2025年12月18日
感情が行動を変える:二つの職務行動の分岐点
職場での一日の終わり、私たちは時に「どうしてあんなことをしてしまったのだろう」と自分の行動を振り返ることがあります。わざと仕事のペースを落としたり、同僚に少し意地悪な言葉をかけてしまったり、あるいは会社の備品をぞんざいに扱ってしまったり。
こうした、組織や他の従業員にとって望ましくない行動は、「非生産的職務行動」と呼ばれています。多くの人は、このような行動を個人の性格ややる気の問題だと考えるかもしれません。しかし、その引き金が、私たちの誰もが日常的に経験する「感情」にあるとしたら、どう感じるでしょうか。
腹立たしい出来事があった日、理不尽な要求に心が乱れた瞬間、私たちは意識的、あるいは無意識的に、その負の感情を何らかの行動で発散させようとすることがあります。本コラムでは、職場で起こる非生産的職務行動の背後にある、こうした感情のメカニズムに光を当てていきます。個人の資質の問題として片づけるのではなく、職場環境が人の心にどのような波紋を広げ、それがどういった行動につながっていくのか。その複雑で繊細な心の動きを、いくつかの学術的な知見を頼りに紐解いていきたいと思います。
非生産的職務行動は怒りと負の感情に根差す
職場における人の行動は、大きく二つの側面に分けることができます。一つは、組織の目標達成に貢献しようとする、前向きで自発的な行動です。例えば、困っている同僚を助けたり、自分の職務範囲を超えて会社のために尽力したりするような行いがこれにあたります。これらは「組織市民行動」と呼ばれ、職場の潤滑油のような働きをします。もう一方は、その逆です。組織や同僚に意図的に害を及ぼすような、後ろ向きな行動、すなわち「非生産的職務行動」です。
この光と影のような二つの行動は、一体何によって生まれるのでしょうか。その発生源を探るため、ある研究が行われました[1]。この研究では、様々な業種で働く200人以上の人々を対象に、質問紙調査を実施しました。参加者には、自身の性格(特に怒りを感じやすい性質かどうか)、仕事中に抱く感情(ポジティブなものとネガティブなもの)、そして職場での行動について尋ねました。職場環境についても、仕事量の多さ、業務を進める上での障害(組織的制約)、人間関係のいざこざ(対人葛藤)といった側面から測定されました。
分析の結果、組織にとって望ましい自発的な行動、すなわち組織市民行動に目を向けると、その直接的な原動力となっていたのは「仕事におけるポジティブな感情」でした。達成感や充実感、同僚への感謝といった明るい気持ちが、人を前向きな行動へと駆り立てていたのです。
職場環境の厳しさ、例えば仕事量の多さや対人関係の葛藤も、ある程度は組織市民行動と関連していましたが、ポジティブな感情を考慮に入れると、その関連性は薄れました。これは、たとえ困難な状況にあっても、それを乗り越えることにやりがいを感じるなど、ポジティブな感情を抱くことができれば、人は組織のために行動できることを物語っています。
一方で、非生産的職務行動に目を転じると、様相は一変します。こちらの行動を強く後押ししていたのは、「仕事におけるネガティブな感情」と、個人が元々持っている「怒りを感じやすい性質」でした。職場で経験する不満、不快感、苛立ちといった負の感情が、組織や他者への害となる行動に直結していたのです。加えて、元々怒りっぽい性格の人は、そうでない人に比べて、非生産的職務行動に走りやすいことも明らかになりました。
この結果から浮かび上がるのは、職場での行動が、その人が抱く感情の色合いに根差しているという事実です。ポジティブな感情はポジティブな行動を育み、ネガティブな感情はネガティブな行動の温床となる。このシンプルな構図は、職場における人の振る舞いを理解する上で、基本となる考え方と言えるでしょう。
また、組織市民行動と非生産的職務行動の間に、強い負の関係(一方が高ければもう一方は低い、という関係)が見られなかった点も、見逃せません。普段は会社のために尽くしている人が、ある瞬間にネガティブな感情に支配され、非生産的な行動を取ってしまうこともあり得るのです。
非生産的職務行動は職場ストレスによる負の感情で高まる
先ほどは、非生産的職務行動がネガティブな感情と結びついていることを見ました。それでは、そのネガティブな感情は、どのような職場の状況から生まれてくるのでしょうか。この問いに答えるべく、仕事上のストレス要因と非生産的職務行動の関係を調べた研究があります[2]。この研究は、非生産的職務行動を一種の「行動的なストレス反応」と捉え、その発生プロセスを解き明かそうと試みました。
調査は、約300人の働く人々を対象に行われました。参加者には、職場でのストレス要因について尋ねています。具体的には、「仕事をしようにも、必要な情報や設備が整っていない」といった「組織的制約」や、「同僚や上司との間にいざこざがある」といった「対人葛藤」の度合いを測定しました。同時に、組織の公正さについても質問しました。給与や評価の配分が公平だと感じるか(分配的公正)、そして意思決定のプロセスが公平だと感じるか(手続的公正)という二つの側面から、職場の公正感を測りました。
これらのストレス要因や不公正感が、仕事中にどれほどのネガティブな感情を生み出しているか、最終的にどのような非生産的職務行動につながるかを分析したのです。
