2025年12月22日
「理想のリーダー」のもとで部下は燃え尽きる:変革型リーダーシップが機能不全に陥る条件
組織を率いるリーダーに求められる資質として、「変革型リーダーシップ」という言葉を耳にしたことはありますか。未来への魅力的なビジョンを掲げ、働く人々の意識を高めて、期待以上の成果を引き出す。こうしたリーダー像は、多くのビジネス書や研修で語られ、目指すべき姿として描かれています。このリーダーシップスタイルが、部下の満足度や組織への貢献意欲を高めるという報告も数多く存在します。
しかし、現実はそう単純なものでしょうか。もし変革型リーダーシップが万能薬であるならば、なぜそれを導入したはずのチームで、部下が疲弊してしまったり、期待したほどの成果が上がらなかったりする事態が起こるのでしょうか。もしかすると、このリーダーシップの効果は、リーダーや部下を取り巻く「状況」によって左右されるのかもしれません。同じ働きかけであっても、受け取る側の心の状態や、リーダー自身が置かれた環境によって、その結果はプラスにもマイナスにも転じうるのではないか、という疑問が浮かび上がります。
本コラムでは、変革型リーダーシップがもたらす結果の複雑さに光を当てていきます。いくつかの調査研究を手がかりに、どのような条件下でその力が発揮され、どのような場合に意図せぬ副作用を生むのかを解き明かしていきます。部下の心理、リーダー自身のコンディション、リーダーシップ行動の組み合わせ。様々な角度からその実像に迫ることで、私たちはこの強力なリーダーシップと、より賢く付き合っていくためのヒントを得られるでしょう。
変革型の効果は部下の心理的ディタッチメントで正反対に
変革型リーダーシップは、部下に「もっと頑張ろう」という意欲をかき立てる力を持つとされます。高い目標を掲げるリーダーのもとで、部下は自らの限界を超えて努力することがあります。この「余分な努力」は望ましいことのように思えますが、その努力が部下の心に何をもたらすかは一筋縄ではいきません。努力が成長の糧となるか、心身をすり減らす消耗につながるか。その分かれ道に、部下自身の「心理的ディタッチメント」という要素が関わっていることが、ある研究で示されました[1]。これは、勤務時間外に仕事のことから心理的に距離を置き、頭を切り替えられる度合いを指します。
この複雑な関係性を解明するため、ドイツの様々な業種で働く214名を対象に、4ヶ月おきに3回のオンライン調査が行われました。最初の時点で、上司の変革型リーダーシップの度合いを評価してもらいました。4ヶ月後の2回目には、上司によって自身がどれだけ「余分な努力」を促されているか、仕事からどれだけ心理的に切り離せているかを尋ねました。最後の3回目で、バーンアウトの中核症状である「情緒的消耗」の度合いを測定しました。この時間差のある設計により、リーダーシップが努力を促し、その努力が最終的に消耗へどう結びつくかという流れを検証しました。
分析の結果、変革型リーダーシップが部下の「余分な努力」を高める関係が確認されました。問題は、その努力が情緒的消耗にどう結びつくかです。ここで、心理的ディタッチメントの度合いが分かれ目となりました。
仕事からうまく頭を切り替えられる、要するに心理的ディタッチメントが高い人々においては、余分な努力をするほど情緒的消耗は「減少」しました。一方で、仕事のことを常に考え、心理的に切り離すのが苦手な人々においては、余分な努力が情緒的消耗を「増加」させていました。同じ「努力」という行為が、心理的な回復力によって逆の結果を生んでいたことになります。
このメカニズムは、心身のエネルギーを「資源」と捉えると理解しやすくなります。ディタッチメントが高い人は、仕事でエネルギーを使っても、オフの時間にしっかり回復できます。そのため、余分な努力は目標達成などの新たな「資源」獲得につながり、消耗が減ると考えられます。逆にディタッチメントが低い人は、消費したエネルギーを回復できず、オフの時間もエネルギーが漏れ出し続けるため、努力するほど資源が枯渇し、消耗が激しくなってしまうのでしょう。
変革型は失敗恐怖で燃え尽きへの効果が変わる
