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戦略に魂を吹き込む:変革を導くリーダーの語りと翻訳

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私たちの周りでは、常に何かが変化しています。働き方が変わり、新しい技術が生まれ、市場のルールも書き換えられていく。このような時代において、組織を率いるリーダーには、これまで以上に難しいかじ取りが求められます。未来が誰にも予測できない現代において、正解を示すことだけで人は動くのでしょうか。

変化の渦中にある人々が本当に求めているのは、これから何が起きるのか、その変化が自分たちにとってどのような意味を持つのか、という問いへの答えなのかもしれません。リーダーの仕事は、指示を出すことだけではありません。曖昧で不確実な出来事に意味を与え、人々が納得できる解釈の地図を描き出し、共有していく営みが求められます。これを「センスギビング」と呼びます。

本コラムでは、変革期におけるリーダーのセンスギビングという営みに光を当てます。様々な研究事例を読み解くことを通じて、リーダーたちが直面する「意味づくりの営み」の複雑さと奥深さを、じっくりと考えていきたいと思います。

ミドルのセンスギビングは戦略を日常に翻訳する

組織のトップが壮大な戦略を打ち立てても、それが現場の隅々にまで浸透し、日々の行動に結びつくには、誰かの橋渡しが必要です。戦略という抽象的な言葉を、顧客と向き合う従業員が実感できる「生きた言葉」へと変える繊細な仕事は、多くの場合、ミドルマネジャーの双肩にかかっています。

カナダのある高級婦人服メーカーは、収益悪化から「製品ラインをより大衆的な価格帯へ広げる」という大きな戦略転換を迫られました。これは、ブランドの誇りを持つ従業員にとって受け入れがたい決断だったかもしれません。この変革の最前線に立ったのが、セールスマネジャーとコレクションマネジャーという二人のミドルマネジャーでした。ある研究では、実に6ヶ月もの間、研究者が現場に常駐し、彼ら彼女らの一挙手一投足を記録しました[1]

セールスマネジャーは、準備段階から動いていました。デザイン室に足しげく通い、新しい服に「日常に寄り添う」「低価格でも妥協はない」といった言葉を与え、ショールームの音楽や照明を調整し、自らもその服を身にまとうことで、新しい戦略に文字通り「魂を吹き込む」作業をしていました。

彼女は、日々の電話でも顧客一人ひとりに合わせて語り口を変え、自身の信頼関係を土台に新コレクションの魅力を伝えていきました。相手が英語圏なら会社の品質と歴史を、フランス語圏ならデザイナーの名声を強調するなど、相手の文化的な背景を深く理解し、心に響く言葉を選んでいました。親しい顧客にはスケッチを見せて意見を求め、そうして得られた「顧客の生の声」を社内説得の根拠としました。

一方、コレクションの発表という晴れの舞台では、コレクションマネジャーが手腕を発揮しました。メディア関係者に対し、フランス語と英語を使い分け、「働く現代女性のための、妥協のない低価格なコレクションです」と語りかけました。長年の顧客と話すときには、かつての共通の話題に触れて心の距離を縮めながら、「『きれいだけど着にくい』という声が多かったので、より実用的にしました」と、顧客の声が変化の起点であったことを伝えました。

これらの日常的な営みは、分析すると四つの実践に分解できます。

一つ目は「方針の翻訳」です。会社の戦略を、相手が聞きたい物語へと、相手の言葉や価値観に合わせて作り変える行為です。二つ目は「戦略の過剰符号化」。相手の文化、例えば言語や地域性に寄り添うことで、メッセージの意味を補強します。三つ目は「相手の訓練」。ショールームの空間演出やマネジャー自身の立ち居振る舞いが、顧客やメディアの感情を無意識のうちに方向づけていました。四つ目は「変化の正当化」です。「顧客が望んだから」という理由付けは、会社の内部事情を語ることなく、誰もが納得できる変化の根拠を提供しました。

このように、ミドルマネジャーは、戦略という抽象的な概念を、日々の会話や身のこなしといった暗黙の知恵を総動員して、現場の現実に翻訳していきます。この翻訳作業は、人々の認識を少しずつ変えていくセンスギビングの営みです。