この研究の独創的な点は、非生産的職務行動を二種類に分けて分析したことです。一つは、会社組織そのものに向けられる行動(遅刻、備品の私的利用、仕事のサボタージュなど)で、「組織向けの非生産的職務行動」とされます。もう一つは、職場の他の人々に向けられる行動(同僚への悪口、意地悪、公然の侮辱など)で、「個人向けの非生産的職務行動」です。
分析から得られた結論は明確でした。組織的制約や対人葛藤、不公正な扱いは、従業員のネガティブな感情を高める主な原因となっていました。そして、高まったネガティブな感情は、非生産的職務行動の発生を促していたのです。重要なのは、ストレス要因が直接的に行動を引き起こしているというよりも、間に「ネガティブな感情」というクッションを挟んでいるという点です。
ストレスフルな出来事それ自体が問題なのではなく、それによって引き起こされる不満や怒り、失望といった感情が、人々を望ましくない行動へと駆り立てます。この「ストレス要因 → ネガティブな感情 → 非生産的職務行動」という連鎖のメカニズムが裏付けられました。
行動の矛先にも、一定の法則性が見られました。例えば、「組織的制約」や「不公正な手続き」といった、組織の運営に関わるストレス要因は、主に組織向けの非生産的職務行動と結びついていました。仕事の邪魔をされたり、会社から不当な扱いを受けたりしたと感じた人は、その不満を組織全体への反抗という形で示す傾向がありました。
一方で、「対人葛藤」は、個人向けの非生産的職務行動と関連していました。特定の人とのいざこざは、その相手や周りの人々に対する直接的な攻撃行動につながりやすかったのです。ストレスの発生源と、行動のターゲットが対応しているという、理解しやすい結果です。
この研究は、非生産的職務行動が、職場環境に対する人間の自然なストレス反応の一部であることを示唆しています。それは、単なる個人の逸脱行為ではなく、環境との相互作用の中で生まれる、ある種の意味を持った行動です。
非生産的職務行動は無礼と制約で増え、負の感情で増幅する
これまでの議論で、職場のストレス要因がネガティブな感情を介して非生産的職務行動につながる流れが見えてきました。組織的な制約や明確な対人葛藤だけでなく、もっと日常的で些細な出来事も、私たちの心にさざ波を立て、やがては行動に現れることがあります。その代表例が「インシビリティ(incivility)」、日本語で「無礼」と訳される行為です。挨拶を無視する、会議で発言を遮る、見下したような態度をとるなど、悪意があるかどうかは曖昧ですが、相手に不快感を与える軽度な対人行動がこれにあたります。
このような日常に潜む「無礼」が、従業員の満足度や非生産的職務行動にどのような関わりを持つのかを検証した研究があります[3]。この研究では、従来のストレス要因である「組織的制約」や「対人葛藤」に加えて、この「無礼」を新たなストレス要因として取り上げました。さらに、この研究の特徴は、調査の信頼性を高めるために、本人の自己評価だけでなく、その同僚からの他者評価も収集した点にあります。自分自身が認識している行動と、周りから見えている行動の両面から、非生産的職務行動の実態に迫ろうとしたのです。
調査の対象となったのは、大学に通いながら働く約300人の学生たちです。彼ら彼女ら自身に、職場で経験した無礼、対人葛藤、組織的制約の頻度、そして自身の非生産的職務行動について回答してもらうと同時に、彼ら彼女らが選んだ同僚にも、対象者の非生産的職務行動について評価を依頼しました。
結果は、これまでの知見を裏付けるものでした。職場で経験する無礼、対人葛藤、組織的制約は、いずれも従業員の職務満足度を低下させ、非生産的職務行動を増加させる方向で作用していました。特に、これまであまり光が当てられてこなかった「無礼」も、他のストレス要因と同様に、職場の健全性を損なう要因であることが確認されました。たとえ一つひとつは小さな棘であっても、日常的に繰り返される無礼は、確実に人の心を蝕み、望ましくない行動へとつながっていきます。
この研究がさらに踏み込んだのは、「ネガティブ感情性」という個人の性格特性が、このプロセスをどのように変化させるかという点です。ネガティブ感情性とは、物事のネガティブな側面に目を向けやすく、不安や怒り、罪悪感といった感情を抱きやすい性格的な傾向を指します。分析の結果、このネガティブ感情性が、ストレスと非生産的職務行動の関係を強める「増幅器」のような働きをすることが判明しました。
具体的には、ネガティブ感情性が高い人は、そうでない人に比べて、ストレス要因(無礼、対人葛藤、組織的制約)に直面したときに、非生産的職務行動に走りやすいという関係が見られました。ストレスが全くない状況では、ネガティブ感情性の高低にかかわらず、非生産的職務行動はあまり見られません。しかし、ひとたび強いストレスにさらされると、ネガティブ感情性が高い人の非生産的職務行動は急激に増加するのに対し、低い人は比較的穏やかな増加にとどまりました。
この結果が物語るのは、非生産的職務行動が、単に環境だけで決まるものでも、個人の性格だけで決まるものでもない、ということです。それは、環境という「刺激」と、個人が持つ「感受性」の掛け算によって生まれる現象です。日常にありふれた些細な無礼でさえも、それを受け止める人の心のあり方次第で、大きな問題行動の引き金となり得ます。
非生産的職務行動は自己愛が強く制約を受けた時に怒りを介して高まる