リーダーシップの効果が部下個人の心理状態で変わるという視点は、別の角度からも探求されています。先ほどは「回復力」が鍵でしたが、ここでは「失敗への恐怖」という感情に焦点を当てます。挑戦を促す変革型リーダーシップは、失敗を恐れる気持ちが強い部下と、そうでない部下に対し、どのように異なる働きかけとなるのでしょうか。ある研究は、この問いに答え、変革型リーダーシップが部下の燃え尽きに与える道のりが、失敗への恐怖の度合いで二つに分かれるという複雑な地図を描き出しました[2]。
ある企業の従業員249名を対象とした調査では、特徴的なデータ収集が行われました。従業員自身には、上司の変革型リーダーシップ、自身の失敗への恐怖心、情緒的消耗のレベルを回答してもらいました。同時に、その上司には、各部下が普段、同僚と比べて「協働的な行動」と「競争的な行動」をどの程度とっているかを評価してもらいました。
分析の結果、変革型リーダーシップと情緒的消耗の関係は、失敗への恐怖の度合いでそのあり方を変えることが分かりました。
失敗への恐怖が高い部下では、上司の変革型リーダーシップが強いほど、情緒的消耗が「低く」なるという直接的な保護効果が見られました。彼ら彼女らにとって、リーダーからのビジョン提示や個別配慮は、プレッシャーではなく「このリーダーについていけば大丈夫だ」という安心感や精神的な支えという「資源」として機能したと考えられます。リスクを避けたい彼ら彼女らにとって、リーダーの存在そのものが、日々のストレスを和らげる防波堤のようになったのでしょう。
一方、失敗への恐怖が低い部下の場合は、様相が異なります。このグループでは、リーダーシップの直接的な保護効果はあまり見られませんでした。その代わり、リーダーシップは彼ら彼女らの「行動」を大きく変えていました。失敗を恐れない彼らは、リーダーからの鼓舞を挑戦の機会と捉え、「協働的な行動」と「競争的な行動」の両方を活発化させたのです。
ここで、二つの相反するプロセスが同時に進行します。同僚と助け合う「協働」は、人間関係という資源を豊かにし、情緒的消耗を「減らす」方向に働きます。しかし、他者との比較を意識する「競争」は、心理的なプレッシャーを高め、情緒的消耗を「増やす」方向に働きます。つまり、失敗を恐れない部下の中では、プラスのプロセス(協働による消耗減)とマイナスのプロセス(競争による消耗増)が同時に発生し、互いに打ち消し合っていました。その結果、リーダーシップの純粋な効果として、燃え尽きに対する明確な変化が見えにくくなっていたわけです。
変革型は上司の資源で燃え尽きを防ぐが不足時は効果が弱まる
これまでは部下側の心理状態に目を向けてきましたが、視点を変え、リーダーシップを発揮する「リーダー自身」に焦点を当てると、新たな側面が見えてきます。リーダーも一人の人間であり、その日のコンディションや周囲のサポート状況によって行動の質は変わるはずです。では、リーダー自身の心身のエネルギー状態は、部下の燃え尽きにどれほどの影響を及ぼすのでしょうか。
この問いを探るべく、スウェーデンの地方自治体で、管理職29名とその部下217名を対象に調査が実施されました[3]。4ヶ月の間隔をあけて2回のアンケートが行われています。最初の調査で、部下は上司の変革型リーダーシップを評価し、上司自身は、自分の仕事に対する「活力」と、他の管理職仲間から得られる「同僚からのサポート」のレベルを回答しました。そして4ヶ月後、部下の燃え尽きの度合いが測定されました。この設計により、リーダーシップの効果が、リーダー自身の資源状態でどう変わるのかを検証できます。
分析の結果、基本的な関係として、上司の変革型リーダーシップが強いほど、部下の燃え尽きが抑えられることが確認されました。ここからが本題です。この「リーダーシップによる保護効果」が、リーダー自身の資源によってどう変わるのかを調べたところ、明確なパターンが浮かび上がりました。
一つ目のリーダー自身の資源である「活力」。上司が活力に満ちている場合、変革型リーダーシップが部下の燃え尽きを抑える効果は、より一層「強く」なっていました。逆に、上司自身の活力が低い場合、その保護効果は弱まっていました。活力に満ちたリーダーは、エネルギッシュにビジョンを語り、部下への配慮も行き届きやすいでしょう。その結果、リーダーシップ行動の質が高まり、部下の心を守る力も増幅されると考えられます。
