2025年12月24日
「何を学ぶか」から「何を手放すか」へ:アンラーニングを通じた持続的成長の視点(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2025年11月にセミナー「『何を学ぶか』から『何を手放すか』へ:アンラーニングを通じた持続的成長の視点」を開催しました。
私たちの周りの世界は、新しい技術の登場や価値観の変化など、絶えず姿を変え続けています。このような環境で組織が成長を続けるためには、新しい知識やスキルを学び続けることが不可欠です。
しかし、変化のスピードが速まる中で、新たな知識を「足し算」するだけの学習に、限界を感じることはないでしょうか。かつて有効だったやり方や、過去の成功体験が、知らず知らずのうちに組織の変革を妨げる要因となってしまうことがあります。
今、人と組織の持続的な成長のために、これまでとは異なるアプローチの学び方、「アンラーニング」に注目が集まっています。アンラーニングとは、単に物事を忘れたり、過去を否定したりすることではありません。それは、これまで当たり前だと考えてきた知識や信念、行動様式を意図的に見直し、新しい学びや挑戦のためのスペースを自ら作り出す、創造的なプロセスです。
本セミナーでは、このアンラーニングという概念について、組織変革や人材育成を考える上での新たな視点とヒントを提供しました。多様な業界における実証研究を基に、アンラーニングが組織にもたらす価値を解説しました。
変化の時代における組織開発や人材育成のあり方を模索されている企業人事の皆さんにお役立ていただける内容です。組織と従業員の新たな可能性を考えるきっかけとして、「アンラーニング」の視点をぜひご活用ください。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
はじめに
私たちの周りの世界は、新しい技術の登場や価値観の変化など、絶えず姿を変え続けています。このような環境で組織が成長を続けるためには、新しい知識やスキルを学び続けることが不可欠です。しかし、変化のスピードが加速する中で、新たな知識を「足し算」するだけの学習に、限界を感じることはないでしょうか。かつて有効だったやり方や、過去の成功体験が、知らず知らずのうちに組織の変革を妨げる要因となってしまう「経験の罠」に陥ることがあります。
今、人と組織の持続的な成長のために、これまでとは異なるアプローチの学び方、「アンラーニング」に注目が集まっています。本講演では、このアンラーニングという概念について、その本質と組織にもたらす価値を、多様な実証研究を基に解説していきます。
アンラーニングの意味するところ
アンラーニングとは、これまで有効だった思考の枠組みや行動様式を、意図的・意識的に見直し、手放す知的なプロセスを指します[1]。これは、従業員の退職や時間の経過によって知識が自然に失われる偶発的な「忘却」とは、その主体的な意図の有無において区別される概念です。忘却が意図せず起こる受動的な現象であるのに対し、アンラーニングは「このやり方は、もはや現状に適していないのではないか」という問いから始まる、能動的で戦略的な営みです。
したがって、アンラーニングは、単に物事を忘れたり、過去の成功体験を全否定したりすることではありません。むしろ、これまで組織や個人が拠り所としてきた「当たり前」の知識や信念、行動様式に対して、その有効性を改めて問い直し、現在の環境において機能しないと判断したものを意識的に脇に置く、という冷静な判断のプロセスです。それは記憶を消去するのではなく、新しい学びや挑戦のためのスペース、いわば知的な余白を自ら作り出す、前向きで創造的なプロセスと言えます。
学術的な探求によれば、アンラーニングは「気づき」「手放し」「再学習」という三段階のサイクルを経て進むとされます[2]。第一の「気づき」は、自分たちが拠って立つルールや前提が、もはや現状に適合していないと認識する段階です。第二の「手放し」は、そのやり方をやめる段階であり、第三の「再学習」で、新しいやり方を実践しながら、古い知識を意識的に脇に置いていくことになります。
例えば、ある営業チームが、顧客がオンラインでの商談を好むようになり、従来の足で稼ぐ対面営業の効果が薄れてきたと認識することが「気づき」です。続いて、チームが全顧客への訪問を最優先する方針をやめ、訪問件数に基づく業績評価を手放すことを決めるのが「手放し」にあたります。そして、新しいオンライン営業ツールの使い方を学び、リモートで顧客との信頼関係を築く新しい方法を開発していくことが「再学習」です。これらは必ずしも一直線に進むわけではなく、日々の仕事の中で同時並行的に展開されます。
しかし、このプロセスを実践することは容易ではありません。個人レベルでは、長年の習慣がもたらす安心感や未知への不安が変化への抵抗を生み出します。自分の行動と信念の矛盾から生じる不快感を避けようとする心理も、古い考えを守る方向に作用します。
