2026年2月6日
「測って終わり」にしない:組織サーベイの価値を決めるフィードバックの設計(セミナーレポート)

ビジネスリサーチラボは、2025年12月にセミナー「『測って終わり』にしない:組織サーベイの価値を決めるフィードバックの設計」を開催しました。
多くの組織で、従業員の意識や組織の健全性を把握するために従業員サーベイが実施されています。しかし、その結果を集計・分析し、報告書を作成した段階でプロジェクトが一区切りとなり、具体的な行動変容にまでつながっていないケースは少なくありません。
サーベイの価値を決定づけるのは、データを分析した「後」に始まるプロセスです。調査結果をいかに共有し、職場での議論を促し、行動計画へとつなげていくかという一連の活動が、サーベイの成否を分けます。
例えば、調査結果を経営層から現場へと階層的に下ろしていくだけの方法では、「上から問題点を指摘された」という受け止め方になりやすく、現場の当事者意識を育むのが難しい場合があります。また、ある事例では、サーベイを基にした業務改善策が実行され業績が向上したにもかかわらず、従業員の満足度や会社への評価は改善しなかったという結果も報告されています。これは、フィードバックの「プロセス設計」の重要性を示唆しています。
本セミナーでは、組織サーベイのフィードバックに焦点を絞り、いかに組織変革の対話を生み出すかを研究知見に基づき解説しました。組織サーベイを「診断」で終わらせず、組織を動かす力に変えるためのヒントを提供しました。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
多くの組織で組織サーベイが実施されていますが、人事担当者にはジレンマがあります。サーベイ実施時に現場に生まれる「期待」が、フィードバックが遅れると「失望」に変わってしまうのです。私たちはサーベイを「診断」と捉えていますが、アンケートを配った瞬間から、それは組織への「介入」です。この「介入」をネガティブなものにせず、組織を動かす「ポジティブな対話」へと設計し直すことが重要です。本講演では、「測って終わり」にしないための、研究知見に基づいたフィードバックのプロセス設計について掘り下げます。
なぜフィードバックは失敗するのか
人事担当者や経営者の中には、サーベイで得られた「データ(事実)」を正しく伝えれば、現場は問題を認識し、自ずと行動を変えるはずだと考える人もいます。しかし、現実はそう単純ではありません。良かれと思って行ったフィードバックが、意図とは裏腹に、現場の抵抗を招いたり、何の行動にもつながらなかったりする現象、すなわち「フィードバックの逆説」が存在します。この逆説がなぜ生じるのか、いくつかの研究知見からそのメカニズムを探ります。
第一に、人は自分にとって否定的なフィードバックに対し、必ずしも合理的に反応するとは限りません。サーベイ・フィードバックとは異なる文脈ではありますが、例えば、自己評価と他者評価のギャップを認識させることを目的とした360度評価のような仕組みでは、この傾向が顕著に現れます。
ある研究では、社会人経験を持つ経営学修士(MBA)課程の学生たちを対象に、彼ら彼女らのリーダーシップ行動に関するフィードバックの効果が調査されました[1]。参加者は、過去の職場の上司、同僚、部下に自身の評価を依頼します。数週間後、集計されたフィードバック・レポートを受け取り、その直後に内容に対する自身の感情や認識(正確さ、有用性など)について回答しました。さらに、研修の進行役であるファシリテーターとの個別面談での参加者の態度が「開発に前向き」か「防衛的」かという観点で評価されました。
分析の結果、他者からの評価が低いものであった場合、参加者は「腹立たしい」「がっかりした」といった否定的な感情を抱きやすいことが示されました。この傾向は、自分自身の評価と他者からの評価にギャップがある場合、とりわけ「自分は高く評価しているのに、他者からの評価は低い」という、いわゆる「過大評価」の状態にある人ほど強く見られました。
彼ら彼女らは強い不満や怒りを感じ、フィードバックの有用性を低く評価する傾向がありました。また、特に部下からの評価が自己評価を下回っていた場合、そのフィードバックは「正確ではない」と見なす応答も観察されました。
この研究が示すのは、人は自分にとって耳の痛い情報や、自己認識を揺らがすような情報に直面したとき、その内容を冷静に吟味する以前に、感情的な反発を覚えたり、情報の信頼性を疑ったりするという防衛的な心の動きです。組織サーベイにおいても、分析結果において低いスコアを提示するだけでは、現場の反発を招くだけに終わる危険性があります。
