である」と認められているかの度合いを示す、いわば社会的な信頼の指標です。正統性という視点を持つことで、採用や組織開発といった人事の業務が、いかに企業の持続的な成長基盤を築く戦略的活動であるかが見えてきます。
そもそも「正統性」とは何か
組織の正統性とは、具体的に何を指すのでしょうか。正統性は、組織のあり方や活動が、社会全体の価値観や規範、信念、定義といったシステムに照らして「望ましく、相応しく、あるいは適切である」と広く認知されている状態を指します。これは単に法律を遵守しているといった形式的な正しさだけを意味するものではありません。法令遵守は正統性を構成する一要素ではありますが、それだけでは十分ではありません。
正統性は、もっと深く、人々の心の中にある「こうあるべきだ」という倫理観や、「それが社会の一員として当然だ」という認識に根差しています。要するに、社会から与えられる一種の「存在許可証」のような性質を持っています。この正統性という無形の資産は、組織の活動に影響を及ぼします。正統性が高い組織は、優れた人材を惹きつけ、顧客からの支持を高め、活動に必要な資金調達を容易にします。一方で、正統性を欠く組織は社会からの厳しい視線にさらされ、資源の獲得が困難になり、その存続自体が危うくなることもあります。
正統性という概念は、単一のものではなく、その性質によっていくつかの種類に分けて考えることができます。組織と社会との関係性を理解するためには、これらの違いを認識することが重要です。組織論の研究においては、正統性は主に「実利的正統性」「道徳的正統性」「認知的正統性」という三つに分類されています[1]。
第一に、一番わかりやすいのが「実利的正統性」というものです。これは、組織の活動が、それを見ている人々自身の直接的な利益にかなうかどうかという、実利的な観点からの評価に基づきます。例えば、ある企業が提供する製品やサービスが、顧客にとって価格以上の価値をもたらす場合、その企業は顧客から実利的な正統性を得ていると言えます。
人事領域で言えば、従業員にとって魅力的な給与水準や福利厚生、明確なキャリアパスを提供することは、従業員や求職者からの実利的正統性を高めることにつながるでしょう。人々は「この組織に所属することが、自分自身の利益になる」と判断することで、その組織を支持します。
第二に、より高い次元での評価として「道徳的正統性」が存在します。これは、短期的な損得とは無関係に、組織のゴールや活動、プロセス自体が、社会の価値観や倫理観のもとで「正しいことだ」と認められることで形成されます。例えば、環境保護を重要なミッションとして掲げる非営利団体や、出自に関わらず全ての人に公正な採用機会を提供する企業は、この種の正統性が高いと見なされます。
この評価は、組織の構造が社会規範に合っているか、活動のプロセスが透明で公正か、生み出される結果が社会全体にとって価値あるものか、といった多角的な視点からなされます。パーパス経営の実践や、社会貢献性の高い事業内容は、従業員が自社の存在に誇りを持ち、エンゲージメントを維持する上で重要な道徳的正統性の源泉となります。
第三に、最も強力な正統性が「認知的正統性」です。これは、組織のあり方やビジネスの進め方が、特に議論されることもなく「当然」のこととして、社会に広く認知されている状態のことです。その正しさが意識的に問われることすらない、いわば自明の存在となっている状態です。
例えば、私たちは日常的に「学校」や「病院」といった組織形態の是非を問うことはありません。それらは社会の風景に溶け込んでいます。企業で言えば、業界のリーディングカンパニーとして確固たる地位を築いている、あるいは誰もが知るブランドとして確立されている状態がこれにあたります。このような認知的正統性は、組織の安定性や権威性を示し、求職者や従業員に対して安心感や所属欲求を満たす効果を持ちます。
これらの三つの正統性は、それぞれ異なる論理で形成されますが、実際の組織はこれらの要素を複雑に組み合わせて社会からの信頼を構築しています。人事としては、自社が求職者や従業員に対して、これら三つの正統性をどのように提供できているか、そのバランスが適切であるかを検討することが、採用力の強化や従業員の定着率向上に向けた第一歩となるでしょう。
「信頼される存在」になるには
組織が社会から信頼される存在、すなわち正統性の高い存在となるためには、正統性を戦略的に獲得し、維持していく必要があります。ここでは、採用ブランディングや組織文化の醸成といった人事領域の課題に応用可能な三つの戦略について研究知見を基に解説します。
第一の戦略は、魅力的な「物語」を語ることです。とりわけ、まだ実績のない新しい事業や組織が、いかに社会的な信頼を獲得していくのかという問題において、物語は有用な役割を果たします。
ある研究では、新しい事業の正統性獲得における物語の機能が分析されました[2]。この研究では、事業の成功は、資源の獲得や優れた戦略だけでなく、説得力のある物語を語るという活動に左右されると捉えられています。物語は、事業の「アイデンティティ」、すなわち「私たちは何者で、どこへ向かうのか」という認識を形作り、それが社会に受け入れられることで正統性が生まれ、結果的に投資家や有能な人材といった必要な資源の獲得につながるという循環が描かれます。
