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コラム

恐れと好奇心のマネジメント:注意が革新を阻むとき、支えるとき

コラム

私たちの働く組織は、日々、変化の波に晒されています。市場の動向、新しい技術の登場、競合の戦略変更。こうした変化に対応するため、多くの企業が変革の必要性を感じています。しかし、立派な戦略を掲げ、優秀な人材を集めても、なぜか変革がうまく進まない、という経験はないでしょうか。全員が同じ方向を向いているはずなのに、どこかで歯車が噛み合わない。その原因は、個々の能力や意欲の問題ではなく、もっと根深いところ、組織全体の「注意」がどこに向かっているのかという問題にあるのかもしれません。

組織とは、多くの人々が集まる集合体です。一人ひとりの「注意」が、組織の中でどのように相互に作用し、一つの大きな流れを形作っているのでしょうか。本コラムでは、組織が環境に適応し、自らを変えていくプロセスを、「注意の相互作用」という視点を通して探求します。

これから紹介するのは、組織の運命を分けた四つの物語です。巨大企業の意思決定を支えた会議体の設計、覇権争いに敗れた組織の内部で起きていた感情のすれ違い、一つの社会的な出来事が業界の常識を塗り替えた過程、リーダーたちの情報の探し方が新製品の成否を左右した仕組み。これらの事例を読み解くことで、組織が世界をどう認識し、行動を選択するのか、その核心に迫ります。

クロスレベルの注意設計が適応を強める

巨大な企業が、いくつもの事業を抱えながら、一つの生命体のようにしなやかに動き続けることは可能なのでしょうか。本社が描くビジョンと、現場が直面する現実。この二つを乖離させず、変化に対応していくには、どのような仕組みが必要になるのでしょうか。この問いに一つのヒントを与えてくれるのが、多角化企業の組織構造、特に本社と事業部のコミュニケーションのあり方に光をあてた研究です[1]

この研究の根底には、人の注意はその人が置かれた「場」に依存するという考え方があります。組織の適応力を高める鍵は、どのような「場」を設計し、そこに誰を集め、何を議論させるかにあるとされます。この考え方を検証するため、世界有数の多角化企業であるゼネラル・エレクトリック社の1951年から2001年という50年間の歴史を対象とした長期的な事例研究が行われました。その中で、コンピュータ事業とメディカル・システムズ事業という二つの事業で起きた出来事が詳細に分析されました。

分析から浮かび上がってきたのは、本社と事業部、専門スタッフが一堂に会する「クロスレベル」の会議体が、組織の適応において決定的な働きをしていたという事実です。

例えば1950年代の「分権化期」には、「年次ビジネス・レビュー」という会議が設けられ、本社の経営幹部と事業部の責任者が事業のあらゆる側面を議論しました。この場で論点がすり合わされ、コンピュータ事業は初期の成功を収めることができました。しかし1960年代後半の「コーポレート・プランニング期」に入ると、戦略立案が本社中心となり、クロスレベルの場が減少。現場の実情から離れた計画が立てられ、同事業は苦境に陥ります。

この反省を踏まえ、1970年代以降の「ストラテジック・プランニング期」には、戦略、財務、人材について話し合う、三つの専門特化したクロスレベルの会議体が体系的に運用されるようになりました。この仕組みのもとで、メディカル・システムズ事業は目覚ましい成功を遂げます。CTMRIといった新技術が登場した際、これらの会議体を通じて認識が迅速に共有され、集中的な資源配分が決定されたのです。

1980年代後半以降の「オペレーティング・システム期」には、この仕組みがさらに洗練されます。年始の合宿から始まり、各セッション、人材育成研修へと、一つのテーマが年間を通じて繰り返し議論されるようになりました。この循環的な仕組みにより、ある製品の品質問題という現場の課題が、様々な機能部門を巻き込みながら、縦と横の両方で同期して解決へと進んでいきました。

コンピュータ事業の失敗とメディカル・システムズ事業の成功という対照的な結果は、組織の適応力が、本社と事業部をつなぐ「場」の設計に関わっていることを物語っています。異なる階層と機能を持つ人々が集まる場をいかに体系的に配置するかが、組織全体の注意を一つの方向に束ね、変化に立ち向かう力となります。

