2026年1月19日
英雄物語よりも大切なこと:起業家を支えるブリコラージュ
新しい事業を立ち上げる「起業」と聞くと、どのような光景を思い浮かべるでしょうか。革新的なアイデア、緻密な事業計画書、潤沢な資金。メディアで語られる成功物語は、そのような華々しい英雄譚として描かれます。完璧な設計図をもとに、必要な資源をすべて揃えてから事を始める。その姿は、未来を正確に予測し、コントロールしているかのようです。
しかし、現実の起業は、そうしたイメージとは異なるかもしれません。手元にある限られた資源、予期せぬトラブル、偶然のチャンス。そういった、ありあわせの材料を組み合わせ、試行錯誤しながら道を切り拓いていく。その姿は、計画通りのエンジニアというよりも、道具箱にあるもので器用に作品を作り上げる職人に近いでしょう。
このような「ありあわせで何とかする」創造のスタイルは、「ブリコラージュ」と呼ばれています。この言葉は、もともとフランス語で「器用仕事」や「日曜大工」を意味します。計画が先にあるのではなく、まず「そこにあるもの」から出発し、それらを本来の用途とは違うやり方で組み合わせながら、新しい価値や解決策を生み出していく知恵のことです。
本コラムでは、起業という活動の根底に流れる、この「ブリコラージュ」の本質に迫ります。研究事例を読み解きながら、ブリコラージュが単なるその場しのぎではなく、いかに事業の利益を生み出し、組織の形を作り、豊かな社会的価値を創出していくのか、そのプロセスを検討していきます。
ブリコラージュの実利は英雄譚よりも大きく現れる
起業家の成功物語は、ドラマチックな出来事に光が当たりやすいものです。しかし、事業を支える本当の利益は、華々しい活躍の陰で、もっと地道な活動から生まれていることがあります。ある玩具店の立ち上げ物語を、複数の登場人物の視点から分析した研究は、その実態を描き出しています[1]。
この分析では、ある起業家の手記を、もし関係者がそれぞれの立場から語り直したならどうなるか、という「仮想の歴史」として再構成する手法が用いられました。起業家本人だけでなく、融資担当の銀行員や起業家の義父など、様々な人物の内面が描かれ、同じ出来事が立場によって異なる意味を持つことが浮き彫りになります。
物語の中心的な出来事の一つが、銀行融資です。起業家から見れば、これは事業計画に基づく一般的な「資源探索」です。しかし、銀行員の内面では、様相が異なります。
空き家問題という個人的な悩みを抱えていた銀行員は、起業家の義父が持つ社会的信用に目をつけ、その場で「妻の連帯保証」を条件に加えることを思いつきます。これは、家族関係や評判といった「その場にあった社会的な資源」を組み合わせ、自身の問題を解決するための即興的なブリコラージュでした。さらに義父の視点では、この連帯保証が、彼自身の思惑を実現する道具として使われていたことも描かれます。一つの融資契約が、当事者の数だけ異なる性質を帯びていたのです。
この物語のもう一つの核心は、店の利益の源泉です。起業家自身は、当時大人気だった玩具を買い集めて市場を独占した武勇伝を誇らしげに語ります。しかし、中古玩具ブローカーの視点から計算すると、様相は変わってきます。起業家は、このブローカーから「前年の売れ残り」を格安で大量に仕入れていました。期末在庫がごくわずかだった事実から逆算すると、店の利益の大部分は、派手な人気商品の買い占め作戦ではなく、この地味な「売れ残り品」の販売から生まれていた可能性が高いと推測されます。
この考察が浮かび上がらせるのは、起業家自身の中に存在する一種の認知の偏りです。ブリコラージュで得た利益、すなわち「ありあわせの売れ残り品をうまく組み合わせて儲けを出した」事実は、地味に見えるため過小評価されがちです。そして成功を振り返る際には、「リスクを取って市場を制した」という分かりやすい英雄譚を語りたくなってしまう。ブリコラージュの実利は、華やかな物語の陰に隠れてしまうことがあります。
価値と刷り込みがブリコラージュで組織形態を形づくる
新しい組織は、何もないところから生まれるわけではありません。多くの場合、周りに存在する様々な組織の「かたち」を部品のように流用し、つぎはぎしながら自らの姿を形成していきます。ある草の根メディア組織の成り立ちを追った研究は、組織的なブリコラージュの精緻なメカニズムを解き明かしています[2]。
分析対象となったのは、「インディメディア」という市民メディアのロンドン拠点です。この組織は、誰でも記事をウェブサイトに直接投稿できる「オープン・パブリッシング」という理念を掲げていました。研究では、オンライン掲示板の膨大な議論のログなどを分析し、組織の仕組みがどのような「ひな型」を参照して作られたかを明らかにしました。
その分析によると、組織形成は大きく二段階で進んでいました。第一段階は「選択」です。核となるのは、創業メンバーの過去の経験です。インディメディアの場合、創設者たちが過去の活動で経験した即時情報発信の手法が強く「刷り込まれ」、組織の背骨となる「アンカー・フォーム」として「オープン・パブリッシング」が位置づけられました。
