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コラム

場の力を解き明かす:人と組織を動かす空間論

コラム

私たちの働き方は変わりつつあります。画面越しの会議が日常となり、離れた場所の仲間との共同作業も珍しくなくなりました。このような変化の中で、人々が物理的に同じ場所に集うことの意味が、改めて問い直されています。オフィスという空間は、単に仕事をするためだけの場所ではないのかもしれません。

私たちは普段、自分がいる空間から様々なメッセージを受け取り、無意識のうちに振る舞いを方向づけられています。なぜか会話が弾む休憩室、不思議と集中できる窓際の席。そこには、空間が持つ力が働いているのでしょう。壁一枚、机一つの配置が、私たちの心の距離やコミュニケーションの質を繊細に調整しています。

本コラムでは、そうした空間の持つ力に光を当てます。会社のコピー室、オフィスのデスク周り、病院の一室、歴史を刻んだ大学の校舎。これらの「場」を見ていくことで、空間がどのように人と人との関わりを形づくり、時には組織の文化や変革の行方にまで関わるのかを紐解いていきます。

近接性と安心感が雑談を生む環境を形づくる

職場で交わされる何気ない雑談が、新しいアイデアの源泉になったり、チームの連帯感を強めたりすることは、多くの人が経験的に知っているでしょう。そうした実りある雑談は、どのような場所で生まれやすいのでしょうか。ヒントは、意外にも身近な「コピー室」という空間に隠されていました。

ある調査において、フランスの複数の組織のコピー室が長期間にわたって観察されました[1]。調査チームは、ビデオ撮影や参与観察といった手法を用い、コピー室という場所がどのように人々の相互作用、とりわけ雑談を生み出すのか、その仕組みを明らかにしようとしました。

観察の結果、雑談が活発に生まれるコピー室には、三つの共通条件が揃っていることが見えてきました。第一に、人々が物理的に出会いやすい「近接性」。第二に、他人の目を気にせず話せる「プライバシーという安心感」。第三に、ここで立ち話をしてもよいという暗黙の了解、いわば「社会的指定」です。これら三つの条件は、空間の物理的な作りや機能と結びついていました。

「近接性」は、コピー室の地理的な配置に左右されます。部署の出入り口やエレベーター、郵便受けなどが集まる動線の交差点に位置していれば、従業員は様々な目的でその前を通りかかり、意図せず顔を合わせる機会が自然と増えます。偶然の遭遇の積み重ねが、雑談のきっかけとなります。

「プライバシーという安心感」は、空間の建築的な特徴と関わっています。調査されたコピー室の多くは、完全に開かれても閉じられてもいない「半ば囲われた」空間でした。この作りは絶妙なバランスを生みます。壁が会話の音漏れを防ぎ、少し込み入った話をしやすくする一方で、開かれた入り口や窓からは誰かが近づいてくるのを早めに察知できます。これによって、人々は会話の主導権を握りやすくなり、見聞きされることを自分たちで制御できるという感覚が確保されます。

三つ目の「社会的指定」、すなわち「ここで話してもいい」という雰囲気は、その場所に備わった機能から生まれます。コピー機などは、操作や待機のために人々がその場に留まることを物理的に要請します。特に印刷待ちの時間は、傍から見れば「話しかけてもよさそうな、少しだけ暇な時間」に映り、会話を始める正当な口実を与えます。掲示板などコピー以外の機能が集約されていると、滞在理由が増え、「ここは人々が集う場所だ」という暗黙の了解がさらに強固になります。

これらの分析から、コピー室という空間が、その物理的・建築的・機能的な特徴の組み合わせによって、「偶然に出会い、安心して立ち話ができる場所」という無言のメッセージを発していることがわかります。人々はそのメッセージを無意識に受け取り、雑談へと自然に誘われるのです。

仕切りやドアが深い協働を支えていた

開放的なオフィス空間がコミュニケーションを活発にするという考え方は、長年多くの企業で支持されてきました。壁や仕切りは、人々を隔て、自由な対話を妨げる障害物と見なされがちです。しかし、果たして本当にそうなのでしょうか。ある研究開発組織を対象とした調査は、この通説に興味深い問いを投げかける結果を明らかにしました[2]

