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コラム

即興は偶然ではない:組織が生む創造の条件

コラム

「即興」と聞けば、ジャズのセッションや舞台での掛け合いが思い浮かぶかもしれません。計画や台本を超え、その瞬間にしか生まれない輝きがあります。ビジネスでも、予期せぬトラブルへの機転の利いた対応や、会議での発言から画期的なアイデアが生まれるなど、即興的な振る舞いが事態を好転させることは少なくありません。

私たちは、即興を一部の才能ある人の特殊能力や、偶然の産物と捉えるかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか。同じ即興でも、見事な革新につながる時と、思いつきで終わる時があるのはなぜか。即興が成果を生むか混乱を招くかは、運や個人の資質だけでは決まりません。その成否には、チームの能力、組織の文化、知識や経験のあり方といった条件が隠されています。本コラムでは学術的な知見を紐解き、即興という行為の奥深さと、その成果を左右するメカニズムを探ります。

即興が革新を生むかは専門性や文化で決まる

即興的な行動は、それ自体が良い結果を自動でもたらすわけではありません。その場で生まれる創造的なプロセスが、価値ある革新へと結実するには、特定の条件が求められます。この関係性を探るため、ある地方自治体で調査が行われました[1]。調査では、市民と接する業務などを行う25チームに、即興スキル向上のための訓練を実施し、訓練を受けない25チームと比較して、即興と革新の関係を分析しました。

分析の結果、即興的な行動と革新的な成果の間に、直接の結びつきは見られませんでした。チームの即興頻度が高くても、必ずしも革新性が高まるわけではないのです。この関係は複雑な構造を持ち、即興が革新につながるかは、チームのスキルや環境に左右されることが分かりました。

一つ目の条件は、チームメンバーの「専門性」です。メンバーの専門知識やスキルが豊かであるほど、即興は革新につながりやすくなります。予期せぬ状況で、引き出しが多いチームほど、知識やスキルを新しい形で組み合わせ、独創的な解決策を生む選択肢が広がります。

二つ目の条件は、「チームワークの質」です。メンバー間の協力関係が良好で、互いへの信頼が根付いているチームでは、即興が実を結びやすくなります。即興は個人のひらめきで完結しません。特に組織では、一人の行動が他のメンバーを誘発し連鎖する、集合的なプロセスです。互いを支え、誰かのアイデアに乗っていこうとする関係性があって、個々の行動が調和し、一つの成果へとつながります。

三つ目の条件は、「実験的な文化」の存在です。新しい試みを奨励し、失敗に寛容な職場環境を指します。即興には不確実性が伴います。前例のない方法を試すため、時にはうまくいかないこともあるでしょう。その際に失敗を責めず、そこから学ぶ姿勢を組織で共有できているかが分岐点となります。失敗を恐れず挑戦できる安心感が、メンバーの創造性を解き放ち、大胆な即興を促します。

四つ目の条件は、「リアルタイムの情報」です。チームが、今まさに周囲で起きている情報を、遅延なく共有できている状態です。即興は「今、この瞬間」に応答する行為であり、刻一刻と変化する状況を正確に捉え、行動を微調整することが不可欠です。そのためには、チーム内で情報が滞りなく流れ、全員が同じ状況認識を共有していることが前提となります。

一方で、この調査では予想外の結果も得られました。業務手順やシステムといった組織の「記憶」は、必ずしも即興を助けるわけではないと分かったのです。当初、確立された手順は即興の土台になると考えられていましたが、この地方自治体の文脈では、規則やガイドラインが創造的行動を妨げる「制約」と認識されていました。これは組織の記憶が持つ二面性を示しており、文脈によっては、秩序を保つルールが柔軟な適応を阻害する可能性を物語っています。

即興の質は、スキル記憶と知識記憶のバランスが重要

先ほどは、組織の「記憶」が文脈により即興の足かせになりうると分かりました。しかし、人間は記憶なしに行動できません。即興という行為も、過去の経験や知識の蓄積の上に成り立っています。ここでは、即興と記憶の関係をさらに検討するため、記憶を二種類に分け、そのバランスのあり方を理論的に探求した研究に目を向けます[2]

この研究は、即興を「行動の構想と実行が時間的に収束すること」と定義します。「しよう」と考えてから「する」までの時間差が短いほど、その行動は即興的とされます。この定義に立つと、即興は一つの形を持つものではなく、度合いによっていくつかのレベルに分けられます。既存計画を少し手直しする「わずかな調整」もあれば、元の計画とは全く異なる解決策をその場で生み出す、高度な即興も存在します。

