2025年12月25日
引き金は組織の不備:従業員の意欲を削ぐ「組織的制約」
職場で、なぜか周囲のやる気を削ぐような言動を繰り返す人、決められた業務を意図的にゆっくり進める人、あるいは頻繁に休憩を取ったり、遅刻や早退を繰り返したりする人に出会った経験はないでしょうか。こうした行動に直面したとき、私たちはついその人の性格や意欲の問題として片付けてしまいます。「やる気がない」「責任感に欠ける」といった個人的な資質に原因を求めてしまうのです。
しかし、もしこれらの行動が、個人の問題だけでなく、その人が置かれている「職場環境」からのサインだとしたら、私たちはその見方を変える必要があるのかもしれません。
本コラムで光を当てるのは、「非生産的職務行動」と呼ばれる、組織やそこで働く人々に意図的に害を及ぼす可能性のある一連の行動です。そして、その引き金が、実は職場の中に潜んでいるという可能性について、科学的な知見をもとに掘り下げていきます。目的は、特定の誰かを非難することでも、安易な解決策を提示することでもありません。一見すると不可解な行動の裏に隠された、人間の複雑な心理プロセスを解き明かし、その背景にある組織の構造や文化を理解することにあります。
これから、非生産的職務行動が単純な一つの現象ではなく、その種類によって動機や要因が異なることを見ていきます。そして、仕事そのものとの不一致や満足度の問題、さらには満足しているはずの従業員が見せる意外な行動、最後に、日々の業務を妨げる組織的な障害がいかに強力な引き金となるかという順で話を進めていきます。
非生産的職務行動は種類ごとに動機と要因が異なる
職場で見られる好ましくない行動を、私たちはひとまとめにして「問題行動」と捉えてしまいます。しかし、同僚の陰口を言うこと、会社の備品をこっそり持ち帰ること、わざと仕事のペースを落とすこと、頻繁に職場から離れることは、果たして同じ原因から生じているのでしょうか。これらの行動を一つの尺度で測ろうとすると、それぞれの行動の背後にある異なる心理的な仕組みを見過ごしてしまう可能性があります。行動の背景を深く理解するためには、これらを区別して考えることが求められます。
ある学術的な探究では、この問題意識から、非生産的職務行動を五つのカテゴリーに分類し、それぞれがどのような職場環境の要因と結びついているかを調べました[1]。その五つとは、他者への暴言や身体的な危害といった「濫用」、意図的に非効率な働き方をする「産出逸脱」、会社の器物を損壊する「サボタージュ」、会社の金品を盗む「窃取」、遅刻や欠勤などの「離脱」です。
複数の組織で働く従業員や学生を対象とした調査データを統合し、これらの行動と、職場のストレス要因(人間関係の対立や業務上の制約)、公正さの感覚、仕事への満足度、仕事中に感じるネガティブな感情との関連性が分析されました。
その結果、行動の種類によって、結びつく要因のパターンが異なることが明らかになりました。例えば、「濫用」行動は、職場の人間関係における対立ととりわけ強く結びついていました。また、仕事中に感じる「怒り」や「激昂」といった感情とも強い関連が見られました。このことから、濫用は、他者から受けたストレスに対する直接的で感情的な「戦う」反応として現れやすいと考えられます。誰かとの間で葛藤を抱え、強い怒りを感じたときに、その相手や周囲に対して攻撃的な言動という形で表出するのです。
一方で、「離脱」行動は異なる様相を呈していました。こちらは職場のストレス要因よりも、仕事への不満や、仕事中に感じる「退屈」や「憂鬱」といった感情と強く結びついていたのです。濫用が怒りを原動力とする攻撃的な反応であるのに対し、離脱は不快な職場環境から物理的・心理的に距離を置こうとする「逃げる」反応と解釈できます。面白みのない、あるいは苦痛を感じる仕事から一時的にでも解放されたいという動機が、遅刻や長すぎる休憩といった行動につながっている可能性が考えられます。
「窃取」は、これまで挙げたような感情的な要因とはほとんど関連が見られませんでした。仕事への満足度が低いことや、手続きが不公正だと感じることとはわずかな関連がありましたが、怒りや退屈といった感情とは結びつきが確認されなかったのです。これは、窃取が感情的な爆発や現実逃避というよりも、経済的な利益を得たり、不当な扱いに対する埋め合わせを求めたりするといった、計算された目的のもとで行われる「道具的」な行動であることを物語っています。
