2025年12月29日
変革型リーダーシップを問い直す:部下の心、組織の健全性、リーダー自身の代償
「変革型リーダーシップ」。この言葉から、高い理想で組織を導き、部下のやる気を引き出して偉業を成し遂げる、輝かしいリーダー像を思い浮かべる人は多いでしょう。書店には成功法則を説く本が並び、企業研修では理想のリーダー像として語られます。事実、このリーダーシップが組織に活力をもたらし、大きな成果を生むことはあります。
しかし、物事の光には影が伴うように、その輝かしいイメージの裏には、あまり語られない複雑な側面が存在します。部下の自律性を育むはずの働きかけが、見えない圧力となって心をすり減らすことはないか。チームをまとめる強固な一体感が、異論を封じ込め組織の目を曇らせる危険はないか。そして、その力を振るうリーダー自身は、どのような代償を払っているのでしょうか。
本コラムでは、変革型リーダーシップを万能の処方箋としてではなく、内に矛盾や葛藤を抱えた人間的な営みとして捉え直します。部下の動機づけに潜む二面性、組織の一体感がもたらす危うさ、状況で変わるリーダーの行動、リーダー自身が払うコスト。四つの視点を通じ、その光と影が織りなす「トレードオフ」と「パラドックス」の実像に迫ります。
変革型は自律性を高め成果を促すが負荷で統制的動機づけも強める
変革型リーダーシップの魅力は、部下の内面からやる気を引き出し、自発的な行動を促す点にあるとされます。リーダーのビジョンに共感し、仕事に意味を見出すことで、人は高いパフォーマンスを発揮する。この筋書きは分かりやすく、説得力があります。しかし、人の心が動く仕組みは、それほど単純ではありません。リーダーの働きかけが、意図せず部下の心に重りを乗せてしまうことはないのでしょうか。この問いに答えるため、変革型リーダーシップが従業員の心理や成果にどう結びつくのかを、二つの異なる経路から解き明かそうとした研究があります[1]。
この研究は、カナダの新人看護師と学校管理職という、異なる職場で働く人々を対象に行われました。研究者が知りたかったのは、リーダーの振る舞いが従業員の「仕事の世界の見え方」をどう変え、その結果「やる気の質」がどう変化し、最終的に心身の健康や仕事ぶりにどうつながるか、という一連のプロセスです。アンケート調査で、上司のリーダーシップ、仕事の「資源(リソース)」と「要求(デマンド)」、動機づけの種類、燃え尽き(バーンアウト)や仕事への愛着、パフォーマンスなどを測定し、その複雑な関係性を分析しました。
分析から見えてきたのは、変革型リーダーシップが持つ光と影の二つの顔でした。光の側面として、変革型リーダーは、部下が仕事の「資源」を豊かに感じられるように働きかけていました。資源とは、仕事の進め方を決められる裁量権、周囲からの支援、丁寧なフィードバックなどを指します。資源が豊富な職場では、従業員の「自律的な動機づけ」が高まります。これは「仕事自体が面白い」「自分の価値観と合っている」という内側から湧き出るエネルギーであり、燃え尽き感を和らげ、仕事への愛着を深め、パフォーマンスを高める理想的な循環を生んでいました。
しかし、物語はそれだけでは終わりません。影の側面として、リーダーの働きかけは、時に仕事の「要求」を増大させることがあります。要求とは、過大な仕事量、感情的な負担、複雑な人間関係といった心身の負荷です。こうした要求が高まると、従業員は「統制的な動機づけ」に頼らざるを得なくなります。これは「叱責を避けるため」「報酬を得るため」といった、外的な圧力や誘因に動かされるエネルギーで、燃え尽きを加速させ、パフォーマンスを低下させる負の循環につながっていました。
新人看護師の調査では、変革型リーダーの存在が意図せず仕事の要求を高め、それが統制的な動機づけを介して燃え尽きにつながる、という負の経路も確認されました。高い理想が結果として部下の負担を増やし、義務感やプレッシャーで仕事に向かわせる状況を生んでいたのです。一方で、学校管理職の調査では、この負の経路は明確ではありませんでした。研究者たちは、この違いを職務の性質に求めています。管理職の「仕事の過負荷」は挑戦として捉えられる余地があるのに対し、看護師が直面する感情的・身体的な負荷は、より直接的に心身を消耗させるのかもしれません。
変革型は一体感を高めるが異論抑圧や権力集中を招く危険がある
先ほどは、リーダーの働きかけが部下の動機づけに光と影の両面を落とすことを見ました。今度は、リーダーが掲げるビジョンや文化が組織に浸透するプロセスそのものに潜む、より構造的な危うさを探ります。チームが心を一つにして同じ目標に向かう。それは理想的な姿ですが、一体感が過剰になったとき、組織はどうなるのでしょうか。ある論考は、広く称賛される変革型リーダーシップの核心が、実は組織を不健康な状態へ導きかねない危険な力学と、驚くほど似通っていると警鐘を鳴らしています[2]。
