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コラム

直感と協調の知恵:ヒューリスティック集団意思決定の力

コラム

現代のビジネス環境は、変化のスピードが速く、情報が膨大である一方で、その多くが不確実な要素を含んでいます。企業の意思決定者にとっては、すべての情報を完全に分析することが難しく、限られたデータや時間の中で最適な判断を下す力が求められています。

こうした状況の中で注目されているのが、「ヒューリスティック(経験則)」という考え方です。これは、人間が複雑な問題に直面した際に、直感的かつ簡略化されたルールを用いて意思決定を行う方法を指します。単純な判断基準を用いることで、かえって誤りが少なくなる場合があるという「少ないほど多い効果(less-is-more effect)」が、多くの研究で確認されています。

本コラムでは、ヒューリスティックが個人の判断のみならず、チームや組織といった集団レベルでどのように機能するのかを探求していきます。人がどのように他者と協力し、限られた情報の中で最適な意思決定に至るのか。その過程を、経済実験やシミュレーション分析、そして組織行動の研究成果をもとに紐解いていきます。

複雑さを乗り越える鍵は、情報を増やすことではなく、何に注目し、どう共有するかにあります。ヒューリスティックという「単純な知恵」を通して、個人の直感と集団の協調がどのように組織の成果を左右するのかを考察していきます。

少ない情報が成果を高める状況とは

最初に紹介する研究テーマは「ヒューリスティックによる意思決定の有効性」です[1]。研究では、ヨーロッパや北米、アジアの企業マネジャーを対象に、購買データをもとにした意思決定を分析しました。

具体的には、顧客が今後も購入を続ける「アクティブ顧客」か否かを予測する際に、マネジャーが実際に用いている判断基準を調べました。その結果、多くの企業で複雑な統計モデルではなく、「直近の購入から何か月経過したか」という単純なルール、いわゆる“hiatus heuristic(購入間隔の経験則)が用いられていることがわかりました。

研究チームはこの単純なルールを、顧客行動を詳細に予測するために作られた「高度で複雑な統計モデル」と比較しました。これは、過去のデータを緻密に計算し、確率論に基づいて顧客の行動パターンを弾き出す、いわば「データ分析の王道」ともいえる手法です。

結果は意外なものでした。統計モデルが75%前後の正答率であったのに対し、ヒューリスティックを使った判断は約83%の精度を示したのです。すなわち、少ない情報を用いた方が正確な判断に至る場合がある、いわゆる「less-is-more effect(少ないほど多い効果)」が確認されました。

なぜ単純なルールは精度が高かったのでしょうか。それは、「複雑すぎる分析は、過去のデータに合わせすぎてしまい、未来の変化に対応できなくなる」という現象が起きるからです。一方で、単純な経験則は大まかではあっても過度にぶれず、限られた情報や変化の多い環境では、むしろ正確な判断をしやすいという特徴があります。

この研究が示す重要な含意は、情報量や分析精度を高めることが常に良い結果をもたらすとは限らないという点です。特に、将来の顧客行動や市場動向のように不確実性が高い環境では、必要な情報を選び取り、迅速に決断することが求められます。ヒューリスティックは、そうした不確実で変化の多い環境で現実的かつ効果的に意思決定を行うための考え方として役立ちます。

この考え方は、医療現場での診断や法的判断など、時間や情報が制約される場面にも応用されています。例えば、医師が限られた症状情報から病名を推定する際、全情報を網羅的に分析するよりも、経験的に重要とされるひとつの決め手に注目するほうが早く、かつ的確な判断に結びつくことがあると報告されています。

企業経営においても、ヒューリスティックの考え方は意思決定プロセスの設計に有効です。複雑な指標やアルゴリズムに依存しすぎると、組織の判断は遅れ、現場の柔軟性が損なわれがちです。

むしろ、判断基準を明確にし、数個の「良い理由」に基づく迅速な意思決定を支援する仕組みを整える方が効果的な場合があります。たとえば営業現場では、「最近の取引頻度」と「顧客からの問い合わせ件数」という2つの情報だけで優先顧客を選定するなど、ルールをシンプルにすることで、意思決定の速度と納得感が高まることが期待されます。