組織レベルでは、さらに根深い困難が存在します。その典型例が、かつて米国最大級の書籍小売チェーンであったボーダーズ社の事例です[3]。
1990年代にオンライン書店Amazonが登場した際、ボーダーズは「大型実店舗の展開」という自らの成功体験から生まれた強固な組織アイデンティティに縛られ、オンライン事業への本格的な転換が遅れました。業績が悪化してからアンラーニングを試みたものの、すでに手遅れであり、2011年に破綻に至ります。この事例は、組織に深く根付いた文化や成功体験が、いかにアンラーニングを阻む要因となりうるかを物語っています。
アンラーニングは、その対象の深さによって二つのタイプに分類することができます[4]。一つは、業務手順やマニュアルの変更といった、比較的浅いレベルでの意図的な棄却を指す「テクニカル・アンラーニング」です。例えば、企業が紙ベースの経費精算システムから新しいソフトウェアに移行し、従業員が古い書式を使うのをやめて新しいデジタルプロセスを学ぶのは、この典型です。
もう一つは、組織文化や共有された価値観、支配的な考え方といった、より根源的で変えにくいものを対象とする「アダプティブ・アンラーニング」です。例えば、トップダウンの意思決定と効率性を誇りとしてきた製造業が、より革新的になる必要性を認識し、階層的な文化を手放して、実験と失敗が許容される協力的でボトムアップなアプローチを受け入れる、といったケースがこれに該当します。組織が非連続的な変化に対応し、本質的な変革を遂げるためには、このアダプティブ・アンラーニングに踏み込むことが時に求められます。
アンラーニングが組織にもたらす価値
アンラーニングは、単に古い知識を捨てるという行為に留まらず、組織に具体的かつ多岐にわたる価値をもたらすことが、近年の研究によって明らかになってきています。その価値は、イノベーションの創出、学習の質の向上、危機管理能力の強化という三つの側面に大別できます。
第一の価値は、イノベーションの創出です。中国の製造業242社を対象とした調査では、競争が激しい環境に置かれている企業ほどアンラーニングが活発化し、それが特に「革新性」の高い新製品開発に貢献していることが示されました[5]。既存の枠組みや常識を一度壊すことで、従来の発想の延長線上にはない、飛躍的なアイデアが生まれやすくなるためだと考えられます。
しかし、ここで注意すべきは「実装」の重要性です。319件の新製品開発プロジェクトを対象とした別の調査では、アンラーニングが二つの側面、すなわち技術や市場に関する「信念」の見直しと、開発プロセスといった日々の「ルーティン」の見直しから捉えられました[6]。分析の結果、市場や技術の変化が激しい環境ほど、チーム内に健全な危機感が生まれ、アンラーニングが進みやすいことが分かりました。
けれども、そうしたアンラーニングを行った「だけ」では新製品の成功には直接結びつかず、そこで得られた新しい信念やルーティンを、実際のプロジェクト計画、使用ツール、日々の意思決定プロセスといった業務運営の中にきちんと組み込む「実装」というステップを経て初めて、売上や利益、顧客満足度といった市場での成功確率が有意に高まることが明らかにされています。アンラーニングは「捨てて終わり」ではなく、その気づきを行動や仕組みのレベルにまで落とし込むことで価値を生むのです。
第二に、アンラーニングは組織の学習の質を高め、根本的な組織変革を促します。組織の学習には、設定された目標や既存のルールの中で間違いを正していく「シングルループ学習」と、その目標やルール、背景にある前提を問い直す「ダブルループ学習」があります。
香港の建設業界の専門家95名を対象にした調査では、アンラーニングは、後者のダブルループ学習と強い結びつきがあることが確認されました[7]。例えば、「現行の実務を評価し、新しいアプローチを採用する」といった前提を問い直す学習は、「顧客の本当の要求を再認識する」といった信念のアンラーニングや、「開発の進め方を変える」といったルーティンのアンラーニングと並行して起こりやすいことが分かったのです。
そして、この二つが組み合わさって作用した場合にのみ、利益目標の達成といった組織の成果が有意に高まることも見いだされました。既存の枠組みの中で効率化を図るシングルループ学習とアンラーニングの組み合わせでは、このような成果への好影響は見られませんでした。アンラーニングは、表面的な改善に留まらない、組織のOSをアップデートするような本質的な変革を可能にするのです。
第三の価値として、危機管理能力の強化が挙げられます。多くの組織危機は、組織が過去の成功体験に固執し、環境の変化が発する警告のサインを見過ごすことから始まります。「これまでこのやり方でうまくいってきたのだから、これからも大丈夫だろう」という過信が、変化への対応を遅らせ、小さな問題を大きな危機へと発展させます。
