2026年1月13日
なぜ企業は合理的でない選択をするのか:アテンションから読む組織行動
なぜ、あの会社は有望だったはずの事業から撤退してしまったのでしょうか。あるいは、どうして時代遅れに見える製品に固執し続けるのでしょうか。企業の意思決定には、時に外部から理解しがたいものがあります。私たちはその理由を、経営者の個性や能力、市場環境といった分かりやすい要因に求めます。しかし、企業の行動は、組織内部のより深い階層にある「見えざる仕組み」に動かされているのかもしれません。
その仕組みとは、組織にいる人々が「何に意識を向け、何を無視するか」を方向づける、一種のプログラムのようなものです。個人の意識、すなわち「注意」は有限な資源であり、一人の人間が同時に考えられることには限りがあります。企業という組織体においても同様で、無数の課題や情報の中から、一部だけが取り上げられ、議論され、意思決定の対象となります。その「ごく一部」は何によって選ばれるのでしょうか。
本コラムは、企業の行動を「注意」という視点で考えます。企業の意思決定は、個々の人間の頭の中だけで行われるのではなく、会議の進め方、使われる言葉、評価の基準といった、組織の構造や日々のやり取りによって方向性が定められていきます。この「注意をめぐる仕組み」を理解することは、企業の成功や失敗の原因に光を当て、その運命の軌跡を読み解くことにもつながるでしょう。
企業行動は注意の構造的配分によって決まる
企業の行動は、経営者や従業員の意思だけで決まるわけではありません。組織内の誰が、いつ、どの問題に意識を向けるかという「注意の配分」を方向づける、組織固有の構造によって左右されます[1]。企業の振る舞いを理解するには、この注意が配分される仕組みを解き明かす必要があります。
この考え方の根幹には、三つの原理があります。第一に「注意の焦点」です。人間が一度に処理できる情報量には限界があるため、ある課題に意識を集中させると、他の事柄は認識されにくくなります。この焦点の当て方で、物事の解釈や行動の選択肢が変わってきます。
第二に「状況化された注意」です。人の注意の向きは、置かれた状況や文脈で定められます。同じ人物でも、予算を審議する会議と、新製品のアイデアを話し合う場とでは、意識を向ける対象が異なります。どのような場に身を置くかが、人の注意の焦点を定め、行動を導きます。
第三に「注意の構造的分配」です。注意は個人の頭の中だけで完結せず、組織の仕組み全体に分散して存在します。組織は、規則や資源、人々の地位や関係性を通じて、注意が流れる道筋を設計しています。例えば、業績報告会は特定の指標に、予算配分の手続きは特定の事業に、人々の注意を向けさせます。このように、組織に埋め込まれた仕組みが、注意の配分ルールとして機能し、組織全体の行動を形づくっています。
このプロセスは、いくつかの構成要素の連なりとして捉えられます。初めに、企業の外部や内部からの刺激が「意思決定の環境」として存在します。しかし組織はそれをありのままに受け取るのではなく、文化や過去の経験でできた分類の枠組みを通し、一部の刺激だけを「論点」や「解答」として認識します。
続いて、これらの論点と解答は、会議や報告書といった「手続き・コミュニケーション・チャネル」に乗せられ、組織内を流通します。このチャネルの設計が、注意の配分を決定づける核心です。例えば、会議が午前中に設定されるか、一日の終わりに設定されるかで、参加者の集中力や議論の質は変わるでしょう。議題の順序や時間配分も、どの論点が議論されるかを左右します。
このチャネルの働きを背後で支えているのが「注意構造」です。そこには、競争のルール、有力なプレイヤー、役職による視点の違い、資源の偏在といった要素が含まれます。これらが組み合わさることで、特定の論点や解答が価値あるものとされ、特定のチャネルに優先的に割り当てられます。
最終的に、特定のチャネルに参加した「意思決定者」たちが相互にやり取りをし、組織としての行動を選択します。その選択された行動は、実行されると、次の意思決定の環境の一部となり、未来の注意の配分にフィードバックされます。注意をめぐる仕組みは、行動が環境を作り、その環境がまた次の注意と行動を生むという、循環的なプロセスを描き出します。
戦略変化はコミュニケーションで注意が再構成される
組織の構造や制度が人々の注意の向け先を定めるという見方は、企業の日常的な行動を説明する上で有力です。しかし、事業のあり方を変えるような大きな戦略転換は、固定的な仕組みだけでは十分に説明できません。非連続的な変化が生まれる過程では、仕組みという「器」だけでなく、その中で交わされる、生きた「コミュニケーション」が、組織全体の注意のあり方を動的に再構成していく様子を捉えることが求められます[2]。