「産出逸脱」や「サボタージュ」は、濫用と似た側面を持ちつつも、その関連の強さはより穏やかでした。これらは、人間関係の対立や業務上の制約といったストレス要因と関連しており、不満の表れであると考えられます。しかし、直接的な対人攻撃とは異なり、仕事そのものや組織の物品に向けられる点で、転化された攻撃と見なすことができます。
このように、非生産的職務行動を分類して見ることで、それぞれの行動が異なる心理的な道筋をたどって生じることがわかります。すべての行動を「不満の表れ」として一括りにするのではなく、その背景にあるのが怒りなのか、退屈なのか、あるいは冷静な計算なのかを見極めることが、現象の理解につながる第一歩となります。
非生産的職務行動は職業不一致と低満足で増える
先ほどは、非生産的職務行動がその種類によって異なる動機から生じることを見てきました。怒り、退屈、あるいは計算された目的。では、こうした感情や動機が生まれる、さらに根源的な要因は何でしょうか。その一つとして、従業員が就いている「職業」と、本人が抱いていた希望との間のずれ、すなわち「職業選択の不一致」が挙げられます。特にキャリアの初期段階にある若者にとって、この不一致は仕事への向き合い方に影を落とすことがあります。
ドイツの職業訓練生を対象に行われた調査は、この点に光を当てています[2]。食肉加工やベーカリー販売といった特定の職種で訓練を受ける若者たちに、現在の仕事が第一希望であったかどうかを尋ね、それと仕事への満足度、自己を律する能力、非生産的職務行動の頻度との関係を調べました。この調査の枠組みは、個人の特性と、その人が置かれた状況への評価が、どのように絡み合って行動に結びつくかを統合的に捉えようとするものでした。
分析から浮かび上がってきたのは、一つの連続した物語でした。初めに、現在の職業が第一希望ではなかった若者たちは、第一希望の職業に就いている若者たちに比べて、仕事に対する満足度が低いという結果が出ました。これは直観的にも理解しやすいでしょう。望まないキャリアのスタートは、日々の仕事から得られる喜びや達成感を減じてしまう可能性があります。
続いて、この低い満足度が、非生産的職務行動の増加に直接的につながっていることが確認されました。満足度が低いほど、従業員は組織のルールを軽視したり、業務を怠ったりする行動に走りやすくなるのです。
しかし、ここで話は終わりません。調査では、満足度を「水準」だけでなく、「建設性」という質的な側面からも捉えていました。建設的な満足とは、たとえ不満があったとしても、それを前向きな改善のエネルギーに変えようとする姿勢を指します。そして、第一希望でない職業に就くことは、満足の水準を下げるだけでなく、この建設的な姿勢をも損なわせることがわかったのです。
最終的に、職業選択の不一致から非生産的職務行動に至るまでの道のりは、次のような連鎖として描かれました。「第一希望の職業ではない」という事実が、「仕事の満足度の水準を下げ」かつ「満足の質(建設性)を損なう」。この二つの満足度の低下が合わさって、「非生産的職務行動を増加させる」という経路です。職業の不一致が直接的に問題行動を引き起こすというよりも、満足度というクッションを介して、じわじわと行動に作用していくプロセスが見て取れます。
このプロセスには個人の資質が条件として加わります。調査では、衝動を抑え、長期的な視点で物事を考える能力、すなわち「自己統制力」も測定されていました。その結果、仕事への不満といった引き金が存在していても、自己統制力が高い人は非生産的職務行動に走ることを思いとどまることができるのに対し、自己統制力が低い人は、不満を直接的な行動に移しやすいことがわかりました。
このことから、非生産的職務行動の根源を探る際には、キャリアの入り口における希望との齟齬という、非常に早い段階の出来事にまで目を向ける必要があります。そこで生じた小さな亀裂が、日々の仕事への満足度を少しずつ蝕み、やがては組織全体に波紋を広げる行動へとつながっていく。その過程には、個人の内的な統制力が関わっています。
非生産的職務行動は高満足者にも情動対処として現れる