イスラエル国内の82組織を対象とした調査では、人材マネジメントや戦略といった複数の経営志向の中で、組織の危機準備度を最も強く予測していた要因がアンラーニング能力でした[8]。過去の成功の論理を定期的に見直し、必要であればそれを手放す力を持つ組織ほど、危機をあらかじめ想定し、それに備えるための計画や訓練、仕組みをきちんと整えていることが示されたのです。
危機というものはアンラーニングの欠如から生まれ、深刻化してから慌てて過去を捨てようとすると、トップの交代のような大きな痛みを伴う手段に頼らざるを得なくなります。危機に陥る前に、平時から自らの学びを絶えず見直し、更新し続ける「連続的なアンラーニング」を実践することが、組織を硬直化から守り、未来の不確実性に対する免疫システムとして機能します[9]。
アンラーニングを組織にどう実装するか
アンラーニングが組織にとって重要であると理解した上で、次に問われるのは、それをいかに組織内に実装していくかです。アンラーニングは個人の意識改革だけに依存するものではなく、それを促し、支援する組織的な環境を構築することが求められます。研究知見からは、アンラーニングを促す環境を構成する三つの要素が示唆されています[10]。
一つ目は「レンズの点検」です。これは、従業員一人ひとりが自身の物事の見方を点検し、組織が共有する「当たり前」を客観的に見直す機会を持つことを意味します。自分たちは無意識のうちに特定の思考の枠組みに囚われているのではないか、という可能性を受け入れることが起点となります。
例えば、定期的な部門横断ミーティングを設定し、異なる視点からの意見交換を制度化したり、外部の専門家を招いて業界の最新動向を学ぶ講演会を開催したりすることが考えられます。また、他業界のビジネスモデルを学んだり、異業種からの中途採用者を積極的に登用したりすることで、外部の視点を取り入れ、自社の常識を相対化することも有効です。こうした意図的な揺さぶりによって、既存のやり方の非効率性や、見過ごしていた新たな機会への「気づき」が生まれやすくなります。
二つ目は「個人習慣の変容」です。これは、チームなどの小集団において、具体的な行動や態度の変え方を練習し、互いに後押しする場を設けることを指します。アンラーニングが「手放し」と「再学習」のプロセスを含むことを踏まえれば、新しい行動を試す実践の場が必要です。そのためには、失敗が許容され、挑戦が奨励される心理的安全性の高い環境が求められます。
そのためには、失敗したプロジェクトを対象に、責任追及ではなく学びを抽出することを目的とした「振り返り会」を公式に実施したり、小規模な「実験的プロジェクト」を立ち上げるための予算と裁量を現場チームに与えたりすることが有効です。たとえ新しい試みがうまくいかなくても、そこから得られた学びを共有し、次の行動に活かしていく文化が、個人やチームが古い習慣から脱却することを支援します。円滑な情報共有の仕組みや、率直なフィードバックが行われる風土も、この変容を支えます。
三つ目は「理解の定着」です。個人やグループのレベルで生まれた新しい理解や行動様式を、組織全体の公式なルールや業務プロセス、評価制度といった仕組みに組み込んでいくプロセスです。スペインの医療機関を対象とした調査でも、アンラーニングを構成する要素の中で、この「理解の定着」が医療サービスの質の向上に最も強く結びついていました[11]。
具体的なアクションとしては、人事評価制度を見直し、成果だけでなく、新たな挑戦やそこからの学びを評価する項目を追加したり、アンラーニングによって生まれた新しい成功事例を社内で共有したりすることが考えられます。どれほど優れた気づきや新しい試みが生まれても、それが個人の経験に留まり、組織の仕組みに反映されなければ、持続的な変革にはつながりません。新しいやり方を正式なものとして位置づけ、組織の「記憶」として根付かせていく地道な作業が、アンラーニングのサイクルを完結させ、組織能力を高めるのです。
アンラーニングへの抵抗とその乗り越え方
アンラーニングは、本質的に変化を伴うプロセスであるため、実践しようとすると抵抗に直面します。その抵抗は、個人の内面から生じるものと、組織の構造から生じるものに大別できます。これらを乗り越えるためには、抵抗の正体を理解し、それぞれに対して適切なアプローチをとることが重要です。
初めに、個人レベルの心理的抵抗です。一つは、これまでのやり方で成功してきた従業員などが抱く「専門性の喪失感」です。自身の経験やスキルが否定されたように感じ、プライドが傷つくことで変化に反発します。これに対処するには、まず彼ら彼女らの過去の貢献に対して明確な敬意と感謝を伝えることが不可欠です。その上で、「これまでの経験を、新しい環境でどう活かすか」という視点で対話し、新しいやり方と従来の知見を融合させるメンターのような役割を担ってもらうなど、新たな活躍の場を提供することが有効です。