二つ目の資源である「同僚からのサポート」。こちらも同様のパターンが見られました。上司が他の管理職仲間から十分なサポートを得られている場合、変革型リーダーシップの保護効果は「強く」なりました。一方で、孤立しがちな上司の場合、その効果は限定的でした。同僚からのサポートは、困ったときの安心感や、他者のやり方から学ぶ機会を提供します。こうした外的な支えが、リーダーが自信を持ってリーダーシップを発揮する土台となり、部下にも良い働きかけとなって返ってくるのでしょう。
この研究結果は、「リーダーもまた支えられる存在である」という、見過ごされがちな事実を突きつけます。リーダーシップを個人の資質や努力だけの問題と捉えるのは、一面的な見方です。リーダーが内的な資源(活力)と外的な資源(同僚からのサポート)に恵まれているかが、その力を最大限に引き出せるかを左右します。
変革型は信頼を高めるが放任と併存すると効果が弱まる
リーダーシップは静的なものではなく、日々の行動の積み重ねで形作られる動的なプロセスです。優れたリーダーでも、常に完璧な行動をとり続けるのは難しいでしょう。ある日は部下に積極的に関わる(変革型)一方、別の日は部下を放置してしまう(放任型)かもしれません。プラスの行動とマイナスの行動が混在するとき、部下の信頼はどう変化するのでしょうか。
この疑問に答えるべく、ある企業の従業員59名を対象に、4週間の週次ダイアリー調査が実施されました[4]。参加者は毎週金曜に、その週の上司の「変革型リーダーシップ」と「放任型リーダーシップ」の程度を評価しました。同時に、その週に感じた「上司への信頼」と「上司の有効性」についても回答しました。この週単位のデータ収集により、リーダーの行動の揺れ動きが、部下の認識にどう結びつくのかを捉えることができます。
分析から見えてきたのは、リーダーの行動が部下の信頼を介して、その評価に結びつく姿でした。
同じ週の中では、変革型リーダーシップが強い週は、信頼も有効性評価も高まっていました。逆に放任型の行動が多い週は、両方とも低下していました。次に、週をまたいだ関係に目を向けると、信頼の重要性がより鮮明になります。今週の変革型リーダーシップは、「翌週」の上司への信頼を高める力を持っていました。そして、その高まった信頼が、翌週の上司の有効性評価を引き上げていました。変革型リーダーシップは、信頼という貯金を積み立てることで、持続的に評価を高めていくプロセスが確認されました。
そして最も示唆に富むのは、変革型と放任型が同じ週に起きた場合の相互作用です。もし上司が放任的な態度をとっても、同じ週にそれを補うほどの変革型リーダーシップを発揮していれば、部下の信頼は高く保たれていました。変革型の行動が、放任型のマイナス点を打ち消す「緩衝材」として機能したのです。しかし、変革型の行動が乏しい週に放任型の行動が重なると、信頼は著しく低下しました。「放置された」という印象が、直接的に不信感につながったと考えられます。
この研究は、リーダーシップにおける「一貫性」の価値を浮き彫りにします。人間である以上、常に完璧ではいられないかもしれません。しかし、たとえ部分的にマイナスな行動があっても、週という単位で見たときに、それを上回るプラスの行動を一貫して示し続ければ、信頼関係は維持できるのです。
変革型は燃え尽きを抑えるが合理性要求は負荷を高める
変革型リーダーシップは、魅力で人を惹きつける「カリスマ」、一人ひとりの成長に関心を寄せる「個別的配慮」、常識を疑い新しい視点を促す「知的刺激」などで構成されます。その効果を理解するには、これらの要素を分解し、それぞれの側面を検討する必要があるかもしれません。特に「知的刺激」は、部下の成長を促す一方で、高い思考レベルを要求するため、人によっては負担になる可能性も秘めています。
この点を検証した古典的な研究は、変革型リーダーシップのプラス面を認めつつも、「それは部下の燃え尽きやストレスを増やすのではないか」という挑戦的な問いを立てました[5]。調査は、米国の大学院で学ぶ社会人学生277名を対象に行われました。彼ら彼女らに、職場の上司のリーダーシップスタイルや、自身が感じる燃え尽き、ストレス症状、上司への満足度などを評価してもらいました。
分析の全体像としては、変革型リーダーシップの各要素は、部下の燃え尽きやストレス症状とは「負の関連」、つまり保護的な関係にあることが分かりました。「変革型リーダーシップは負荷を高める」という懸念は、大筋では否定された形です。
