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コラム

行動が先、意味は後:組織的即興の知恵

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私たちの仕事や生活は、予期せぬ出来事の連続です。どれほど緻密に計画を立てても、本当に思い通りに進むことは稀かもしれません。顧客からの突然の要望やシステムの予期せぬトラブルなど、計画書にない行動を迫られる場面は少なくありません。この計画に基づかないリアルタイムの対応を「即興」と呼ぶことができます。

一般的に「即興」という言葉には、「その場しのぎ」や「準備不足」といった響きが伴うかもしれません。しかし、ジャズの演奏家たちは、ステージ上で互いの音に瞬時に反応し合い、その場でしか生まれない音楽を創造します。その演奏は、長年の訓練に裏打ちされた高度な技術と深い音楽的理解が結実したものです。

本コラムでは、即興という行為の奥深さに光を当てます。即興とは、混沌とした状況で新しい秩序を生み出す創造的なプロセスであり、経験から学ぶための学習形態でもあります。組織という文脈で、即興はどのように発生し、どのような学びをもたらすのでしょうか。本コラムでは、組織における即興を多角的に分析した複数の研究を手がかりに、その本質を探求していきます。

組織の即興は、まず行動し、後から意味付ける

「即興」は、計画のない自由な行動と捉えられがちですが、組織の文脈では少し意味合いが異なります。それは完全な無から何かを生み出すのではなく、すでにあるものを土台にして、その場で新しい形を与えていく創造的なプロセスとして理解されます。

この考え方を深めるために、ジャズの即興演奏がモデルとして用いられます[1]。ジャズ演奏家は白紙から音楽を紡ぐわけではなく、メロディやコード進行といった共有された「形式」を基盤に、独自の解釈やフレーズを織り交ぜます。これは、私たちが語彙や文法というルールの上で自由に会話するプロセスと似ており、規律や長年の練習があって可能になる高度な行為なのです。

組織における行動も、このジャズのモデルで捉え直せます。例えば、即興性の度合いによっていくつかの段階に分けられます。既存の業務マニュアルに少し工夫を加えるのは「解釈」、一部の手順を飾りつけるように変更するのは「装飾」、元の骨格を残しつつ新しい工程を加えるのは「変奏」、全く新しい業務プロセスを創出するのは、まさに「即興」と呼べるレベルの創造行為です。

この段階分けは、組織の変化を理解する手がかりとなります。どのようなレベルの即興であれ、必ず土台となる「何か」が存在します。組織においては、それが企業理念や戦略、共有された価値観などになるでしょう。豊かで示唆に富んだ理念は、従業員の創造的な行動を促す質の高いメロディとなりえます。即興とは、小さな形式から出発し、それを発展させ、時には元の形から大きく飛躍していくダイナミックなプロセスです。

このプロセスの認知的な側面で特徴的なのは、「遡及(そきゅう)」という考え方です。ジャズ演奏家は、次に弾く音を計画しているわけではありません。まず一つの音を出し、その響きを自分で聴き、応答する形で次のフレーズを組み立てます。行動が先にあり、意味や次の展開は後から考えられるのです。これは「考えるために行動する」と表現できます。

このアプローチは、選択肢を比較検討して最適解を選ぶ「意思決定」とは異なり、起きた出来事の解釈を試みる「意味付け」のプロセスに近いものです。あるドラマーは、この感覚を「自分自身との対話」と表現しました。このような遡及的な創造には、自分がいま何をしたかを正確に記憶し、客観的に捉える能力が求められます。

この「まず行動し、後から意味付ける」というアプローチは、音楽の世界に限りません。医療現場では、医師がまず暫定的な治療を施し、患者の反応を見ながら問題の核心を理解していくことがあります。不確実性の高い状況では、行動すること自体が、世界を理解する手段となります。このように、即興とは、計画が通用しない世界で、私たちが物事を理解し、創造的に対処していくための方法の一つと言えるでしょう。

