2025年12月29日
エフェクチュエーションとは:成功するベンチャーの共通点
未来は予測するものなのでしょうか、それとも自らの手で創り出していくものなのでしょうか。ビジネスの世界では、市場を分析し、競合の動向を読み、緻密な事業計画を立てることで、未来を予測し、コントロールしようとします。成功への道筋をあらかじめ描き、その計画通りに物事を進めることが、賢明なやり方だと考えられています。しかし、その前提がすべてではないとしたら、どう思いますか。
予測が困難な現代において、計画に固執することがかえって足かせになる場面は少なくありません。そんな中、熟達した起業家たちに見られる、異なる意思決定のあり方が見出されました。それが「エフェクチュエーション」と呼ばれる考え方です。
これは、壮大な目標から逆算して計画を立てるのではなく、「今、自分は何を持っているか」「誰を知っているか」「何ができるか」という手持ちの手段から出発するアプローチです。偶然の出会いや予期せぬ出来事を味方につけながら、関わる人々と共に、進むべき道を、未来そのものを形作っていきます。
このエフェクチュエーションというアプローチは、単なる精神論なのでしょうか。それとも、実際に企業の成長や成功に結びつく、具体的な力を持っているのでしょうか。本コラムでは、エフェクチュエーションが事業の成果にどのような形で結びつくのか、いくつかの学術的な分析結果を紐解きながら、その実像に迫っていきます。
国際化を速めるが深掘りを遅らせる
企業が未知の領域へ踏み出す代表的な活動として、海外進出、すなわち国際化が挙げられます。そこは、文化も商習慣も異なる、まさに不確実性の塊のような世界です。このような状況で、手持ちの手段から未来を創り出すエフェクチュエーションは、どう働くのでしょうか。企業の国際化における「スピード」という観点から、その働きを理論的に整理した研究があります[1]。
この分析を行うにあたり、「国際化のスピード」という言葉が、いくつかの異なる側面を持っていることを理解する必要があります。一つ目は、企業が創業してから最初の海外市場に参入するまでの「初回参入スピード」。二つ目は、ある海外市場に参入した後、その国での売上比率がどれだけ速く伸びるかという「コミットメント・スピード」。三つ目は、次々と新しい国へ進出していく「スコープ・スピード」です。これらはそれぞれ、国際化の異なる段階と質を表しています。
企業が海外で人脈、つまりネットワークを築く方法を二つに分けて考えます。一つは、エフェクチュエーション的なアプローチです。これは、今すでにある人間関係や、偶然の出会いから話が舞い込んできた相手など、手の届く範囲のつながりを起点とします。相手と協力しながら、共に何ができるかを探り、未来を形作っていきます。もう一つは、計画的なアプローチです。こちらは、あらかじめ設定した目標を達成するために最もふさわしいパートナーは誰かを考え、その相手を探し出し、計画に沿って関係を構築していきます。
これらの整理を基に、二つのアプローチが国際化の三つのスピードにどう関わるかを理論的に考えると、対照的な姿が浮かび上がります。エフェクチュエーション的なアプローチは、「初回参入スピード」と「スコープ・スピード」を速める可能性があります。なぜなら、既にある関係から始めるため、パートナーを探したり、信頼関係をゼロから築いたりする時間を短縮できるからです。また、目標を固定していないため、予期せぬ国からのオファーにも柔軟に応じやすく、結果的に進出する国の数が速く広がっていくことになります。
一方で、特定の市場での成功を深掘りする「コミットメント・スピード」は、相対的に遅くなるかもしれません。様々な出会いに応じることで、経営資源や意識が分散し、一つの市場に集中して売上を伸ばしていくことが難しくなるためです。
計画的なアプローチは、この逆の現象を引き起こします。理想のパートナーを探し、関係を構築するには時間がかかるため、最初の海外進出は遅れがちになります。進出先の国も慎重に選ぶため、国数が広がるスピードも緩やかです。しかし、一度参入した市場では、戦略的に選んだパートナーと集中的に関係を深めるため、その国での売上比率は速く高まっていくと考えられます。
この理論的な考察から見えてくるのは、エフェクチュエーションが、不確実な状況で素早く第一歩を踏み出し、活動の範囲を広げるためのエンジンとして機能する可能性です。しかし、一つの場所で深く根を張り、事業を成熟させていく段階では、また別の論理が必要になるのかもしれません。
主要原理がベンチャー業績を高めると示された
エフェクチュエーションが国際化の特定の局面で力を発揮する可能性が見えてきました。この考え方をより細かく分解し、その一つひとつの要素が、一般的なベンチャー企業の業績とどのような関係にあるのでしょうか。この問いに答えるため、過去に行われた数多くの研究結果を統計的に統合し、全体的な関連性を検証した分析が存在します[2]。
この分析は、メタ分析と呼ばれる手法を用いています。これは、特定のテーマに関する多数の独立した研究結果を収集し、それらを統合することで、より信頼性の高い結論を導き出そうとするものです。この研究では、著名な学術雑誌に掲載された過去の論文の中から、ベンチャー企業の業績に関連するものを網羅的に調査しました。