ヒューリスティックの研究は、人間の「限定された合理性」を悲観的に捉えるのではなく、むしろその中にある創造的な適応力を評価する視点を提示しています。すなわち、「情報をすべて集めること」ではなく、「必要な情報をどれだけ見極められるか」が、現代のマネジメントにおいて重要な能力であるといえるでしょう。

見返りを期待せずに協力する理由

前章では、個人が不確実な環境下でどのように限られた情報をもとに意思決定を行うかについて考察しました。本章ではその延長として、人がどのように「他者との関わり」の中で協力的な行動を選択するのか、すなわち集団行動の意思決定に焦点を当てた研究を紹介します[2]

この研究は、社会的ジレンマ(個人の利益と集団の利益が一致しない状況)における人間の協力行動をテーマとしています。複数の大学に所属する研究チームが、北米とヨーロッパの参加者約600人を対象に、経済実験を通じて行いました。

実験では、チームへの貢献と個人の利益の葛藤を再現した「公共財ゲーム」が行われました。これは、「全員が寄付すれば全員が得をするが、自分だけ寄付せずこっそり節約すれば、自分だけが一番得をする」という、誘惑のある状況で人がどう振る舞うかを試す実験です。

結果として、多くの参加者は「他の人が協力しているなら自分も協力する」という互恵的な判断だけでなく、「協力そのものが社会を維持するために重要だ」と直感的に感じて行動していることが明らかになりました。研究ではこの傾向を「集合的行動のヒューリスティック」と呼んでいます。これは、人が過去の経験や社会的規範に基づいて、損得を超えた判断を下す傾向を示す概念です。

興味深いのは、この直感的な協力行動が、結果的に個人の利益にもつながる点です。実験では、最初に協力を選んだ人々が、長期的には他者からの信頼を得て、後のラウンドでより多くの報酬を受け取る傾向が見られました。つまり、利他的に見える行動が、社会的関係を通じて自分に戻ってくる「信頼の循環」を生み出していたのです。

この結果は、人間の意思決定が単なる損得計算だけでなく、「将来の関係性をどう築くか」という長期的視点に基づいていることを示唆しています。この研究では、ヒューリスティックが社会的場面においても有効であることが示されました。

この研究が示す重要な含意は、協力行動を生むのは明確な報酬や罰則だけではなく、「信頼できる関係性の存在」であるという点です。たとえば、チームの中で日常的に助け合う文化が根づいていれば、人は細かな損得を考えずに自然と協力的な行動をとります。信頼がある環境では、互いの行動を監視する必要がなくなり、意思決定がスムーズになります。

そのため、組織におけるマネジメントの観点では、協力を強制する仕組みを設けるよりも、信頼を積み重ねる風土づくりが重要です。例えば、成果だけでなく「貢献の質」や「他者支援」を評価に含めることが、協力行動を自然に促す効果的な方法といえるでしょう。

マネジメントにおいては、個々のインセンティブを細かく設計するよりも、メンバーが共通の目的を共有し、その目的のもとで自発的に協力する構造を作ることが有用です。たとえば、チーム全体で達成する成果目標を設定し、その過程での助け合いを可視化することで、「個人の成功=チームの成功」という意識が強まります。

この研究は、人間が「合理性」だけではなく「社会性」にもとづいて意思決定を行う存在であることを改めて示しています。協力は単なる善意ではなく、長期的な成果を生む戦略的な選択でもあるという理解が、これからの組織づくりにおいて重要な視点となるでしょう。

経験が複雑な意思決定を支える仕組み

前章では、人が社会的文脈の中でどのように協力行動を選択するのかについて考察しました。本章では、組織の意思決定において不確実性をどう乗り越えるかという観点から、経験とヒューリスティックの役割を検討した研究を紹介します[3]

この研究は、経営者や上級マネジャーが不確実な環境でどのように意思決定を行うのかをテーマにしています。調査は多国籍企業に勤務する50名の経営幹部を対象に実施され、インタビューおよびシミュレーション実験を組み合わせた方法で行われました。参加者には、急激な市場変化や競争構造の転換といったシナリオが提示され、それに対してどのように判断・行動するかが分析されました。