次に、「失敗への恐怖」も大きな抵抗要因です。新しい方法を試すことは不確実性を伴うため、失敗して評価が下がることを恐れ、従業員は変化をためらいます。この抵抗を和らげるには、経営層や管理職が率先して自らの失敗談を共有し、「挑戦したこと自体が価値である」というメッセージを発信し続けることが求められます。例えば、結果だけでなくプロセスや挑戦を評価する制度を導入したり、「小さな失敗から学ぶこと」を目的としたプロジェクトを奨励したりすることで、心理的安全性を醸成していく必要があります。
一方、組織レベルの構造的抵抗も根強く存在します。代表的なものが「過去の成功体験への固執」です。組織全体が過去の成功モデルに最適化されているため、環境が変化しても従来のやり方から抜け出せなくなります。これに対処するには、経営トップが「なぜ変わらなければならないのか」という危機感と未来のビジョンを、データに基づいて繰り返し、粘り強く語り続けなければなりません。
また、「既存の制度やプロセスの壁」も変化を阻みます。新しい行動を推奨しても、評価制度や予算配分が古いままでは、従業員は動くことができません。この矛盾を解消するには、アンラーニングの方向に合わせて、関連する社内制度を意図的に変更していく必要があります。
例えば、部門横断的なプロジェクトを推進したいのであれば、部門の壁を超えて協力した場合にインセンティブが与えられるような評価・報酬制度を設計することがアクションとなります。アンラーニングを掛け声だけで終わらせないためには、こうした実質的な制度変更が伴わなければなりません。
これらの抵抗を乗り越えるプロセスは容易ではありませんが、丁寧な対話と戦略的な仕組みづくりによって、組織は着実に変化への適応力を高めていくことができます。
おわりに
本講演では、変化の時代における組織の持続的成長の鍵として、「アンラーニング」という概念を多角的に探求してきました。アンラーニングは、単に古い知識を「捨てる」という後ろ向きな行為ではなく、新しい可能性のために自らスペースを創り出す、前向きで創造的なプロセスです。
その実践は、イノベーションの創出、組織変革の促進、危機への耐性強化といった、組織にとって有用な価値をもたらします。重要なのは、それを個人の資質や意識の問題として片付けるのではなく、組織的な環境づくりを通じて支援していく視点です。「何を学ぶか」という問いと同時に、「何を手放すべきか」という問いを組織全体で共有し、議論することから、未来を拓く新しい一歩が始まるのではないでしょうか。
Q&A
Q:アンラーニングのプロセスとして「気づき」「手放し」「再学習」の3つの段階があるとのことですが、この中で一番の「ボトルネック」となるのはどの段階でしょうか。
ボトルネックになり得るのは「気づき」と「再学習」の段階です。まず「気づき」ですが、個人も組織も、日々の業務で身につけたやり方が「自動化」しています。その「当たり前」を疑い、変革の必要性に気づくこと自体が大きなハードルです。
「再学習」も、特に組織において大きな障害となります。理由は、新しいやり方への「抵抗」です。個人の心理的抵抗に加え、組織レベルでは既存の業務プロセスや組織文化が複雑に絡み合い、変化への抵抗勢力となります。そのため、新しいやり方を導入・定着させるプロセスがボトルネックになりやすいのです。
Q:講演では「手放す」ことの重要性が挙げられていましたが、具体的に「何を手放すべきで、何を残すべきか」という判断が難しいと感じます。判断を誤って、本当はまだ有効かもしれない知識やスキル、あるいは組織の長所まで捨ててしまい、組織全体の強みを失ってしまうようなリスクはないのでしょうか。
重要なご指摘です。アンラーニングは過去の全否定ではなく、あくまで「今持っているスキルの有効性を問い直すプロセス」です。
その上で「何を手放すべきか」の基準は、「現在の外部環境や顧客ニーズに適合しているか」という点に集約されます。環境の変化に適合しなくなったものは手放す候補となりますが、有効に機能しているものは維持すべきです。
この見極めを誤らないためには、「判断を個人任せにしない」ことが求められます。対策として、講演でお話しした「レンズの点検」、つまり他部署や社外の専門家など「異質な視点」と対話し、自分たちの常識を多角的に見直す機会を組織的に設けることが有効でしょう。こうした場で議論し、組織としての強みを維持しつつ、手放すべきものを見極めます。
Q:古いやり方を手放して新しいやり方を導入しようとしても、その新しいやり方が十分に理解され、現場に定着するまでの間に、目先の業績が悪化することを恐れて、結局元のやり方に戻ってしまうことがよくあります。アンラーニングに伴う「一時的な混乱」や「パフォーマンスの低下」の時期を、組織としてどのように乗り越えていけばよいのでしょうか。
