2026年1月7日
何が人事データ活用の成否を分けるのか:調査データから読み解く「成功のメカニズム」と「見えざる壁」(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2025年11月にセミナー「何が人事データ活用の成否を分けるのか:調査データから読み解く『成功のメカニズム』と『見えざる壁』」を開催しました。
近年、多くの企業で人事データ活用への取り組みが進んでいます。勤怠データやサーベイ結果など、様々なデータを収集・蓄積し始めたものの、「集めたデータをどう成果に結びつければ良いのか」「他社はどのように壁を乗り越えているのか」といった、次の一手に関する悩みを抱えている企業も多いのではないでしょうか。
データ活用がうまくいく組織とうまくいかない組織、その分水嶺はどこにあるのでしょうか。本セミナーでは、ビジネスリサーチラボが公開した『2025年版 人事データ白書』の分析結果を基に、データ活用の実態報告に留まらず、その成否を分ける要因構造に迫りました。統計分析によって明らかになった、成果を高める「成功のメカニズム」と、多くの企業が直面する「見えざる壁」の正体を解き明かしました。
例えば、システムの導入以上に成果と強く関連していたのは、どのような組織的な仕組みだったのでしょうか。また、データ活用が「宝の山」となる企業と、「分断の火種」になりかねない企業とでは、組織文化や意思決定のスタイルにどのような違いが見られたのでしょうか。
データ活用というテーマを通じて、自社の組織のあり方を見つめ直し、より良い組織へと変革していくための手がかりを探求する機会となりました。データ活用を確かな競争力へと昇華させたいとお考えの人事の皆さんにお読みいただきたいと思います。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
近年、人事データ活用への取り組みが進んでいます。データに基づいて意思決定を行う「データドリブン人事」への移行は、企業の持続的な成長に有用なテーマとなりつつあります。しかし、その重要性が認識される一方で、「データを収集したものの、どう成果に結びつければ良いのか」「他社はどのように壁を乗り越えているのか」といった悩みを抱える企業は少なくありません。
同じようにデータ活用に取り組んでいながら、なぜ成果が生まれる組織とそうでない組織に分かれてしまうのでしょうか。本講演では、株式会社ビジネスリサーチラボが公開した『2025年版 人事データ白書』の分析結果を基に、データ活用の成否を分ける構造的な要因、すなわち企業が乗り越えるべき「見えざる壁」と、成果を創出するための「成功のメカニズム」について解説します。
なぜデータ活用は進まないのか
多くの企業がデータ活用の課題として「分析スキルの不足」や「投資対効果(ROI)の不透明さ」を挙げます。これらは確かに重要な問題ですが、課題の本質はより根深く、組織の構造に根差している場合があります。『人事データ白書』における相関分析や重回帰分析の結果は、多くの企業が直面している、データ活用を阻む3つの構造的な「壁」の存在を示唆しています[1]。
第一の壁:組織文化の壁
第一に、「組織文化の壁」が挙げられます。データ活用の推進を阻む最大の要因は、導入するツールやシステム以上に、組織のあり方にあることがデータから示されています。白書の重回帰分析によると、データ活用に対する「抵抗感」を持つ傾向(β=.32)や、「経営層が一方的に意思決定を行い、従業員の意見が反映されない」といったトップダウン文化を持つ傾向(β=.15)が強い組織ほど、データ活用に対する課題感を強く認識することが明らかになりました。
これらの文化は、データ活用に不可欠な経営層と現場との対話を阻害します。客観的なデータに基づいて議論するのではなく、既存の経験や勘、あるいは経営層の決定を正当化するためにデータが利用されるようになると、取り組みは形骸化してしまいます。例えば、分析によって導き出された結論が経営層の直感に反する場合、そのデータは無視されるか、解釈を捻じ曲げられてしまうかもしれません。こうした環境では、たとえ優れた分析が行われたとしても、それが意思決定に活かされることはありません。
