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コラム

手持ちの資源から始める未来創造術:エフェクチュエーションで不確実性を力に変える(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、202511月にセミナー「手持ちの資源から始める未来創造術:エフェクチュエーションで不確実性を力に変える」を開催しました。

先の見えない時代、ビジネスの舵取りはますます難しさを増しています。市場や技術、社会の価値観が目まぐるしく変化する中で、緻密に練り上げた事業計画も、予期せぬ出来事によって前提から覆されることが少なくありません。このような環境で、新しい価値を創造し、事業を前進させる人材を、私たちはどのように育てていけば良いのでしょうか。

従来、ビジネスの世界では明確な目標を設定し、そこから逆算して詳細な計画を立てるアプローチが主流でした。しかし、地図のない領域へ踏み出す新規事業や研究開発の現場では、この「計画中心」の考え方がかえって足かせになることもあります。

そこで注目されているのが、成功した起業家たちの意思決定から見出された「エフェクチュエーション」という思考法です。これは、壮大な目標からではなく、まず「自分は何を持っているか」「誰を知っているか」という手持ちの資源から出発するアプローチです。

許容できる範囲で小さく行動を起こし、顧客やパートナーなど他者を巻き込みながら、思いもよらなかったゴールを共に創り上げていきます。未来を予測しようとするのではなく、自らの行動によってコントロール可能な未来を形作っていくのです。

エフェクチュエーションは、一部の特別な起業家だけのものではありません。不確実性の高いプロジェクトを率いるリーダー、答えのない課題に取り組む開発者、これからの組織を担う次世代の経営人材にとって、変化を乗りこなし、偶然を力に変えるための実践的な知恵となり得ます。近年の研究では、このアプローチがイノベーション創出や企業の成長に有効であることも示されつつあります。

本セミナーでは、エフェクチュエーションという考え方の本質を、様々な研究事例を交えながら解説しました。人材育成や組織開発のあり方を、新たな視点から見つめ直すきっかけを提供できればと思います。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

はじめに

私たちは、先の見えない時代を生きています。市場の動向、技術の進化、社会の価値観は、予測を超えるスピードで変化し続けています。このような環境の中で、新しい事業を始めたり、未知の課題に取り組んだりする際、どのように意思決定を下せば良いのでしょうか。

従来、ビジネスの世界で主流とされてきたのは、明確な目標を設定し、そこから逆算して詳細な計画を立て、資源を効率的に配分していくアプローチでした。しかし、未来の予測が困難な状況では、この計画中心の考え方がかえって足かせになることも少なくありません。

本講演では、このような時代背景の中で注目されている「エフェクチュエーション」という思考法に光を当てます。これは、成功した起業家たちの行動原理から見出されたもので、壮大な目標からではなく、まず「自分は何を持っているか」という手持ちの資源から出発するアプローチです。

エフェクチュエーションとは何か

ビジネスにおける意思決定の論理は、二つの種類に大別できます[1]。一つは、私たちがビジネスの世界で学んできた伝統的な「コーゼーション」です。これは、達成すべき目標を明確に設定し、その目標を達成するために最も効率的で最適な手段を選択するという、ゴールから手段へと向かう思考の流れをたどります。この背景には、未来を予測できるのであれば、望ましい結果をコントロールできるという世界観があります。

例えば、カレー店を開業する場合、コーゼーションに従うならば、まず市場調査を行い、どの地域にどのようなカレーの需要があるかを予測します。その分析結果に基づいて最も収益が見込める立地を選び、ターゲット顧客に合わせたメニューを開発し、事業計画を策定した上で開店に踏み切るでしょう。このアプローチは、市場がある程度安定し、過去のデータから未来を類推できる状況では有効です。

これに対して、もう一つの論理が「エフェクチュエーション」です。こちらでは、特定の目標をあらかじめ固定しません。まず、自分の手元にある利用可能な手段、すなわち「自分は誰か」「何を知っているか」「誰を知っているか」を確認することから始めます。その手段を使って何ができるかを考え、行動を起こします。その過程で出会う人々を巻き込みながら、目標を一緒に創り上げていくという、手段からゴールへと向かう思考の流れをたどります。この背景には、望ましい結果をコントロールできるのであれば、未来を予測する必要はないという、コーゼーションとは異なる世界観が存在します。

