2026年2月5日
境界作業という日常:専門職たちの駆け引き

私たちの職場には、様々な専門家がいます。病院であれば医師や看護師、IT企業であればエンジニアやデザイナーなどです。それぞれが持つ専門知識を結集させ、一つの目標に向かって協力する姿は、組織の理想として描かれます。しかし、その整然とした協力関係の裏側では、一体何が起きているのでしょうか。
専門職同士の協働は、善意やチームワークという言葉だけでは片付けられません。そこには、各々が背負う責任、準拠するルール、個々の利害が複雑に絡み合っています。自分の領域はどこまでで、どこからが相手の領域か。その見えない境界線をめぐり、日々、交渉が行われているのです。本コラムでは、専門職たちが協働の現場で繰り広げる「境界線」をめぐる駆け引き、すなわち「境界作業」の現実に光を当て、その営みの内実を探っていきます。
利害が対立する専門職は、関与を制限するための境界を引く
専門家たちが協力し合うとき、その目的は共通しているはずです。しかし、置かれた立場が異なれば、目的への道のりに関する考えも変わります。ドイツの介護施設を舞台にしたある研究は、一般開業医と看護師が、入居者のケアという共通目標を持ちながら、日常の連携の中でいかに自らの業務範囲を「制限」しようとするか、その姿を浮き彫りにしました[1]。
この施設では、医師と看護師の関係に一つの緊張構造が存在します。多くの医師は自営業者で、限られた時間で事業の効率性を高めたいと考えています。施設への訪問は時間もかかり収益性が高いわけではないため、不要な呼び出しを避け、関与を最小限にしたいという動機を持っています。
一方、看護師は入居者の最も身近な存在ですが、法的な制約から医療行為の権限は厳しく限られています。容態変化の報告が医師に遅れれば責任を問われる可能性があり、少しでも判断に迷えば早く医師に関わってもらい、リスクを回避したいという自己防衛の動機が働きます。医師は「関与を遅らせたい」、看護師は「関与を早めたい」。この相反する利害が、絶え間ない境界線をめぐる交渉、すなわち境界作業を生み出します。
研究者たちは、この状況を観察し、両者が用いる様々な戦略を明らかにしました。それらは、相手の事情を顧みず自身の利害を押し通そうとする「防御戦略」と、相手の利害にも配慮し妥協点を探る「協調戦略」の二つに大別できます。
医師の防御戦略には、些細なことで連絡が来ないよう看護師を「教育する」、あらかじめ薬剤の指示書を渡し権限を「移譲する」、訪問時間を短縮するため事前に検査を済ませておくよう「指示する」といったものがあります。これらは医師が自身の関与を減らし、効率性を追求するための働きかけです。
他方で、医師は協調戦略も用います。定期訪問日を設けてまとめて相談に応じる「固定的な交流機会の提供」は、看護師に安心感を与え、緊急時以外の連絡を抑制します。個人の携帯番号を教える「抜け道の提供」は、看護師に心理的な安全網を与え、自ら対処しようと試みることを促します。雑談などで「個人的な関係を築く」ことも、医師への過度な依存を減らすことにつながります。
看護師側も同様に、二種類の戦略を使い分けます。防御戦略としては、法的範囲を盾に「自分には判断できない」と主張する「職務範囲の強調」や、症状を少し大げさに伝えて訪問を促す「策略的な行動」、別の医師や救急に連絡する「交流の回避」があります。
看護師の協調戦略には、同僚と相談してチームで状況を見る「代替的な安全策の発見」や、入居者の普段の様子などを添えて医師の判断を助ける「インプットの提供」、申し送り用の「訪問ノート」の導入など、双方の円滑化を図る工夫が見られます。
こうした戦略の使い分けは、「権力」と「信頼」に左右されます。医師が指示を出せる背景には、職業の持つ社会的な地位という「権力」があります。しかし看護師も、その場の情報をコントロールできる「状況的コントロール」という独自の権力を持っています。戦略の選択は信頼関係にも依存します。医師が看護師に業務を指示できるのは、その遂行能力への「能力ベースの信頼」があるからです。一方で、個人の連絡先を教えるような協調行動は、善意を悪用されないという「善意ベースの信頼」がなければ成り立ちません。
専門職間の境界交渉は、利害を背景に、権力と信頼に規定されながら展開されています。
チーム協働は、専門職間に加え、専門職内の境界作業にも左右
先ほどは、二つの異なる専門職の間で繰り広げられる境界交渉を見てきました。しかし現実の職場はさらに複雑で、協働の力学は、同じ専門職の「中」に存在する関係性にも左右されます。カナダの児童思春期精神保健チームを対象としたある長期研究は、この専門職「間」と専門職「内」で同時に進行する境界作業の相互作用を描き出しています[2]。
この研究の舞台は、精神科医を頂点に、心理士、ソーシャルワーカーなどが階層的に配置された公的な医療チームです。研究者たちは2年以上にわたりチームに密着し、内部秩序がどう形成され変化していくかを追跡しました。