調査の目的は、オフィスのパーティションやドアといった物理的な障壁が、従業員の相互作用にどう関わるかを実証的に検証することでした。調査対象となったハイテク企業の従業員は、一週間の時間の使い方を詳細に記録。同時に、調査チームは各執務空間のパーティションの数や高さ、ドアの使用状況といった物理的バリアのデータを収集し、仕事の特性や個人の社交性といった要因も考慮に入れながら、その働きを評価しました。

分析結果は、一般的な予想とは異なるものでした。多くの物理的なバリアは、相互作用を「減らす」のではなく、むしろ特定の種類の相互作用を「増やして」いたのです。

例えば、周囲を囲むパーティションの背が高いオフィスで働く人ほど、「共同作業」や「会議」といった、複数人での計画的な活動に多くの時間を費やしていました。これは「囲いがあれば会話が減る」という素朴な見立てとは逆です。同様に、自室のドアを閉めている時間が長い人ほど、「共同作業」や、信頼関係を築く上で大切な「関係構築」のための会話に、より多くの時間を割いていました。一方で、意図しない「中断」を減らすことにつながっていた物理的な要素は、机を入り口に背を向けて配置することだけでした。

これらの結果は、仕切りやドアといった「囲い」が、単にコミュニケーションを遮断する装置ではないことを示唆しています。外部の視線や騒音から守られた閉じた空間があることで、人々は安心して集中した議論に臨めるのかもしれません。機密情報や個人的な話題を含むような対話には、プライバシーが保護された環境が不可欠です。空間的な境界は、「ここは私たちだけの議論の場だ」という心理的なまとまりを強め、目的を持った協働を後押しする可能性があります。

この調査が導き出すのは、コミュニケーションの「量」と「質」は必ずしも同じではないということです。オープンな空間は、偶発的な出会いや短い会話の量を増やすかもしれませんが、壁やドアで仕切られた空間は、目的を持った集中的な協働や、質の高い対話を支えます。

隔離と包摂の場が外科勤務改革を進める

大きな組織に新しいルールを導入しても、現場の慣習の壁は厚く、なかなか変化が根付かない。これは多くの組織が直面する課題です。特に、古くからの伝統や厳格な階層構造が重んじられる医療の現場では、変革への道のりは一層険しいものとなります。二つの大学病院を舞台にしたある調査は、制度改革の成否を分けた鍵が、ある特定の「関係空間」の有無にあったことを描き出しています[3]

この調査の背景には、アメリカの外科研修医の労働時間を週80時間以内に制限するという、国レベルでの制度変更がありました。これに対応するため、二つの大学病院は夜間の緊急対応を専門に担う夜勤チームを導入しました。しかし現場には「外科医は心身ともに強靭であるべきだ」という文化が根強く、日勤の研修医が業務を夜勤チームに「引き継ぐ」という新制度の核心部分は、多くの医師から強い抵抗に遭いました。

調査者は15ヶ月間にわたり二つの病院(Advent病院、Bayshore病院)に密着し、改革を推し進める「改革派」と旧来の慣習を守る「抵抗派」との間のミクロな力学を解明しようとしました。導入直後、両院で改革は壁にぶつかります。改革派の若手研修医が引き継ぎを試みても、抵抗派がこれを拒否するなどして頓挫しかけたのです。しかし、ここから二つの病院の運命は大きく分かれていきました。

改革が成功したAdvent病院では、ある月、特定の診療科チームが全員「改革派」で構成されるという偶然が生まれました。そのチームが夕方に行っていた打ち合わせが、変革を駆動する特別な「関係空間」として機能し始めました。

この空間には三つの決定的な特徴がありました。第一に「隔離」。打ち合わせは抵抗派の指導医たちの目から離れた場所で行われ、圧力を感じることなく本音で話せました。第二に「相互作用」。情報共有にとどまらず、働き方のデザインが議論されました。最も重要なのが第三の「包摂」です。その場には、引き継ぎに関わる全ての職位(チーフ、シニア、インターン、夜勤担当者)が一堂に会していたのです。

一方、改革に失敗したBayshore病院の改革派には、このような「隔離され、全ての関係者が集い、未来を議論できる」場がありませんでした。休憩室での雑談はあっても、チームとして具体的な解決策を練り上げるまでには至らなかったのです。