第二に、フィードバックは必ずしもパフォーマンスを向上させるとは限らず、場合によっては「業績の低下」リスクも伴います。フィードバックが個人のパフォーマンスにどのような影響を及ぼすのか、その全体像を把握するため、過去に行われたフィードバック介入に関する様々な研究を統計的に統合する大規模なメタ分析が行われました。この調査では、厳密な基準をクリアした131件の研究、延べ2万人以上の参加者のデータが分析対象となりました。
その結果は驚くべきものでした。確かに、平均してみれば、フィードバックはパフォーマンスに対して中程度の肯定的な変化をもたらしていました。しかし、その内訳を詳細に見ると、分析対象となった事例のうち3分の1以上にあたるケースで、フィードバックはパフォーマンスを向上させるどころか、かえって「低下」させていたのです[2]。
この現象を説明するために、「フィードバック介入理論」という考え方が提唱されています。この理論の核心は、フィードバックが受け手の「注意の矛先」を変えることで機能するという点にあります。人の注意は、タスクをこなすための具体的な手順や方法といった「タスクの学習」に関する階層、目標の達成や進捗といった「タスクへの動機づけ」に関する階層、自尊心や他者からの評価といった「自己」に関する階層の三つに向けられると考えられます。
フィードバックが、タスクの進め方や目標達成への意識といった下位の階層に注意を向けさせるものであれば、パフォーマンスは向上しやすくなります。しかし、フィードバックが受け手の注意を最上位の「自己」の階層へ向けてしまうと、事態は逆転します。「自分は他人からどう見られているのだろうか」といった自己評価に関わる内省に認知的なエネルギーが費やされ、タスクに割くべきリソースが減少し、パフォーマンスが低下してしまうというのです。
第三に、たとえフィードバックが「業績」の改善につながったとしても、それが従業員の「態度」の改善に結びつくとは限らないという乖離の問題があります。ある電力会社で行われた長期間にわたる調査事例が、この複雑な側面を明らかにしています[3]。この会社では、顧客先での作業班の「非生産時間」が増加していることが経営課題でした。そこで研究者たちは「サーベイ・フィードバック法」を試みました。
従業員にアンケートを実施し、その結果を地理的に離れた二つの地区のうち、一方の「テスト地区」の作業班にフィードバックし、従業員自身に改善策を議論してもらいました。もう一方の「コントロール地区」では、比較のためにアンケート調査のみが行われました。テスト地区での議論の結果、いくつかの具体的な運営上の改善策が立案され、経営陣はそれらを実行に移すことを決定しました。しかし、経営陣は問題の深刻さを考慮し、これらの改善策をテスト地区だけでなく、コントロール地区にも同時に適用することにしたのです。
二年後、再び調査が行われました。業績の指標である非生産時間を見てみると、両方の地区で同様に改善が確認されました。このことから、業績の向上は、従業員が議論に参加したフィードバックのプロセスによるものではなく、実施された「運営上の変更」自体が適切であったことによるものだと考察されました。
しかし、もう一つの指標である従業員の態度は、異なる様相を呈していました。二年後のアンケート結果では、職務満足度や会社への評価といった項目において、肯定的な変化は見られませんでした。それどころか、いくつかの項目では調査開始前よりもスコアが低下しており、この傾向は両地区で共通していました。従業員の意見を吸い上げて実行されたはずの改善策が、当の従業員たちの満足感や会社への信頼感を高めることにはつながらなかったのです。
この事例は、フィードバックが業務上の問題点を発見するための「情報収集ツール」としては機能した一方で、従業員の心に働きかけ、態度を前向きに変えるまでには至らなかった現実を示しています。
これらの研究知見が人事に示唆するのは、問題は「伝えた情報が正しいか」ではなく、「その情報が現場でどう受け止められたか」という点に尽きるということです。「何を言うか(What)」というデータの中身以上に、「どう伝えるか(How)」というフィードバックのプロセス設計が、サーベイの成否を分けているのです。
対話を生むフィードバックの心理的メカニズム
なぜ現場はサーベイ結果を受け入れ、行動に移すことができないのでしょうか。その答えは、フィードバックが人の行動に影響を与える心理的なプロセスにあります。情報が行動に結びつくまでには、受け手の心の中でいくつもの関門を通過する必要があります。
フィードバックというコミュニケーションは、「送り手」「メッセージ」「受け手」という三つの要素から成り立っています。その情報が行動に変わるまでには、受け手の心の中で、大きく分けて四つの段階を経ると考えられています。第一段階は「知覚」(情報への気づき)、第二段階は「受容」(情報が正しいと信じること)、第三段階は「反応への欲求」(行動しようと動機づけられること)、第四段階は「意図された反応」(目標設定)です。