恐れの非対称が注意統合を壊し革新を阻んだ

先ほどは、会議体の設計という制度的な「形」が、組織の注意を統合し適応力を高めることを見てきました。しかし、組織は人間が集まる場所であり、そこには制度だけでは律しきれない感情の力が働いています。その感情が階層によって異なり、見えない壁を作ってしまうとしたら、どうなるでしょうか。

感情、とりわけ「恐れ」が組織の革新をいかに妨げるかを、ある失敗事例から解き明かした研究があります[2]。対象は、かつて携帯電話市場の絶対王者であったノキア社です。同社がスマートフォンの時代に適応できなかった謎を解く鍵が、トップ層とミドル層(中間管理職)の間に存在した「恐れの非対称性」にあると、この研究は論じます。

研究者たちは、ノキアが激しい競争に晒された2005年から2010年にかけての時期の経営者や従業員に詳細なインタビューを行いました。その結果、トップ層とミドル層が全く異なる種類の恐れを抱えていたことが明らかになりました。トップ経営者たちが感じていたのは、競合の台頭や投資家からの厳しい目といった「外部に対する恐れ」でした。一方で、中間管理職たちが抱えていたのは、上司からの叱責やリストラへの恐怖といった「内部に対する恐れ」でした。

「外部を恐れるトップ」と「内部を恐れるミドル」という構造が、組織内のコミュニケーションに歪みを生み出しました。トップ層は、外部への恐れから現場に強い圧力をかけますが、自社の弱みといったネガティブな情報を率直に伝えることには躊躇しました。ミドル層は、内部への恐れからトップの要求に「ノー」と言えず、技術的に無理な要求でも「できます」と約束し、楽観的な進捗報告を繰り返しました。

この相互作用の結果、トップの認識と現場の実態との間に致命的な「能力認識ギャップ」が生まれていきました。トップは「現場は要求通りやれている」と信じ込み、ミドルは口をつぐむ。圧力と楽観報告という悪循環の中で、現実離れした楽観が強められ、現場は疲弊していきました。

この歪んだ注意の統合がもたらした結末は、悲劇的なものでした。組織の資源と意識は、目先の端末開発という短期的な目標にばかり向けられ、スマートフォンの競争力を根底から支えるOS開発という重要な課題は後回しにされ続けました。結果、製品の品質は低下し、投入遅延が常態化。最終的に、ノキアは自社OS戦略の破綻を認めざるを得なくなりました。この事例は、組織内の注意の統合が、制度の問題だけではないことを教えてくれます。階層ごとに共有された感情が、組織全体の目を曇らせてしまうことがあるのです。

持続的な注目が病院制度のロジックを転換した

これまでは組織の内部に目を向けてきましたが、組織は社会という大きな環境の中で生きています。組織の外部で起きる出来事は、業界全体の「常識」を書き換えてしまうことがあります。法改正のような直接的な強制力がなくても、人々の注意を一点に集めるだけで、それが可能になります。

この現象を描き出したのが、1990年代前半にアメリカで議論を呼んだクリントン政権による医療制度改革の試みを取り上げた研究です[3]。この改革案は法制化されませんでしたが、改革をめぐる一連の公的な議論、すなわち社会的な注意の集中が、アメリカの病院業界の根底にあった「制度ロジック」を転換させたとされます。

「制度ロジック」とは、業界の暗黙の行動規範や価値基準のことです。当時の病院業界は、医師の専門性を中心とする「専門職ロジック」に支配されていました。しかし、改革が議論される中で、コストと品質を管理し効率性を重視する「マネージドケア・ロジック」が新たな支配的地位を確立していきました。

この研究は、業界専門誌の記事を分析し、改革議論を四つの時期に分けて追跡しました。「期待期」には、大統領が支持する政策モデルに社会の注意が集中し、「改革は来る」という期待感から、人々はそのモデルに合う事例を現実から探し始めました。「審議期」に入ると、人々の関心は政府の青写真から離れ、病院の合併加速など、足元で起きている具体的な環境変化へと移ります。それらの変化を総称する言葉として「マネージドケア」という語が広く使われ始め、業界全体を覆う変化の潮流を指す概念へと意味を変えていきました。