Advent病院の「関係空間」では、改革を前に進めるための重要な能力が育まれました。新しいやり方でもチームとしてうまくやれるという自信(関係効力感)、新しい関係性の中での互いの振る舞い方(関係的アイデンティティ)、この新しい働き方こそが正しいという共通の理屈(関係的フレーム)です。この特別な空間があったからこそ、Advent病院の改革派は職位を超えた一枚岩の集団となり、抵抗勢力に持続的に挑戦し続けることができました。

この事例が教えてくれるのは、組織の変革とは、上からルールを布告するだけでは成し遂げられないということです。ルールを実践する人々が、安全な場所で顔を合わせ、対話し、試行錯誤しながら新しい関係性を共に築き上げていく。そうしたミクロなプロセスを支える「場」のデザインが、変革を現実に根付かせる上で有用です。

空間の遺産と正統性が相互生成する

建物は、そこにいる人々が活動するための単なる器ではありません。そのデザイン、歴史、佇まいが、組織が社会に対して何者であるかを物語るメディアです。組織が社会から「正統な存在」として認められる上で、物理的な空間はメッセージを発信しています。フランスのある大学が、かつて国際的な軍事組織の本部だった建物に入居した事例は、この空間と組織の正統性との間で繰り広げられた、数十年にわたるダイナミックな対話の物語を伝えてくれます[4]

この調査が追跡したのは、ドーフィン大学が1969年に旧NATO本部の建物に移転して以来、その特異な空間と、大学が主張する正統性(存在意義)とが、どのように相互に影響を与え合ってきたかという長期的なプロセスです。調査者は膨大な資料や観察を組み合わせ、空間をめぐる人々の実践と、組織のアイデンティティの変遷を分析しました。

その歴史は大きく三つの時期に分けられます。第一は「創設期」(19691972年)です。新しい時代の「実験大学」として誕生した大学は、旧NATOの権威ある建物を「占有」しました。軍事組織の記憶が刻まれた厳格なイメージを利用しつつ、無数の個室が並ぶという建物の構造的特徴を、「少人数での対話を中心とする」という大学の革新的な教育理念と結びつけ、その正統性を築きました。

第二は「確立期」(19731994年)です。「公立大学でありながら、厳しい選抜を行う」という独自の地位を確立したこの時期、建物の「要塞」のような重厚な外観は、大学のエリート的なイメージと強く共鳴しました。建物の物理的な制約が、大学の独自性を正当化するためのレトリックとして戦略的に用いられていました。

第三の時期が「国際化期」(1994年以降)です。グローバルな大学間競争が激化する中で、大学は「国際性」や「先進性」を新たな正統性の柱とする必要に迫られました。近代的な新棟を増築したものの、それは旧棟との接続が悪く、過去の威光と未来への志向との断絶を象徴するかのようでした。やがて旧棟の老朽化が新しいイメージを損なうようになると、過去の意味合いを剥ぎ取り空間を更新する「脱占有」とも呼べる実践が進められました。

この物語から浮かび上がってくるのが「空間的レガシー」という概念です。過去の社会と物質の結びつきが残した痕跡は、時代が変わっても組織に影響を及ぼし続けます。それは時に組織のアイデンティティを支える象徴的な資本となり、またある時には新しい時代に適合しようとする組織の足かせにもなり得ます。空間と正統性は、どちらかが一方を決定するのではありません。それらは長い時間をかけて互いを形づくり合い、時には緊張し、時には共鳴し合うパートナーなのです。

脚注

[1] Fayard, A.-L., and Weeks, J. (2007). Photocopiers and water-coolers: The affordances of informal interaction. Organization Studies, 28(5), 605-634.

[2] Hatch, M. J. (1987). Physical barriers, task characteristics, and interaction activity in research and development firms. Administrative Science Quarterly, 32(3), 387-399.

[3] Kellogg, K. C. (2009). Operating room: Relational spaces and microinstitutional change in surgery. American Journal of Sociology, 115(3), 657-711.

[4] de Vaujany, F.-X., and Vaast, E. (2014). If these walls could talk: The mutual construction of organizational space and legitimacy. Organization Science, 25(3), 713-731.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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