この研究によれば、信頼を勝ち取る物語には、聴衆の価値観や信条に訴えかけ、「もっともらしい」と感じさせることが必要です。その上で、語られる内容は二つの方向性をバランス良く含むべきだとされています。一つは、その事業がいかに「ユニーク」で他にはない価値を持つかを強調する方向性。もう一つは、既存の業界のルールやカテゴリーにいかに「適合」しているかをアピールする方向性です。
この「独自性」と「適合性」のバランスを、事業の置かれた状況に応じて見極めることが重要となります。例えば、著名なハイテク起業家は、新しい会社を立ち上げる際に、有名なベンチャーキャピタルや一流企業の名前を自社の物語に織り交ぜることで、まだ実績のない会社の信頼性を高め、巨額の資金調達に成功しました。
これは人事の領域にも応用できます。採用面接や社内広報の場で、自社のビジョンを、事実の羅列ではなく、共感を呼ぶ一貫した物語として語ることができているか。その物語は、企業の独自性と社会的な適合性の両方を示せているか。これらの問いは、企業の魅力を高める上で有用です。
第二の戦略は、「横並び」になること、すなわち「同型化」です。独自性や差別化が強調される現代において、他社と同じような戦略をとることは一見すると消極的に思えるかもしれません。しかし、正統性の獲得という観点からは、この同型化が有効な手段となることが研究によって示されています。
米国の商業銀行を対象として行われた調査では、組織が業界の多数派と同じような戦略や慣行を採用することが、正統性にどのような影響を与えるかが検証されました[3]。この調査では、正統性を二つの異なる源泉、すなわち「規制当局」と「一般社会」から測定しました。
規制当局からの正統性は、当局による財務資本評価や行政措置の有無で、一般社会からの正統性は、地元の新聞記事が各銀行の活動を支持しているか、あるいは疑問を呈しているかで測定されました。そして、各銀行の戦略が、業界全体の平均的な戦略とどれだけ似ているかという「同型化」の度合いが計算され、二つの正統性との関連が分析されました。
分析の結果、銀行の戦略が業界平均に近い、要するに同型性が高いほど、規制当局による評価は一貫して高く、行政措置を受ける可能性も有意に低いことが明らかになりました。同じく、業界標準に近い銀行であるほど、メディアからも肯定的に扱われるという関係が見られます。この結果から分かるのは、組織が業界の「標準」から外れないことそのものが、外部評価者に対し「この組織は理解しやすく、受容できる存在である」というシグナルになるということです。
これを人事制度に当てはめて考えてみましょう。例えば、近年多くの企業で導入が進んでいるテレワークや育児休業制度などを自社でも採用することは、求職者や社会に対して「この会社は現代の働き方の標準を理解している、きちんとした会社だ」という認知、すなわち正統性を得るためのシグナルとなります。もちろん、独自性の追求は重要ですが、社会的な期待に応えるための同型化とのバランスを取ることが、組織の信頼を築く上で求められます。
第三の戦略は、自社の「居場所」を明確にすること、すなわち「カテゴリー化」です。私たちの社会は、会社を業界で分けるなど、数多くのカテゴリーが使われ成立しています。分類は、複雑な世界を理解し評価するための手がかりです。どのカテゴリーにも属さない曖昧な存在は、他者から正しく理解されず、評価の対象から外されてしまう危険性があります。
この仕組みを株式市場で実際に調べた研究を紹介します[4]。研究の中心的な主張は、市場参加者から「何屋なのかが分かりにくい」と見なされた企業は、その実力とは無関係に、株価が不当に低く評価される「非正統性の割引」というペナルティを受けるというものです。
仮説を検証するため、1985年から1994年までのアメリカ上場企業が対象とされました。企業のアイデンティティが市場で混乱している度合いは、企業が自ら主張する事業内容と、実際にその企業を分析対象としている証券アナリストの専門分野がどれだけずれているかという「カバレッジのミスマッチ」によって測定されました。そして、このミスマッチの度合いと、企業の株価が理論値と比べてどう評価されているかという指標との関連が分析されました。
その結果、カバレッジのミスマッチが大きい、すなわちアイデンティティが曖昧な企業ほど、株価が統計的に有意に低く評価される「非正統性の割引」を受けていることが確認されました。このペナルティは、企業の実際の業績とは独立して存在していました。
こうした知見は、採用市場にも通じるものがあります。求職者にとって、アイデンティティが曖昧な企業は、キャリアパスを想像しにくく、選択肢から外れやすくなります。「安定した伝統企業」なのか、「急成長中のベンチャー企業」なのか、自社が採用市場においてどのカテゴリーで認識されたいのかを定義し、それに沿ったコミュニケーションを一貫して設計することが、求職者からの正しい理解と評価を得るために求められます。
もし信頼が揺らいだら?