職場には様々な個性を持つ人々が集います。その中でも、ひときわ強い自己評価と、他者からの賞賛への渇望を特徴とするのが「自己愛(ナルシシズム)」の傾向が強い人々です。彼ら彼女らは自信に満ち溢れ、野心的である一方、その誇大な自己像は非常に脆く、批判や思い通りにならない状況に対して過敏に反応することがあります。このような自己愛の特性が、職場の非生産的職務行動とどのように結びつくのかを探った研究があります[4]。
この研究は、「脅かされた自我理論」という考え方を基盤にしています。この理論によれば、人が攻撃的になるのは、自身の高い自己評価が外部からの脅威にさらされたときであるとされます。特に、根拠が薄弱で不安定な自己愛を持つ人ほど、些細な出来事を「自分に対する攻撃」や「自尊心を傷つける脅威」と解釈しやすく、その結果として強い怒りを感じ、報復的な行動に出やすいと考えられています。
研究者たちは、この理論を職場環境に応用しました。職場における「自我への脅威」とは何でしょうか。それは、直接的な批判や侮辱だけではありません。例えば、自分の能力を存分に発揮しようとしているのに、必要な機材が足りなかったり、情報が与えられなかったり、上司や同僚の協力が得られなかったりする「仕事上の制約」もまた、自己の有能さの発揮を妨げる、一種の脅威として認識され得ると考えました。
この仮説を検証するため、200人以上の就労学生を対象に調査が行われました。参加者には、自己愛の強さを測る質問、日常的に怒りを感じやすい性質(特性怒り)を測る質問、職場で経験する仕事上の制約の程度、そして非生産的職務行動の頻度について回答を求めました。
分析の結果、自己愛と非生産的職務行動の間には、明確なつながりが見出されました。自己愛の傾向が強い人ほど、より多くの非生産的職務行動を行っていたのです。しかし、その関係を詳しく見ていくと、一つの重要なメカニズムが浮かび上がってきました。自己愛が直接的に問題行動を引き起こすというよりも、その間に「怒り」が存在していました。自己愛が強い人は、そもそも怒りを感じやすい性質を併せ持っていることが多く、その「怒りっぽさ」が非生産的職務行動の直接的な引き金となっていました。
この研究の最も注目すべき発見は、仕事上の制約と自己愛が組み合わさったときに何が起こるか、という点です。分析の結果、仕事上の制約が非生産的職務行動を増やすという関連は、自己愛が強い人において、とりわけ顕著になることが明らかになりました。
グラフで描くと、その関係は二本の線として描かれます。自己愛の傾向が低い人の線は、仕事上の制約が増えても、非生産的職務行動のレベルは低いままで、比較的平坦です。彼ら彼女らにとって、仕事のやりにくさは単なる不便ではあっても、自尊心を揺るがすほどの脅威にはなりにくいのかもしれません。
対照的に、自己愛の傾向が高い人の線は、右肩上がりの角度を描きます。仕事上の制約が少ないうちは問題行動も少ないのですが、制約が増えるにつれて、その行動レベルは上昇していくのです。これは、自己愛が強い人にとって、思い通りに仕事を進められない状況が、単なる障害ではなく、「自分の有能さを否定された」という深刻な自我への脅威として受け止められ、強い怒りを引き起こし、その怒りが非生産的職務行動という形で爆発することを示唆しています。
脚注
[1] Miles, D. E., Borman, W. E., Spector, P. E., and Fox, S. (2002). Building an integrative model of extra-role work behaviors: A comparison of counterproductive work behavior with organizational citizenship behavior. International Journal of Selection and Assessment, 10(1-2), 51-57.
[2] Fox, S., Spector, P. E., and Miles, D. (2001). Counterproductive work behavior (CWB) in response to job stressors and organizational justice: Some mediator and moderator tests for autonomy and emotions. Journal of Vocational Behavior, 59(3), 291-309.
[3] Penney, L. M., and Spector, P. E. (2005). Job stress, incivility, and counterproductive work behavior (CWB): The moderating role of negative affectivity. Journal of Organizational Behavior, 26, 777-796.
[4] Penney, L. M., and Spector, P. E. (2002). Narcissism and counterproductive work behavior: Do bigger egos mean bigger problems? International Journal of Selection and Assessment, 10(1-2), 126-134.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