この連鎖の中で、サーベイ・フィードバックにおいて特に障壁となりやすいのが、第二段階の「受容」です。受け手が情報を受容するかどうかを決定づける最大の要因は、送り手の「信用性」にあるとされています。その送り手がどれだけ専門的な知識を持っているか、信頼できる人物か、自分に対して善意を持っているか、といったことが受容の度合いを決めます。
例えば、自分の日々の働きぶりをほとんど見ていない上位の管理者や、現場の実情を深く理解していない本社の人事部からの一方的な分析結果は、たとえデータに基づいていたとしても、現場の従業員にとっては「信用できない」情報として認識され、受容されない可能性があります。
現場がサーベイ結果を受け入れ、行動変容へと踏み出すためには、この「受容」の壁を越えなければなりません。それには、個人の内面にある「変革への準備性(レディネス)」を高めることがポイントとなります。「変革への準備性」という目に見えない心の状態を捉えようとした研究があります[4]。
ある研究では、過去の文献調査や多様な組織の管理者へのインタビューを通じて、人々が組織の変化について語る際の様々な考えや感情を収集・分類しました。そして、それらの要素が変革を受け入れる上でどの程度影響するかを評価し、統計的な分析を通じて、変革への準備性が主に四つの次元で構成されていることを見出しました。
それは、「この変革は、私たちの組織にとって理にかなっており、相応しいものだ」という「妥当性」の認知、「経営層はこの変革を本気で支えてくれる」という「支援」の認知、「自分にはこの変革を実行する能力がある」という「自己効力感」、そして「この変革が自分個人にとってメリットがある」という「個人的便益」への期待でした。
この研究から明らかになったのは、変革の準備性が単一の感情ではないということです。そして、数カ月後に同じ人々の仕事への満足度や組織への愛着を調査したところ、特に変革の「妥当性」を高く認識していた人や、「自己効力感」が高かった人ほど、満足度や愛着が高いという関係が見られました。このことは、変革が始まる前に人々が抱く認知、とりわけ「この変革は筋が通っている」という感覚が、その後の働きがいにもつながっていくことを示唆しています。
これらの知見をサーベイ・フィードバックに当てはめてみると、重要な示唆が得られます。現場が動かないのは、サーベイ結果が「間違っている」からではなく、それが現場にとって「妥当である」と認識されていないからです。「上から言われたから」や「経営層がそう判断したから」という理由だけでは、人の心は動きません。「この変革は、私たちの職場の問題を解決するために理にかなっている」という納得感、すなわち「妥当性」の認知が、現場の行動を引き出します。
したがって、人事担当者の役割は、サーベイ結果の「正しさ」をデータで証明し、現場に押し付けることではありません。現場の従業員や管理職が、データと自分たちの経験を照らし合わせ、「これは確かに自分たちの問題だ」「この取り組みは筋が通っている」と主体的に納得できるような、「対話の場」とそのプロセスをデザインすること。それが、フィードバックの成否を分けるのです。
研究知見に学ぶフィードバック・デザイン
現場の「納得感(妥当性)」を醸成し、対話を生み出すためには、フィードバックのプロセスを上手く設計する必要があります。それは、「何を伝えるか」という中身の問題だけでなく、「誰に、誰と(宛先と場)」「誰が(対話の担い手)」「どう進めるか(プロセスの順序)」といった設計の問題です。ここでは、これらの設計の問いに答えるための研究知見をいくつか紹介します。
第一に、「誰に、誰と」という場の設計です。課題の種類や目的に応じて、フィードバックの「宛先」と議論の「参加者」を戦略的に変える必要があります。従来、サーベイ・フィードバックは、上司と部下で構成される既存の職場単位で行われることが一般的でした。しかし、この方法では、部下が上司の評価を気にして本音を語るのをためらい、当たり障りのない議論に終始することが少なくありません。
この課題に対し、フィードバックの場を再設計する試みが、ある米国の銀行で実践されました[5]。この銀行では、従業員調査の報告書が作成された後、二段階のセッションが設計されました。
第一段階では、直属の上司がいない、同じ立場や共通の関心を持つ「同輩」だけのグループが作られました。参加者は、この心理的に安全な場で、調査結果を自由に読み解き、自分たちの言葉で課題を整理します。第二段階で初めて、各同輩グループの場に、事前に報告書を読み込んでいる上級管理職たちが合流し、異なる階層のメンバーが顔を合わせ、解釈をすり合わせ、次の一歩を対話しました。