どれだけ堅実に正統性を築き上げてきた組織であっても、不祥事や社会環境の変化によって、その信頼が揺らぐ危機に直面することがあります。人事担当者であれば、労務問題、ハラスメント、SNSでの批判といった事態に直面する可能性は決して低くありません。正統性の危機に際して、組織はどのようにコミュニケーションをとり、信頼を修復していくべきでしょうか。ここでは、危機対応における原則と注意点について、研究知見を基に解説します。
危機対応における第一の原則は、問題を否定するのではなく「承認」することです。組織が社会から批判される事態に直面した時、どのような語り口が信頼をつなぎ止めるのかを明らかにするため、カリフォルニアの畜産業界を舞台に行われた調査があります[5]。当時、ホルモン剤使用などで批判にさらされていた業界が、どのように自らの立場を説明したかが分析の対象です。
業界団体の担当者への聞き取りやメディアの記事から集められた説明は、その「形式」と「内容」によって分類されました。形式には、問題との関わりを完全に切り離そうとする「否定」と、好ましくない出来事が起きたこと自体は認める「承認」の二つがありました。
調査では、これらの様々な説明を専門家(新聞記者や政治家など)に提示し、業界に対する認識がどう変化するかを尋ねました。その結果、語りの形式では、「承認」が「否定」より高い評価となりました。問題を真っ向から否定する態度は、自己中心的で言い逃れをしているという印象を与えたのに対し、問題が起きたことを認める態度は、誠実に向き合おうとしていると受け取られました。
この結果は、その後の企業管理職を対象とした実験でも裏付けられました。不祥事対応の初期段階において、まず問題が起きたという事実を認める姿勢を示すことが、信頼回復に向けた全てのプロセスの出発点となります。
第二の原則は、「自社の論理」よりも「社会の規範」を語ることです。先の畜産業界を対象とした調査では、説明の「内容」についても分析が行われました。内容には、組織運営の効率性や経済合理性に焦点を当てる「技術的特徴」への言及と、政府の規制や大学との共同研究、業界基準といった社会的に広く認められた規範や慣行を引き合いに出す「制度的特徴」への言及の二つのタイプが見出されました。
専門家への聞き取りや実験の結果、内容については、「制度的特徴」への言及が「技術的特徴」への言及を上回る評価を得ました。政府の基準といった社会的なお墨付きに言及することは、組織の行動が独りよがりではなく、社会規範に則っていることの証明として機能し、信頼性を高めました。一方で、「コスト削減のため」「効率化のため」といった技術的・経済的な説明は、業界の利益を優先する自己中心的な主張と見なされる傾向がありました。
このことから、危機対応においては、自社内部の論理で正統性を主張するのではなく、その対応が社会的に合意されたルールや専門家の意見に則っていることを示す語りが、信頼回復の鍵となることが分かります。
しかし、危機対応のコミュニケーションには注意すべき点もあります。一つ目の注意点は、誰からの信頼を問題にしているのかによって、「正解」は異なるという事実です。ある組織の行動が、一方のグループからは称賛され、もう一方からは非難されるという事態は実際に起こり得ます。
この点を明らかにしたのが、1990年から2002年にかけて、アメリカ企業が「スウェットショップ(劣悪な労働環境の工場)」の使用を告発された126件の事例を分析した研究です[6]。この研究では、企業の対応が「ウォールストリート(投資家)」と「メインストリート(一般大衆)」という、価値観の異なる二つの視点からどう評価されたのかが比較されました。企業の防衛戦略は主に「否定」「反抗」「分離(問題を一部に限定し切り離す)」「順応(告発を認め方針を変更する)」の四つに分類されました。
メインストリートからの評価はメディア報道の論調で、ウォールストリートからの評価は株価の変動で測定されました。分析の結果、メインストリートは、「否定」や「反抗」といった戦略を責任逃れと見なし、企業の評価を悪化させました。そして興味深いことに、「順応」や「分離」でさえ、一度失われた評価を積極的に回復させる力はありませんでした。