即興はリアルタイム学習であり、解釈の創造でもある

先ほどは、即興の概念的な枠組みを、ジャズ演奏をモデルに見てきました。ここでは、実際の企業における新製品開発の現場で、組織の即興がどのような形で現れるのかを観察した研究を紹介します[2]

調査の結果、組織の即興は、生み出されるものの性質によって三つの形態に分類できることがわかりました。一つ目は、計画になかった新しい行動やプロセスが生まれる「行動上の生産物」です。例えば、ある開発チームが、店舗視察中に予定外の店舗を即興で訪問し、新たな発見を得たケースがこれにあたります。

二つ目は、事前の設計図なしに物理的な製品やその一部が創造される「人工物上の生産物」です。製品テスト中に安全カバーの試作品をその場で作ったり、仕様を満たさない部品に合わせて接続先の回路基板を設計し直したりといった例が観察されました。

三つ目は、とりわけ興味深い「解釈上の生産物」です。これは、予期せぬ出来事に対して新しい意味や価値の枠組みが生み出されるケースです。あるプログラムのバグ修正が、意図せず情報検索を高速化させた際、チームはこれを単なる偶然の産物ではなく、「高速レポート機能」という新たなセールスポイントとして即興的に再解釈しました。失敗や偶然を好機として意味付け直す行為も、創造的な即興の一つの形です。

これらの観察から、即興の定義もより精密なものになりました。即興の本質は、設計と実行が時間的に近いだけでなく、互いに作用し合いながら分かちがたく融合する「実質的な収束」にあると結論づけられています。この観点に立つと、即興は「経験が行動や知識の変化を生む」という学習の定義に合致する、特殊な学びの形態と見なせます。その行動がとられている最中に、リアルタイムの経験が行動を形成していく「リアルタイム学習」です。

組織が即興を行うきっかけは、予期せぬ問題や時間的制約、好機でした。このような即興学習は、知識獲得自体を目的とする計画的な「実験的学習」とは異なり、あくまで目の前の課題解決が主目的で、学びは副次的な産物です。

しかし、この学習形態は、長期的に見ると組織に複雑な結果をもたらします。一時的な活動で終わることもあれば、試行錯誤学習の出発点となることもありました。一方で、過去の調査結果を無視して思いつきで開発の方向性を変えてしまったり、即座の行動を優先するあまり慎重な実験の機会を奪ったりと、学習プロセスを阻害する側面も明らかになりました。

調査対象となった企業は、こうした危険性を認識しつつも、即興的な活動を許容していました。それは、長年の経験を通じて、即興を生み出し、その中から価値あるものを見極め、組織の知識として定着させる能力、すなわち「コンピタンス」を発達させていたためと考えられます。即興は、単発の輝きにも、組織の学びの種にもなりうるのです。

即興には類型があり、学習と経験によって進展する

全ての即興が同じ性質を持つわけではありません。置かれた環境や組織の能力によって、生まれる即興の姿は異なります。ここでは、即興をいくつかの類型に分け、組織がいかにその能力を発展させていくのかを論じた研究を見ていきます[3]

この研究は、即興の主要な側面として「新規性」「スピード」「一貫性」の三つを提示します。「新規性」は既存のやり方からの逸脱の度合い、「スピード」は対応の迅速さ、「一貫性」はチーム内での行動の調和や結果への貢献度を指します。

これらの次元のバランスは、組織の情報活動のあり方によって変わります。例えば、広範な情報収集は「新規性」を高めますが「スピード」を犠牲にするかもしれません。一方、メンバー間の解釈が共有されていれば「一貫性」と「スピード」は高まりますが、過去の成功体験にとらわれ「新規性」は生まれにくくなる可能性があります。

どのようなタイプの即興がより良い結果につながるかは、組織が直面する環境によっても左右されます。予測が難しい「不確実な環境」では「新規性」の高い即興が、変化のペースが速い「動的な環境」では「スピード」の高い即興が、状況解釈が難しい「多義的な環境」では「一貫性」の高い即興が有効となりえます。

