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コラム

経済格差への賛否は「心の立ち位置」で左右される:主観的順位の影響

コラム

皆さんは、日本全体の中で自分の暮らし向きがどのあたりの順位に位置するか、考えたことはありますか。自分を平均的な「中流」あたりだと感じている人もいるかもしれません。しかし、その自己認識は、客観的なデータと一致しているのでしょうか。実は、私たちの多くが、自らの社会的な立ち位置を正確には把握できていないことが、様々な調査から分かってきています。

所得格差の是正や富の再分配といったテーマは、しばしば政治的なイデオロギーの対立として語られます。しかし、人々がこうした政策に賛成したり反対したりする背景には、政治的な信条だけでなく、もっと個人的な「認識」が関わっています。それは、「自分は社会の中でどの順位にいるのか」という自己の地位認識であり、そして「人の成功は何によって決まるのか。努力なのか、それとも運なのか」という成功要因への信念です。

本コラムでは、これらの認識や信念が、社会の仕組み、とりわけ再分配政策への私たちの態度をいかに形成しているのかを、複数の研究を手がかりに検討していきます。社会を動かす大きな力の一部が、私たち一人ひとりの心の中にある世界の見方にあることに気づかされるはずです。

低位職賃金には合意があり対立は高位職報酬に集中する

社会には多種多様な職業があり、報酬も様々です。「この仕事なら、これくらいの給料が妥当だ」という私たちの感覚は、国や文化、個人の立場で異なるのでしょうか。それとも、ある程度の共通認識があるのでしょうか。この問いに答えるべく、かつて9カ国にまたがる大規模な国際比較調査が行われました[1]

この調査では、オーストラリア、アメリカ、西ヨーロッパ諸国、そして当時の東欧諸国の市民を対象に、れんが職人、医師、大企業の会長、閣僚といった11の職業を提示し、「年間にどれくらいの報酬を得るのが望ましいか」を尋ねました。国ごとに異なる通貨や税制を考慮し、分析にあたっては、各国における「非熟練労働者の実際の平均賃金」を基準の「1」として、各職業への回答額がその何倍にあたるかという比率に変換し、国を超えた比較を可能にしました。

分析から見えてきたのは、人々の意見が一致する部分と、対立する部分が分かれているという構造でした。初めに、意見が一致しやすいのは、非熟練労働者やバスの運転手といった、低位から中位に位置づけられる職業の報酬です。これらの職業の妥当な賃金水準については、回答のばらつきが比較的小さく、多くの人々の間で暗黙の合意が存在することがうかがえます。これは、社会が機能するための生活水準や、基本的な労働への対価に関する規範が、広く共有されていることの表れと解釈できます。

一方で、意見が大きく分かれたのが、医師や大企業の会長、政府の閣僚といった、いわゆるエリート職の報酬でした。これらの職業に対し、「どれだけ高い報酬を与えるのが妥当か」という点で、人々の考えに大きな隔たりがあったのです。社会的な対立の論点は、社会の「底辺」をどこに設定するかという点よりも、社会の「頂点」をどこまで高く許容するかという点に集中していることが明らかになりました。

この「頂点」をめぐる意見の対立は、個人の属性と結びついていました。例えば、年齢が高い人、自身の所得が高い人、政治的に保守的な考えを持つ人ほど、エリート職により高額な報酬を正当だと考えます。国の体制もこの点に作用します。アメリカやオーストリアではエリート層への高い報酬が広く許容されていましたが、当時の東欧諸国では、その報酬は低く抑えられるべきだという考えが主流でした。

興味深いことに、「どの職業が他の職業よりも高い報酬を得るべきか」という職業間の「序列」に関する認識は、国境を越えて非常によく似ていました。会長や医師がトップグループを形成し、非熟練労働者が最も低い位置に来るという順番は、どの国でも概ね共通していました。しかし、その序列の中での格差の「大きさ」という点では、国ごとに大きな違いが見られたわけです。

自分の順位を高く知ると再分配に消極的になる

社会のトップ層の報酬について意見が分かれることを見ましたが、視点を個人の内面に移してみましょう。自分自身の所得が、国全体の中でどのあたりに位置するのか、正確に把握しているでしょうか。スウェーデンで行われたある調査実験は、この「自己の順位認識」の不確かさと、それが再分配政策への態度に与える作用を明らかにしました[2]

この研究では、まず全国から無作為に選ばれた市民に対し、自身の所得額を尋ねるとともに、「あなたの所得は、国内の全成人の中で、所得が低い人から数えて何パーセントの地点にいると思いますか」と質問しました。研究者は、行政記録の正確なデータと個人の回答を突き合わせ、一人ひとりが自分の相対的な順位をどれだけ正確に認識しているのか、その「ズレ」を測定しました。

