2026年2月6日
成果を生む目標:目標設定理論が示す「難しさ×具体性」の効果

目標設定理論(Goal Setting Theory)は、明確で難易度の高い目標を設定することが人のパフォーマンスを向上させるという動機づけ理論です。1960年代後半にエドウィン・ロックとゲイリー・レイサムによって提唱され、以降の数十年で数多くの実証研究によって支持されてきました。
この理論を理解するためにまず押さえておきたいことは2つです。1つ目は、人を動かすのは外からの刺激だけではないということ。そして2つ目は、具体的で難しい目標こそが、私たちの力を引き出してくれるということです。
1900年代半ばまでの心理学は、行動主義が主流であり、外から与えられる刺激が人の行動を左右すると考えられていました。これは例えば、「給料が上がる」といった外部からの働きかけがあると、人はそれに応じて「もっと働く」という行動を取りやすくなるとする、単純なモデルが考えられていたということです。
しかし、人の心の動きである認知が重要視されるようになると、「人間は自分でこうしようと思うから動く」という考えが大きくなってきました。モチベーションの出どころは上司や環境といった外部ではなく、従業員本人の内部(目標への意識)にあると考えられるようになったのです。
その流れの中で、単に目標をもつだけでなく、どのような目標がもっとも効果的かということが検討されてきました。その中でロックたちが発見した法則は「具体的かつ困難な目標」がパフォーマンスを高めるということでした。
マネジメントの役割は、「部下をどう動かすか」から「部下が効果的な目標を持てるようにどう支援するか」へと変わってきました。本コラムでは、このマネジメントが目指すものの理論的根拠となる目標設定理論について解説します。
目標設定理論の中心原則は難しさと具体性
目標の難しさと成果の関係
目標設定理論における主要な発見の一つが、目標の難しさとパフォーマンスの関係です。直感的には「あまりに難しすぎる目標はかえってやる気を削ぐのではないか」とも思われるかもしれませんが、目標の困難度が高まるほど、それに比例してパフォーマンスも高まることが研究で示されました。すなわち、より困難な目標を設定するほど、人々は高い努力を払い、結果として高いパフォーマンスを上げる傾向があるということです。
従来は、難しすぎても簡単すぎても意欲が下がり、中くらいの難易度が最もパフォーマンスを引き出すと考えられていました。しかし、目標設定理論はこの常識を覆しました。目標の難易度とパフォーマンスの関係を調べた12の研究をレビューした研究では、目標が難しいほど、パフォーマンスレベルが高くなることが示されたのです[1]。
それでは、目標設定理論をもとに行われた研究では、困難な目標が高いパフォーマンスにつながったのはなぜでしょうか。その理由は、中程度の目標を与えられた人よりも難しい目標を与えられた人の方が、その目標を諦めずに受け入れた場合、達成のためにより大きな努力をするためだと考えられました。
困難な目標に対して、達成不可能だと判断すると、努力を続けることは難しくなり、パフォーマンスも低下します。しかし、目標が困難であっても達成可能だと判断すれば、人はその困難な目標を達成できるだけの努力を費やし、結果としてパフォーマンスが高くなるのです。つまり、目標を達成できないと諦めてしまう状況でなければ、目標は難しいほどパフォーマンスが高くなるということです。
この目標の難易度とパフォーマンスの関係について、目標を示された人が、目標を受容しているかという観点から調べた研究があります[2]。この研究では、ある研修コースに参加している技術者を対象とし、一定時間内に並んだ記号の中から指定されたものを見つけ出す知覚課題を実施しました。そして目標を参加者に示し、その難易度を段階的に上げていって、目標の受容度とパフォーマンスを測定しました。
結果として、まず、目標の難易度が高くなると、受容度も低くなりました。そして参加者が目標を受容している場合には、目標の難易度が高いほどパフォーマンスが高いという関係が示されました。
しかし、難易度が高くなりすぎて参加者が目標を受け入れられなくなった場合には、目標の難易度が高いほどパフォーマンスが低いという関係に変化しました。示された目標が、その目標を達成しようとする本人にとって受容できるものであることが、困難な目標が高いパフォーマンスにつながるために必要であることが示されたのです。
目標の具体性と成果の関係
目標設定理論のもう一つの重要な発見は、具体的な目標がパフォーマンスを高めるということです。「ベストを尽くす“Do your best”」というあいまいな目標よりも、「月間売上100万円」「誤字率1%以下」といった具体的で測定可能な目標の方が、高いパフォーマンスにつながります。
