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コラム

学びを捨てる勇気:アンラーニングが拓く未来

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私たちは日々、新しい知識やスキルを身につけること、すなわち「学習」することに多くの時間と労力を費やしています。しかし、変化が加速する現代において、それだけでは十分ではないかもしれません。一度身につけた知識、慣れ親しんだ仕事のやり方、あるいは成功体験から生まれた固定観念が、いつの間にか新しい挑戦の足かせになってしまうことがあるからです。そこで、これまでとは逆の方向性を持つ、もう一つの学びのあり方が必要とされます。それが「アンラーニング」です。

アンラーニングとは、学習によって得た知識やスキル、価値観などを意図的に手放し、学びほぐすプロセスを指します。それは過去の否定ではなく、新しい情報や環境の変化に対応するため、これまで持っていたものを見直し、必要であれば脇に置いて、新しいスペースを作り出す営みです。新しい学びを受け入れるための準備運動とも言えるでしょう。

この考え方は、決して目新しいものではありませんが、その本質的な意味合いや、仕事の質にどう結びつくのかについては、まだ十分に理解されているとは言えないかもしれません。アンラーニングは個人の成長だけでなく、組織全体のパフォーマンスにも関わっています。

本コラムでは、アンラーニングが仕事の現場でどのように機能し、成果につながるのかを、具体的な調査や事例を通して探ります。医療の最前線から、競争の激しい新製品開発の現場、巨大企業の経営判断に至るまで、様々な場面での光と影を解き明かします。

アンラーニングが医療サービス品質を高める

仕事の質を高めるという課題は多くの職場に共通しますが、医療現場は、サービスの質が人の健康や生命に直結する世界です。ここでは、在宅医療の専門家たちの間で、アンラーニングがどのようにサービスの品質向上につながるのか、その道のりを追った調査の結果を見ていきましょう[1]

この調査は、スペインの在宅医療ユニットで働く医師や看護師、総勢117名を対象に行われました。在宅医療は、患者一人ひとりの生活に寄り添いケアを提供する、高度な判断と柔軟性が求められる仕事です。研究者たちが明らかにしようとしたのは、古いやり方や固定観念を手放す「アンラーニング」を促す組織環境が、最終的に患者の感じる医療サービスの質にどのような連鎖を経て結びつくのかというプロセスです。

その連鎖を解き明かす鍵として、「知識コリドー」という考え方が用いられました。組織がすでに持っている知識が、未来の新しい機会を発見するための「通り道」になるという考え方です。この調査では、アンラーニングを促す環境が、新しい知識を外部から取り込む「獲得」と、取り込んだ知識を組織内で共有し理解する「同化」のプロセスを活発にする、と考えられたのです。

調査の結果、この仮説を裏付ける一連の結びつきが確認されました。アンラーニングを後押しする環境が整っている職場ほど、医療従事者たちは新しい知識や情報を積極的に「獲得」し、それを自分たちのものとして「同化」させる活動が活発でした。アンラーニングは、新しい学びのための扉を開く、準備段階の働きをしていたのです。

連鎖はここで終わりません。活発な知識の「獲得」と「同化」は、二種類の知識ストックを組織内にもたらしていました。一つは、情報通信技術などを扱うための「テクノロジー知識」。もう一つは、患者との信頼関係を築き、その人固有の状況を深く理解するための「医師・患者知識」です。新しい情報を取り入れ咀嚼するプロセスを通じ、技術的なスキルと人間的な関係構築能力の両方が高められていたわけです。

そして、こうして蓄積された二種類の知識が、患者から見た医療サービスの品質を高めることにつながっていました。「医師・患者知識」は、患者の尊厳やプライバシーへの配慮、信頼関係の醸成といった形で品質に貢献し、「テクノロジー知識」は、遠隔ケアや情報記録の一元化などを通じ、より迅速でミスのない対応を可能にしていました。

この一連の流れから、アンラーニングが持つ機能が解釈できます。それは、過去のやり方を捨てること自体が目的ではなく、新しい知識を受け入れ、それを現場で活かすための一連のプロセスの起点となることです。この調査は、医療という現場を舞台に、アンラーニングから品質向上へと至る道のりを描き出してくれています。

医療の質向上には計画的なアンラーニングが不可欠

先ほどは、アンラーニングが新しい知識の獲得と同化を促し、医療サービスの質を高めるという連鎖を見てきました。しかし、このプロセスは決して自動的に、あるいはスムーズに進むものではありません。アンラーニングは多くの困難を伴う活動であり、その性質を理解しなければ、実践はおろか、その必要性すら見過ごされてしまいかねません。ここでは、再び医療現場に光を当て、アンラーニングの内実とその難しさの根源を探ります[2]

医療の世界は、絶えず新しい知見が生まれる一方で、古くから続く慣行や思考様式も根付いています。新しいプロトコルが導入されても、それは既存の業務に「付け足し」されることが多く、古いやり方が完全に捨て去られることは稀です。こうした状況では、古い知識と新しい知識が互いに干渉し合い、学習を妨げてしまうことさえあります。新しい学びを効果的に進めるには、まず心や組織に「余白」を作るアンラーニングが必要です。