調査当初、チームは一見協働しているように見えましたが、内側では様々な緊張が燻る「沸騰直前の均衡」状態でした。トップに立つ精神科医たちの「内部」で、治療方針をめぐる主導権争いが起きていました。専門職「間」では、地位の高い精神科医や心理士がソーシャルワーカーの領域に踏み込む動きを見せ、ソーシャルワーカーたちは境界線を強く主張して抵抗していました。
この外部からの脅威に対し、ソーシャルワーカーの「内部」では、一時的に団結して「自分たちの仕事はこれだ」と主張する「集団化」という協働的な境界作業が見られました。一方で、中間の地位にいる心理士たちは、精神科医とは補完関係を築きつつ、心理士内部ではそれぞれが異なる専門領域を持つことで対立を避ける「差異化」という戦略をとっていました。
しかし、この均衡は長くは続きませんでした。研究の後半期、チームは「断片化した多様性」と表現される状態に至ります。かつて団結したソーシャルワーカーたちは内部で分裂し、集団としての交渉力を失い、立場が弱まっていきます。
その一方で、内部対立を抱えていた精神科医たちは、チーム構造を再編成し、各医師が専属サブチームを率いる体制へと移行させました。これは精神科医の内部における協働的な境界作業(差異化)ですが、組織全体を動かす強力なものであり、精神科医の自律性とチームへの統制力を強化しました。この再編の波及で、チーム全体の一体性は失われ、断片化した状態が生まれました。
この過程を分析した研究者たちは、専門職が持つ社会的な地位の高さが、用いる戦略とその結果に違いを生むことを指摘しています。地位の高い精神科医は、組織構造を変えるという強力な手段を行使できました。中間の心理士は、柔軟な立ち回りで自らの立場を確保しました。それに対し、地位の低いソーシャルワーカーによる連帯の試みは、持続が難しく内部分裂を招いてしまいました。
この事例が明らかにするのは、チーム協働を考える上で、専門職間の関係だけでは不十分だということです。各専門職集団の内部でどのような力学が働き、それが異なる専門職との関係にどう結びついているのか。この二つのレベルの境界作業が複雑に絡み合うことで、チーム全体の秩序は揺れ動き、形づくられていきます。
専門職間の境界交渉で生まれた新実践が、新たな境界として定着
専門職たちは既存の業務範囲をめぐって交渉しますが、全く新しい技術や環境が導入されたとき、どのように新たな協働の形を築くのでしょうか。スウェーデンの大学病院に導入された「ハイブリッド手術室」の研究は、この問いへの答えを提示します[3]。そこでは、境界交渉が全く新しい医療実践を生み出し、それが新たな「標準」として定着していく過程が記録されています。
ハイブリッド手術室とは、外科手術、血管内治療、高度な画像診断を一つの部屋で同時に行える最先端の医療空間です。ここでは、外科、麻酔科、放射線科の看護師たちが一つのチームとして働くことを求められます。しかし、それぞれが準拠してきた「常識」は異なります。例えば、外科看護師にとって無菌状態の維持は絶対ですが、放射線技師にとっては撮影装置の可動域確保が最優先です。この新しい部屋では、異なる要求が衝突し、一つ一つの作業手順をゼロから作り上げる必要がありました。
研究者たちは、このプロセスを「スクリプティング(脚本執筆)」という考え方で分析しました。新しい技術が求める脚本(処方)を、現場の人々がどう読み解き、受け入れ(受容)、周囲を巻き込み実践していくか(総動員)という視点です。
第一段階は、導入初期の試行錯誤です。象徴的なのは、X線撮影装置の滅菌カバーのかけ方をめぐるやり取りでした。外科看護師は無菌性のために隙間ない固定を、放射線看護師は可動性のために「たるみ」を主張し、議論の末、両立する新たな折衷案、すなわちハイブリッド手術室ならではの新しい「やり方」が発明されました。技術と各専門職の要求が衝突する中で、交渉を通じて共通の「受容」点が見出されていきました。
第二段階は、この新しい実践の「拡張」です。手術件数が増え、コアメンバー以外も同じ作業ができる必要が出てくると、コアメンバーの立場は教わる側から教える「処方する側」へと転換します。学習セッションやペア指導といった育成プロセスが設計され、新しい実践がチーム全体へと広げられました。これは、合意された処方をより広い集団に担わせる「総動員」の過程です。
第三段階が、実践の「安定化」です。多様な診療科が利用するようになると、口伝だけでは質を維持できません。そこで看護師たちは、合意された手順を「方法カード」と呼ばれる標準化された手順書に書き込み始めました。このカードは、記憶を助け、実践に組織的な正統性を与える一方、その手順が生まれるまでの複雑な交渉をブラックボックス化します。実践の中で育まれた暗黙知が形式知へと変換され、新たな境界、要するに「ハイブリッド手術室における標準実践」として定着した瞬間です。
この事例から、境界作業に関する三つの側面が浮かび上がります。第一に、異なる実践が出会うことで暗黙の境界が可視化され、交渉の出発点となること。第二に、一つのプロセスの中で多様な境界作業が同時に進行すること。第三に、新しい実践が境界の再編成を促し、再編成された境界が実践を安定させるという循環関係が存在することです。