セッションの発言分析の結果、同輩だけの第一段階で「当事者性」の高い議論ができたグループほど、参加者は調査結果を「自分に関連する問題だ」と強く認識しました。そして、上級管理職が合流した第二段階で「オープン」な対話ができたグループほど、参加者は調査プロセス全体の価値を高く評価しました。この研究は、初めに上司がいない安全な場で課題を「自分事化」し、その上で権限を持つ人々と開かれた対話を持つという二段階のプロセスが、フィードバックの意味づけを深める上で有効である可能性を示しています。
一方で、課題の種類によっては、むしろ「上司」に直接働きかけることが有効になる場合もあります。スウェーデンのホワイトカラー労働者を対象とした調査では、フィードバックの「宛先」による効果の違いが検証されました[6]。この調査では、職場をランダムに四つのグループ(①個人へ、②上司のみへ、③上司同席でグループへ、④なし)に分けました。課題は、机や椅子といった「人間工学的領域」と、仕事の要求度や裁量といった「心理社会的領域」の二つでした。
六か月後に起きた「変更行動」を測定したところ、人間工学的領域では、フィードバックを受けた三つのグループいずれも、統制グループに比べて変更行動が多く見られました。物理的な環境改善に関する情報は、宛先が誰であれ、誰かが行動するきっかけになったのです。
しかし、心理社会的な領域では様相が異なりました。この領域で意味のある変化が見られたのは、②「上司にのみフィードバックを行った」グループだけでした。このグループでは、「従業員一人あたりが経験した変更の種類」が統制群に比べて明らかに多くなっていました。仕事の量や進め方といった課題は、個人の努力だけでは解決が難しく、権限を持つ上司の理解と関与が不可欠です。
この調査結果は、そうした課題に対しては、上司自身が当事者としてデータを受け止め、解釈するプロセスを経ることが、多様な変更行動を引き出す上で大切であることを物語っています。
第二に、「誰が」という対話の担い手の問題です。サーベイ結果というデータが現場に渡されたとしても、それを用いて部下とどう向き合うかという、現場の「管理職」のスキルがフィードバック・ミーティングの成否を分けます。経営層が数字だけを見て「改善せよ」と指示するだけでは、現場の管理職はプレッシャーを感じるだけです。
この状況を乗り越えるため、ある製造会社で実証研究が行われました[7]。この研究では、組織サーベイの結果を用いて管理職が部下と対話する「フィードバック・ミーティング」を建設的に進めるためのスキル訓練が開発されました。「インタラクション・モデリング」と呼ばれるこの訓練では、管理職は、①望ましい行動を映像で観察し、②ロールプレイングで実践し、③うまくいった行動に肯定的な言葉を受け、④職場で実践するというプロセスを繰り返します。
この訓練の効果を確かめるため、管理職が訓練群と比較群に分けられ、全員が部下とミーティングを実施しました。その結果は三つの側面から評価されました。一つ目は、ミーティング直後の従業員の反応です。訓練を受けた管理職の部下は、そうでない部下と比べ、ミーティングをはるかに肯定的に評価しました。特に、「管理職が調査結果を建設的に使った」「良いアイデアが出た」「何か行動が起こされると確信した」といった項目で差が顕著でした。
二つ目は、管理職が作成した行動計画の質です。訓練の有無を知らない中間管理職が評価したところ、訓練を受けた管理職の計画は、比較群の計画よりも優れていると判断されました。三つ目は、最終的な従業員の士気の変化です。前年の調査結果と比較すると、訓練を受けた管理職の部門では、ほとんどの項目で士気が向上していました。対照的に、比較群の部門では士気が低下する様相が見られました。
この一連の結果は、管理職がデータを受け止めるだけでなく、それを用いて部下と対話するための適切なスキルを身につけることが、質の高い行動計画を策定し、組織の士気を高める上で重要であることを示しています。
第三に、「どう進めるか」というプロセスの順序です。現場の「当事者意識」をいかに育むかが鍵となります。
従来、組織サーベイの結果は、経営層から部長、課長へと、組織の階層に沿って下ろしていく「カスケード」と呼ばれるフィードバック方法が主流でした。このトップダウンのアプローチは、効率的に情報を伝達できるように見えますが、現場の従業員にとっては「上から問題点を指摘された」という受け止め方になりがちです。「問題は上にあるのだから、解決策も上が考えるべきだ」という依存的な空気を生み出し、現場の当事者意識を削いでしまうことにもなりかねません。