このような即興の質を左右するのが、組織が持つ二種類の記憶です。一つは「手続き的記憶」と呼ばれ、「物事がどのように行われるか」に関する記憶です。長年の経験で体に染みついたスキルや、無意識に従う業務上のルーチン、ノウハウなどを含みます。もう一つは「宣言的記憶」と呼ばれ、「物事が何であるか」に関する記憶です。事実や理論、原理といった、言葉で説明できる知識を指します。

手続き的記憶は、即興に二つの利点と一つの課題をもたらします。利点の一つ目は、行動の「一貫性」を高める点です。豊富なスキルやルーティンの蓄積があれば、状況に応じて組み合わせ、首尾一貫した行動を素早く生み出せます。二つ目は、行動の「スピード」向上です。手続き的記憶は自動的に引き出されるため、迅速な対応を可能にします。しかし、自動性ゆえの課題もあります。それは、行動の「新規性」を制約する可能性があることです。使い慣れたやり方に固執し、過去の成功体験が新しい発想を妨げることがあります。

一方、宣言的記憶は、手続き的記憶とは対照的な仕方で即興に作用します。宣言的記憶は、行動の「一貫性」と「新規性」を高める点で優れています。物事の背後にある原理や理論を理解していれば、未知の状況に遭遇しても、その本質を見抜き、筋の通った行動を取ることができます。応用範囲の広い抽象的な知識は、既存の枠組みを超えた、斬新なアイデアの源泉ともなります。

しかし、弱点もあります。それは行動の「スピード」を低下させる可能性があることです。膨大な知識の中から、今この状況で役立つものを探し出し、適用するには時間がかかります。

このように、手続き的記憶と宣言的記憶は、それぞれ長所と短所を持ち、互いの弱点を補い合う関係にあります。スピードに優れるが硬直化しやすい手続き的記憶と、新規性に富むが時間がかかる宣言的記憶。この二つの記憶を状況に応じて組み合わせることで、一貫性、新規性、スピードを兼ね備えた質の高い即興が可能になります。

即興が成果を生むには、情報共有と豊かな記憶が必要

理論上、質の高い即興には「手続き的記憶」と「宣言的記憶」のバランスが求められると分かりました。変化の激しい新製品開発の現場など、実際の組織活動において、即興はどのような条件で生まれ、成功に結びつくのでしょうか。この問いに答えるため、二つの異なる企業の新製品開発プロジェクトを対象に、9ヶ月間の観察調査が行われました[3]。研究チームは週ごとの会議を記録・分析し、開発チームの一つ一つの「行為」を特定。各行為の即興度、実行条件、成果を、プロジェクトリーダーへの聞き取りで追跡しました。

この調査から、即興が「いつ」起こりやすいのかが明らかになりました。一つは、市場や技術の変化が激しい、予測不能な「環境の乱流」が高い状況です。既存の計画がすぐに時代遅れになる環境では、計画通りに進めることが困難になり、必然的にその場での対応、すなわち即興が増えるという結果でした。

興味深いのは、組織の記憶との関係です。確立された手順やノウハウといった「組織記憶」が豊富であるほど、即興は「少なくなる」という結果が得られました。これは一見、矛盾して聞こえるかもしれません。しかし、確立されたやり方がある場合、そもそも即興に頼る必要が減るためと解釈できます。既存のやり方でうまくいくなら、あえてその場で新しい方法を考えないということです。

即興が「成果につながる」のは、どのような条件がそろった時なのでしょうか。ここでも、即興それ自体が良い結果を保証するわけではないことが確認されました。条件が整わない即興は、製品の品質やチーム機能にマイナスの作用を及ぼすことさえありました。即興がプラスに転じるかは、やはり文脈次第です。

その文脈を形作る一つ目の要素が、ここでも「環境の乱流」でした。変化が激しく先が見えない状況では、即興的な対応が、製品の設計や市場への適合といった成果を高める方向に働きました。計画が役に立たない環境では、その場の状況に合わせて柔軟に対応する即興のアプローチが、適応上の優位性を持つことを物語っています。

二つ目の要素が、「リアルタイムの情報フロー」です。チーム内で、今まさに起きている情報が、即時に、密に共有されている状況です。リアルタイムで交換される情報は、計画に代わる「その場の協調装置」として機能します。メンバーが互いの状況を常に把握し、反応し合うことで、バラバラになりがちな即興的な行動に一貫性が生まれ、学習が促進され、結果として製品やプロセスの質が向上しました。