一方でウォールストリートの反応は全く異なりました。「分離」という戦略のみ、株価に対してプラスとなる変動が見られました。投資家は、この対応を「問題の範囲は限定的で、経営陣が迅速かつ低コストで事態を管理している」というシグナルとして好意的に解釈しました。この分析が示すように、企業の正統性防衛策に万人にとっての正解はありません。社内の従業員、顧客、投資家など、誰に、何を伝え、どのような信頼を回復したいのかを慎重に見極め、ステークホルダーごとにコミュニケーションを設計する必要があります。
二つ目の注意点は、正統性を得ようとする行為自体が、かえって逆効果になりうるという点です。これは「自己宣伝のパラドックス」と呼ばれる現象で、組織の正統性が低いと認識されている時ほど、その組織は躍起になって自らの正統性を主張しますが、聴衆はその必死のアピールを「何か裏があるのではないか」と割り引いて聞いてしまうというものです。正統性が低いという事実そのものが、回復努力の説得力を削いでしまうのです。
ある理論研究では、この悪循環の中で組織が陥りがちな不適切な自己弁護の姿を三つに分類しています[7]。第一は、批判者のプライベートを調査するなど、社会的に非難される手段に手を出してしまう「不器用な俳優」。第二は、批判に過剰に防衛的になり、紋切り型の応答を繰り返すだけで核心的な対話を避ける「神経質な俳優」。第三は、自社の美点や正しさを過度に誇張し、感情的な言葉で一方的にアピールする「オーバーアクトする俳優」です。
これらの行動は、いずれも信頼回復という目的とは裏腹に、聴衆の不信を増幅させ、さらに正統性を低下させる結果を招きます。必死な自己弁護は、正統化という営みが持つ「両刃の剣」の側面を露呈させます。
おわりに
本講演では、組織と社会との関係性を読み解くための概念である「正統性」について、その定義から、獲得、維持、修復の戦略に至るまで解説してきました。正統性とは、単なる評判やイメージといった曖昧なものではなく、企業の持続的な成長を支える「社会からの信頼」という、現実的な価値を持つ無形資産です。
そして、その管理は人事の様々な業務とも結びついています。採用活動における魅力的な物語の構築、求職者に安心感を与えるための業界標準に合わせた制度設計、従業員のエンゲージメントを高める企業文化の醸成、さらには信頼が揺らいだ際の危機対応まで、それらは組織の正統性を形成するプロセスの一部です。正統性という概念は、これらの多様な人事活動を「社会からの信頼獲得」という一つの軸で捉え直し、一貫した戦略の下で統合するための視点を提供します。
本講演を聞き終えた皆さんが、自身の職場で「私たちの会社の『正統性』は、求職者や従業員、社会からどのように見えているだろうか」あるいは「私たちが日々発信するメッセージは、社会からの信頼を高めることに貢献しているだろうか」といった対話を始めるきっかけとなれば幸いです。
Q&A
Q:不人気業界に属しており、社会的な道徳的正統性を主張しにくいのが現状です。業界のイメージがネガティブな場合、どのように自社の魅力をアピールし、正統性を獲得すればよいのでしょうか。
重要な前提として、無理に実態と乖離したアピールをしないことです。実態とかけ離れた社会貢献などを無理に謳うと、「自己宣伝のパラドックス」に陥り、かえって「何か隠しているのでは」と不信感を招き、逆効果になりかねません。
ではどうすべきか。業界の不人気な背景には構造的な課題があるはずです。第一の原則「承認」に立ち返り、課題を隠さず率直に認めることが重要です。課題を放置せず解決したいと考えているはずです。その姿勢が大切です。「課題はありますが、解決に向けてこう取り組んでいます」と、改善プロセスを「物語」として提示するのです。ネガティブな要素を隠すのではなく、誠実に向き合う姿勢を見せることで、「嘘をつかない誠実な企業」という信頼と正統性の獲得につながります。
Q:弊社では出社回帰の方針を出し、「他社も戻しているから」と説明しましたが、社員の納得感が薄く反発があります。どう説明すれば信頼を失わずに済むでしょうか。
講演で「同型化」の有効性を話しましたが、それを理由に説明することと、正統性の獲得はイコールではありません。「他社がやっているから」という説明だけでは、社員に「何も考えていない」「思考停止だ」と受け取られ、信頼を損なう恐れがあります。このようなケースでは、他社への同調よりも「独自性」の訴求が重要でしょう。自社の文化や業務において、なぜ今対面が必要なのか。独自の「物語」を語る必要があります。
また、もし社員が負担増を懸念しているなら、手当や環境改善など「実利的正統性」で応えることも検討すべきでしょう。他社の論理ではなく、自社独自の理由と言葉で誠実に語りかけることが信頼回復への第一歩になると思います。