改革法案が頓挫した「回顧期」には、政府主導の改革への関心は薄れ、代わりに「市場主導の改革」こそが現実だという認識が定着。「マネージドケア」は、病院業界を支配する新しいゲームのルールとして根づきました。

この過程が示すのは、法案の成否とは無関係に、それをめぐる持続的な社会の注意が触媒として機能したという事実です。改革議論というイベントが、業界に関わる全ての人々に、自分たちの環境を新しい視点で見つめ、新しい言葉で語り直すことを強いました。具体的な事例への気づきと、それを抽象的な概念で意味づけることの相互作用が繰り返される中で、業界の集合的な自己認識が書き換えられていきました。社会的な注意のうねりは、それ自体が一種の力を持ち、行動の前提となるロジックを変容させてしまうことがあるのです。

遠く多様な探索と粘り強さが新製品導入を増やす

組織の舵取りを担うトップマネジメント・チームに焦点を当てます。彼ら彼女らの「情報の探し方」が、企業の革新性、具体的には新製品を市場に送り出す能力とどう結びついているのでしょうか。

ある研究が、トップチームの注意の向け方を、「どこを探すか(探索の選択)」と「どれだけ深く探すか(探索の強度)」という二つの側面から捉え、61社のハイテク企業を対象とした調査で検証しました[4]

「どこを探すか」については、多くの新製品を生み出す企業には共通のパターンがありました。それは、「馴染みのない領域」「遠い場所」「多様な情報源」を探していることでした。自らの慣れ親しんだ世界から踏み出し、遠く広く網を張ることが、革新的なアイデアとの出会いを増やす上で有効でした。

しかし、この研究の興味深い発見は「どれだけ深く探すか」という強度にあります。研究者たちは強度を二つの要素に分解しました。一つは「努力」、つまり探索活動にどれだけのエネルギーを注いでいるか。もう一つは「持続性」、つまり一つのテーマを粘り強く掘り下げる姿勢です。

分析の結果、「持続性」が高いチームほど、より多くの新製品を導入していました。情報をじっくりと比較検討し、深く意味づけるプロセスがプラスに働くことを示唆しています。一方で、「努力」の大きさは、新製品の導入数と負の関係にありました。トップチームが探索にエネルギーを注ぐほど、新製品の数は減っていたのです。研究者たちはこれを、トップの注意という資源の有限性から説明します。探索という「努力」に過大な資源を振り向けると、計画立案や実行といった、他の不可欠な活動に割くべき注意が奪われてしまいます。

探索の「選択」と「強度」の「適合」も重要でした。例えば、「遠い」領域を探索する時に過大な「努力」を注ぐ組み合わせは、新製品導入を著しく減少させていました。この研究が私たちに伝えるのは、革新とは、単に「頑張って探す」ことではないということです。自らの限りある注意をいかに賢く配分するかという、戦略的な問いです。闇雲な「努力」と、思慮深い「持続性」を区別し、バランスを設計することが、組織の革新能力を高めるのでしょう。

脚注

[1] Joseph, J., and Ocasio, W. (2012). Architecture, attention, and adaptation in the multibusiness firm: General Electric from 1951 to 2001. Strategic Management Journal, 33, 633-660.

[2] Vuori, T. O., and Huy, Q. N. (2016). Distributed attention and shared emotions in the innovation process: How Nokia lost the smartphone battle. Administrative Science Quarterly, 61(1), 9-51.

[3] Nigam, A., and Ocasio, W. (2010). Event attention, environmental sensemaking, and change in institutional logics: An inductive analysis of the effects of public attention to Clinton’s health care reform initiative. Organization Science, 21(4), 823-841.

[4] Li, Q., Maggitti, P. G., Smith, K. G., Tesluk, P. E., and Katila, R. (2013). Top management attention to innovation: The role of search selection and intensity in new product introductions. Academy of Management Journal, 56(3), 893-916.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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