二領域をつなぐ専門家は、境界の差異を強調しつつ連携する
一人で二つの専門領域にまたがって活動する人々もいます。学校の教壇に立ちながら大学で教員養成にも携わる「ハイブリッド教育者」はその一例です。彼ら彼女らは学校という「実践」と大学という「理論」の間に「橋を架ける」存在と期待されますが、境界線が自己の内部に存在するとき、専門家としての振る舞いはどう交渉されるのでしょうか。ノルウェーの教員養成プログラムを対象とした研究は、境界をつなぐことが、境界を消すことと同じではないという逆説的な現実を明らかにしました[4]。
この研究では、パートタイムで教師をしながら大学で教員養成に携わる3人のハイブリッド教育者に焦点を当てました。分析の結果、その境界作業は三つの異なるパターンに分類されました。
第一のパターンは「境界架橋」です。これは二つの領域をつなごうとする働きかけですが、単純な融合ではありません。例えば、ある教育者は大学の同僚である研究者との共同授業で、自らを「実践の専門家」として位置づけ、具体的な事例を提供しました。一方、同僚は「学術者」として研究知見を述べます。これは互いの専門性の「違い」を明確にした上で連携する協力の形です。
インタビューでこの教育者は、事例を提供する能力が大学での自信の源泉だと語ります。自らの専門性を「差異化」すること、すなわち境界をあえて画定させることが、強固な橋を架ける基盤となっていました。
第二のパターンは対照的な「境界維持」です。ハイブリッド教育者たちは、大学の研究者といる場面で受動的になることがありました。ある教育者は、スタッフセミナーで自分が場違いな「部外者」のように感じたと語ります。研究者たちが「理論的レベル」で話すのに対し、自分は「日常の言葉」で話すため、専門性の違いが埋めがたい壁に感じられました。この認識された階層性が、彼ら彼女らの専門性の発揮をためらわせていました。
第三のパターンは、大学管理職の「境界の拒絶」と、ハイブリッド教育者が直面する現実とのギャップです。管理職は、ハイブリッド教育者を対等な一員と見なし、両者の間に境界はないと語ります。しかし現実には、彼ら彼女らに研究時間が認められていなかったり、オフィスがなかったりと、制度的に包摂されているとは言いがたい状況でした。管理職が善意で境界を「ないもの」として扱うことが、かえって彼ら彼女らが直面する困難を見えなくし、複雑な境界作業へと駆り立てていました。
ここから導き出される考察は示唆に富んでいます。管理職は「理論と実践」といった二項対立をなくすことを理想とします。しかしこの研究は、その境界の存在を認識すること自体が、ハイブリッド教育者にとって自らのユニークな専門性を確立し、自信を持って貢献するための源泉にもなりうるという事実を示しました。境界を安易に消し去ろうとすることは、彼ら彼女らの強みを奪いかねません。むしろ、境界がもたらす違いや緊張を認め、積極的に活用することが、二つの領域をつなぐ協働を生み出すのかもしれません。
脚注
[1] Weber, C. E., Kortkamp, C., Maurer, I., & Hummers, E. (2022). Boundary Work in Response to Professionals’ Contextual Constraints: Micro-strategies in Interprofessional Collaboration. Organization Studies, 43(9), 1453-1477.
[2] Comeau-Vallee, M., and Langley, A. (2020). The interplay of inter- and intraprofessional boundary work in multidisciplinary teams. Organization Studies, 41(12), 1649-1672.
[3] Lindberg, K., Walter, L., and Raviola, E. (2017). Performing boundary work: The emergence of a new practice in a hybrid operating room. Social Science & Medicine, 182, 81-88.
[4] Risan, M. (2022). Negotiating professional expertise: Hybrid educators’ boundary work in the context of higher education-based teacher education. Teaching and Teacher Education, 109, 103559.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