そして、それぞれの論文で測定されていた様々な変数を、エフェクチュエーションの五つの主要な原理に対応させて分類し直しました。その原理とは、「未来は設計可能である」という考え方、「手持ちの手段から始める」という行動、「他者とパートナーシップを築く」という姿勢、「許容できる損失の範囲で行動する」というリスク管理、そして「予期せぬ偶然を活用する」という柔軟性です。合計で48本の研究、サンプル数にして9,897社分のデータが集約され、各原理と業績の間にどのような関連があるかが統計的に分析されました。
分析の結果、エフェクチュエーションのいくつかの原理が、企業の業績とプラスの関連を持つことが明らかになりました。特に強い関連が見られたのは、「手持ちの手段から始める」という原理の中でも、創業者が持つ「自分自身のリソース(Who I am)」、例えば自己資金や研究開発能力といった要素でした。また、事業に直接関連する業界経験や専門知識(What I know)、あるいはビジネス上の人脈(Whom I know)も、業績との間にプラスの関連が確認されました。
「パートナーシップ」の原理も、業績とプラスの関連を持っていました。ここで言うパートナーシップとは、ただの取引関係ではなく、リスクとリターンの両方を共有するような、深くコミットした関係を指します。顧客や供給者、あるいは従業員と、このような共創関係を築くことが、業績に良い形で結びついていたのです。
「偶然の活用」の原理も、関連の強さは控えめながら、業績との間にプラスの関係が見られました。これは、予期せぬ出来事が起きたときに、それを計画からの逸脱として嘆くのではなく、新たな機会として捉え、製品や方針を柔軟に変更できる力が、企業の成長につながることを示唆しています。
一方で、「許容できる損失」という原理については、この大規模な分析の範囲では、業績との間に統計的に意味のある関連は見出されませんでした。これは、この原理が業績に結びつかないことを断定するものではなく、研究ごとに測定方法が異なっていたり、その概念を正確に捉えることが難しかったりするためかもしれません。
このメタ分析が描き出すのは、エフェクチュエーションの中核をなす行動原理が、実際にベンチャー企業の業績と結びついているという姿です。特に、外部の環境を予測することから始めるのではなく、まず自分たちが「今持っているもの」を深く理解し、そこから行動を起こすこと、そして、他者と協力関係を築き、変化に柔軟に対応していく姿勢が、企業の成長の土台となることがうかがえます。
エンジェル投資の失敗率を下げる戦略として有効である
起業したばかりのスタートアップにとって、エンジェル投資家からの資金提供は事業を軌道に乗せるための生命線です。しかし、投資家側から見れば、これは成功確率の低い、不確実性の塊への賭けに他なりません。多くの投資家は、市場規模や競争環境を分析し、精緻な事業計画を求めることで、未来を「予測」し、リターンを最大化しようと試みます。
では、もし投資家が予測に頼るのではなく、エフェクチュエーション的な発想、つまり未来を「コントロール」しようとするアプローチを取った場合、投資の結果はどう変わるのでしょうか。この点を実証的に検証した研究があります[3]。
この研究では、アメリカのエンジェル投資家121名を対象に調査が行われました。まず、ある架空の事業(ウェアラブル・コンピューティング製品)に関する投資シナリオを提示し、それに対する一連の質問への回答から、各投資家が「予測を重視するタイプ」か、「コントロールを重視するタイプ(エフェクチュエーション的なタイプ)」か、その度合いを数値化しました。
コントロールを重視する考え方とは、例えば「市場予測よりも、自分たちの行動が未来を創ると考える」「許容できる損失の範囲で投資を判断する」「顧客やパートナーからの事前のコミットメントを重視する」といった姿勢を指します。
そして、この数値化された意思決定スタイルと、投資家たちの実際の投資実績(一件あたりの平均投資額、投資先が失敗した件数、投資先が大成功した件数)との関連性が分析されました。
分析から浮かび上がったのは、興味深い関係性でした。コントロールを重視する度合いが強い投資家ほど、投資先が失敗に終わる件数が統計的に有意に少ないことがわかりました。エフェクチュエーション的なアプローチは、投資のダウンサイドリスクを抑える働きをしていたのです。このアプローチは、失敗を減らす一方で、大成功の数を減らすわけではありませんでした。失敗を避けながらも、大きなリターンを得る可能性は維持されていました。
一方、予測を重視する度合いが強い投資家は、一件あたりの投資額が大きくなる傾向がありました。これは、大きな市場の成長を予測し、そこに大きく賭けるという戦略を反映していると考えられます。しかし、この予測重視の姿勢は、投資の失敗率や成功率そのものとの間に、明確な関連は見出されませんでした。
コントロールを重視するアプローチが、なぜ投資の失敗を減らすのでしょうか。その仕組みは、次のように考えられます。
第一に、「許容できる損失」という考え方に基づき、一度に大きな金額を投じるのではなく、段階的に小さな投資を行うことで、事業がうまくいかなかった場合の損失を限定的にできます。第二に、製品を開発する前に、将来の顧客やパートナーから「もし完成したら購入する」といった事前の約束(プレコミットメント)を取り付けることを重視するため、市場のニーズから大きく外れるリスクを減らせます。第三に、当初の計画に固執せず、予期せぬ出来事や市場からのフィードバックに応じて柔軟に事業の方向性を変えていくため、致命的な失敗に陥る前に軌道修正が可能です。