センスギビングは認知シフトを生みリーダーシップを形づくる

リーダーシップとは、個人の資質の問題としてだけでなく、人々の物事に対する見方や理解の仕方を形づくる「仕事」として捉えることができます。この仕事の成果の一つは、人々の頭の中に起きる「認知シフト」、要するに認識の変化です。センスギビングは、この認知シフトを意図的に引き起こすための働きかけといえるでしょう。

米国の20の非営利組織の活動を調査した研究があります[2]。これらの組織は、移民支援やエイズ問題など、様々な社会変革に取り組んでいます。研究者たちが多くの関係者から話を聞き、分析した結果、センスギビングによって引き起こされる認知シフトは、大きく五つの種類に分類できることがわかりました。

第一の類型は、社会的な「課題」の見方を変えるものです。一つは、問題の「根本原因」を組み替えることです。例えば、女性受刑者の健康問題について、ある支援団体は、個々の医療体制ではなく、「刑務所という制度自体が、健康を損なう根源である」と語り直しました。

これは、解決策と見なされていた制度を問題の発生源として捉え直させる、大胆な認識の転換です。もう一つは、問題の「重要度」を増幅させるやり方です。あるエイズ対策組織は、HIV/AIDSを新しい課題としてではなく、「すでにコミュニティが抱える問題と結びついた、内在的な課題だ」と訴え、当事者意識を喚起しました。

第二の類型は、課題に対する「解決策」の見方を変えることです。あるエイズ患者向けの住宅支援施設では、「禁酒を入居の条件としない」という方針を打ち出しました。従来の支援のあり方を覆す方針でしたが、組織はこれを「理念の放棄」ではなく、「本来の目標を達成するための、より現実的な新しい手段だ」と位置づけ、理解を得ていきました。

第三の類型は、支援の対象となる人々、すなわち「自分たちの姿」に関する認識を変えることです。ある移民支援団体は、移民たちを保護されるべき「受益者」ではなく、自らの権利を主張し社会を変える力を持った「主体」として語り直しました。

第四の類型は、コミュニティの「内部にいる他者」への見方を変えることです。ある劇団では、かつて対立していたギャングのメンバーと警察官が同じ舞台に立ち、自らの物語を語り合う場を創り出しました。これによって、互いを記号としてしか見ていなかった人々が、一人の人間として相手を再認識するきっかけが生まれました。

第五の類型は、「外部の人々から見た自分たちの姿」を変えることです。ある団体は、政策提言の場で、スタッフではなく、当事者自身を「専門家」として証言台に立たせ、経験に裏打ちされた知識を持つ有能なアクターとして外部に印象づけることに成功しました。

アラスカの先住民族、グウィッチン族の事例は、これらの認知シフトが複合的に組み合わされる様子を表しています。彼ら彼女らは、土地の石油開発問題を単なる「環境保護」から、生活様式を破壊する「人権侵害」へと課題の枠組みを転換しました。外部の世界に自分たちを「人権を脅かされる被害者」として認識させ、同時にコミュニティ内では文化的な誇りを回復させるなど、多層的な働きかけで説得力を高めていきました。

新任学長は同時的センスギビングで不確実性を乗り越える

変革を主導するリーダーは、完璧な地図を手にしているかのように振る舞うことを期待されます。しかし、組織に新たに着任したリーダーの現実は、それとは異なります。特に就任直後は、組織の文化や人間関係など、見えないことばかりです。すべてを理解してから行動する余裕はなく、周囲を学びながら方向性を示し、その反応からさらに学ぶという同時進行のプロセスに身を置くことになります。

アメリカの大学で、外部から新しく登用された18人の学長の就任初年度の経験を聞き取った調査は、この「同時性」の実態を明らかにしています[3]。新任学長たちが語ったのは、理解と行動が渾然一体となった流動的な現実でした。彼ら彼女らがこの高い不確実性の中で組織のかじ取りをしていた過程には、四つの特徴が見いだされました。