先ほどのカレー店の例で言えば、エフェクチュエーションに従うならば、まず自分が得意なカレーを作り、友人や近所の人々に試食してもらうことから始めるかもしれません。そこで得られた反応や意見を基にレシピを改良したり、「美味しい」と言ってくれた人が新たな協力者を紹介してくれたりするかもしれません。そのうち、誰かが「会社のイベントでケータリングしてほしい」と頼んでくる、あるいは別の誰かが「そのレシピを本にしてはどうか」と提案してくる可能性があります。こうして、当初は想像もしていなかったケータリングサービスや料理教室、書籍の出版といった事業へと展開していくのです。市場というものが客観的に存在し発見されるのを待つのではなく、関わり合う人々との相互作用を通じて、自らの手で創り出していくプロセスがここにあります。

エフェクチュエーションという思考法は、熟達した起業家に見られるいくつかの共通した行動原理によって支えられています。以下、五つの原則が相互に作用し、エフェクチュエーションのプロセスを駆動させています。

第一に、「手中の鳥の原則」があります。これは、あらかじめ設定された目標から逆算して行動するのではなく、自分自身の特性、知識、人脈といった手持ちの資源で何ができるかを考えることから始めるという原理です。未知の市場に挑むとき、熟達した起業家は市場規模のデータなどを鵜呑みにせず、自身の過去の経験といった個人的な資源を意思決定の根拠とします。

第二に、「許容可能な損失の原則」が挙げられます。これは、将来期待されるリターンを最大化するために投資額を決めるのではなく、「最悪の場合、この範囲内なら失っても事業の存続に影響はない」と許容できる損失額をあらかじめ設定し、その範囲内で行動するというリスク管理の考え方です。これによって、大きな失敗を避けながら、素早い意思決定を繰り返すことが可能になります。

第三は、「クレイジーキルトの原則」です。これは、事業に関わる人々を単なる取引相手としてではなく、事業を共に創り上げていくパートナーとして捉え、他者を巻き込みながら、それぞれの持つ資源や目標を縫い合わせるようにして新しい価値を共創していく姿勢を指します。顧客や供給業者から早い段階で具体的な協力の約束を取り付けることで、不確実性を減らし、利用可能な資源を雪だるま式に増やしていきます。

第四に、「レモネードの原則」があります。これは、計画通りに進まないことや予期せぬ出来事を失敗と捉えるのではなく、それを新しい機会として積極的に活用する柔軟な思考法です。ある国への小さな出荷がきっかけで、想定外の顧客層に製品が受け入れられることが判明するなど、偶然の発見を新たな事業展開の起点へと転換させます。

第五に、「飛行機の中のパイロットの原則」です。これは、未来を予測不能な外部環境として受け入れるのではなく、自らの行動や他者との相互作用によってコントロール可能なものとして捉え、主体的に未来を形作っていくという世界観を示しています。

研究が解き明かすエフェクチュエーションの力

エフェクチュエーションは、ただの思考法に留まらず、実際のビジネス、特に不確実性の高い環境において具体的な成果をもたらすことが数々の研究によって示されています。その一つの例が、企業の国際化、すなわち海外進出のプロセスです。海外市場は、文化も商習慣も異なる未知の領域であり、事前の計画通りに進むことの方が稀です。

ある研究では、中小企業の国際化プロセスを詳細に追跡し、その多くが緻密な市場分析や事業計画からではなく、人間関係を起点としていることを明らかにしました[2]。そこでは、「どの国に進出するか」という市場選択よりも、「誰とビジネスをするか」というパートナーとの出会いが先行していました。既存の取引先からの紹介や、偶然出会った人物との意気投合といった、予期せぬ人とのつながりが、思いもよらなかった国への進出の扉を開きます。このようなアプローチでは、企業家は特定の成果をあらかじめ設定しません。「この人と組めば、何か面白いことができそうだ」という関係性が持つ可能性に賭け、共に事業の形を模索していく「共創」のプロセスが始まります。