上記のレビュー論文では、この目標の具体性についても研究結果がまとめられています。8つの研究のうち、6つの研究において、具体的かつ明確な目標を目指した人は、「ベストを尽くす」という目標を目指した人よりも有意に高いパフォーマンスを示したことが明らかにされました[3]。
具体的な目標が高いパフォーマンスにつながる理由として、具体的な目標は努力を持続させることができるということが挙げられます。最初はやる気に満ちていたとしても、取り組んでいる課題が時間がかかるものであれば、後半になると疲労が出てきます。このときに明確な数値の目標などがあれば、「ここまで頑張ろう」と努力を維持しやすくなります。
しかし、目標があいまいな場合には、自分のこれまでの努力によってどれだけ目標に近づいてきたのかも、あとどれだけ頑張ればよいかも分かりません。そうすると、モチベーションを維持できず、「もう十分頑張った」とエネルギーの節約に向かう可能性が出てきます。
以上の理由から、困難でありながら達成可能な水準の目標と、具体的な目標を組み合わせることで、人はより大きい努力を引き出せるようになります。こうした努力の高まりと持続が、最終的にパフォーマンスを大きく向上させるのです。
実際の業務における目標設定理論の実証研究
目標設定理論の有効性を実際の業務で調べた研究もあります[4]。この研究は、アメリカの6つの企業の製材所のトラック運転手を対象とした研究で、36台の木材運搬トラックの積載量を1年間調べるというものでした。
トラックの積載量が最大積載量を大幅に下回っていた状態から実験は始まり、最初の3ヵ月は「ベストを尽くす」というあいまいな目標を示しました。そしてその後の9ヵ月間は、最大積載量の94%までトラックに木材を積むという、困難ではあるものの達成可能な目標が示されました。
純粋に目標の設定の影響を調べるために、パフォーマンスが向上しても言葉による称賛以外の報酬は提供されず、パフォーマンスが急激に向上してから低下した場合でも罰がないことがトラックの運転手に説明されていました。また、監督者やトラックの運転手に特別な訓練が行われるということもありませんでした。つまり、環境や評価制度は一切変えず、目標だけを明確で難易度の高いものに変化させました。
その結果、「ベストを尽くす」という目標を与えられていた頃は60%程度だった平均積載率が、94%の積載率を目指すという困難な目標導入後から向上し始めました。そして困難な目標が導入された3ヵ月後には、積載率は90%近くにまで上がり、その高水準がその後も持続したのです。
この研究は「目標」という要因を変えるだけで、現場の行動と成果が大きく改善することを示した実証例だと言えます。そして、こうした効果が一時的なものではなく、時間が経っても高い水準のまま維持されたという点で、目標設定理論の実務的な強さを示しています。
目標設定の効果を左右する調整要因
目標の難易度が高く具体的であることと、成果の関係を見てきましたが、目標を設定すれば必ず成果が出るわけではありません。ロックとレイサムによる、35年間の目標設定理論の実証研究の結果を整理した研究では、目標設定の効果を左右する要因として、目標へのコミットメント、フィードバック、そしてタスクの複雑性が挙げられています[5]。
目標へのコミットメント
目標とパフォーマンスの関係は、目標にコミットしているときに最も強くなります。難しい目標ほど、高い努力や粘り強さが必要になるため、コミットメントの有無が結果に影響します。難易度の高い目標がパフォーマンスを高めるメカニズムは、人は困難な目標に対してはそれを達成できるだけの努力を費やし、結果としてパフォーマンスが高くなるというものです。この努力を引き出すためには、目標へのコミットメントの高さが必要になります。
このコミットメントを高める要因として2つの要因があげられています。1つ目は、目標を達成しようとする本人にとって、目標達成が重要であると感じられることです。
目標の重要性を高める方法には、例えば、会議などでチームのメンバーと目標を共有して、「やると言ったからにはやらなければいけない」という心理状態をもつことがあげられます。約束を守って、他者から誠実な人であると見られたいという人間の心理から、目標に対するコミットメントを高めることができます。
また、リーダーが「なぜこの目標が重要なのか」を筋の通ったストーリーで説明し、支援的な行動をとることも、部下が目標に対して抱く意味や価値を高め、コミットメントを強化すると考えられます。
コミットメントを高める要因の2つ目は、自己効力感の高さです。本人が「自分には達成できる」と信じている場合には、困難な目標が成果につながると考えられています。自己効力感が高ければ、困難な目標であっても、達成できると信じることができます。