一つ目は、「安全地帯」としての曖昧なビジョン言語の活用です。就任直後の学長は、常に「ビジョンは何か」と問われます。しかし、情報がない段階で具体的な方針を打ち出すのは危険です。そこで多くの学長が用いたのが、「学生の学びの向上」や「大学の成長」といった、誰もが反対しにくく解釈の幅が広い、いわば「安全な」言葉でした。拙速な約束を避けながらも、組織が一体感を醸成するための時間を稼いでいたのです。

二つ目は、「知らないことを知っている」という慎み深い知の態度です。インタビューでは、「着任して5分で全体像はわかった」と強い確信を語る人物もいましたが、そうした過剰な自信は、しばしば学内の抵抗にあっていました。対照的に、多くの学長は「自分はまだ十分に知らない」という自覚を持ち、性急な判断を避ける姿勢を貫いていました。この謙虚な態度は、周囲からの情報や知見を引き出し、組織の複雑な文脈を丁寧に読み解きながら、摩擦の少ない行動へと至るための知恵でした。

三つ目は、他者との社会的な相互作用を通じた不確実性の低減です。行動が待ったなしで求められる状況で、学長たちは決して一人で決断していたわけではありません。信頼できる内部の教職員や、同じ地域の他大学の学長、経験豊富な元学長といったメンターなど、様々なネットワークを頼りにしていました。構想中のアイデアに思わぬ波及効果がないか、見落としはないかといった点を相談し、他者の視点を取り込むことで、意思決定の質を高めていました。

四つ目は、優先順位づけによる多義性の縮減です。大学という組織は、教育、研究、社会貢献など多様な目的が混在し、本質的に多義性が高い場所です。そこで学長たちは、ワークショップを開いたり、「今年度の優先事項」と題したメモを発出したりすることで、組織の注意や資源をどこに集中させるべきかを明確にしようと試みました。取り組むべき課題の境界線を引くことで、混沌とした状況に行動の足がかりを築き、組織全体を方向づけていたのです。

センスギビングは曖昧さを活かし変革初期を動かす

大きな組織変革は、ある日突然、完璧な青写真と共に始まるわけではありません。リーダーによる意味づけの働きかけと、それに対する組織の反応が、さざ波のように何度も往復する中で、次第に大きなうねりへと育っていきます。特に変革の初期段階では、すべてを明確にすることよりも、計算された「曖昧さ」が、人々の関心を引きつけ、変革へのエネルギーを生み出すきっかけとなることがあります。

ある大規模な公立総合大学に新学長が就任した直後の1年間を、研究者が組織内部から克明に記録した調査があります[4]。この学長は、「全米トップ10の公立大学になる」という、短く力強いビジョンを掲げました。この変革の「立ち上げ」の過程は、四つの段階を循環する物語として描くことができます。

第一の段階は「構想(Envisioning)」です。就任前後の数ヶ月間、学長は大学の歴史や文化を精力的に学び、組織の進むべき新たな方向性として、「トップ10」という解釈の核となるイメージを練り上げました。これは、学長自身の頭の中で行われるセンスメイキングのプロセスでした。

第二の段階は「シグナリング(Signaling)」です。就任直後から約3ヶ月間、学長は「これからこの大学は変わるのだ」というシグナルを組織の内外に発信し続けました。就任演説でビジョンを公表し、主要な幹部を交代させるなど、象徴的な行動と実質的な変革を組み合わせて実行しました。

この時期の行動は、「意図的に曖昧さをつくる」と表現されています。あえて既存の秩序を揺さぶることで組織内に緊張感を生み出し、その曖昧な状況に対して「トップ10を目指す」という自らの解釈を示すことで、人々の注意を新しい方向へと導こうとしたのです。

第三の段階は「再構想(Re-Visioning)」です。学長が発信したシグナルは、当然ながら、多様な反応を引き起こします。影響を受ける学部から反対の声が上がり、学長の側近チームの中でも意見の対立が生まれました。この段階で学長は、寄せられたフィードバックに耳を傾け、変革のペースを少し緩めたり、計画を微修正したりする調整を行いました。最初のビジョンが、他者の解釈とぶつかり合うことで、より現実的なものへと練り直されていくのです。