この観点から見ると、コミュニケーションは情報を一方的に伝達するパイプではありません。それは、参加者たちが互いの考えをすり合わせ、ある事柄に対して共同で意識を向けていくプロセスです。この共同的な注意の生成と再編を促す上で、四つの領域が浮かび上がります。
一つ目は、「チャネルにおけるコミュニケーション実践」です。会議やレビューといった公式なチャネルでは、発言の順番、議題のまとめ方、資料の形式、使われるツールといった具体的な実践が、誰の意見に光が当たり、どの論点が掘り下げられるかを実質的に決めています。儀式化された運営は、既存のやり方を効率化する一方、新しい論点の登場を阻む壁にもなりえます。
二つ目は、「戦略語彙」です。言葉は、私たちが世界を認識するためのレンズです。組織内でどのような言葉が共有されているかは、何が見え、何が見過ごされるかを左右します。ある組織が「プラットフォーム」という言葉を戦略の中心に据えれば、個別の製品開発だけでなく、外部パートナーを巻き込んだ生態系全体の構築という異なる側面に注意が向かいます。新しい言葉の導入は、組織が見ている地図を書き換え、注意の配分を意図的に変える強力な手段となります。
三つ目は、「修辞的戦術」です。組織内での注意の配分は、利害の対立や駆け引きを伴う政治的なプロセスです。中間管理職などが、現場の問題意識を経営層の公式な議題に乗せるには、巧みな説得の技術が求められます。ある課題を「脅威」として描くか、「機会」として語るかといった問題の切り取り方の競争が、どの論点が正当性を得るかを左右します。
四つ目は、「トークとテキストの形」です。組織の注意は、単発の会話や一冊の計画書だけで決まるものではありません。様々な会議で繰り返される会話の連なりと、それを受けて改訂される計画書といったテキストが、相互に作用し合いながら形成されます。複数の会議体を横断して同じテーマが繰り返し語られることで、そのテーマは組織の「当たり前」の関心事となり、実質的な「注意のルール」が作られます。
企業の大きな戦略変化は、コミュニケーションという動的なプロセスを通じて、組織の注意が集合的に作り変えられていく中で達成されます。仕組みの設計に加えて、日々の実践や使われる言葉、会話の連鎖に目を向けることで、変化が生まれるメカニズムを一層深く理解できるでしょう。
GEの戦略計画は廃れず形を変えて存続した
組織の注意を方向づける仕組みが企業の行動を規定するという考え方は、一つの企業の長い歴史を追うことでも確認できます。その好例が、ゼネラル・エレクトリック(GE)における戦略的計画の歩みです。一般に、戦略的計画は1970年代から80年代に隆盛を極めた後、ジャック・ウェルチCEOの時代に廃れたと語られています。しかし、その実態は「衰退」ではなく、目的や状況に応じて形を変えながら企業の根幹で生き続けた「変容」の物語でした[3]。
この物語を読み解く鍵は、戦略的計画を個別の「道具」としてではなく、意思決定の場、役職、言葉、手続きが一体となった「統合的システム」として捉えることにあります。このレンズでGEの歴史を覗くと、一貫した仕組みがCEOの交代や時代の変化を超えて存続していたことが分かります。
このシステムの原型は、1950年代のラルフ・コーディナーCEOの時代に確立されました。大規模な分権化の一方で、本社の役員レベルの委員会が長期計画の中枢を担い、年に一度のビジネスレビューが現場と本社を直接結びつけました。この時期に、長期的な計画が実際の資源配分と結びつく仕組みが作られました。その後、1970年代にかけて、このシステムは一層洗練されます。事業戦略と投資、日々の運営と長期予測、人材の評価と育成を話し合う場が、それぞれ専門化されつつも、年間のサイクルの中で緊密に連結されました。
そして、ジャック・ウェルチの時代が訪れます。彼は計画部門を縮小し、分厚い計画書の代わりに数ページのメモを求めました。これらの事実は、彼が戦略的計画を「廃止」したという通説の根拠とされてきました。しかし、彼の改革を注意深く見ると、計画システムを破壊したわけではなかったことが分かります。
ウェルチがやったことは、システムの「再目的化」でした。年に一度の経営合宿や、戦略・運営・人材を議論する一連の会議サイクルは、名称を変えたり簡素化されたりしながらも維持されました。彼はこの既存のシステムを、シックス・シグマといった自らが主導する全社的な変革を組織の隅々まで浸透させるための機会として活用したのです。計画は、本社主導のテーマを各事業の目標に落とし込み、その進捗を管理し、達成度を人材評価と結びつける仕組みとして機能し続けました。