さらに、従業員も「どうせ意見を言っても無駄だ」「データを提供しても、自分たちのためには使われない」と感じ、データ提供に協力的でなくなる、あるいは当たり障りのない回答に終始するようになり、データ活用は前に進まなくなります。実際に白書の相関分析では、このような一方的なトップダウン文化とデータ活用の成果との間には負の相関関係(r=-.34)が見られており、組織の風通しの悪さや対話の欠如が、データ活用を阻む壁となっています。
第二の壁:スキルと品質の悪循環
第二の壁は、「スキルと品質の悪循環」です。多くの担当者が「分析スキルがないから、質の高い分析ができない」と感じる一方で、「そもそも分析に使えるような質の高いデータがない」という問題にも直面しています。この二つの課題は、密接に結びついています。白書の分析では、「入力漏れ・整合性不足など、データ品質の問題」と「分析に必要な人材・スキルの不足」という二つの課題認識の間に、強い正の相関関係(r=.61)が見られました。
この悪循環は次のようなプロセスを辿ります。分析スキルを持つ人材がいないため、どのようなデータをどのように収集・管理すれば良いかというデータガバナンスの設計ができません。その結果、入力形式が統一されていなかったり、欠損値が多かったりといった、品質の低いデータが蓄積されていきます。
品質の低いデータを前にした担当者は、分析の前段階であるデータの整理やクレンジングといった煩雑な作業に大半の時間を費やすことになります。白書によれば、実に71.9%の企業が「データの集計や分析にかかる作業コストの多さ」を課題として認識しており、多くの担当者がこの「データ整備」の沼にはまっている実態がうかがえます。
そして、多大な労力をかけても、元となるデータの品質が低いため、得られる分析結果は表層的なものに留まり、具体的な施策につながるような示唆は得られません。経営層からは「これだけ時間をかけて、このような結果しか出ないのか」と評価され、データ活用への投資、特に人材育成への投資は見送られます。その結果、いつまで経ってもスキルは向上せず、データ品質も改善されないという悪循環が固定化してしまうのです。
第三の壁:成長痛の壁
第三に、「成長痛の壁」が存在します。データ活用が進んでいる企業ほど、より本質的で解決の難しい課題に直面するという現象です。白書の相関分析によると、データ活用の目的意識が明確な企業(r=.22)や、分析スキルが高い企業(r=.22)、今後データ活用を強化したい領域が多い企業(r=.36)ほど、全体的な課題感を強く認識する傾向が見られました。
例えば、データ活用が深化するにつれて、「ROIの不透明さ」(全体の72.8%が課題と認識)や「データ利活用にかかる予算の制限」(同67.5%)といった、投資の正当性をより厳しく問われる課題が顕在化します。これは、データ活用の成熟度に応じて、直面する課題の性質が変化していくことを反映しています。
データ活用が未熟な段階では、「具体的な活用イメージの欠如」(同70.5%)など、「何から手をつければ良いかわからない」という種類の課題が中心です。しかし、取り組みが本格化し、より大きな投資を伴うようになると、経営からは「その投資がどれだけの経営インパクトをもたらすのか」という厳しい問いが投げかけられます。単に離職率の推移を可視化する段階から、離職予測モデルを構築して具体的な対策を講じ、その結果として抑制できた離職コストを算出するといった、より高度なレベルが求められるようになるのです。
したがって、高い課題認識は、停滞の証ではなく、むしろ組織がデータ活用の次のステージへ進もうとしている健全な兆候と捉えることができます。この成長に伴う痛みを乗り越え、データ活用がもたらす価値を経営の言葉で説明できるようになったとき、データ活用は組織の競争力へと昇華されるでしょう。
成果を創出する組織のメカニズム
データ活用を阻む「壁」の存在が明らかになる一方で、それらを乗り越え、着実に成果を創出している組織にはどのような共通点があるのでしょうか。白書の重回帰分析は、データ活用の成果実感と強く関連する3つの核心的な要因を明らかにしました。これらの要因は、企業がデータ活用を成功させるために構築すべき「成功のメカニズム」と言えます。