アンラーニングには、その性質によっていくつかの種類があると考えられています。一つは「ルーティンなアンラーニング」で、古い習慣が時間とともに穏やかに薄れ、新しい習慣が自然に取って代わる緩やかな置き換えのプロセスです。例えば、院内で使う書類の書式が変更されても、使い続けるうちに新しい書式が当たり前になっていく、といった具合です。

しかし、全てのアンラーニングがこのように穏やかに進むわけではありません。より意図的な働きかけが必要なのが、「ワイピング」と呼ばれるタイプです。これは、特定の古い知識や慣行を、狙いを定めて消し去るプロセスであり、ある治療法の危険性を示す反論の難しい証拠や、法的な規制など、強い力によって古いやり方を強制的に拭い去る動きがこれにあたります。

そして、最も根源的で、時に痛みを伴うのが「ディープ・アンラーニング」です。これは、ある日突然の出来事や誰かの一言によって、自分が信じてきた世界観や専門家としての自己認識が覆される体験です。立っていた地面が突然崩れ落ちるような、急激で衝撃的な変化であり、一度すべてを失うような感覚を伴うこともあります。

こうしたアンラーニングはなぜ難しいのでしょうか。理由は、個人と組織の両レベルにあります。個人レベルでは、長年の習慣がもたらす安心感や未知への不安が変化への抵抗を生みます。また、物事を素早く判断するために使うステレオタイプのような思考の近道や、自分の行動と信念の矛盾から生じる不快感を避けようとする心理も、古い考えを守る方向に作用します。

組織レベルでも、アンラーニングを阻む要因は数多くあります。組織には、業務プロセスなどに刻まれた「組織記憶」があり、これは時間とともに固定化し、変化しにくくなります。専門家集団における上下関係は、下の者が上の者の古いやり方に異議を唱えることを難しくさせます。組織全体に浸透した支配的な考え方は、それに反するデータを都合よく解釈したり、無視したりするフィルターとして機能します。

アンラーニングは単なる知識のアップデートではないということです。それは、個人の感情やアイデンティティ、組織の力学や文化と結びついています。ある事例では、新しい知見が広まった後も、ベテラン看護師が長年の経験則をなかなか変えられなかったと言います。この事例は、アンラーニングが論理だけでは進まず、感情や誇りといった複雑な要素と向き合う必要があることを物語っています。

アンラーニングと即興は共起するが成果化は実装次第

医療という専門性の高い現場でアンラーニングが直面する、心理的・構造的な難しさを見てきました。次に舞台を移し、市場や技術の変化が激しい新製品開発の世界を探ってみましょう。ここでは、アンラーニングは「即興」という、もう一つの重要な行動と関わりながら、チームの成果に結びついていく様子が観察されます。しかし、その結びつきは単純ではなく、あるプロセスを介在させる必要がありました。

変化の激しい環境で新製品を開発するチームは、事前に立てた計画通りに物事を進めることが困難です。予期せぬ問題や新しい機会に、その場で臨機応変に対応する「即興」的な動きが求められます。同時に、市場や技術に関する古い思い込みや、これまで有効だった開発手順といったものを捨て去る「アンラーニング」も必要になります。この二つの活動は、不確実な状況に適応するための車の両輪のように考えられます。

ある調査では、技術系の企業を中心とした197の新製品開発プロジェクトを対象に、このアンラーニングと即興、そして新製品の成功との関係性が分析されました[3]。研究者たちが特に知りたかったのは、両者がどう関連し、いかなる道のりで成果が生まれるのかという点でした。

分析から得られた結果は、示唆に富むものでした。市場や技術の変化が激しい環境に置かれているチームほど、古い信念や定着した手順を見直す、アンラーニングをより多く行っていました。外部環境の揺さぶりが、内部の自己変革を促していたのです。一方で、意外なことに、環境の変化の激しさが、チームの即興的な行動を直接的に増やすわけではありませんでした。

アンラーニングと即興の関係については、両者が同時に発生する、つまり「共起」する関係にあることが明らかになりました。古いやり方を手放そうとする動きと、その場で新しいやり方を生み出そうとする動きは、ばらばらに起こるのではなく、互いに連動していたのです。これは、固定観念という足かせを外すこと(アンラーニング)が、自由な発想で動くこと(即興)を可能にし、また、即興的に動く中で既存のやり方の限界に気づき、アンラーニングが促される、という相互作用があることを示唆しています。

しかし、この調査で重要な発見は、成果への道のりに関するものでした。アンラーニングや即興は、それ自体が直接、新製品の成功につながるわけではなかったのです。成功へのルートは、もう一つのプロセス、「実装」という行為を通過する必要がありました。「実装」とは、即興的な活動の中で得られた気づきや教訓、あるいは顧客からのフィードバックといった新しい情報を、実際の製品設計や開発プロセスの中にきちんと組み込み、反映させることを指します。