結果として明らかになったのは、経験豊富な意思決定者ほど、限られた情報の中から「どの要素が重要か」を素早く見抜き、直感的に判断を下す傾向があることです。彼らは過去の成功体験に基づくヒューリスティックを用いながらも、それを固定的に使うのではなく、状況に応じて柔軟に修正していました。つまり、経験は単なる知識の蓄積ではなく、変化する環境の中で直感と分析をつなぐ「橋渡し」として機能していたのです。

一方で、経験の少ない意思決定者は、すべての情報を網羅的に分析しようとする傾向が強く、結果的に意思決定が遅れ、状況の変化に対応しきれないことが多いこともわかりました。複雑な現実の中で完全な情報を得ることは難しく、むしろ「何を捨てるか」「どこに焦点を当てるか」という判断力が重要になると考えられます。

この研究が示す含意は、直感と論理のどちらかに偏るのではなく、両者を適切に組み合わせることの重要性です。ヒューリスティックはしばしば「思考の近道」として批判的に捉えられますが、経験を通じて磨かれた直感は、現場での迅速な判断を支える有用なツールとなります。特に、環境が変化しやすくデータが十分に揃わない状況では、直感的な判断が実務上の意思決定を支える現実的な手段といえます。

また、研究では「失敗経験」の重要性にも言及されています。意思決定の精度は、成功体験だけでなく、誤った判断をどう振り返り、学習として蓄積するかによっても左右されることが確認されました。経験を形式知化し、組織全体で共有することが、集団としての判断力を高めるうえで効果的です。

マネジメントにおいては、経験豊富なリーダーの直感を個人の暗黙知にとどめず、チーム全体に広げる仕組みを整えることが有用です。たとえば、意思決定のプロセスを振り返る「ディシジョン・レビュー」や、ベテランと若手が同じ課題に取り組む「ペア・ディシジョン・セッション」などを設けることで、経験知が共有されやすくなります。

また、複雑な問題に対してあえて「完璧な分析」を求めず、重要な変数を絞って考える訓練を行うことも効果的です。こうした実践は、変化の激しいビジネス環境において、組織としての意思決定力を高める助けとなるでしょう。

この研究は、不確実性に直面したときこそ、人間の経験に根ざしたヒューリスティックが、柔軟で現実的な意思決定を支えることを示しています。論理だけでなく、経験から生まれる「判断の勘所」を活かすことが、これからのマネジメントに求められる重要な視点といえるでしょう。

多様な意見が最適解を導く仕組み

前章では、不確実な環境における個人の意思決定を支える経験や直感の働きを取り上げました。本章では視点を広げ、個人ではなく「集団」がどのように最適な意思決定へと至るのかを、計算モデルを用いた研究から考察します[4]

この研究は、グループによる意思決定の最適化をテーマにしています。中国の複数の大学研究機関によって行われ、100名以上の被験者とコンピュータ・シミュレーションを組み合わせた方法で実施されました。被験者は、投資先を選択する、政策案を評価するなどの意思決定課題に参加し、その際の選択プロセスや意見交換のパターンが分析されました。

研究では、意思決定を一人の頭の中だけで完結するものとしてではなく、メンバー同士が影響を与え合いながら変化していく「相互作用」として捉えました。各メンバーは他者の意見から学び、徐々に判断を修正していくという前提のもと、集団意思決定最適化アルゴリズムが開発されました。このアルゴリズムは、自然界の群れで動く動物のように、個人の意見が集まることで自然と最適な答えに近づいていくシミュレーションを行いました。

実験の結果、メンバーの意見が多様であるほど、最終的に導かれる意思決定の質が高くなることが明らかになりました。特に、異なる専門性や価値観を持つ人々が互いの判断根拠を共有すると、偏った意見への収束を防ぎ、より安定的で効果的な結論に達する傾向が見られました。これは、同質的なグループよりも、異質なメンバー構成を持つチームの方が優れた成果を出すことを数理的に裏づけた結果といえます。

この研究が示す重要な含意は、「意見の一致」よりも「意見の違い」をどう活かすかが、意思決定の質を高める鍵であるという点です。異なる立場の人が持つ知見を結びつけることで、個人では見落としがちな視点が得られます。特に、複雑な課題や将来予測を伴うビジネス判断では、多様な意見が誤りを補正し合い、結果として全体の精度を高める効果があると考えられます。