第一のメカニズム:「人」への投資
第一のメカニズムは、「人」への投資です。分析の結果、データ活用の成果と最も強く関連していたのは、高機能なシステムの導入や潤沢な予算といった要素以上に、「人事部門の分析スキル・知識」でした(β=.41)。これは、他のどの要因よりも強い関連性を示しており、データ活用の成否を分ける最大の鍵が、それを扱う「人」の能力にあることを物語っています。
ここで言う「分析スキル・知識」とは、統計学の知識や分析ツールを操作する技術だけを指すのではありません。「データベースを適切に操作するスキル」や「分析結果を図表・グラフで可視化するスキル」といった基礎的な能力に加え、「相関・回帰や差の検定など、統計学に基づく統計解析の知識」、そして「分析の結果を参照・解釈し、実務に活かすノウハウ」が重要です。要するに、自社のビジネスや組織の文脈を理解し、データから得られた示唆を、具体的な人事施策や現場の行動変容に結びつける能力が問われているのです。
しかしながら、白書では74.6%もの企業が「分析に必要な人材・スキルの不足」を最大の課題として挙げており、この理想と現実のギャップが、多くの企業が成果を出せずにいる原因と言えます。どれほど膨大なデータを収集し、優れたシステムを導入したとしても、そのデータが何を意味するのかを正しく解釈し、ビジネス上の価値ある情報へと変換する専門的なスキルがなければ、成果には結びつきません。
例えば、退職者のデータから離職の予兆を掴んだり、活躍する従業員の共通項を見出して採用基準を磨き込んだりするといった価値創造は、担当者の分析スキルがあって初めて可能になります。データという原石を磨き、価値ある宝石へと変えるのは、まさしく「人」の能力であり、そこへの投資が成功への最短距離となります。
第二のメカニズム:「対話」の仕組み
第二のメカニズムは、「対話」の仕組みを構築することです。分析によって得られた知見も、それが人事部門の中だけに留まっていては、組織全体の行動変容にはつながりません。分析結果を組織内でいかに「共有」し、「対話」を生み出すかが重要です。白書の分析では、「データ分析結果の共有・レポーティング」の実践が、成果実感と強く関連していることが示されました(β=.28)。
ここで重要なのは、一方的な報告ではなく、双方向のコミュニケーションを促す仕組みです。白書では、経営層への短期・長期のレポート提出だけでなく、「部署や現場レベルで分析結果を共有し、意見交換する仕組みや機会の設計」の重要性が示唆されています。事実、相関分析の結果を見ると、結果の共有・レポーティングは、「経営層との意思疎通・協力関係の構築」(r=.66)や「部門間・従業員間のコミュニケーションの活性化」(r=.66)といった成果と特に強い結びつきを見せています。
例えば、エンゲージメントサーベイの結果を各部門の管理職にフィードバックする際に、レポートを渡すだけで終わらせるのではなく、人事担当者がファシリテーターとなってワークショップを開催し、データを見ながら管理職自身が自部門の課題と解決策を考える場を設けるといった取り組みです。このような対話を通じて、管理職はデータを「自分ごと」として捉え、主体的な改善活動に取り組むようになります。
また、経営層との対話においては、データは人事部門が戦略的な提言を行うための武器となります。これまで個人の感覚でしか語られなかった課題が、客観的なデータという「共通言語」を通じて組織全体の共通認識となり、この対話のプロセスが、部門や役職を超えた協力体制を築き、データに基づいた意思決定文化を組織の隅々にまで浸透させていきます。
第三のメカニズム:「目的」の明確化
第三のメカニズムは、「目的」の明確化です。「何のためにデータ活用を行うのか」という目的意識の明確さが、活動全体に一貫性を与え、成果へと導きます。白書の分析においても、「人事データ分析活用の目的」を広く明確に持っていることと、成果実感との間に正の関連が見られました(β=.23)。相関分析で見ても、目的の明確さと成果の間には強い関係性(r=.71)が確認されています。