組織が大切にする「価値観」がフィルターの役割を果たします。インディメディアが掲げた分散的で自律的な価値観に合うものとして、オープンソース・プロジェクトなどの「補助的なフォーム」が選ばれ、その運営方法が部分的に取り入れられました。一方で、商業メディアや政党といった価値観に合わない「対立的なフォーム」は、反面教師として参照されました。
第二段階は、選び取られた部品を組み立てる「具現化」のプロセスです。これは三つの活動から成ります。一つ目は「アンカリング」。核となる形態を、議論の前提となる自明の原理として定着させる活動です。二つ目は「オーグメンティング」。核となる形態でカバーできない部分を、価値観に合う補助的なフォームの要素で補強する活動です。三つ目は「ディファレンシエイティング」。価値観に反する対立的なフォームとの違いを意図的に強調し、組織の輪郭をくっきりとさせる活動です。
この事例が示すのは、組織の「形」ですら、一つの完成された設計図から作られるのではなく、創業時の刷り込みで得た核に、価値観という接着剤を使いながら、外部にある既存の組織形態という「ありあわせの部品」をつぎはぎして作られていく、というブリコラージュの実態です。
起業現場はブリコラージュ優勢で因果計画は限定的
ビジネスを始める際には、目標を定めてから詳細な計画を立てる、という直線的な進め方が王道だと考えられてきました。しかし、未来が不確実な新しい事業の立ち上げにおいて、起業家たちは本当にそのように行動しているのでしょうか。
この疑問に答えるため、ある研究では、後に有名になった6つのインターネット新興企業がどのように立ち上げられたのか、その初期の行動を比較分析しました[3]。創業者たちの行動が、理論的に想定される三つの異なるアプローチのどれに当てはまるかを照合したのです。一つは伝統的な「因果的アプローチ(計画主導)」、二つ目は「エフェクチュエーション(手段主導)」、三つ目が「ブリコラージュ(ありあわせの活用)」です。
分析の結果、明らかになったのは、多くの人が想像するであろう姿とは異なる現実でした。事前に目標を定め、計画的に事を進める「因果的アプローチ」に合致する行動は、ごく一部の企業で限定的に見られたに過ぎませんでした。初期段階で綿密な市場分析や詳細な事業計画を作成した証拠は乏しく、「計画通りに進める」という様式は主流ではありませんでした。
その一方で、調査したすべての企業で広く観察されたのが、「エフェクチュエーション」と「ブリコラージュ」に親和的な行動でした。プロトタイプを素早く作って試す「実験」。大きな投資はせず、失っても構わない範囲で開発を進める「許容可能な損失」。偶然の機会を柔軟に取り込む「柔軟性」。そして、問題に直面した際には、まず手元にある知識や技術、人間関係を再利用して解決策を見出す「ブリコラージュ」。これらの行動が、不確実な状況で事業を前進させる力となっていました。
Flickrの事例は象徴的です。もともとオンラインゲーム開発を目指していましたが、その過程で作った写真共有機能を独立させたところ、大きな反響を呼びました。これは、手元にあった技術資産という「ありあわせの資源」を転用し、当初の計画に固執せず柔軟に方向転換した結果です。多くの創業者は、限られた資源という制約があったからこそ、かえって独創的な解決策が生まれたと振り返っています。
起業はブリコラージュで多層の社会的価値を生む
起業の成功を測る物差しは、売上や利益といった経済的な指標だけではありません。事業を立ち上げるという行為が、関わる人々や地域社会に対して、お金では測れない多様で豊かな価値を生み出すことがあります。デンマークで始まった、あるユニークな集落づくりのプロジェクトは、起業がもたらす多層的な価値創出のプロセスを示してくれます[4]。
このプロジェクトは「フリランド」と名付けられました。その目的は、借金に頼らず、自然素材を使って自分たちの手で家を建て、持続可能な暮らしと仕事を両立させるコミュニティをゼロから創り出すことです。このプロジェクトを「起業」として捉え、そこでどのような価値が生まれたのかを分析した研究があります。このプロジェクトの成果を伝統的な経済指標だけで測ったとしたら、その評価は決して高いものにはならなかったでしょう。しかし、分析の視点を広げると、そこには多岐にわたる価値が生まれていたことがわかります。
第一に、個人や家族のレベルでの価値です。住民の多くは、自らの手で家を建てる経験を通じて、建築に関する専門的な技能や知識を習得しました。これは「個人の成長」に他なりません。また、住宅ローンという重荷から解放されたことで、自己実現のために使える時間的、精神的な余力が生まれました。
第二に、コミュニティや地域レベルの価値です。フリランドの住民たちは、地域の学校や商店、団体活動に積極的に関わるようになり、地域全体の活性化に貢献しました。テレビ放送で知名度が上がったこともあり、多くの人が集落を訪れ、地域内外の交流が活発になりました。