また、研究では、グループ内の「影響力の偏り」が強すぎると、学習効果が失われやすく、全体の最適解に到達しにくくなることも指摘されています。すなわち、リーダーが結論を主導するよりも、メンバー全員が自由に発言できる環境を整えることが重要であるといえます。

マネジメントにおいては、この研究から、チームの多様性を「調整すべき課題」としてではなく、「創造的な資源」として扱う視点が得られます。たとえば、新規事業や商品開発の初期段階では、同じ専門領域のメンバーだけでなく、営業・デザイン・データ分析など異なる分野の人材を交えることで、より革新的なアイデアが生まれやすくなります。

また、会議やワークショップの運営においても、意見を統一することを目的とせず、異なる立場の視点を整理・可視化するプロセスを重視するとよいでしょう。こうした仕組みは、組織の意思決定をより柔軟で創造的なものへと導く効果的な方法です。

この研究は、集団が単なる多数決ではなく、学習するシステムとして機能する可能性を示しています。個人の知をどう結びつけ、チームとしての「集合知」を最大化するかが、これからのマネジメントにおいて重要なテーマとなるでしょう。

集団の動きは個人の判断の積み重ね

前章では、組織が多様な意見を統合して最適な判断に至るメカニズムを扱いました。本章ではその議論を踏まえ、集団がどのようにして一つの方向性を定め、行動へと移していくのかを分析した研究を紹介します。焦点は、個々の判断がどのように集団全体の意思決定に変換されるのかという「集団ダイナミクス」にあります。

この研究は、動物の群れ行動をモデルにしながら、人間社会における集団的意思決定の原理を明らかにすることを目的としています。フランスとイギリスの複数の研究機関が共同で実施し、大学生200名を対象にした実験と、魚や鳥の群れ行動を再現したコンピュータ・シミュレーションを組み合わせた方法が用いられました。

実験では、参加者に「グループとして進む方向を決める」タスクが与えられました。全員が同じ情報を持っている場合と、一部の人だけが追加情報を持っている場合とで、意思決定の過程を比較した結果、わずかに情報を多く持つ少数の人が、非言語的な行動や動きのリズムを通じてグループ全体の方向性を導くことが確認されました。これは「リーダーシップが命令ではなく影響として現れる」ことを示す結果です。

研究ではこの現象を「分散型意思決定(distributed decision-making)」と呼び、指示系統ではなく、相互作用を通じて意思が形成されるプロセスとして説明しています。つまり、集団は誰か一人の明確な指導によってではなく、メンバー同士の小さな判断や反応が積み重なることで方向性を見出していくのです。

この研究から得られる重要な示唆は、リーダーシップを「統率」ではなく「影響の伝播」として捉える視点です。特定の指示を出さなくても、個人の行動が他者に模倣され、結果として集団全体がまとまるというメカニズムは、組織運営においても有用です。たとえば、チーム内で新しい取り組みを始めたい場合、まず一人が小さな行動を起こし、その結果を周囲に見せることで、他のメンバーが自発的に動き始めるというプロセスが考えられます。

また、研究では、集団の多様性が高いほど方向性の統一に時間はかかるものの、最終的な決定の精度が高まる傾向も確認されました。つまり、短期的なスピードよりも、異なる視点が交わることによって生まれる安定した合意形成の価値が示されています。

マネジメントの観点からは、組織を「中央集権的に動かす構造」から、「影響が自然に広がる構造」へと設計することが効果的です。たとえば、現場のメンバー同士が直接つながり、小さな成功体験を共有できるネットワークをつくることで、行動の一貫性が高まりやすくなります。

また、リーダー自身が全体を細かくコントロールするのではなく、方向性の「最初の動き」を示す役割に徹することも重要です。その一歩が波紋のように広がり、集団全体の行動変化を促す可能性があります。

この研究は、意思決定を命令や会議の結果としてではなく、日常の相互作用の中で自然に形成されるプロセスとして再定義しています。組織を一つの「動く群れ」として捉え、影響が伝わる環境を整えることが、現代のリーダーシップにおいてより現実的で効果的なアプローチといえるでしょう。