これまでの話で、仕事への不満や不一致が非生産的職務行動の温床となる構図が見えてきました。この論理に従えば、「満足度の高い従業員は、模範的な行動をとる」と結論づけたくなるかもしれません。しかし、現実はそれほど単純ではないようです。職務に満足し、組織から公正に扱われていると感じているにもかかわらず、非生産的職務行動に手を染める人々が存在するという、直観に反する事実が研究によって見出されています。
ポーランドの地方政府機関に勤務する事務職員を対象とした調査が、この複雑な関係を浮き彫りにしました[3]。この調査では、職務満足度と非生産的職務行動の頻度を測定するだけでなく、従業員が感じる仕事のストレス、組織の公正さへの認識、個人の攻撃性の度合いもあわせて尋ねました。そして、参加者を満足度と行動の組み合わせによっていくつかのグループに分類する「クラスター分析」という手法を用いました。これによって、異なる心理的背景を持つ従業員の類型をあぶり出すことを試みたのです。
その結果、四つの特徴的なグループが同定されました。一つは、予想通りの「低満足・高行動」群で、「復讐者(Avengers)」と名付けられました。彼ら彼女らは組織が不公正であると感じ、高いストレスと攻撃性を抱えており、不満を組織への報復として行動で示している典型的なタイプです。もう一つは、「高満足・低行動」群で、「満足者(Satisfied)」です。公正さを感じ、ストレスも攻撃性も低く、理想的な適応状態にあります。
しかし、注目すべきは残りの二つのグループです。その一つが、「高満足・高行動」を示す、「自信家(Self-Confident)」と名付けられたグループです。このグループの人々は、仕事への満足度が高く、組織の公正さも十分に感じていました。にもかかわらず、非生産的職務行動の頻度は「復讐者」グループと並んで高かったのです。一体何が彼らをそのような行動に駆り立てていたのでしょうか。その鍵は、彼ら彼女らが報告した高いレベルの仕事ストレスと、もともと持っている攻撃性の高さにありました。
彼ら彼女らの行動は、組織への悪意や復讐心から生じているわけではないと解釈されます。むしろ、日々の業務で感じるストレスやプレッシャーに対処するための、一種の自己防衛的な「情動対処」として機能している可能性が考えられます。
例えば、高いストレスを感じたときに、少し長めに休憩をとって気分を落ち着かせたり、会社の備品を私的に利用して小さな満足感を得たりすることで、感情のバランスを取ろうとしているのかもしれません。満足はしていても、ストレスをうまく処理する他の手段を持たない場合、手近な非生産的職務行動が、結果的にストレスを和らげるための不適切な方策として選ばれてしまうのです。
もう一つのグループは、「低満足・低行動」を示す「引きこもり(Withdrawn)」群でした。彼ら彼女らは満足度が低いにもかかわらず、問題行動は起こしません。しかし、ストレスや攻撃性も低く、不満を内に溜め込んでいる状態と推測されます。これは一見すると無害に見えますが、静かな退職やエンゲージメントの低下といった、目に見えにくい形で組織に損失をあたえる可能性があります。
この調査が私たちに教えてくれるのは、非生産的職務行動の動機が一様ではないということです。不満や不公正への「報復」として行われることもあれば、満足している従業員による「ストレス対処」として行われることもあります。従業員の行動を理解するためには、満足度という一面的な指標だけを見るのではなく、その人が抱えるストレスの度合いや、感情をどう処理するかという個人的な特性にも目を向ける必要があります。
非生産的職務行動は組織的制約で最も強く高まる
これまで、行動の種類による動機の違い、職業選択の不一致、満足している人の意外な行動といった、非生産的職務行動の多様な側面を探ってきました。これらは主に従業員の内面的な感情や評価に焦点を当てたものでした。では、職場環境そのものに存在する、より直接的で物理的な要因は、どの程度行動に結びつくのでしょうか。例えば、仕事に必要な道具が足りない、情報が共有されない、手続きが煩雑で仕事が進まない、といった日々の障害です。
トルコの様々な業種で働くホワイトカラー従業員を対象に行われた調査は、この問いに一つの答えを出しています[4]。この調査では、非生産的職務行動の発生頻度と、いくつかの主要な職場ストレッサーとの関連の強さを比較しました。