この研究は、不確実性が高いエンジェル投資の世界において、エフェクチュエーションが、大きな損失を避けるための賢明な戦略として機能することを示しています。未来を正確に予測しようとすること以上に、コントロールできる範囲を着実に広げていくことが、厳しい環境を生き抜く力となります。
女性起業家が不平等の低い国で用いると最も成果を高める
ある戦略や考え方が、誰にとっても、また、どのような状況でも同じように機能するとは限りません。その効果は、それを用いる人の特性や、その人を取り巻く社会環境によって変化する可能性があります。手持ちの手段から始め、他者との共創を通じて未来を形作っていくエフェクチュエーションも、その例外ではないかもしれません。ここでは、エフェクチュエーションが企業の業績にもたらすプラスの効果が、起業家の性別と、その国におけるジェンダーの不平等度がどう関わってくるのかを体系的に調査した研究を紹介します[4]。
この研究は、ベトナム、バングラデシュ、ガーナといった新興国で活動する、設立8年未満のスタートアップ企業、合計990社を対象に行われました。調査の信頼性を高めるため、創業者本人にエフェクチュエーションをどの程度用いているかを尋ね、業績については別の経営幹部に回答してもらう、という工夫がなされています。収集されたデータを用いて、①エフェクチュエーション、②起業家の性別、③国ごとのジェンダー不平等指数(GII)という三つの要素が、企業の業績にどのように相互作用するのかが統計的に分析されました。
分析の結果、三つの重要な発見がありました。第一に、エフェクチュエーションと業績のプラスの関係は、男性起業家よりも女性起業家において、より強く見られました。女性がこのアプローチを用いた方が、業績向上への結びつきが強いという関連性が確認されたのです。
第二に、エフェクチュエーションと業績のプラスの関係は、その国におけるジェンダー不平等が「低い」ほど強まることがわかりました。反対に、ジェンダー不平等が「高い」国では、そのプラスの関係は弱まり、場合によっては、エフェクチュエーションを用いることがかえって業績にマイナスに働くことさえある、という結果が示されました。
第三に、これら二つの要素を組み合わせたとき、最も強い関係性が見えてきました。エフェクチュエーションが企業の業績を最も高めるのは、「ジェンダー不平等が低い国で、女性起業家がこのアプローチを用いた」場合だったのです。逆に、ジェンダー不平等が高い国では、特に女性起業家がエフェクチュエーションを用いても、業績向上にはつながりにくいという状況が浮かび上がりました。
この結果の背景には、どのような理屈があるのでしょうか。エフェクチュエーションというアプローチが核とする、他者との協調、信頼関係の構築、リスクを共有するパートナーシップといった要素は、多くの文化において伝統的に「女性的」とされる振る舞いや価値観と親和性が高いと考えられます。そのため、女性起業家がこのアプローチを自然に、効果的に実践しやすいのかもしれません。
しかし、その力が最大限に発揮されるためには、社会的な環境が不可欠です。協調や共創といった価値が正当に評価され、女性がビジネスの場で対等なパートナーとして扱われる社会、すなわちジェンダー不平等が低い社会でこそ、エフェクチュエーションという戦略が本来持つ力を存分に引き出すことができる、とこの研究は示唆しています。
脚注
[1] Prashantham, S., Kumar, K., Bhagavatula, S., and Sarasvathy, S. D. (2019). Effectuation, network-building and internationalisation speed. International Small Business Journal: Researching Entrepreneurship, 37(1), 3-21.
[2] Read, S., Song, M., and Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573-587.
[3] Wiltbank, R., Read, S., Dew, N., and Sarasvathy, S. D. (2009). Prediction and control under uncertainty: Outcomes in angel investing. Journal of Business Venturing, 24, 116-133.
[4] Cowden, B., Karami, M., Tang, J., Ye, W., and Adomako, S. (2022). The gendered effects of effectuation. Journal of Business Research, 155(Part B), 113403.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