第四の段階は「エナジャイジング(Energizing)」です。就任から10ヶ月が経つ頃には、調整されたビジョンをもとに、より広い範囲の教職員を巻き込んだ対話が本格化します。このプロセスを通じて、当初はトップダウンで示されたビジョンが、次第に組織全体の共有財産となり、変革を実行するためのエネルギーが醸成されていきました。

この一連の流れは、リーダーと組織の間で意味づけと働きかけが循環する往復運動として理解できます。リーダーが意味を構想し、それを他者に向けて発信する。受け取った他者は、それを自分なりに解釈し直し、反応を返す。このサイクルが繰り返されることで、変革は立ち上がっていきます。

センスギビングは利害調整の語りで変革を正当化する

組織の変革は、多くの場合、利害の対立を伴います。リーダーは、変革を前に進めるために、その意味をどのように語り、異なる立場の人々からの納得をいかに取り付けていくのでしょうか。そこでは、何を行うかという実体的な変革と同じくらい、それをどのような言葉の枠組みで提示するかが意味を持ちます。

1990年代のドイツ企業は、伝統的な協調的経営と、アメリカから流入した「株主価値経営」という新しい考え方の間で揺れていました。この新しい規範を、伝統的な価値観が根強い自国でどのように導入し、関係者に説明するのかは、経営者たちにとって挑戦でした。

ある研究では、ドイツの上場大企業112社が発行した年次報告書を分析し、株主価値という新しい戦略を、どのような言葉で語っていたのかを分類しました[5]。分析の結果、企業の語り口は、大きく二つの種類に分けられることがわかりました。

一つは「アクイエッセンス(追随)枠」です。これは、「株主価値の向上が我々の戦略の中心である」といったように、新しい規範に真正面から従う姿勢を示す語り口です。もう一つは「バランシング(均衡)枠」です。こちらは、「株主の利益を追求すると同時に、従業員や顧客といった他の関係者の利益との調和を図る」というように、新しい規範と伝統的な価値観とのバランスをとろうとする語り口でした。

どのような企業が、より融和的な「バランシング枠」を選んでいたのでしょうか。調査によると、社会的な可視性が高い企業ほど、この語り口を選ぶという関連が見られました。多くの人の目にさらされる企業は、多様な利害に配慮している姿勢を示す必要があったと考えられます。また、政府や従業員との協調を重視する銀行が大株主である企業も、同様にバランシング枠を選択していました。

企業の「語り」と「実行」の関係を調べると、一層興味深い事実が浮かび上がりました。実際に、ストックオプションの導入など、株主価値経営に沿った制度を導入している企業ほど、意外にも、言葉の上では融和的な「バランシング枠」を用いていました。変革という実体を伴うからこそ、それによって生じるであろう反発を和らげるために、言葉の上で慎重な配慮が必要になるという戦略が働いていたことをうかがわせます。

市場はこれらの異なる語り口をどう評価したのでしょうか。ドイツの株式市場では、株主第一主義をあからさまに掲げる企業よりも、伝統的なステークホルダーとの調和をうたう企業の方が、翌年の株価リターンが高くなるという結果が得られました。グローバルな規範をそのまま持ち込むのではなく、その土地の文化や制度的な文脈に合わせて「翻訳」してみせる語りの方が、市場からも正当なものとして受け入れられやすかったことを示しています。

脚注

[1] Rouleau, L. (2005). Micro-practices of strategic sensemaking and sensegiving: How middle managers interpret and sell change every day. Journal of Management Studies, 42(7), 1413-1441.

[2] Foldy, E. G., Goldman, L., and Ospina, S. (2008). Sensegiving and the role of cognitive shifts in the work of leadership. The Leadership Quarterly, 19(5), 514-529.

[3] Smerek, R. (2011). Sensemaking and sensegiving: An exploratory study of the simultaneous “being and learning” of new college and university presidents. Journal of Leadership & Organizational Studies, 18(1), 80-94.

[4] Gioia, D. A., and Chittipeddi, K. (1991). Sensemaking and sensegiving in strategic change initiation. Strategic Management Journal, 12(6), 433-448.

[5] Fiss, P. C., and Zajac, E. J. (2006). The symbolic management of strategic change: Sensegiving via framing and decoupling. Academy of Management Journal, 49(6), 1173-1193.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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