第三に、社会全体のレベルでの価値も存在します。フリランドの実践は、借金に依存しない家の持ち方や、環境に配慮した暮らし方の具体的なモデルケースとして、デンマーク社会に広く提示されました。このような生き方も可能であるという選択肢を社会に示すこと自体が、大きな社会的インパクトを持ちます。
即興的創業はネットワーク・ブリコラージュで戦略化
スタートアップの誕生は、練り上げられた事業計画が忠実に実行された結果なのでしょうか。それとも、もっと偶発的で、即興的な出来事なのでしょうか。知識集約型サービスを提供する企業が生まれる瞬間を観察した研究は、「設計と実行が同時に進む」即興的なプロセスが、創業の現実の姿であり、それがやがて事業の戦略へと結実していく過程を明らかにしています[5]。
この研究では、25社の創業プロセスを深く掘り下げました。分析の結果、調査対象の約7割が、綿密な事業計画なしに、いわば「見切り発車」で創業していたことがわかりました。その多くは、創業者がまだ会社に勤めている間に、既存の顧客から具体的な案件を持ちかけられたことがきっかけでした。数日から数週間という短期間で独立し、事業が走り出す。計画よりも行動が先行する「即興的創業」です。
この即興的な創業を支えているものは何でしょうか。研究者たちは、その鍵が「ネットワーク・ブリコラージュ」にあると指摘します。これは、既存の人的なつながりを「手元にある資源」とみなし、それらをやりくりして事業を立ち上げる行為です。創業のきっかけとなる案件も、初期の資金や顧客も、そのほとんどが既存の人的ネットワークを通じてでした。新しい資源を探しに行くのではなく、手の届く範囲にある人間関係という「ありあわせの資源」を組み合わせることで、事業は産声を上げていたのです。
さらに、当初は場当たり的な「間に合わせ」に過ぎなかった行動が、いかに企業の「戦略」へと昇華していくか、というプロセスは興味深いところです。創業初期の企業は、資金調達や採用の場で、自らの活動に一貫した物語を与えることを外部から求められます。例えば、ある会社は「一時的な小遣い稼ぎ」として始めた事業を、公的な入札に応募する際に、あたかもそれが専門であるかのような書類を作成しました。そして、その入札を勝ち取ったことを契機に、本当にその分野に事業を集中させ、それが企業の正式な戦略となりました。
このように、対外的な説明責任を果たすために語られた物語が、契約や採用といった現実の結果に結びつくことで、後から事実上の戦略として組織に定着していく。この「戦術の戦略化」とも呼べるプロセスは、即興的な行動が、外部環境との相互作用を通じて、より大きな方向性へと収斂していく様を見事に捉えています。創業の現場では、人的ネットワークという手元の資源を即興的に組み合わせることで事業が生まれ、それが後から戦略として意味づけられていく、という実態が浮かび上がりました。
脚注
[1] Baker, T. (2007). Resources in play: Bricolage in the Toy Store(y). Journal of Business Venturing, 22(5), 694-711.
[2] Perkmann, M., and Spicer, A. (2014). How emerging organizations take form: The role of imprinting and values in organizational bricolage. Organization Science, 25(6), 1785-1806.
[3] Fisher, G. (2012). Effectuation, causation, and bricolage: A behavioral comparison of emerging theories in entrepreneurship research. Entrepreneurship Theory and Practice, 36(5), 1019-1051.
[4] Korsgaard, S., and Anderson, A. R. (2011). Enacting entrepreneurship as social value creation. International Small Business Journal, 29(2), 135-151.
[5] Baker, T., Miner, A. S., and Eesley, D. T. (2003). Improvising firms: Bricolage, account giving and improvisational competencies in the founding process. Research Policy, 32(2), 255-276.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