データ収集が介入であるという前提に立つならば、サーベイのプロセスは、現場の当事者意識を育むようにデザインし直されるべきです。ここで、「上向きカスケード(ボトムアップ)」という、従来とは逆の発想に基づくフィードバック設計が提案されています。
このアプローチでは、全社の平均値などと比較する前の「自分たちのチームだけの」生データを、まず各職場のチームに直接返します。そして、二つのことを問いかけます。「このデータは、私たちの実感や意見を正しく反映しているか」、そして「ここに示された課題のうち、どれが自分たちの力で解決できることで、どれが上位の組織に働きかけるべきことか」。このプロセスを、各チームが主体的に行うのです。
自分たちで解決すべき課題はその場で行動計画を立て、自分たちだけでは解決できない課題(例:制度や全社的なリソース配分に関わる問題)だけを、一つ上の階層に上げていきます。各階層で同じように、自分たちの責任範囲で解決できることと、さらに上に上げるべきことを仕分けていく。このプロセスを繰り返すことで、経営層に届くのは、全社的な視点でしか判断できない課題だけになります。
この方法は、サーベイを「経営層が情報を吸い上げるためのツール」から、「各職場が自律的に問題を発見し、解決していくためのツール」へと、その意味合いを転換させます。問いを立て、データを返すという介入のプロセスを通じて、現場の当事者意識を育むこと。それが、サーベイが組織にもたらしうる価値ある成果の一つです。
おわりに
本講演では、フィードバック設計のポイントを探求しました。「良かれ」と思ったフィードバックが陥る「逆説」を理解し、重要なのは情報の「正しさ」ではなく、現場の「納得感(妥当性)」であることを確認しました。「妥当性」を醸成するには、「誰と」「誰が」「どう進めるか」という「プロセス」のデザインが不可欠です。サーベイは「診断書」ではなく、対話のための「脚本」です。人事担当者は、現場が主役となる「場」と「プロセス」をデザインする役割を担っています。「測って終わり」から「測って始まる」組織変革へ。本講演がそのヒントとなれば幸いです。
Q&A
Q:フィードバックを通じて現場で改善策を話し合っても、結局は「現場がもっと努力しましょう」という話に落ち着き、現場の負担が増えて疲弊してしまいます。どう対処すべきでしょうか。
改善の結論が「自分たちの頑張り」という負担増ばかりでは、現場が疲れるのは当然です。これを解決するには、講演でも触れた「上向きのカスケード」というアプローチが有効です。
解決策を「自分たちでできること」と「上の階層での判断が必要なこと」に仕分けるプロセスをフィードバックに組み込みます。すべての責任を現場が背負う前提では、現場は疲弊する一方です。例えば制度やリソースの問題など、現場の裁量を超える課題は、人事や経営層に届けて判断を仰ぎます。
サーベイ・フィードバックにおいて、こうした役割分担を明確にしていくことは大切です。さもなければ、すべての問題が現場やマネージャーに降りかかり、「全部自分がやらなければならないのか」と追い詰められてしまいます。自分たちの裁量内で着実に実行できる改善に集中できれば、働きがいを損なわずに前向きな変化に取り組めるはずです。
Q:サーベイを頻繁に行うと、現場から「またか」と不満が出て、回答も適当になる「サーベイ疲れ」が起きています。適切な実施サイクルはどの程度でしょうか。
一律の正解はありませんが、判断のヒントをお伝えできればと思います。理想としては、現場が「自分たちの意見で職場が変わった」という変化を実感できる期間を空けることです。そこまで行かなくとも、少なくとも「前回の結果をもとに行動計画を立て、実行できた」という段階までは進んでいる必要があります。
行動計画を実行し効果を実感するには、数ヶ月から一年ほど要するケースも少なくありません。そのプロセスを無視してサーベイを繰り返すと、回答者は「あの時の意見はどうなったのか」と疑問を抱きます。真剣に回答したのに何も起きない状態が続くと失望に変わり、サーベイ疲れが生じます。
要するに、本質的な疲れの原因は回答作業ではなく「回答しても意味がない」という無力感にあります。前回のフィードバックを基に行動し、小さな成果でも実感できてから次のサーベイを行うのが健全です。半年から一年に一回を目安にしつつ、組織の改善スピードに合わせた期間設定を意識してみてください。
Q:部署ごとに結果を戻す際、部長によって受け入れ方に差があり苦慮しています。内容によって、部長宛てとメンバー宛てに情報を分けた方がいいのでしょうか。
内容は分けた方が良いでしょう。大前提として、相手に「自分を責められている」と感じさせないことが重要です。人は攻撃されていると感じると防衛的になり、情報を疑う傾向があるため、誰に対しても「責めないフィードバック」が基盤となります。