しかし、研究者たちは「知的刺激」という要素をさらに掘り下げました。その結果、この「知的刺激」が、実は二つの異なる顔を持っていることが見えてきたのです。
知的刺激を測定する質問項目を統計的に分析すると、二つのグループに分けられました。一つは、「これまで疑わなかった自分の考えを再考させる」といった項目に代表される「発想の枠組みを広げさせる」側面です。この側面は、部下の燃え尽きとは関連がありませんでした。
問題は二つ目のグループです。こちらは、「私の意見に合理的な根拠があるかどうかを尋ねる」といった項目に代表される、「論理的な厳密さや検証を要求する」側面でした。そして、この「合理性の要求」という側面だけを取り出すと、部下の燃え尽きと「正の関連」があったのです。この種の働きかけが強いほど、部下は燃え尽きやすい、という関係が潜んでいました。
この結果が意味するのは、同じ「知的刺激」でも、その中身によって部下への作用が異なるということです。「新しい視点を持とう」といった働きかけは、成長を促すものとして受け止められやすいでしょう。しかし、「その根拠は何か」と厳格な合理性を突きつけるやり方は、絶え間ないプレッシャーとなり、思考のエネルギーを奪い、やがては疲弊につながる危険性があります。
脚注
[1] Stein, M., Schumann, M., and Vincent-Hoper, S. (2021). A conservation of resources view of the relationship between transformational leadership and emotional exhaustion: The role of extra effort and psychological detachment. Work & Stress, 35(3), 241-261.
[2] Kensbock, J. M., and Stockmann, C. (2025). Is transformational leadership a cure for burnout? It depends! The influential roles of followers’ fear of failure and their cooperative and competitive behavior. Strategic Change, 34, 439-452.
[3] Tafvelin, S., Nielsen, K., von Thiele Schwarz, U., and Stenling, A. (2019). Leading well is a matter of resources: Leader vigour and peer support augments the relationship between transformational leadership and burnout. Work & Stress, 33(2), 156-172.
[4] Breevaart, K., and Zacher, H. (2019). Main and interactive effects of weekly transformational and laissez-faire leadership on followers’ trust in the leader and leader effectiveness. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 92(2), 384-409.
[5] Seltzer, J., Numerof, R. E., and Bass, B. M. (1989). Transformational leadership: Is it a source of more burnout and stress? Journal of Health and Human Resources Administration, 12(2), 174-185.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

