2026年1月28日
現場で編まれる戦略:即興が創る組織の未来
ビジネスの世界では、緻密な計画こそが成功への王道だと語られます。市場を分析し、戦略を練り、マイルストーンを設定して、その通りに実行していく。「計画が実行に先立つ」という考え方は、非常に合理的で、多くの人が成功のイメージとして共有しているものでしょう。しかし、現実のビジネス、とりわけ新しい事業や未知のプロジェクトの現場は、本当に計画通りに進むのでしょうか。
予期せぬトラブル、顧客からの突然の要望、競合の思いがけない動き、降って湧いたような千載一遇の好機。現場は、計画には載っていない出来事で満ちあふれています。そんなとき、私たちは計画を片手に立ち尽くすのではなく、その場で最善と思われる道を探し、新たな一歩を踏み出します。構想を練りながら、同時に行動する。ジャズのセッションのように、あるいは即興劇の舞台のように。この設計と実行が一体となった行為を「即興」と呼びます。
即興は、無計画や行き当たりばったりとは異なります。それは、手元にある資源、蓄積された経験、その場のひらめきを瞬時に編み上げ、新たな価値を創造しようとする人間的な営みです。本コラムでは、そんな「即興」という視点を通して、起業やプロジェクトのリアルな姿を覗いていきます。スタートアップがいかに生まれ、その方針が固まっていくのか。即興という行為は、実行する人の心や組織の成果に何をもたらすのか。即興の源泉とは一体何なのか。計画と実行の間に広がる、創造性の源泉を探求していきたいと思います。
スタートアップの即興は、説明を経て戦略となる
新しい事業が生まれる瞬間を想像してみてください。優れたアイデアを思いついた起業家が、分厚い事業計画書を書き上げ、資金を集め、満を持して会社を立ち上げる、というストーリーを思い描く人もいるかもしれません。もちろん、そのような形で始まる事業もあります。しかし、現実の世界では、異なる生まれ方をするスタートアップが存在します。構想と実行がほぼ同時に、一体となって進む「即興的」な創業です。
ある調査では、知識集約型の若い企業を対象に、その成り立ちや初期の成長過程が調べられました[1]。調査担当者は、コンピュータ研修業や大気汚染コンサルティング業などを営む25社の創業者や幹部に数時間にわたるインタビューを行い、時には数週間ものあいだ職場に身を置いて活動を観察するという手法をとりました。その結果、調査対象となった25社のうち、実に3分の2にあたる17社が、事前の詳細な計画に基づかない、即興的な形で創業していたことが明らかになったのです。
その典型的なパターンは、既存の顧客や仕事仲間とのやり取りの中で、ある「種となる取引」が舞い込むことから始まります。
例えば、勤めていた会社を金曜日に辞め、週明けの月曜日には前の顧客から最初の仕事を受注する。あるいは、舞い込んできた案件をこなすために急いで仲間を集め、2週間後には最初の売上を分配している。このように、目の前に現れた機会に素早く反応し、事業を動かしながらその形を整えていくという事例が数多く見られました。これは、大学の研究者が事業を立ち上げる際にも観察され、共同研究の相手や技術に関心を持つ企業からの声が引き金となり、製品化や販売の方法は走りながら考えるという形で事業がスタートしていました。
このように生まれた事業では、日々の活動もまた即興の連続になります。目の前の顧客の要望に応える、なんとか資金繰りを乗り切るといった短期的な課題への対応が優先されます。しかし、こうした一つひとつの場当たり的な行動が、いつのまにか組織全体の進むべき道、すなわち「戦略」へと姿を変えていくプロセスが観察されています。その鍵を握るのが、外部に対する「説明」です。
例えば、ある大気汚染コンサルティング会社は、元々は幅広い環境関連の業務を手がけていました。あるとき、資金繰りのために排煙測定という、これまであまり手がけてこなかった分野の公共事業の入札に参加することになりました。その際、提出する書類の中で、自社のことをまるで以前からその分野を専門としてきたかのように記述しました。幸運にもその仕事を受注できた後、会社は書類に書いた「説明」に合わせるように、他の分野の仕事を整理し、排煙測定の専門家として本格的に舵を切ることになったのです。
これは、過去の即興的な行動が、未来に向けた「説明」というフィルターを通すことで再解釈され、その後の組織の進路を固定化していく一つの例です。
資源の調達においても、スタートアップの即興的な性質は色濃く現れます。手元にあるもので何とかやりくりする活動は「ブリコラージュ」と呼ばれますが、特に創業期には、創業者自身が持っている人的なつながり、すなわちネットワークへの依存が顕著に見られます。新しい事業の機会が、元同僚や前の顧客といったネットワークから転がり込んでくることが多いのは先に述べた通りです。初期の人材採用においても、その様子がうかがえます。ある調査では、初期に採用された従業員の多くが、個人的なつながりを経由していました。
興味深いことに、こうした人的ネットワークへの依存は、創業が計画的であったか即興的であったかにかかわらず、創業後の資金調達や営業先の開拓といった活動においても共通して見られました。どのような始まり方をした企業であれ、「まずは知っている人に頼る」という行動様式が根付いているようです。