これらの考察に基づき、研究は四つの異なる即興の類型を提示しています。

一つ目は「使い慣れた」即興です。新規性とスピードは低いものの、一貫性が高いタイプで、即興に不慣れな組織が既存の知識に頼って堅実に対応しようとする姿です。

二つ目は「異なる」即興です。スピードは遅いものの、新規性が高いタイプで、学習意欲の高い組織が時間をかけて新しい解決策を生み出そうとします。

三つ目は「迅速な」即興です。新規性は低いものの、スピードが高いタイプで、機動力のある組織が限られた情報で素早く行動を起こすことが特徴です。

四つ目は「有能な」即興です。スピードと新規性の両方が高いレベルで実現されている理想的な姿です。即興の経験を積んだ組織は、状況に応じてトレードオフを克服し、最適な即興を繰り出す能力を身につけているのです。

この類型論が示唆するのは、組織が経験を積むことで即興能力を発展させていけるという点です。多くの組織は「使い慣れた」即興から始め、経験を蓄積することで、最終的には「有能な」レベルへと到達する可能性があります。

即興はジャズだけでなく、多様なモデルで捉えるべき

組織の即興を考えるとき、ジャズのメタファーは強力なツールとなってきました。しかし、一つのメタファーに過度に依存すると、かえって視野を狭めてしまう危険性があります。組織で起こる即興は、本当にジャズ演奏のような姿ばかりなのでしょうか。この問いから出発し、ジャズ・メタファーを超え、より豊かな組織即興の理論を構築しようと試みた研究があります[4]。この研究は、ジャズとは異なる三つの領域インド音楽、音楽療法、役割理論を分析し、それぞれが提供する新しい視点を探求しています。

一つ目のモデルは「インド音楽」です。ジャズの即興が「協働」の側面を強く持つのに対し、インド音楽の即興は互いの腕を競い合う「競争」の様相を呈することがあります。演奏者たちは、相手を凌駕しようとします。このモデルは、組織の即興が必ずしも友好的な文脈だけで起こるわけではなく、部門間の競争といった競争的な文脈でも起こりうるという視点を与えてくれます。

二つ目のモデルは「音楽療法」です。ここでの即興の目的は芸術性ではなく、患者の治癒や自己表現にあります。そのため、高度な演奏技術は求められず、セラピストが強いリーダーシップを発揮します。このモデルは、即興が熟練した専門家だけのものではないことを教えてくれます。限られた資源で工夫する「ブリコラージュ」のように、ごく普通の人々が、強いリーダーシップの下で問題解決のために行う即興の姿を捉えることができます。

三つ目のモデルは、社会心理学の「役割理論」です。ここでの即興は、意図的な創造活動というより、予期せぬ状況に対してやむを得ず行われる「意図せざる逸脱」として生じます。上司と部下の面談で、予期せぬ質問に応答するような場面です。分析の焦点は個人の能力よりも、関係性の中で期待される「役割」に置かれます。このモデルは、組織における即興の多くが、日々の業務の中で生じる予期せぬ問題への対応として現れるという現実を捉えるのに適しています。

このように、異なるモデルを通して即興を眺めることで、その現象がいかに多様であるかがわかります。組織の即興は、常に協働的で意図的なものとは限りません。競争的な状況で起こることもあれば、専門知識がない中で行われることもあり、日々の役割遂行の中で意図せず生じることもあります。文脈によって、求められるリーダーシップやスキル、生まれる成果も異なるのです。

脚注

[1] Weick, K. E. (1998). Introductory essay – Improvisation as a mindset for organizational analysis. Organization Science, 9(5), 543-555.

[2] Miner, A. S., Bassoff, P., and Moorman, C. (2001). Organizational improvisation and learning: A field study. Administrative Science Quarterly, 46(2), 304-337.

[3] Chelariu, C., Johnston, W. J., and Young, L. (2002). Learning to improvise, improvising to learn: A process of responding to complex environments. Journal of Business Research, 55(2), 141-147.

[4] Kamoche, K., Cunha, M. P. e, and Cunha, J. V. da. (2003). Towards a Theory of Organizational Improvisation: Looking Beyond the Jazz Metaphor. Journal of Management Studies, 40(8), 2023-2051.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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