先に説明した通り、目標の難易度とパフォーマンスの関係において、目標達成を目指す本人が目標を受容していることが重要になってきます。困難な目標を達成できるという期待は、目標の受容を促進するため、達成できたら価値があると考えられる難易度の高い目標へのコミットメントを高めるのです。
自己効力感を高める方法としては、十分な訓練を提供して成功経験を積ませることや、ロールモデルを示したり、他者の成功例を見せたりすることがあげられます。また、「あなたならできる」と説得的に伝えるとともに、具体的な戦略やコツを指導することも有効です。
フィードバック
目標が効果を持つためには、目標に対する進捗を教えてくれるフィードバックが不可欠です。目標を設定したとしても、進捗状況が把握できない場合には、努力のレベルや方向性を調整したり、目標を達成するために必要な行動戦略を修正したりすることはできません。
目標とフィードバックの組み合わせが、目標設定単独よりも効果的であることを調べた研究が行われています[6]。学生を、自分の成績が他者と比べてどの位置にあるかがフィードバックされる群と、フィードバックが行われない群に分け、数字のリストの中から不一致の箇所を探す課題を行う実験が実施されました。
この実験の結果、フィードバックが行われた群では目標の難易度が高いほど成績が高いという関係が示されました。一方で、フィードバックが行われなかった群では、目標の難易度と成績の関係は認められませんでした。
高い目標があれば良いわけではなく、フィードバックがあることが、目標設定が成績に良い影響を及ぼすために重要となります。この研究は、フィードバックを伴うことによって、人は自己の状態を把握し、それに沿って自分の努力を調整できることを示しています。
タスクの複雑性
単純作業では難易度の高い目標がパフォーマンスを高めますが、複雑なタスクでは効果が小さくなることが指摘されています。
125の研究を対象としたメタ分析により、タスクの複雑性が、目標設定とパフォーマンスの関係にどのような影響を与えるかが明らかになりました[7]。分析の結果、「具体的かつ困難な目標」は基本的にパフォーマンスを高める効果をもちますが、タスクが複雑になると、その効果は小さくなってしまうことが分かったのです。
この違いには、目標達成のための「方略(やり方)」が関係しています。単純なタスクであれば、やるべきことは明確なため、頑張って努力することがそのまま成果(パフォーマンス)に直結します。しかし、複雑なタスクでは、ただ頑張るだけではうまくいきません。どの方略を使うかが重要になるため、目標の難易度そのものよりも、選択した方略の良し悪しが結果を左右するのです。
また、複雑なタスクでは、目標設定がまず方略の探索を促し、その結果としてパフォーマンスが上がるというプロセスをたどるため、効果が出るまでに時間がかかることもあります。
それでは、複雑なタスクにおいては、どのような目標設定が効果的なのでしょうか。1つ目は、新しい方略やスキルの習得自体を目標にすることです。いきなり成果を求めると、必要な知識や方略の獲得がおろそかになりがちです。まずは学習に高い目標を設定することで、結果的にパフォーマンス向上につながります。
2つ目は、遠くの目標よりも近い目標を設定することです。「最終的にここまで」という遠いゴールだけでなく、「今期はここまで」という短期的な目標を置くことで、うまくいっていない部分やその理由を早期に発見して、方略を軌道修正することが可能になります。
注意すべき副作用
「具体的かつ困難な目標」がパフォーマンスを高める。この理論は分かりやすく実践的ですが、一方で注意すべき副作用も指摘されています[8]。目標が組織に害をもたらさないよう、気をつけると良い4つの問題点を見ていきましょう。
1つ目は、視野が狭くなってしまうことです。目標への集中はパフォーマンスを高める反面、過度になりすぎると、目標とは直接関係ないものの重要な要素を見失う原因になります。
例えば、売上数値だけに集中するあまり、サービスの品質や長期的なブランド価値を損なってしまうことや、あるいは、個人の契約数に固執してチームワークを軽視してしまうといったことです。測定しにくい定性的な価値や、長期的な視点が埋もれてしまっていないか、常に注意が必要です。
2つ目は、非倫理的な行動の助長です。努力しても目標に届かない時、不正な方法で業績を上げたり、数字を操作したりして「達成したことに見せかけよう」とする動機が生まれやすくなります。不必要な提案で費用を請求したり、架空の売上を報告したりといった不正行為です。「目標未達は許されない」という空気が、不正を正当化させてしまわないよう、組織風土への配慮が重要になります。