一方で、即興は組織に特定の能力を根付かせますが、それは諸刃の剣となる可能性も秘めています。例えば、ある通信サービスの会社では、急成長する顧客の「とにかく早く解決してほしい」という要求に応えるため、腕利きの技術者たちが文書化や品質管理といった手続きを後回しにして、その場その場の修正でシステムを動かし続けていました。この「修羅場対応」の成功体験は、「とにかく早く出して後で直す」という組織の得意技を磨き上げましたが、同時に、問題が起こると特定の技術者に依存する体質を生み出しました。
このような即興で問題を解決する能力が高い組織では、体系的な設計や品質管理といった、計画的に物事を進める能力の発達が遅れることがあります。同様に、顧客ごとの特殊な要求に即興的に応える技術力は強みになりますが、それが逆に、誰でも使えるような一般的な製品を開発する能力の形成を妨げることにもなりかねません。
現場で生まれる微細な即興の連なりが、ネットワークを通じた資源のやりくりや、外部への説明責任を果たす中で形を整え、やがては組織の戦略や能力といった、企業の骨格を創り上げていく。スタートアップの現場では、計画と実行が織りなす、このようなプロセスが繰り広げられているのです。
自信ある起業家の即興は、業績を上げるが満足度を下げる
スタートアップという組織が、いかに即興の中からその姿を現していくかを見てきました。その中で実際に即興という行為を担う「起業家」本人には、どのようなことが起こっているのでしょうか。即興的な行動は、事業の成果や、起業家自身の心の状態に、どのように結びついているのでしょう。組織レベルの現象から、個人の内面へと焦点を移してみましょう。
この問いを探るため、アメリカで新たに設立されたベンチャー企業159社の創業者を対象とした、あるアンケート調査が実施されました[2]。この調査では、創業者たちに、日々の仕事の中でどのくらい即興的な行動をとっているか(例えば、「問題の解決策をその場でつくる」「計画から外れて機会を活かす」など)、起業家としての自分の能力にどの程度の自信を持っているかを尋ねました。あわせて、事業のパフォーマンス(売上高の成長率)と、創業者自身の仕事に対する満足度についても回答を求めています。
この調査が検証しようとしたのは、起業家の「即興」と「自信」という二つの要素が、互いにどう作用し合って、結果に結びつくのかという点でした。
分析の前には、直感的にうなずけるような予測が立てられていました。一つは、自分の能力に自信がある起業家ほど、即興的な行動がうまく成果につながるだろうというものです。自信があるからこそ、困難な状況でも諦めずに試行錯誤を続け、成功へと結びつけられるのではないか、と考えられたのです。もう一つは、自信がある起業家は、即興に伴う精神的な負担にもうまく対処でき、仕事の満足度も高くなるだろうという予測でした。
事業のパフォーマンスに関する分析結果は、最初の予測を裏付けるものでした。起業家としての自信の度合いが高い創業者が即興的な行動を多くとる場合、その企業の売上成長率は高くなるという関係が見られました。その一方で、自分自身の能力にあまり自信が持てない創業者が即興的な行動をとると、逆に売上成長率は低くなるという、正反対の関係も確認されたのです。
このことから、即興という行為は、それを行う人の自己に対する確信の度合いによって、事業に与える結果が変わりうることが分かります。自信の欠如は、即興の途中で諦めてしまったり、可能性の探求をためらわせたりするのかもしれません。
ところが、創業者自身の仕事満足度に関する分析では、予想外の結果が現れました。予測では、自信があって即興も行う起業家は、仕事の満足度も高いはずでした。しかし、実際には、自信の度合いと即興行動のレベルがともに高い創業者は、仕事の満足度が低下するという、予測とは正反対の相関が認められたのです。彼ら彼女らの率いる企業は、調査対象の中で最も高い業績を上げていたにもかかわらず、創業者本人の満足度は、最も低いグループに属していました。
業績は絶好調、しかし、それを率いる本人の心は満たされていない。この一見すると矛盾した結果は、何を物語っているのでしょうか。いくつかの解釈が考えられます。一つは、急成長がもたらすプレッシャーです。企業が急速に成長し、守るべき資産や従業員が増えるにつれて、一つひとつの即興的な行動に伴うリスクは格段に大きくなります。その重圧が、創業者に精神的な苦痛をもたらしている可能性があります。あるいは、非常に高い自信を持つ人ほど、自らより大きく困難な挑戦を好み、自分自身を追い込んでしまうのかもしれません。
対照的に、起業家としての自信が低いグループでは、即興的な行動を多くとる人の方が、そうでない人よりも仕事の満足度が高いという結果も出ています。これは、即興という実践を通じて新たな知識やスキルを学び、成功体験を積むことで、能力に対する自信が育まれ、それが満足度につながっている可能性を示しています。
この調査からは、経験との関連についても興味深い知見が得られました。キャリアの中で複数の事業を立ち上げた経験のある「連続起業家」は、初めて起業した人に比べて、起業家としての自信も、即興行動のレベルも、ともに有意に高いことが分かりました。即興は、資源が乏しい創業期にやむを得ず行われるものという見方もありますが、むしろ経験を積んだ起業家ほど、それを意識的に用いているようです。
経験者の直感が即興を生み、顧客満足度を高める