比較されたストレッサーは、「量的ワークロード(仕事の量の多さ)」、「対人葛藤(同僚や上司とのいさかい)」、「組織的制約(仕事を妨げる様々な障害)」です。組織的制約とは、先述したような、不十分な設備、必要な情報や権限の欠如、非効率なルールといった、従業員が自分の仕事を円滑に進めるのを妨げる障壁を指します。
分析の結果、非生産的職務行動の発生と最も強く、そして一貫して結びついていたのは、この「組織的制約」でした。仕事の量が多かったり、人間関係で多少のもめごとがあったりすることよりも、自分の仕事をきちんと遂行しようとする努力が、組織側の不備によって妨げられるという経験の方が、はるかに強く従業員を非生産的な行動へと向かわせる力が働くことがわかりました。この関連は、仕事への満足度の低さを考慮に入れてもなお、強力なものでした。
この結果が生まれるメカニズムは、人間の欲求と関わっています。多くの人は、自分の仕事を通じて有能さを感じ、目標を達成したいという自然な動機を持っています。しかし、組織的制約は、この欲求を正面から妨害します。必要な情報がなければ計画は立てられず、適切な道具がなければ品質は上がらず、無駄な手続きに時間を取られれば納期は守れません。このような状況が続くと、従業員は強いフラストレーションと無力感を抱きます。「一生懸命やろうとしているのに、組織がそれをさせてくれない」という感覚です。
このフラストレーションのはけ口として、非生産的職務行動が選ばれることがあります。組織によって生産的な活動を阻害された従業員が、いわば「仕返し」として、組織が望まない非生産的な活動に従事するという構図です。例えば、「どうせこの会社はまともに仕事をさせてくれないのだから、こちらも時間をごまかして当然だ」という心理が働き、遅刻や長い休憩といった離脱行動につながるかもしれません。
この調査では、もう一つ重要なパターンが確認されました。それは、ストレッサーの種類と、行動が向けられる対象との間に整合性が見られるという点です。
「対人葛藤」は、同僚への悪口や嫌がらせといった、対人関係を標的とする非生産的職務行動と最も強く結びついていました。一方で、「組織的制約」は、産出逸脱やサボタージュ、離脱といった、組織そのものを標的とする行動と最も強く結びついていたのです。これは、不満の原因となった相手や対象に対して、その不満が向けられやすいという、論理的な反応パターンを示していると言えます。
脚注
[1] Spector, P. E., Fox, S., Penney, L. M., Bruursema, K., Goh, A., and Kessler, S. (2006). The dimensionality of counterproductivity: Are all counterproductive behaviors created equal? Journal of Vocational Behavior, 68, 446-460.
[2] Marcus, B., and Wagner, U. (2007). Combining dispositions and evaluations of vocation and job to account for counterproductive work behavior in adolescent job apprentices. Journal of Occupational Health Psychology, 12(2), 161-176.
[3] Czarnota-Bojarska, J. (2015). Counterproductive work behavior and job satisfaction: A surprisingly rocky relationship. Journal of Management & Organization, 21(4), 460-470.
[4] Bayram, N., Gursakal, N., and Bilgel, N. (2009). Counterproductive work behavior among white-collar employees: A study from Turkey. International Journal of Selection and Assessment, 17(2), 180-188.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。