結果、大多数の人々が自らの所得順位を実際よりも「低い」と見積もっていることが分かりました。実に8割以上の人が、自分が思っているよりも高い順位にいたのです。多くの人が、自分はもっと下にいると思い込んでいました。この過小評価の度合いは、高学歴であったり、日頃からニュースによく触れていたりする人ほど小さいものの、全体として「自分はもっと下のはずだ」という認識が広く浸透していることが確認されました。

研究の核心は、その後の実験にあります。回答者を無作為に二つのグループに分け、一方のグループにだけ、「あなたの昨年の所得額に基づくと、あなたの社会における順位はここです」という客観的な事実を、分かりやすい図と共に提示しました。そして、両方のグループに、政府による所得の再分配をどの程度支持するか、などを改めて尋ねました。これにより、「自分の本当の順位を知る」という情報そのものが、人々の政治的な態度を変化させるかを検証しました。

実験の結果、自分の順位を実際より低いと誤認していた人々のうち、正しい情報を与えられて「自分は思っていたよりも順位が上だったのだ」と気づいたグループでは、再分配政策への支持が有意に低下し、保守政党への支持率が上昇しました。自分が社会の中で相対的に恵まれた側にいると知ったことで、富裕層から貧困層へ所得を移転させる政策に、より慎重になったわけです。

しかし、この態度の変化は、すべての人に一様に起こったわけではありません。この変化が顕著に見られたのは、もともと保守的な政治思想を持ち、かつ「人の成功は本人の努力によって決まるものであり、高い税金は人々の働く意欲を損なう」という信念を持つ人々に、ほぼ限定されていました。彼ら彼女らにとって、「自分は思ったより上位にいた」という事実は、自らの努力が正当に報われた証拠として解釈され、再分配に反対する姿勢を強めたと考えられます。

自分の所得順位を誤認すると再分配支持が変わる

自分の立ち位置を実際よりも低いと認識するスウェーデンの事例を見ましたが、この認識のズレは常に一方向的なのでしょうか。アルゼンチンの首都周辺地域で行われた調査は、より複雑な人間心理の姿を浮かび上がらせます。この調査は、所得順位の誤認が生まれる背景と、その誤認が是正されたときに人々の態度がどう動くのかを、異なる角度から明らかにしました[3]

この調査では、各世帯を直接訪問し、対面で聞き取りを行いました。世帯の総所得から客観的な順位(10段階)を把握すると同時に、「全国の世帯のうち、あなたの世帯よりも所得が低いのは何世帯くらいだと思いますか」と質問し、主観的な順位を算出しました。

ここから見えてきたのは、非対称な誤認のパターンでした。所得が低い階層の人々は、自分の順位を実際よりも「高い」と見積もる傾向があったのです(過大評価)。一方で、所得が高い富裕層の人々は、自分の順位を実際よりも「低い」、つまりもっと真ん中に近いと見積もる傾向がありました(過小評価)。そして所得階層にかかわらず、多くの人々が自分のことを「ちょうど真ん中あたり」だと回答しました。これは、自分を社会の平均的な存在、すなわち「中流」であると見なしたいという心理的な力が働いていることを物語っています。

なぜこのような誤認が生まれるのでしょうか。研究者たちは、その原因が私たちの身近な人間関係にあると考えました。私たちは、自分の友人や同僚、近所の人々といった、日常的に接する人々(参照集団)を基準に、社会全体を推測します。所得の高い人々が集まる地域に住んでいれば、周りが豊かなため、自分の順位を低く見積もってしまいます。逆に、所得の低い地域に住んでいれば、その中での比較から、自分の順位を高く錯覚してしまうかもしれません。

この研究のもう一つの柱は、情報提供による実験です。客観的な順位と主観的な順位にズレがあった回答者に対し、「大学の推計によりますと、あなたの本当の順位はこちらになります」と事実を伝えました。その後、政府が貧困層に対して行うべき支援について、改めて賛否を尋ねました。

その結果、特に大きな態度の変化が見られたのは、「自分は思っていたほど順位が高くなかった」と知らされた人々でした。これまで自分を中流以上だと考えていたにもかかわらず、実際にはもっと低い順位にいると告げられた人々は、政府による貧困層への支援、すなわち再分配政策への支持を顕著に強めました。自分の立ち位置が想像よりも下であると認識したことで、社会的なセーフティネットの必要性をより強く実感するようになったと解釈できます。

努力か運かの信念が再分配制度を形づくる

なぜ国によって、政府がどの程度まで富の再分配を行うべきかという考え方が異なるのでしょうか。この違いには、経済的な条件だけでなく、その社会が共有している「人の成功は何によって決まるのか」というレベルでの信念が存在します。ある理論研究は、この「努力か、運か」という社会全体の信念が、選挙を通じて決定される再分配政策と相互に作用しあい、異なるタイプの社会システムが自己実現的に維持される仕組みを描き出しました[4]