この基本構造は、後継のジェフリー・イメルトの時代にも引き継がれます。イメルトは「成長」をテーマに掲げ、長期的な成長戦略を審議する場を新たに設けましたが、専門化されたチャネルが年間のリズムの中で連携し、注意と資源を特定の方向に導くというシステムの核心は変わりませんでした。GEの歴史は、戦略的計画というラベルや道具は変化するものの、組織全体の注意を統合し方向づける「仕組み」は、形を変えながら生命力を保ち続けることを物語っています。
高地位VCとのCVC連携は技術不連続への注意を早める
企業の注意は社内の仕組みによって方向づけられますが、その目は常に内部だけを向いているわけではありません。インターネットの登場のように、既存事業の前提を覆す「技術の不連続」に直面した時、その兆候をいち早く察知できるかは、社外の誰とどのようにつながっているかに左右されることがあります。社外ネットワークの作り方が、経営トップの注意を未来に向ける「早期警戒システム」として機能する場合があるのです。
この点について、米国の情報通信技術産業の企業を対象に行われた実証的な探求があります[4]。1989年から2000年にかけて、当時登場した「インターネット」と「無線通信」に対し、各社の経営トップがいつ公式に注意を向け始めたかを年次報告書の記述から追跡し、社外ネットワークの構造との関係を分析しました。
分析では、社外とのつながりを二種類に分けて考えました。一つは同業他社との提携といった「同質的」なつながりです。もう一つは、自社の投資部門(CVC)を通じて、独立系のベンチャー・キャピタル(VC)と共同で出資する「異質的」なつながりです。
結果、同質的なつながりの多さは、新しい技術への早期の注意を必ずしも促さないことが分かりました。似た者同士でいると既存の考え方が強化され、外部の異質な変化を見過ごしやすくなることを示唆しています。
一方で、異質的なつながり、すなわちCVCを通じた独立系VCとの共同投資は、経営トップの注意を不連続な技術へより早く向かわせるという結果が得られました。ここで作用していたのは、共同投資の相手であるVCの「地位」でした。業界内で評価が高く、中心的な存在であるVCと連携している企業ほど、新しい技術の波に、より早期に注意を向けることができていたのです。
この仕組みは次のように解釈できます。高名なVCとの共同投資は、経営者に日常業務とは異なる非定型な対話の機会をもたらします。投資先の取締役会などの場で、業界の最先端で活躍する専門家たちと直接言葉を交わすことになります。こうした場では、短期的な業績とは異なる時間軸で、未来の技術動向が真剣に議論されます。
そして、相手であるVCの地位の高さが、そこで交わされる情報の信頼性を担保する一種の「信号」として機能します。まだ不確かで弱い変化の兆候でも、業界で一目置かれるVCが真剣に議論していれば、それを無視できません。こうして、CVCと高地位VCとの連携は、経営トップの注意を既存事業の枠の外へ向けさせ、未来の変化に対する感度を高める「アラート機構」として働くのです。
脚注
[1] Ocasio, W. (1997). Towards an attention-based view of the firm. Strategic Management Journal, 18, 187-206.
[2] Ocasio, W., Laamanen, T., and Vaara, E. (2018). Communication and attention dynamics: An attention-based view of strategic change. Strategic Management Journal, 39(1), 155-167.
[3] Ocasio, W., and Joseph, J. (2008). Rise and fall – or transformation? The evolution of strategic planning at the General Electric Company, 1940?2006. Long Range Planning, 41(3), 248-272.
[4] Maula, M. V. J., Keil, T., and Zahra, S. A. (2013). Top management’s attention to discontinuous technological change: Corporate venture capital as an alert mechanism. Organization Science, 24(3), 926-947.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