目的が曖昧なままでは、「他社が導入しているから」といった動機でツールの導入自体が目的化してしまい、収集したデータが活用されないまま死蔵したり、現場が意味の見えない作業に疲弊したりする事態に陥りがちです。白書の調査でも、「労務管理・人件費管理」から「人材育成・キャリア開発」「離職防止」「組織風土改革・エンゲージメント向上」など、企業がデータを活用する目的は多岐にわたりますが、成功している組織は、これらのテーマを自社の経営戦略と結びつけて優先順位を定めています。
例えば、「若手従業員の定着率を3年で10%向上させる」といった具体的な目的があれば、そのために「どのようなデータを収集すべきか」「どのような分析が必要か」「どのような状態になれば成功と言えるのか」といった一連の活動がぶれることなく、限られたリソースを効果的な活動に集中させることが可能になります。
明確な目的は、組織内の協力を得る上でも有用です。データ活用には、現場の従業員や情報システム部門など、多くの関係者の協力が必要です。彼ら彼女らの協力を得るためには、「なぜこのデータが必要なのか」「この分析が会社にとってどのような価値をもたらすのか」を説得力を持って説明できなければなりません。
データ活用論の「通説」を疑う
ここまで、データ活用を阻む「壁」と乗り越えるための「メカニズム」という、いわばデータ活用論の王道について解説してきました。しかし、白書のデータを読み解くと、より複雑で逆説的な実態が浮かび上がってきます。ここでは、3つの「通説」を覆す意外な事実を提示します。
第一の逆説:「抵抗」の効用
第一の逆説は、「抵抗は悪である」という通説への疑義です。一般的に、データ活用における「抵抗勢力」は、変革を阻む存在として描かれます。しかし、白書の潜在プロフィール分析によって特定された「抵抗積極タイプ」という企業群の存在は、この通説に一石を投じます。このタイプは、調査対象全体のわずか9.3%という少数派ですが、「データ活用を強力に推進しようとする強い意志」と、それに対する「組織からの強い抵抗」が組織内で激しく衝突しているという特徴的な状態にあります。
通説に従えば、このような組織は内部対立で疲弊し、成果を出せないはずです。しかし、驚くべきことに、この「抵抗積極タイプ」は、調査した10項目の成果すべてにおいて、「非常に良くなった」と回答した割合が他のどのタイプよりも突出して高かったのです。例えば、「人材育成の効果」が「非常に良くなった」と回答した割合は72.4%、「コミュニケーションの活性化」では69.0%に達し、組織的な抵抗が最も少ない「積極活用タイプ」をも上回る成果を実感しています。
この事実は、「抵抗」が必ずしも悪ではない可能性を示唆しています。健全な抵抗や対立は、組織変革のエネルギーとなり得るのかもしれません。急進的なデータ活用推進に対して、現場の実態を踏まえた慎重な意見が出されることは、施策の質を高める上で不可欠です。また、異なる意見がぶつかり合うことで、これまで見過ごされてきた論点が浮かび上がり、より深く建設的な議論が生まれることもあります。
第二の逆説:「スキル不足」のパラドックス
第二の逆説は、「スキル不足は後進企業の証である」という通説を覆すものです。「分析スキルがないから外部の専門家に頼る」というのは、直感的には理解しやすい構図です。しかし、白書のデータは、この直感とは異なる現実を示しています。「分析レポート作成支援・高度な統計解析の代行」といった高度な専門的支援へのニーズを従業員規模別に見ると、100~199人規模の企業では32.3%であるのに対し、データ活用基盤が整っているはずの1,000~4,999人規模の企業では56.8%、そして5,000人以上規模の企業では実に69.0%に達します。データ活用が進んでいる大企業ほど、より強く外部の専門性を求めているのです。