単純なルールが複雑な環境で力を発揮する

前章では、集団がどのように自然な相互作用を通じて意思決定を形成するかを取り上げました。本章では、その延長として、個人・チーム・組織のレベルで「賢い経験則(スマート・ヒューリスティック)」がどのように活用されているかを分析した研究を紹介します[5]。焦点は、限られた情報のもとで最適に近い判断を導くための「単純さの戦略」にあります。

この研究は、複雑で不確実な環境下における意思決定をテーマとしています。欧州および北米の研究機関によって行われ、企業マネジャー、医療専門職、さらにはスポーツチームのコーチなど、異なる領域の専門家約400名を対象に、意思決定シナリオを用いた調査実験が実施されました。参加者には、限られた時間と情報の中で複数の選択肢から最良の判断を下す課題が与えられ、その際に用いた判断プロセスが分析されました。

結果として明らかになったのは、経験豊富な意思決定者ほど、複雑な計算やデータ分析ではなく、少数の重要な指標に基づく単純なルールを使っていたことです。例えば、医療現場では「症状のうち3つの主要サインを重視する」、スポーツチームでは「相手より先に動いた方が有利」といった、状況に応じた経験則が活用されていました。これらのルールは、全情報を処理することが難しい現実の環境において、迅速で精度の高い判断を支える「スマート・ヒューリスティック」として機能していたのです。

この研究が示す重要な示唆は、「より多くの情報」や「より複雑な分析」が常に良い結果をもたらすわけではないという点です。むしろ、環境の変化が速く、情報が不完全な場面では、あらかじめ定めた単純な判断基準を用いる方が、結果的に誤りを減らすことがあります。

実務的には、意思決定のプロセスにおいて「どの情報を無視するか」を意識的に決めておくことが有用です。すべてを考慮しようとするよりも、状況ごとに有効なルール・オブ・サム(親指の法則)を明確にしておくことで、判断のスピードと一貫性を両立できるのです。

マネジメントにおいては、こうしたスマート・ヒューリスティックの考え方を組織設計に応用することが効果的です。たとえば、営業や顧客対応の現場では、「顧客が3回連続で連絡を取ってこなかったら再アプローチを検討する」など、具体的かつシンプルな行動基準を設定することで、現場判断のばらつきを防ぐことができます。

また、経営層の意思決定にも同様の考え方が活かせます。市場分析のすべての指標を網羅的に検討するのではなく、「2つの主要な要素(成長率と収益性)」に焦点を絞るなど、判断を単純化する設計が有効です。こうしたルールは、変化が激しいビジネス環境の中で、迅速で一貫した意思決定を支える「組織の知恵」となります。

この研究は、単純化を「思考の省略」ではなく、「戦略的選択」として捉える視点を提示しています。すなわち、すべてを考慮するよりも、何に注目するかを選ぶことこそが、複雑な世界を生き抜くための本当の知的能力といえるでしょう。

個人の探索と集団の協調が成果を左右する

前章では、個人や組織が限られた情報のもとでどのように効率的に判断を行うかを見てきました。本章では、意思決定を「個人」と「集団」の相互作用として捉え、両者のバランスが成果にどのような影響を及ぼすのかを数理的に分析した研究を紹介します[6]

この研究は、最適な解を見つけるための探索プロセスにおいて、個人の独立的な判断と集団としての協働的行動がどのように組み合わさると効果的かをテーマとしています。ヨーロッパの複数の研究機関が共同で実施し、シミュレーション実験とアルゴリズム分析の両面から検証されました。具体的には、複雑な問題をコンピュータ上でシミュレーションし、どのような条件であれば集団として最も正解に近づけるかを検証しました。

実験では、チームメンバーに見立てたプログラム上の人物が「独自に正解を探そうとするケース」と「他者の成果を参考に解答を調整するケース」をそれぞれ採用し、両者を組み合わせることで結果の変化を分析しました。

その結果、個人の自由度が高すぎると探索の効率が下がり、逆に集団の影響力が強すぎると多様性が失われ、最適解から遠ざかる傾向が見られました。最も良い成果を生んだのは、個人が一定の独立性を持ちながらも、定期的に他者の情報を取り入れる「適度な協調状態」にあるチームでした。