Q:認定取得に工数を割いていますが、現場からは「仕事が増える」と不評です。第三者認証の取得は、採用や定着においてコストに見合う効果があるのでしょうか。
認証取得と現場負担のジレンマですね。第三者認証は正統性の観点からすれば意義があります。これは組織の「制度的特徴」にあたり、外部への信頼のシグナルとなります。求職者やその家族は内部事情を深くは知り得ないため、客観的な認証は「この組織は信頼に値する」と示す正統性の源泉になります。
現場の不満に対しては、丁寧な説明が不可欠です。「認証取得で採用力が上がり、優秀な人材が入れば、結果的に業務負担も減り働きやすくなる」という、自分たちへのメリットを伝える必要があるでしょう。自分たちの未来を良くする投資であると理解を求めていく姿勢が求められます。
Q:大手の真似をして流行の制度を入れたものの、運用できずに廃止する中小企業をよく見ます。リソースが限られる中、「あえて真似しない」という選択を正当化し、魅力に変えることは可能でしょうか。
事情が異なるのに安易に真似をする「同型化」は、歪みを生むという鋭い指摘ですね。「あえて真似しない」選択を魅力に変えることは十分可能だと思いました。
制度が整っていないことは一見ネガティブですが、「物語」次第で価値になります。例えば、「大手のように制度は完璧ではありません。だからこそ、自律的に働き、組織を自分たちの手で作れる面白さがあります」と、「未完成であること」を「自由」や「手作り感」という独自性として語り直します。
そうすれば、その風土に合った人材が集まりやすくなります。大企業と同じ制度でなくとも、自社の現状に合わせた独自の物語を紡ぐことで、正統性は十分に確保できます。
脚注
[1] Suchman, M. C. (1995). Managing legitimacy: Strategic and institutional approaches. Academy of Management Review, 20(3), 571-610.
[2] Lounsbury, M., and Glynn, M. A. (2001). Cultural entrepreneurship: Stories, legitimacy, and the acquisition of resources. Strategic Management Journal, 22(6-7), 545-564.
[3] Deephouse, D. L. (1996). Does isomorphism legitimate? Academy of Management Journal, 39(4), 1024-1039.
[4] Zuckerman, E. W. (1999). The categorical imperative: Securities analysts and the illegitimacy discount. American Journal of Sociology, 104(5), 1398-1438.
[5] Elsbach, K. D. (1994). Managing organizational legitimacy in the California cattle industry: The construction and effectiveness of verbal accounts. Administrative Science Quarterly, 39(1), 57-88.
[6] Lamin, A., and Zaheer, S. (2012). Wall Street vs. Main Street: Firm strategies for defending legitimacy and their impact on different stakeholders. Organization Science, 23(1), 47-66.
[7] Ashforth, B. E., and Gibbs, B. W. (1990). The double-edge of organizational legitimation. Organization Science, 1(2), 177-194.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