この「スキル不足のパラドックス」とも言える現象は、データ活用の成熟度と、組織が求める専門性のレベルが連動していることを示しています。活用が初期段階にある企業では、まずは社内で対応できる範囲での集計や可視化が中心であり、そもそも高度な分析の必要性を認識していません。しかし、活用が深化し、より複雑で戦略的な問い(例えば、人材配置の最適化モデル構築や、組織風土改革の効果測定など)に取り組むようになると、社内の人材だけでは対応しきれない、より高度な専門知識が必要となります。この段階に至って初めて、企業は自社の「スキル不足」を明確に認識し、外部の力を借りる必要性を感じるのです。
先進企業にとって外部専門家は、単なる「スキル不足の穴埋め役」ではありません。自社の分析結果を客観的な視点で評価してもらったり、社内の常識を覆すような新たな分析アプローチを学んだりするための「戦略的パートナー」です。この事実は、スキル不足に悩む多くの企業に対し、それを単に悲観するのではなく、自社が次の成長ステージに進みつつある兆候と捉え、外部知見を積極的に活用するという発想の転換を促します。
第三の逆説:「分断」の火種
第三の逆説は、「データ活用は善である」という素朴な期待に対する警鐘です。データ活用は、生産性やエンゲージメントの向上といった、ポジティブな文脈で語られることがほとんどです。しかし、その使い方を誤れば、組織の信頼関係を破壊し、従業員を疲弊させる「分断の火種」となり得る危険性をはらんでいます。
白書の付録2に収録された「現場の声」には、そのリスクを生々しく物語る失敗事例が数多く寄せられています。例えば、ある企業では「残業時間を可視化したところ、残業が少ない従業員に対して『もっと働かせるべきだ』という圧力が生まれ、労働強化につながってしまった」といいます。また、別の企業では「健康状態に懸念があると入力すると上司から修正を迫られる」といった事態が起きており、データが従業員を管理・監視し、不都合な事実を隠蔽するためのツールとして誤用されている実態がうかがえます。
このようなデータ活用は、従業員の間に「正直にデータを入力すると損をする」という不信感を植え付け、心理的安全性を著しく毀損します。その結果、収集されるデータの信頼性は失われ、エンゲージメントはかえって低下するという、本末転倒な結果を招きます。これらの失敗事例が示すのは、データ活用の成否を分けるものが、分析スキルやシステムといった技術的な側面だけではないという事実です。その根底には、「何のためにデータを活用するのか」「データを通じて、どのような組織を目指すのか」という倫理観や哲学が問われています。
おわりに
本講演では、『2025年版 人事データ白書』の分析を基に、人事データ活用の成否を分ける構造について論じてきました。明らかになったのは、その鍵が技術やツールの優劣以上に、それを扱う「組織の成熟度」にあるという事実です。データ活用がうまくいかない背景には、対話を拒む組織文化や、スキルとデータ品質の悪循環といった「壁」が存在します。一方で、成果を創出する組織は、スキルを持つ「人」への投資を惜しまず、データに基づく「対話」の仕組みを育み、活動の指針となる「目的」を明確に共有しています。
さらに、データ活用の現実は単純な成功・失敗の二元論では語れず、「抵抗」が変革のエネルギーになり得ること、活用が進むほど「スキル不足」を痛感すること、使い方を誤ればデータが「火種」にもなり得ることなど、多くの逆説に満ちています。人事データ活用とは、単なる分析業務ではなく、これらの逆説と向き合いながら、組織のあり方を問い直し、従業員一人ひとりと向き合う、経営と不可分の活動です。
Q&A
Q:対話の仕組みづくりにおいて、人事部門がファシリテーターとなることが推奨されていました。しかし、人事担当者自身が現場の業務の詳細を理解していないと、表面的な議論で終わってしまうのではないかと心配です。
人事がファシリテーターを務めることは必須ではありませんが、十分に可能ですし有意義な役割です。その際、現場の業務に詳しいに越したことはありませんが、ファシリテーション機能に焦点を当てれば、すべてを詳細に理解する必要まではないと思います。
重要なのは、詳細な業務知識よりも、データの背後に何があるのかという「仮説」を持って対話に臨むことです。「なぜこのような結果が出ているのか」という仮説の準備が不可欠です。