この研究が示す含意は、組織においても「自律と協調のバランス」を意識的にデザインすることの重要性です。個々のメンバーが自由に考えすぎると方向性がばらつきますが、同時に意見を統一しすぎると新しい発想が生まれにくくなります。したがって、全員が同時に動くのではなく、「探索」と「共有」のタイミングを意図的に切り替えることが、成果の最大化につながると考えられます。

たとえば、プロジェクトチームにおいては、初期段階では個々が自由にアイデアを出し、中盤以降にそれらを整理・統合して共通方針を固めるといったリズムを設けると効果的です。これは研究で示された「周期的な相互学習」と同様の仕組みであり、創造性と一貫性を両立させる鍵となります。

マネジメントの観点からは、個人が自律的に動ける環境を整えつつ、情報共有を促すメカニズムを組み込むことが有用です。具体的には、定期的なレビュー会議やナレッジ共有の場を設けることで、メンバー間の知見が循環しやすくなります。その際、全員が同じ方向を向くことよりも、「異なる方向を向いていることを可視化する」ことが、集団全体の学習を促すうえで効果的です。

また、リーダーは意思決定のスピードを上げるために、あえて多様な意見を一時的に共存させることも有用です。異なる視点が衝突することで、チームの思考範囲が広がり、結果としてより質の高い判断に至ることが期待できます。

この研究は、組織が直面する複雑な課題を解くためには、「個人の創造性」と「集団の統合力」のどちらも欠かせないことを示しています。自律と協調を対立概念としてではなく、相互に補完し合う仕組みとして設計することが、これからのマネジメントにおいて重要な視点となるでしょう。

おわりに

本コラムを通じて見てきたように、ヒューリスティックは単なる「思考の近道」ではなく、変化の激しい環境で柔軟に判断するための実践的な知恵です。個人が直感的に行う判断、チームの協調的な意思決定、そして組織全体の戦略形成においても、経験に基づく単純なルールが高い効果を発揮することが示されました。

重要なのは、情報を増やすことではなく、どの情報に注目するかを見極める力です。自律と協調のバランスを整え、異なる視点を結びつけることで、組織はより創造的で適応的な意思決定を行うことができます。

ヒューリスティック集団意思決定の研究は、人間や組織の不完全さを補うものではなく、その中にある可能性を引き出す視点を与えてくれます。複雑な世界で成果を生むのは、完璧な分析ではなく、現実に即した「しなやかな知恵」なのです。

脚注

[1] Gigerenzer, G., & Gaissmaier, W. (2011). Heuristic decision making. Annual review of psychology, 62(2011), 451-482.

[2] Lubell, M., & Scholz, J. T. (2001). Cooperation, reciprocity, and the collective-action heuristic. American Journal of Political Science, 160-178.

[3] Maitland, E., & Sammartino, A. (2015). Decision making and uncertainty: The role of heuristics and experience in assessing a politically hazardous environment. Strategic management journal, 36(10), 1554-1578.

[4] Zhang, Q., Wang, R., Yang, J., Ding, K., Li, Y., & Hu, J. (2017). Collective decision optimization algorithm: A new heuristic optimization method. Neurocomputing, 221, 123-137.

[5] Gigerenzer, G., Reb, J., & Luan, S. (2022). Smart heuristics for individuals, teams, and organizations. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 9(1), 171-198.

[6] Cuevas, E., Vásquez, M., Avila, K., Rodriguez, A., & Zaldivar, D. (2025). Balancing individual and collective strategies: A new approach in metaheuristic optimization. Mathematics and Computers in Simulation, 227, 3.


執筆者

樋口 知比呂 株式会社ビジネスリサーチラボ コンサルティングフェロー
早稲田大学政治経済学部卒業、カリフォルニア州立大学MBA修了、UCLA HR Certificate取得、立命館大学大学院博士課程修了。博士(人間科学)。国家資格キャリアコンサルタント。ビジネスの第一線で30年間、組織と人に関する実務経験、専門知識で、経営理論を実践してきた人事のプロフェッショナル。通信会社で人事担当者としての経験を積み、その後、コンサルティングファームで人事コンサルタントやシニアマネージャーを務め、さらに銀行で人事部長などの役職を歴任した後、現在はFWD生命にて執行役員兼CHROを務める。ビジネスと学術研究をつなぐ架け橋となることを目指し、実践で役立つアプローチを探求している。

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