起業家の即興が、その人の「自信」と結びついていることを見てきました。即興という行動は、どのようなきっかけで生まれるのでしょうか。その源泉をたどっていくと、「直感」という、もう一つの内面的な働きに行き着きます。ここでは、舞台をスタートアップから、より一般的なプロジェクトマネジメントの現場に移し、経験豊富なプロフェッショナルがどのように直感を用い、即興へとつなげているのかを探っていきます。
プロジェクトの現場は、不確実性の連続です。どんなに綿密な計画を立てても、予期せぬ事態は必ず起こります。そのような時、優れたプロジェクトマネージャーは、合理的な分析だけに頼るのではなく、自らの「腹の底からの感覚」や、ふとした「ひらめき」に従って判断を下すことがあります。論理的な思考を介さずに素早く下される全体的な判断が「直感」です。
イギリスのプロジェクトマネジメント協会に所属する500人以上のプロジェクトマネージャーを対象に行われたある調査は、この直感と即興、プロジェクトの成果との関係性を明らかにしようと試みました[3]。調査に参加したマネージャーたちは、自分が普段の意思決定で合理的な分析と直感のどちらを頼りにする傾向があるか、計画から逸脱して即興的な行動をとることがどのくらいあるか、担当したプロジェクトの成果(納期やコスト、顧客満足度など)について回答しました。
分析の結果、直感的な意思決定を多用するマネージャーほど、即興的な行動を多くとるという正の相関が認められました。これは、即興という行動の引き金として、直感的な判断が存在していることを裏付けています。
その背景には「経験」が関わっていることも分かりました。プロジェクトマネージャーとしての経験が豊富な人ほど、直感と即興の両方をより多く用いていると報告したのです。この結果は、直感が、長年の経験を通じて蓄積された専門知識や暗黙知が、無意識のうちに素早い判断として現れたものであるという考え方を支持します。過去に何度も類似した状況を経験している専門家は、状況のパターンを瞬時に認識し、それに最も適した行動を直感的に選び取ることができるのかもしれません。
こうした直感に基づく即興は、プロジェクトの成果にどう結びつくのでしょうか。この調査では、プロジェクトの成果を、納期遵守やコスト管理といった組織内部の基準で測られる「内部成果」と、顧客がどれだけ満足したかという「外部成果」の二つに分けて分析しました。
その結果、直感の利用は、納期やコストといった内部成果とは直接的な関連が見られませんでした。しかし、「顧客満足度」という外部成果とは正の相関を示したのです。このことは、数値やデータで割り切れない、人の気持ちや複雑な人間関係が絡むような問題に対して、合理的な分析よりも直感的な判断の方が、良い結果をもたらす可能性を示唆するものです。
一方で、少し意外なことに、即興という行動と、プロジェクトの成果との間には、直接的な関係は見出されませんでした。多くのマネージャーは、プロジェクトを成功に導くために即興を行っているはずです。しかし、実際には、計画の遅れを取り戻したり、顧客からの急な仕様変更に対応したりといった、いわば「守り」の状況で、やむを得ず即興に頼っているケースが多いのかもしれません。その場合、即興はプロジェクトの破綻を防ぐことには貢献しても、もともとの目標を上回るような「成功」に直接結びつくとは限らないということでしょう。
この調査は、経験豊富な専門家の頭の中で、経験が直感を生み、その直感が即興という行動を引き起こしているという一連のプロセスを浮かび上がらせました。そのプロセスは、特に顧客という「人」と向き合う場面において、その価値を発揮するようです。計画を立て、論理的に思考する能力はもちろん重要ですが、それだけでは捉えきれない現実の複雑さに対処するために、私たちは経験に裏打ちされた直感と、そこから生まれる即興という、もう一つの知性を備えているのです。
脚注
[1] Baker, T., Miner, A. S., and Eesley, D. T. (2003). Improvising firms: Bricolage, account giving and improvisational competencies in the founding process. Research Policy, 32(2), 255-276.
[2] Hmieleski, K. M., and Corbett, A. C. (2008). The contrasting interaction effects of improvisational behavior with entrepreneurial self-efficacy on new venture performance and entrepreneur work satisfaction. Journal of Business Venturing, 23(4), 482-496.
[3] Leybourne, S., and Sadler-Smith, E. (2006). The role of intuition and improvisation in project management. International Journal of Project Management, 24(6), 483-492.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