ご指摘の通り、アンラーニングには一時的な混乱やパフォーマンス低下が伴います。この事実を「変革に必要なプロセスの一部である」と、あらかじめ経営層から現場まで「共通認識」として持つことが、乗り越えるための一歩です。逆に、「すぐにうまくいく」という過度な期待は、早期の「失敗」という結論を招きます。
組織的な支援としては、二点あります。一つは「変革プロセスの可視化」です。混乱の中でも、「今どの段階か」「小さな進捗は何か」を共有し、前に進んでいる実感を持つことが力になります。
もう一つは「変革の規模をコントロールする」ことです。いきなり全てを変えず、まずは「小規模に試行する」ことが重要です。これによって失敗のリスクを抑えつつ、学びを得ながら着実に再学習を進めることができます。これが現実的な乗り越え方だと考えます。
Q:組織の「核となる価値観」や「企業理念」といったものまで手放すべきなのでしょうか。これらは組織の根幹をなすものであり、時には変革を阻む原因になる一方で、多くの場合は組織の拠り所となり、従業員を一つにする力にもなっていると思います。
ここで重要なのは「理念そのもの」と「その理念の解釈や実現手段」を分けて考えることです。企業理念のような核となる価値観は「守るべき」ものが多いでしょう。しかし、その「解釈」や「実現手段」は、時代や環境に合わせて「再学習」し、更新し続ける必要があります。
例を挙げると、「顧客第一主義」という理念は守るべき核です。しかし、その実現手段がかつての「足で稼ぐ営業」のままでは、現代の顧客ニーズに合わないかもしれません。現代の「顧客第一主義」は、オンライン環境の整備やデータを活用したサポートである可能性があります。
要するに、「核となる価値観(理念)を守り続けるために、むしろ、古くなった手段や解釈の方をアンラーニングする」というプロセスが求められます。このように理念と手段を分けて整理することが、積極的なアンラーニングにつながると思います。
Q:アンラーニングを進める上で障害となる「失敗への恐怖」を和らげるために、経営層や上司が自らの「失敗談」を共有することが有効だというお話がありました。しかし、私の会社のように、そもそも失敗を語る文化があまりない組織では、いったい「どのレベル」の失敗談を共有すればいいのか、その加減が分かりません。
失敗談のレベル感は難しい問題ですね。アンラーニングの文脈で上司が語るべきは、不注意や怠慢によるミスではなく、「挑戦した結果としての失敗」です。既存のやり方を疑い、新しいことに取り組んだ結果、うまくいかなかった、という類の話です。重要なのは、そこに「挑戦」のプロセスが含まれていることです。
さらに言えば、「失敗した」という事実だけでなく、「その失敗から何を学んだのか」「次にどう活かしたのか」までをセットで語ってもらえると良いでしょう。
これによって、「挑戦すること自体が価値である」というメッセージが伝わります。失敗を「挑戦・失敗・学び」という成長の物語として共有することで、部下も「失敗を恐れずに挑戦していいんだ」と感じられ、心理的安全性が高まります。
Q:アンラーニングにおける「手放し」と「再学習」のプロセスは、それに取り組む従業員にとって、大きな精神的ストレスになる可能性があると思いました。こうした従業員のストレスに対して、どのようにケアをしていけばよいのでしょうか。
アンラーニングは個人に大きな「負担」もたらします。組織としては、その負担が過大にならないよう支援する仕組みが必要です。
例えば、「アンラーニングの優先順位付けを支援する」ことが挙げられます。「何もかも一度に」というプレッシャーが「学び疲れ」の一因になります。組織として優先順位をつけ、個人の負荷を管理・調整することが重要です。
加えて、「試行錯誤のプロセスを支援する」ことも支援につながります。例えば、「1on1ミーティング」やチームでの「振り返り会」といった場です。こうした場で、個人が感じる不安や葛藤を共有できると、負荷が和らぎます。
Q:アンラーニングは「前向きで創造的なプロセス」とのことですが、現場では「今までのやり方の否定」とネガティブに捉えられそうです。アンラーニングのポジティブな側面を社内にどう伝えていけばよいでしょうか。
使う言葉に注意が必要です。例えば、「捨てる」ではなく、「新しい可能性のためにスペース(余白)を作る」といった、よりポジティブな表現を用いることが有効です。
さらに、人事としては「成功事例の共有」が考えられます。アンラーニングによって新しい挑戦が可能になったり、個人の成長につながったりした「ロールモデル」となる実例を積極的に紹介していくのです。