分析の結果、即興は、この「実装」というプロセスを介して初めて、新製品の成功という成果に結びつくことが示されました。アンラーニングについては、直接的にも、実装を介しても、新製品の成功との結びつきは見いだされませんでした。

この一連の結果が物語るのは、アンラーニングや即興という活動の価値は、それ自体で完結するものではないということです。古い考えを捨て、その場で臨機応変に対応することは、変化に適応するためのステップですが、それだけでは霧散してしまう一過性の出来事に過ぎません。その中でつかみ取った学びの断片を、きちんと拾い集め、製品や組織の仕組みという具体的な形に落とし込む「実装」という作業があってこそ、持続的な成果が生まれるのです。

強固な組織アイデンティティはアンラーニングを遅らせる

アンラーニングが常に成功するとは限りません。時には、組織がアンラーニングに失敗し、致命的な結果を招くこともあります。ここでは、かつて米国最大級の書籍小売チェーンであった「ボーダーズ」の事例を通して、アンラーニングを阻む、見えざる強力な要因について探求します[4]。その要因とは、組織の根幹にある「我々は何者か」という自己認識、すなわち「組織アイデンティティ」です。

1990年代半ば、アマゾンの登場により、書籍の販売方法は覆され始めました。これは単に新しい販売チャネルが生まれたということではなく、顧客が本を探し、選び、手に入れるまでの体験全体を再構築する、ビジネスモデルの革新でした。この巨大な変化の波に対し、既存の王者であったボーダーズは、どのように反応し、なぜ最終的に破綻へと追い込まれてしまったのでしょうか。1995年から2011年にかけての同社の歩みを追った事例研究は、アンラーニングの失敗に至るプロセスを克明に描き出しています。

ボーダーズの対応は、大きく三つの時期に分けることができます。最初は「嵐の静観期」です。アマゾンが登場した後、ボーダーズも自社のウェブサイトを立ち上げましたが、オンライン事業は赤字続きで、本格的な投資には消極的でした。当時のボーダーズは、「スーパーストア」と呼ばれる広大な売り場面積を持つ大型実店舗の展開で大成功を収めており、その成功体験が強い自己像を形作っていました。経営資源は、実績のある実店舗の拡大に優先的に投下され続けました。

続いて訪れたのが「否認期」です。2001年、ボーダーズは自社のオンライン事業を、なんとライバルであるアマゾンに外部委託するという驚くべき決定を下します。これは短期的には赤字部門を切り離す合理的な判断に見えましたが、長期的には致命的な過ちでした。この決定によって、ボーダーズはオンラインで顧客がどのように本を探し、何に興味を持つのかという、新しい時代の貴重なデータと学習機会を自ら手放してしまったのです。

最後の「アンラーニング期」。業績の悪化が深刻化し、経営陣が交代した2006年頃から、ようやくボーダーズは方向転換を試みます。自らを「スーパーストアの会社」から「知識とエンターテイメントの拠点」へと再定義し、2008年にはオンライン事業の内製化に戻します。しかし、このアンラーニングの試みはあまりにも遅すぎました。7年間の空白期間に、オンラインの世界で競争するための知識、技術、人材、顧客との関係性は、ほとんど失われていたのです。結果、2011年に破産申請に至りました。

この悲劇の核心にあったものは、伝統主義的な組織アイデンティティでした。ボーダーズは、「巨大な実店舗を効率的に運営する会社」という自己認識に強く縛られていました。このアイデンティティは、長年の成功によって強化され、社内の評価制度や業務プロセスに埋め込まれていました。この強固な自己認識が、オンラインを中心とした新しいビジネスモデルの重要性を過小評価させ、データ分析や物流網の構築といった、本来なすべき行動の正当性を社内で認めさせなかったのです。

この事例が示すのは、アンラーニングが古い手順やルーティンを廃棄するだけのオペレーション上の課題ではないということです。それは時に、「我々は何者であり、何を大切にするのか」という、組織の存在意義を問い直す、戦略的で文化的な課題となります。過去の成功体験から生まれた強固なアイデンティティは、環境が非連続に変化する時代には、変化を拒む足かせにもなり得ます。

脚注

[1] Ortega Gutierrez, J., Cegarra Navarro, J. G., Cepeda Carrion, G. A., and Leal Rodriguez, A. L. (2015). Linking unlearning with quality of health services through knowledge corridors. Journal of Business Research, 68, 815-822.

[2] Rushmer, R., and Davies, H. T. O. (2004). Unlearning in health care. Quality & Safety in Health Care, 13(Suppl II), ii10-ii15.

[3] Akgun, A. E., Byrne, J. C., Lynn, G. S., and Keskin, H. (2007). New product development in turbulent environments: Impact of improvisation and unlearning on new product performance. Journal of Engineering and Technology Management, 24(3), 203-230.

[4] Snihur, Y. (2018). Responding to business model innovation: Organizational unlearning and firm failure. The Learning Organization, 25(3), 190-198.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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