この論考が問題視するのは、変革型リーダーシップの根幹である「カリスマ」「ビジョン」「個別配慮」「知的刺激」「共通文化の醸成」といった要素が無批判に受け入れられることで生じる副作用です。まず「カリスマ」と「ビジョン」。リーダーが情熱的に語る理想像は人々を惹きつけますが、その語りが強いほど異論の余地は失われます。リーダーの言葉が絶対視され、批判的な視点が入り込む隙がなくなるのです。特にリーダーが強い自己愛を持つ場合、批判を許さず、たとえビジョンが間違っていても力で押し通してしまう危険があります。
次に「個別配慮」。これは一見、部下を尊重する行為に思えます。しかし、明確な権力差がある場面では、異なる意味合いを帯びます。リーダーからの賞賛や承認は、意向に沿う行動を強化する報酬として機能し、部下は同調しやすくなります。心に反対意見があっても口に出しにくい環境が作られ、これは尊重ではなく巧みな「取り込み」と言えるかもしれません。
「知的刺激」も同様です。本来は新しい視点を促すはずですが、リーダーのビジョンに合う「知的枠組み」だけが奨励され、反する考えが無視されれば、思考の多様性は失われ、組織は「集団浅慮(グループシンク)」に陥ります。
そして「共通文化の推進」は、これらの危険性を強固にします。一体感を強調するあまり、「文化に合わない者は不要」という空気が生まれ、価値観に染まることが忠誠の証となり、異論は裏切りと見なされます。こうして健全な批判の声が消え、異論者は排除されていきます。この論考は、こうした実践が、指導者を崇拝し異論を許さない運営手法と構造的に酷似していると指摘します。
強いリーダーシップの下で一体感が醸成された組織は、一見すると強固で効率的に見えます。しかし内部では、代替案の検討機会が失われ、トップの誤りを誰も指摘できず、軌道修正が極めて困難になっている可能性があります。このように、変革型リーダーシップがもたらす一体感は、組織の思考を止め、自己批判能力を奪うという深刻なパラドックスをはらんでいます。
変革型は危機で果敢に動くが平時は大胆策を控える
リーダーの行動は、本人の資質だけで決まるわけではありません。周囲の環境、特に組織が置かれた状況がその振る舞いに大きな作用を及ぼします。強いカリスマ性を発揮し、組織を一つの方向にまとめようとする行動は、どのような場面で現れやすいのでしょうか。とりわけ「危機」と「平時」は、リーダーの意思決定にどのような違いをもたらすのでしょう。この問いを探るため、変革型リーダーと、しばしば混同されがちな「ナルシシズムの高いリーダー」が、状況によっていかに異なる行動を選ぶのかを明らかにした実験研究があります[3]。
この実験では、管理職経験者がオンラインで参加しました。参加者はまず、自身の変革型リーダーシップ傾向とナルシシズム傾向を測る質問票に回答。その後、四つの異なるシナリオの一つをアニメーション動画で視聴しました。
シナリオは「雇用の安定性(危機か、安定か)」と「上司からの監視の強さ(裁量が大きいか、厳しいか)」の二軸で構成されています。例えば「会社は危機的で、自分の裁量で動ける」状況や、「会社は安定しており、上司が進捗を厳しく管理する」状況などです。視聴後、参加者は「カリスマ的な言葉を発信しようと思うか」と「リスクの高い計画を選ぼうと思うか」について回答しました。
分析の結果、「カリスマ的な言葉」については、変革型リーダーもナルシシズムの高いリーダーも、状況にかかわらず発信意図が高いことが分かりました。魅力的なビジョンを語る点では、両者を見分けるのは難しいのです。言葉の巧みさだけに感心すると、本質を見誤る可能性を示唆しています。
しかし、「リスクを取る行動」の意図については、違いが現れました。変革型リーダーは、「組織が危機的で、かつ、自分の裁量が大きい(監視が低い)」場面で、最も強くリスクを取る意図を示しました。これは、組織が困難なときに、自らの評判が傷つく可能性を顧みず、組織全体の利益のために責任を引き受けて大胆な決断を下そうとする姿勢の表れと解釈できます。リスクテイクがいわば「公」のためなのです。
対して、ナルシシズムの高いリーダーは、全く逆の状況でリスクを取ろうとしました。彼ら彼女らの意図が最も高まったのは、「組織が安定しており、かつ、上司からの監視が強い」場面でした。これは、自分の足元が安全で、行動が上層部の目に留まりやすい状況を選び、自らの能力を誇示して評価を得るための「舞台装置」として大きな賭けに出る傾向を物語っています。リスクテイクがいわば「私」のためなのです。
この実験は、リーダーの行動が内的な特性と外的状況との相互作用で決まることを描き出しました。変革型リーダーは、平時は必ずしも大胆な変革者ではなく、組織が本当にそれを必要とするときにこそ真価を発揮するのかもしれません。
変革型は集団で活力を高め個人で疲弊を招く
これまで、変革型リーダーシップが部下や組織に及ぼす複雑な作用を追ってきました。しかし、その光と影のドラマは受け手側だけで完結しません。光を放つリーダー自身もまた、その光によって影を宿します。部下を導き、組織を変えようと奮闘する行為は、リーダー本人に何をもたらすのでしょうか。ここでは、リーダーシップがリーダー自身に課す「コスト」という、見過ごされがちな側面に切り込みます。