その上で情報を分ける理由は、それぞれが持つ権限が異なるからです。仕事の割り振りや評価運用のルールなど、役割に応じた情報の出し分けが必要です。例えば、評価制度への納得感に関するデータは、制度を変える権限がないメンバーだけに渡しても解決できません。
その人が持つ権限で改善計画を立てられるか、という観点で情報を整理してください。一つの方法として、事前に「部長がこの結果を受け取ったとき、具体的にどんなアクションを思いつくだろうか」とシミュレーションしてみるのも有効です。
Q:管理職の「対話力」が課題です。サーベイ・フィードバックをうまく進めるために、どのような教育が必要でしょうか。
管理職が身につけるべきは、フィードバックの意識を「人格」ではなく「タスクや目標」に向けさせるスキルです。「あなたはここがダメだ」という人格否定ではなく、「この仕事のプロセスにおいてここが課題だ」と、仕事そのものに焦点を当てる組み立て方を学ぶ必要があります。個人の能力不足という文脈で結果を捉えさせてしまうと、建設的な対話は生まれません。あくまで業務プロセスや進め方の改善点がデータに現れているのだと考え、部下と一緒に議論していく姿勢を習得してもらうのが第一歩です。
もう一点、重要なのが、自分たちで解決できることと、上に報告すべきことを仕分ける技術です。対話というと傾聴やコーチングが注目されやすく、それはそれで大事ですが、実務においては「ここは自分たちで変えられるが、ここから先は無理なのでしかるべき部署に伝える」と判断し、伝える力も対話の質を左右します。
こうした仕分けを含めた対話ができるようになれば、プロセスはスムーズになります。これは人事側にも求められるスキルであり、フィードバックを行う側が共通して持つべき重要な能力だと言えます。
脚注
[1] Kluger, A. N., and DeNisi, A. (1996). The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory. Psychological Bulletin, 119(2), 254-284.
[2] Kluger, A. N., and DeNisi, A. (1998). Feedback interventions: Toward the understanding of a double-edged sword. Current Directions in Psychological Science, 7(3), 67-72.
[3] Nadler, D. A. (1976). The use of feedback for organizational change: An exploratory study. Group & Organization Studies, 1(3), 296-310.
[4] Holt, D. T., Armenakis, A. A., Feild, H. S., and Harris, S. G. (2007). Readiness for organizational change: The systematic development of a scale. Journal of Applied Behavioral Science, 43(2), 232-255.
[5] Alderfer, C. P., and Brown, L. D. (1975). Learning from changing: Organizational diagnosis and development. Beverly Hills, CA: Sage.
[6] Eklof, M., and Hagberg, M. (2006). Are simple feedback interventions involving workplace data associated with improved working conditions? A cluster randomized controlled study. Applied Ergonomics, 37(2), 201-209.
[7] Nemeroff, W. F., and Cosentino, J. (1979). Utilizing feedback and goal setting to increase performance appraisal interviewer skills of managers. Academy of Management Journal, 22(3), 566-576.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