三つ目の要素が「組織記憶」の豊かさでした。即興の頻度を下げていた組織記憶が、ここでは即興の「質」を高める基盤として機能することが分かったのです。即興とは、無から何かを生み出す魔法ではありません。それは、既存の知識、スキル、ノウハウといった記憶の断片を、新しい文脈で再結合するプロセスです。そのため、再結合の素材となる記憶が豊かなほど、生まれる即興の質も高くなります。計画を省略・短縮する即興では、外部から情報を集める時間が限られるため、内部の知識資産が成否を分けます。

この調査は、組織の記憶が持つ二面性、すなわち「即興の発生を抑制する」側面と、「即興の質を高める」側面を、実証データをもって描き出しました。質の高い即興には豊かな記憶が不可欠です。しかし、その記憶が硬直化し、新しい行動を妨げる足かせになる危険性もあります。

即興と同時に古い知識を捨てることが製品成功の鍵

これまでの議論で、即興が成果を生むには、専門性や文化、豊かな記憶といった基盤の大切さが見えてきました。特に組織の記憶は、即興の素材となる一方、過去への固執を生み変化への適応を妨げる、二つの顔を持つ存在でした。このジレンマを乗り越える鍵は、新しい知識の獲得と同時に「古い知識を捨てる」ことにあるかもしれません。この「学習棄却(アンラーニング)」と即興との関係を探った研究があります[4]

この研究は、技術変化の速い業界の37社、197の新製品開発プロジェクトを対象とした調査に基づきます。分析の焦点は「乱流環境」でチームがどう学習し、それが製品成功にどう結びつくかに置かれました。ここで言う学習棄却とは、チームがこれまで持っていた信念や、当たり前だと思っていたプロジェクトの進め方(ルーチン)を、意識的に手放し、変化させることを指します。

分析の結果、示唆に富む関係性が浮かび上がりました。環境の変化が激しいほど、チームは古い信念やルーチンを捨て、学習棄却を行うようになることが分かりました。これは、従来のやり方が通用しなくなる外部圧力が、内面の変革を促す自然なプロセスでしょう。

この研究で明らかにされた発見は、チームの「即興」と「学習棄却」が、同時に発生する密接な関係にあることでした。チームが計画から離れてその場で開発を進める時、同時に従来のやり方や考えを捨てる行為も行っていたのです。即興は、単に新しい行動を生み出すだけではありません。それは、古い枠組みを壊し新しい認識を得るための、行動を通じた探求プロセスでもあります。行動しながら考えることを通じて、チームは自らの思い込みや計画とのズレに気づき、それを修正していく。創造と棄却は、いわばコインの裏表の関係にあったのです。

もう一つ、新製品の成功に至る道のりも解き明かされました。チームの即興は、それ自体が直接、製品の成功をもたらすわけではありませんでした。即興という行為は、チームが新しく得た知識や情報を、実際の製品や開発プロセスに「実装する(組み込む)」行動を促します。そして、この「知識の実装」が、最終的な新製品の成功を導いていました。「即興知識の実装成功」という流れが存在したのです。

この一連の流れの中で、学習棄却は、プロセス全体を動かす触媒のような働きをしていました。古い信念やルーチンを捨てる学習棄却がなければ、即興も知識の実装も、製品成功には結びつかなかったでしょう。過去の成功体験や固定観念に縛られたままでは、いくらその場で機転を利かせようとしても、結局は既存の枠組み内での小手先の修正に終わってしまいます。古い殻を破って、即興によって得られた新しい気づきを真に活かす道が開けるのです。

脚注

[1] Vera, D., and Crossan, M. (2005). Improvisation and innovative performance in teams. Organization Science, 16(3), 203-224.

[2] Moorman, C., and Miner, A. S. (1998). Organizational Improvisation and Organizational Memory. The Academy of Management Review, 23(4), 698-723.

[3] Moorman, C., and Miner, A. S. (1998). The convergence of planning and execution: Improvisation in new product development. Journal of Marketing, 62(3), 1-20.

[4] Akgun, A. E., Byrne, J. C., Lynn, G. S., and Keskin, H. (2007). New product development in turbulent environments: Impact of improvisation and unlearning on new product performance. Journal of Engineering and Technology Management, 24, 203-230.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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