一つ目の研究は、学校組織を舞台に、変革型リーダーシップが若手教員のウェルビーイングにどう作用するかを「集団レベル」と「個人レベル」の二層で分析したものです[4]。中国の若手教員を対象とした調査は、リーダーの働きかけが持つ二面性を浮き彫りにしました。リーダーがチーム全体に共有ビジョンを示し協力を促す「集団志向」のリーダーシップは、チームの適応力という「集団の資源」を育み、結果として教員のウェルビーイングを高めていました。チーム一丸となる力が、個々の心を支えていたのです。
ところが、リーダーが個々の教員に高い期待をかけ挑戦を促す「個人志向」のリーダーシップは、全く逆の結果をもたらしました。一人ひとりの成長を願う働きかけは、教員にとって「役割の過負荷」という「個人の要求」を増大させ、ウェルビーイングを低下させる原因となっていたのです。良かれと思った期待が、いつしか重荷に変わってしまう。この光と影の効果は、教員が取り組む課題が複雑なほど、より強まることも分かりました。集団には活力の源泉となるリーダーシップが、個人には消耗の原因となりうるのです。
二つ目の研究は、さらに踏み込み、変革型リーダーシップを発揮する行為そのものが、リーダー本人をいかに消耗させるかを直接的に検証しました[5]。上司と部下のペアに6週間、毎週アンケートに答えてもらう追跡調査です。部下は上司のリーダーシップ行動を評価し、上司は自身の「情緒的な消耗」や離職意思を回答しました。
そこから見えてきたのは厳しい現実でした。ある週に上司が変革型リーダーシップを強く発揮するほど、その週の上司自身の情緒的な消耗度が高まり、ひいては離職意思まで強まっていたのです。部下を鼓舞し、ビジョンを語り、一人ひとりに配慮する行為は、リーダー自身の感情的エネルギーを確実に削り取る、コストの高い活動でした。
この消耗の度合いは、相手となる部下の特性に左右されることも明らかになりました。部下の誠実性が低かったり、能力が十分でなかったりする場合、リーダーは彼ら彼女らを導くためにより多くのエネルギーを注ぐ必要があり、消耗は一層激しくなりました。逆に、誠実で有能な部下を相手にしているときは、消耗は比較的少なくて済みました。変革型リーダーシップは、部下に良い作用をもたらす一方で、リーダー自身の内的な資源をすり減らしていく。その行為は、決して無償の奉仕ではないのです。
脚注
[1] Fernet, C., Trepanier, S.-G., Austin, S., Gagne, M., and Forest, J. (2015). Transformational leadership and optimal functioning at work: On the mediating role of employees’ perceived job characteristics and motivation. Work & Stress, 29(1), 11-31.
[2] Tourish, D., and Pinnington, A. (2002). Transformational leadership, corporate cultism and the spirituality paradigm: An unholy trinity in the workplace? Human Relations, 55(2), 147-172.
[3] Jackson, C. J., and Roberts, J. (2022). Transformational and narcissist leaders: Their different behaviors in different contexts. Personality and Individual Differences, 191, 111579.
[4] Fang, Z., Zou, W., and Ding, X. (2025). Engagement or exhaustion? The double-edged sword effect of dual-level transformational leadership on the well-being of young teachers in Chinese secondary schools. Humanities and Social Sciences Communications, 12, 960.
[5] Lin, S.-H., Scott, B. A., and Matta, F. K. (2019). The dark side of transformational leader behaviors for leaders themselves: A conservation of resources perspective. Academy of Management Journal, 62(5), 1556-1582.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