3つ目は失敗時の自己効力感の低下です。困難な目標は、達成できなかった時のダメージも大きくなります。例えば契約の交渉において、客観的には好条件で契約できたとしても、「目標に届かなかった」という事実が満足度を下げてしまうのです。自己効力感が下がると、次の仕事への意欲に影響が出ることもあります。長期的にはモチベーションダウンにつながるため、適切な目標設定が鍵となります。
そして4つ目は、内発的動機づけの低下です。本来、この理論は本人の内側にある目標への意識を重視するものでした。良かれと思って数値目標を明確にしても、運用の仕方によっては思わぬ副作用が生まれることがあります。もともと仕事そのものにやりがい(内発的動機)を感じていた領域まで、数値ノルマ(外発的動機)に置き換えられてしまうと、かえってやる気が削がれてしまうのです。数値そのものが悪いわけではありませんが、過度に数値に偏ると、内発的な動機づけを損ない、モチベーションの低下を招くおそれがあります。
目標設定理論が示してきたことは、明確で挑戦的な目標が、パフォーマンスを上げる強い原動力になるという事実です。ただし、その効果は自動的に生まれるものではありません。
目標が本人にとって意義あるものとして受け入れられ、進捗を把握しながら前に進める環境があってこそ、困難な目標は努力と成長を引き出します。逆に、その土台を欠けば副作用が生じかねません。
マネジメントの役割は、単に数値を掲げることではなく、目標が健全に機能する土台を整え、従業員が自らの力を発揮できる状態をつくることにあります。適切に設計された目標こそが、組織と個人を成長させる強力なツールとなるのです。
脚注
[1] Locke, E. A. (1968). Toward a theory of task motivation and incentives. Organizational behavior and human performance, 3(2), 157-189.
[2] Erez, M., & Zidon, I. (1984). Effect of goal acceptance on the relationship of goal difficulty to performance. Journal of applied psychology, 69(1), 69.
[3] 脚注1(Locke, 1968)と同じ
[4] Latham, G. P., & Baldes, J. J. (1975). The practical significance of Locke’s theory of goal setting. Journal of Applied Psychology, 60(1), 122.
[5] Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American psychologist, 57(9), 705.
[6] Erez, M. (1977). Feedback: A necessary condition for the goal setting-performance relationship. Journal of Applied psychology, 62(5), 624.
[7] Wood, R. E., Mento, A. J., & Locke, E. A. (1987). Task complexity as a moderator of goal effects: A meta-analysis. Journal of applied psychology, 72(3), 416.
[8] Ordóñez, L. D., Schweitzer, M. E., Galinsky, A. D., & Bazerman, M. H. (2009). Goals gone wild: The systematic side effects of overprescribing goal setting. Academy of Management Perspectives, 23(1), 6–16.
執筆者
西本 和月 株式会社ビジネスリサーチラボ アソシエイトフェロー
早稲田大学第一文学部卒業、日本大学大学院文学研究科博士前期課程修了、日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。修士(心理学)、博士(心理学)。暗い場所や狭い空間などのネガティブに評価されがちな環境の価値を探ることに関心があり、環境の性質と、利用者が感じるプライバシーと環境刺激の調整のしやすさとの関係を検討している。環境評価における個人差の影響に関する研究も行っている。