こうした事例を通じて、「アンラーニングは過去の否定ではなく、未来の成長に必要なステップだ」という物語を共有する。それによって、ネガティブなイメージをポジティブなものへと「書き換えていく」ことが可能になると思います。
脚注
[1] Tsang, E. W. K., and Zahra, S. A. (2008). Organizational unlearning. Human Relations, 61(10), 1435-1462.
[2] Cegarra-Navarro, J. G., and Wensley, A. K. P. (2019). Promoting intentional unlearning through an unlearning cycle. Journal of Organizational Change Management, 32(1), 67-79.
[3] Snihur, Y. (2018). Responding to business model innovation: Organizational unlearning and firm failure. The Learning Organization, 25(3), 190-198.
[4] Klammer, A., and Gueldenberg, S. (2019). Unlearning and forgetting in organizations: A systematic review of literature. Journal of Knowledge Management, 23(5), 860-888.
[5] Lyu, C., Zhang, F., Ji, J., Teo, T. S. H., Wang, T., and Liu, Z. (2022). Competitive intensity and new product development outcomes: The roles of knowledge integration and organizational unlearning. Journal of Business Research, 139, 121-133.
[6] Akgun, A. E., Lynn, G. S., and Byrne, J. C. (2006). Antecedents and consequences of unlearning in new product development teams. Journal of Product Innovation Management, 23(1), 73-88.
[7] Wong, P. S. P., Cheung, S. O., Yiu, R. L. Y., and Hardie, M. (2012). The unlearning dimension of organizational learning in construction projects. International Journal of Project Management, 30, 94-104.
[8] Sheaffer, Z., and Mano-Negrin, R. (2003). Executives’ orientations as indicators of crisis management policies and practices. Journal of Management Studies, 40(2), 573-606.
[9] Nystrom, P. C., and Starbuck, W. H. (1984). To avoid organizational crises, unlearn. Organizational Dynamics, 12(4), 53-65.
[10] Cegarra-Navarro, J. G., and Wensley, A. K. P. (2019). Promoting intentional unlearning through an unlearning cycle. Journal of Organizational Change Management, 32(1), 67-79.
[11] Cegarra-Navarro, J.-G., Cepeda-Carrion, G., and Eldridge, S. (2011). Balancing technology and physician?patient knowledge through an unlearning context. International Journal of Information Management, 31(5), 420-427.
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