この理論の出発点は、人々が持つ「公正さ」に関する感覚です。多くの人は、「個人の才能や努力の結果として生じた所得格差」はある程度まで許容する一方で、「本人の責任ではない運や社会構造によって生じた格差」は是正されるべきだと考えます。

ここで鍵となるのが、税金と人々の努力意欲との間のフィードバックループです。

ある社会で多くの人が「成功は個人の努力次第だ」という強い信念を持っているとします。この信念に基づき、人々は選挙で低い税率と小さな再分配を支持します。高い税金は努力する意欲を削ぐと考えるからです。実際に税率が低く設定されると、人々は懸命に働き、投資にも積極的になります。その結果、社会における所得の差は、個々人の努力や才能を色濃く反映したものとなり、「運」の要素が占める割合は相対的に小さくなります。この現実を見た人々は、「やはり、この社会では努力が報われる」と信念を強固にし、低い再分配の制度が自己維持的に存続します。

次に、別の社会で多くの人が「人の成功は、生まれ持った環境や運に大きく左右される」という信念を持っているとします。この信念から、人々は選挙で高い税率と手厚い再分配を支持し、運による不平等を是正しようとします。実際に税率が高く設定されると、それは人々の働く意欲をある程度抑制します。その結果、社会における所得の差の中で、「運」の要素がより目立つようになります。この現実を見た人々は、「やはり運の要素が大きいのだから、政府が再分配を行うべきだ」と信念を再確認し、高い再分配の制度が維持されます。

この議論が明らかにするのは、同じ経済的な初期条件から出発したとしても、社会がどちらの信念を持つかによって、異なる二つの社会システムが、それぞれ論理的に成立しうるということです。一度どちらかの均衡に落ち着くと、社会の信念と制度が組み合わさっているため、そこから移行するのは容易ではありません。

将来上位に行けると信じる人ほど再分配に反対する

私たちの意思決定は、過去や現在だけでなく、「未来」への期待にも動かされます。とりわけ、機会の平等が重んじられる社会において、この未来への期待感は、再分配という政策への人々の態度とどのように結びついているのでしょうか。

この問いを解き明かすため、ある研究では興味深い手法が用いられました[5]。アメリカの一般市民を対象とした世論調査のデータと、長期的な追跡調査から得られた「所得移動」に関する客観的なデータを結合させたのです。後者のデータを使えば、例えば「現在、ある所得グループにいる特定の属性の人物が、5年後に上位のグループに移動している確率」といった、具体的な将来の見通しを計算できます。

研究者たちは、世論調査の回答者一人ひとりについて、その人の属性に合致する「将来、再分配によって主に税金を支払う側になるであろう上位層に入る確率」といった指標を算出したのです。

分析の結果、明らかになったのは、未来への期待が持つ力でした。現在どれだけ所得が低くても、「将来、自分は社会の所得階梯を上がっていける可能性が高い」という客観的な見込みを持つ人ほど、政府による再分配に強く反対するのです。彼ら彼女らは、たとえ今は再分配の恩恵を受ける側にいたとしても、将来自分が負担側に回ることを想定し、現在の政策に対する態度を決めていると考えられます。これは、人間が短期的な損得だけでなく、長期的な視野に立って判断していることの表れと言えます。

この分析では、「社会全体の流動性が高いか低いか」といった漠然とした指標は、人々の態度をあまり説明しないことも分かりました。考えを動かすのは、「自分自身が」将来、再分配の損得勘定でどちら側に立つことになるのか、という個人的な見込みだったのです。

そして、これまでのところでも見てきた「成功は努力の結果か、それとも運か」という信念の重要性も、改めて確認されました。将来への客観的な見通しという要因を考慮してもなお、努力が報われると信じる人ほど再分配に反対し、運や他者の助けが大きいと考える人ほど再分配に賛成するという関係は、独立して存在していました。私たちの再分配への態度は、「客観的な将来への見込み」と「主観的な成功要因への信念」という、二つの力によって形作られているのです。

脚注

[1] Kelley, J., and Evans, M. D. R. (1993). The legitimation of inequality: Occupational earnings in nine nations. American Journal of Sociology, 99(1), 75-125.

[2] Karadja, M., Mollerstrom, J., and Seim, D. (2017). Richer (and holier) than thou? The effect of relative income improvements on demand for redistribution. The Review of Economics and Statistics, 99(2), 201-212.

[3] Cruces, G., Perez-Truglia, R., and Tetaz, M. (2011). Biased perceptions of income distribution and preferences for redistribution: Evidence from a survey experiment (IZA Discussion Paper No. 5699). Bonn, Germany: Institute for the Study of Labor (IZA).

[4] Alesina, A., and Angeletos, G.-M. (2003). Fairness and redistribution: U.S. versus Europe (NBER Working Paper No. 9502). National Bureau of Economic Research.

[5] Alesina, A., and La Ferrara, E. (2005). Preferences for redistribution in the land of opportunities. Journal of Public Economics, 89(5-6), 897-931.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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