2026年1月5日
トップの意識が組織を動かす:アテンション・ベースド・ビューの視点
企業の歴史を振り返ると、時代の変化を捉えて飛躍した企業もあれば、その波に乗り遅れて姿を消した企業もあります。同じ時代、同じ環境にありながら、企業の運命はなぜ分かれてしまうのでしょうか。
その答えを探る鍵は、私たち自身の日常経験の中にあります。私たちは日々、無数の情報に囲まれていますが、そのすべてに意識を向けることはできません。限られた時間の中で、何に意識を向け、何を考えるか、無意識に選択を繰り返しています。
企業という組織もこれと似ています。特に、組織全体の進むべき道を決める経営トップが、その限られた認知資源をどこに向けるかは、企業の将来を左右します。経営者が顧客の声に耳を澄ませるのか、社内の調整に時間を費やすのか。その配分が、組織全体の優先順位を定め、資源の投入先を決め、環境変化への対応や新たな価値創造の成否を決定づけます。
本コラムでは、経営トップの「注意」という、目には見えない認知の働きが、どのように企業の戦略や革新といった具体的な行動へと結びついていくのか、そのメカニズムを解き明かしていきます。組織のトップの意識が、企業の航路をいかに定めるのか、そのつながりを探求してみましょう。
トップマネジャーの注意配分が戦略機会の質を左右する
同じ市場で活動していても、ある企業は環境の小さな変化からビジネスチャンスを見出し、別の企業は同じ変化に気づきもしないという事態は頻繁に起こります。この違いの根源を探ると、トップマネジャーがどのように周囲の世界に意識を向け、解釈しているかというプロセスに行き着きます。
ある研究では、トップマネジャーが環境の変化を「機会」として認識し、行動に移すまでの心の動きを二つの段階で整理しています[1]。第一は、変化の存在に「気づく」瞬間的なプロセス。第二は、気づいた変化が自社にとって行動価値のある「機会」だと信念を形成していく持続的なプロセスです。
初めに、「気づき」の段階です。マネジャーが情報に接する方法は、大きく二つに分類できます。一つは「トップダウン処理」で、自身の知識や経験、期待に基づいて関連情報を探しにいく方法です。これは既存事業の改善など、予測可能な変化への対応では効率的です。しかし、自らの期待から外れた予期せぬ変化には、かえって盲目になる危険性を伴っています。
もう一つは「ボトムアップ処理」です。これは特定の期待を持たず、環境の中で際立って目立つ、新奇な情報に自然と意識が引きつけられるプロセスです。予測不能な出来事に気づくには適していますが、戦略的な意味合いの薄い情報に振り回される可能性もあります。
漸進的な改善の種を見つけるにはトップダウン処理が、革新的な飛躍のきっかけを見つけるにはボトムアップ処理が適しており、どちらか一方への偏りは機会の見過ごしにつながりかねません。また、日々の業務負荷が高まると、手堅いトップダウン処理に依存しがちになり、外部の予期せぬ変化を捉えるアンテナが鈍ることも分かっています。
続いて、気づいた変化が「機会であると信じる」段階です。ここでは、マネジャーの「関与様式」によって評価の仕方が四つに分かれます。
一つ目は「アブダクティブ関与」です。現場に深く没入しながら、そこで得た違和感について「これは何を意味するのか」と熟考を重ね、大胆な仮説を立てるスタイルです。既存の枠組みを打ち破るラディカルな機会の創出に結びつきやすいと考えられます。
二つ目は「アナリティカル関与」です。現場から一歩引いた視点で、過去のデータや確立されたルールに基づき、冷静に分析し判断を下すスタイルです。既存事業の延長線上にある漸進的な機会を、効率良く評価し実行するのに適しています。
三つ目は「ヒューリスティック関与」です。過去の成功体験から形成された「勘」に頼って直観的に判断するスタイルです。慣れた状況では迅速ですが、未知の変化に対してはその兆候を見過ごしやすく、いずれの機会形成にもつながりにくいとされます。
四つ目は「アブソープティブ関与」です。現場活動の中で、環境からの手応えに直観的かつ即座に反応していくスタイルです。実践的な文脈での漸進的な改善に素早く対応できます。もしそこで大きな驚きに直面し、熟考する「アブダクティブ関与」へモードを切り替えられれば、ラディカルな機会が生まれる可能性も秘めています。
CEOの注意が新技術参入の時期を決める