現場を知らずに仮説を立てるのが難しい場合は、事前の準備が有効です。対話の場の前にキーパーソンへヒアリングを行ったり、データの傾向について「現場感覚での意味」を確認したりすることで、精度の高い仮説を立てられます。
また、実際の対話では、人事がすぐに答えを出さないようにしましょう。データは現実を映す「鏡」のようなものです。その鏡を見ながら、現場の方々自身が課題に気づき、解決策を検討できるよう促す。そのための良質な「問いかけ」を準備して臨むことが、人事に求められる役割だと言えます。
Q:分析スキルの不足は、AIを活用することでどの程度補えると思いますか。
テクノロジーは日々進歩しているので、現時点での暫定的な回答になることをご了承ください。弊社でもAI活用を日々検討していますが、そこから見えてきた傾向についてお話しします。
もともと分析スキルを持つ人がAIを使えば、業務効率の向上や能力の拡張が進む実感があります。一方で、分析スキルが不十分な人がAIでスキル不足を補おうとしても、うまくいかないのが現状です。AIの誤答に気づけなかったり、適切な指示が出せず、望む結果が得られなかったりするためです。
したがって、現時点では「分析スキル不足をAIで補う」のは困難です。AIに頼る前に、まずは基礎的な分析スキルを身につけるほうが良いでしょう。その上で、自身の知識を広げるパートナーとしてAIを活用する。「人の基礎能力の上にAIの力が乗る」という構造は、様々な領域で通用する話ではないかと感じています。
Q:大企業ほど外部の専門家を求めているというお話がありました。当社も外部パートナーの活用を検討していますが、業務が「丸投げ」になってしまい、社内に知見が蓄積されていません。外部の知見を取り込み、自走できる組織になるための協業の進め方はありますか。
外部パートナーを活用しつつ、自走できる組織を目指すには、依頼の仕方を工夫する必要があります。「分析結果を納品してもらう」だけでは、社内に知見は残りません。
例えば、分析結果だけでなく、その「プロセス」を開示してもらう契約にするのはいかがでしょうか。あるいは、使用した分析手法や変数の選択理由など、背景にある意図を社内向けにレクチャーしてもらう機会を設けるのです。
このように、業務範囲に「教育」や「知見共有」を含めることが有益です。分析プロセスをブラックボックス化させず、勉強会などを通じて専門家の知見を取り込む。「学ぶプロセス」自体をプロジェクトに組み込んでしまいます。
外部専門家を下請けではなく「戦略的なパートナー」と位置づけ、協業プロセスを社内人材の育成機会と捉えることで、自走できる組織へ近づくことができるはずです。
Q:大学院でベイズ統計を用いた第二新卒です。人事部に配属されピープルアナリティクスを期待されていますが、施策設計のためのインサイトや分析手法について周囲への提言に難しさを感じています。自身の「人事のドメイン知識」不足が原因だと考えています。良い入り口となる、実務色の強い文献があれば教えてください。
分析の高いスキルをお持ちとお見受けします。書籍については、体系的な「人材マネジメント」の本を読むのが近道でしょう。例えば、今野浩一郎先生と佐藤博樹先生の共著『人事マネジメント入門』などは、人事の論理や構造を知る上でおすすめです。
ご質問にある通り、人事データ活用には「分析スキル」と「ドメイン知識」の両輪が不可欠です。理想は一人が両方を兼ね備えることですが、ハードルが高いのも事実です。そこで有効なのが「対話」というアプローチです。人事のドメイン知識を持つ人と、分析スキルを持つ人が、チームとして対話を重ねるのです。
企業からデータ分析チーム組成の相談を受ける際も、私は「分析ができる人だけを集めてもうまくいきにくい」と伝えています。現場の実態と乖離するからです。重要なのは、実務家と専門家が深く連携できる関係性を作ることです。
さらに、経営学や心理学などの「学術的な研究知見」も動員できると、ピープルアナリティクスの質はさらに高まります。
脚注
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