行動の「タイミング」という側面から、経営トップの意識の働きを探ってみましょう。新しい技術が登場したとき、ある企業はすぐ参入し、別の企業は慎重に様子を見ます。参入タイミングの違いは、最高経営責任者(CEO)の意識がどこに向けられているかによって左右されます。
この点を明らかにするため、かつて光ファイバー技術が登場した時代に焦点を当てた研究があります[2]。1976年から2001年にかけて26社の通信機器メーカーを追跡し、新製品市場への参入タイミングと、CEOの意識の方向、組織の特性との関係を分析しました。
CEOの意識の方向を客観的に捉えるため、年次報告書の「株主への手紙」の文章が分析されました。手紙の中でCEOが「新技術」「既存技術」「関連産業」に関する言葉をどれだけ使っているか、その頻度を計測し、関心事を数値化したのです。
分析の結果、CEOが「新技術」や「関連産業」の動向に頻繁に言及している企業ほど、新技術市場への参入が早まることが確認されました。トップが新しい技術の可能性や産業全体の未来に意識を向けることが、組織の行動を前進させる駆動力となっていました。
一方で、CEOが「既存技術」について語る言葉が多ければ多いほど、参入は遅れるという結果が出ました。トップの関心が過去の成功や現在の主力事業に固定化されると、有望な新技術が登場しても意思決定が保守的になり、行動が遅れてしまうことが示されたのです。
興味深いことに、組織が持つ既存技術の特許自体は、参入を遅らせるどころか、むしろ早めることさえありました。これは、既存技術で培った知識や顧客基盤が、新技術を導入する上での土台となり得たためと考えられます。問題は組織の能力ではなく、トップの意識がどちらを向いているかという点にあったのです。
さらに、CEOの意識と組織の特性が相互に作用しあう様子も明らかになりました。もともと通信事業への依存度が高い企業でCEOが新技術に意識を向けると、参入を早める作用が一段と強まることが分かりました。組織全体がその産業に深くコミットしている状況でトップが明確な方向性を示すと、資源の動員がスムーズに進み、行動が加速する様子がうかがえます。
産業速度が経営者の認知を介し対応速度を決める
経営者の意識が企業の戦略行動を方向づけますが、その意識自体は、事業環境、いわば「場の空気」に規定されている可能性があります。ここでは、企業が属する産業の変化スピードが、経営者の頭の中をどのように作り変え、環境変化への対応速度に結びつくのか、その連鎖のメカニズムを探ります。
この問いに答えるため、ある研究では、対照的な産業グループが比較されました[3]。一つは、半導体や化粧品のように変化が激しい「高速度産業」。もう一つは、航空機や石油化学のように変化が比較的緩やかな「低速度産業」です。1970年から1994年までの長期データを分析し、産業の速度が経営者の認知を形成し、それが戦略行動を媒介するという仮説が検証されました。
この研究では、経営者の認知を測定するため、「株主への手紙」のテキスト分析から、経営者の頭の中にある「原因と結果の結びつきの地図(因果地図)」を構築しました。そして、その地図の構造から、認知を二つの側面で捉えました。
一つ目は「意識の焦点」です。関心事が、競争相手や顧客といった事業に直接関わる「身近なタスク環境」に向いているのか、マクロ経済や政治といった広範な「ジェネラルな環境」に向いているのかを分析しました。
二つ目は「因果論理」です。環境変化を分析し、それに自社を適合させていくべきだと考える「決定論的な論理」か、自らの働きかけで環境を作り変えられると考える「能動的な論理」か、どちらを持つかを区別しました。
分析の結果、産業の速度と経営者の認知には強い結びつきがありました。高速度産業の経営者は、意識の焦点が「身近なタスク環境」に向かい、まず行動しその手応えから学ぶ「能動的な論理」を強く持つようになります。
反対に、低速度産業の経営者は、「ジェネラルな環境」に意識を向ける余裕が生まれ、外部をじっくり把握し適合する戦略を練る「決定論的な論理」を持つようになります。
こうして形成された認知パターンが、実際の環境変化への対応スピードを決定づけていました。例えば、意識の焦点が身近なタスク環境に向く経営者は、その領域の変化には素早く反応できますが、ジェネラルな環境の変化への反応は遅れがちになります。能動的な論理を持つ経営者は対応が早く、決定論的な論理を持つ経営者は対応が遅くなるという関係も見られました。
この研究の重要な発見は、産業の速度が、企業の対応スピードに直接作用するわけではない点です。産業の速度は、経営者の「認知」というフィルターを通過します。場の空気が経営者の思考様式を形作り、その思考様式が具体的な行動の速さを決めているという媒介の構造が明らかにされたのです。
CEOの未来志向と外部注意が革新成果を高める
経営者の意識の方向を「未来か、現在か」という時間的な軸と、「社外か、社内か」という空間的な軸の二つで捉え直し、この組み合わせが企業の革新にどう結びつくのかを解き明かしていきます。
このテーマを探求したある研究は、米国の小売銀行業界を舞台に行われました[4]。1990年代半ばからのインターネットバンキングの普及を背景に、176の銀行の対応が長期的に追跡されました。変革が起こる前のCEOの株主向け書簡を分析し、その意識の方向性が、その後の具体的な革新の成果にどうつながったのかが検証されたのです。
CEOの意識は「未来志向」「外部志向」「内部志向」の三つで測定されました。革新のプロセスは「検知(新技術の発見)」「開発(製品化)」「展開(機能拡充)」の三段階に分けられ、それぞれへの作用が分析されました。
分析から見えてきたのは、革新の段階ごとに、CEOに求められる意識の向きが異なるという結果でした。
初めに、新技術の兆候を見つける「検知」の段階です。ここでは「未来志向」と「外部志向」が強いCEOほど、行動が早いことが分かりました。未来を見据え、社外の環境変化にアンテナを張っているトップが、新しい波の到来をいち早く嗅ぎつけていたのです。逆に「内部志向」が強いと、検知が遅れるという結果になりました。
続いて、技術を製品として形にする「開発」の段階です。ここでも「未来志向」と「外部志向」は、開発スピードを早めました。しかし、この段階では「内部志向」もまた、開発を早めるという意外な結果が示されました。これは一度プロジェクトが始動すると、社内の資源配分や調整といった内部課題にCEOが意識を払うことが、推進力となるためと解釈できます。
そして、サービスを磨き上げ、機能を広げる「展開」の段階です。導入後の機能の拡充に明確なプラスの作用を及ぼしていたのは、「未来志向」だけでした。サービスのその先にあるべき姿を描き、長期的なロードマップに基づいて計画的に準備を進める構想力が、サービスの持続的な成長を支えることがうかがえます。
この研究は、革新を「検知・開発・展開」という連続したプロセスとして捉えることの有用性を明らかにしました。その上で、段階ごとに経営者に求められる意識の最適な配分は異なることを教えてくれます。未来と社外に開かれた視野が新しい種を見つけ、内外両面に配慮したマネジメントがそれを形にし、再び未来への構想力がその豊かな成長を支える、ということが明らかになりました。
脚注
[1] Shepherd, D. A., McMullen, J. S., and Ocasio, W. (2017). Is that an opportunity? An attention model of top managers’ opportunity beliefs for strategic action. Strategic Management Journal, 38, 626-644.
[2] Eggers, J. P., and Kaplan, S. (2009). Cognition and renewal: Comparing CEO and organizational effects on incumbent adaptation to technical change. Organization Science, 20(2), 461-477.
[3] Nadkarni, S., and Barr, P. S. (2008). Environmental context, managerial cognition, and strategic action: An integrated view. Strategic Management Journal, 29(13), 1395-1427.
[4] Yadav, M. S., Prabhu, J. C., and Chandy, R. K. (2007). Managing the future: CEO attention and innovation outcomes. Journal of Marketing, 71(4), 84-101.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