このプロセスにおいて、「許容可能な損失の原則」は有効な指針となります。大きな投資判断を下す前に、まずは部品の製造委託や現地視察といった、失っても事業の存続に影響のない範囲で小さく一歩を踏み出すのです。この小さな行動が、現地の人々との信頼関係を築き、新たな情報を呼び込み、当初は想像もしなかった事業機会へとつながっていきます。例えば、低コストの委託先を探しに行った先で取引先が倒産するという危機に直面し、それを機に工場を買収して本格的な生産拠点を手に入れるといった転換が起こり得ます[3]

エフェクチュエーションが有効性を示す場面は、海外進出に限りません。企業の成長の原動力となる研究開発活動、特にこれまでにない製品や技術を生み出そうとする「革新性の高い」プロジェクトにおいても、その力が発揮されることが分かっています。

ある調査研究では、プロジェクトの成果を「プロセス効率(予算やスケジュールの遵守)」と「プロジェクトアウトプット(新しい知識の獲得や成果物の価値)」の二側面から測定しました[4]。その結果、革新性が高いプロジェクトでは、エフェクチュエーション的なアプローチ、とりわけパートナーとの連携や予期せぬ事象の受容が、「プロジェクトアウトプット」の向上に結びついていました。ゴールが不確かな旅においては、事前に立てた計画に固執するよりも、多様な仲間と知恵を出し合い、偶然の発見から学ぶことが価値ある成果を生むのです。

また、国家間の対立による経済制裁といった、事業の前提が根底から覆されるような危機的状況においても、エフェクチュエーションの実践の仕方が企業の運命を分けることが示されています。ある研究では、危機に直面した企業が、手持ちの資源を創造的に捉え直し、小さな失敗を学習コストとして許容し、偶然の出来事を戦略的に取り込む「機会追求型」のエフェクチュエーションを実践することで、危機を成長の機会へと転換させていく様子が描かれています[5]。これは、計画を放棄するだけでなく、変化に主体的に働きかける姿勢の重要性を示唆しています。

こうした事例だけでなく、エフェクチュエーションの有効性は、より大規模なデータ分析によっても裏付けられています。過去に行われた数多くの研究結果を統計的に統合したメタ分析では、エフェクチュエーションの主要な原理が、ベンチャー企業の業績とプラスの関係を持つことが明らかになりました[6]

特に、創業者が持つ自己資金や専門知識、人脈といった「手持ちの資源」を起点とすること、そして顧客や供給業者とリスクとリターンを共有するような深い「パートナーシップ」を築くこと、さらに予期せぬ出来事を新たな機会として捉える「偶然の活用」が、企業の業績向上と関連していました。

スタートアップにとって生命線であるエンジェル投資の世界を調査した研究も興味深い結果を示しています[7]。市場規模や事業計画の分析を通じて未来を「予測」しようとする投資家よりも、許容できる損失の範囲で段階的に投資を行い、顧客やパートナーからの事前の約束を取り付けるなど、未来を「コントロール」しようとするエフェクチュエーション的なアプローチを取る投資家の方が、投資先の失敗率が有意に低いことが分かったのです。

組織と個人にどう活かすか

エフェクチュエーションは、一部の優れた起業家だけが持つ特別な能力ではありません。研究によれば、起業経験の乏しい初学者は予測に基づいた計画的なアプローチを好むのに対し、経験を積んだ熟達起業家はエフェクチュエーション的なアプローチを多用する傾向があります。思考発話法を用いた実験では、両者の思考プロセスに違いがあることが示されました[8]

初学者が与えられた市場データを基に最適解を導き出そうとするのに対し、熟達起業家は与えられた製品や市場の定義を固定されたものとは考えず、機能の一部を削ったり、異なる文脈に当てはめたりすることで、その価値を柔軟に作り替えていきます。これは、両者の思考のOSが異なっていることを示唆しますが、同時に、エフェクチュエーションが経験を通じて後天的に習得可能であることを意味しています。

また、どのような意思決定スタイルを好むかは、個人のキャリアに対する動機とも関連していることが分かっています[9]。自己成長や多様な経験を求めて、キャリアの道筋を柔軟に描き直していくことを厭わない人は、ビジネスにおいても状況に応じて目標を共創していくエフェクチュエーションと親和性が高いようです。要するに、この思考法は、私たちの経験や価値観と結びついており、意識的に学び、実践していくことが可能なのです。

組織の文脈でエフェクチュエーションを考える際には、それが万能薬ではないことを理解することが重要です。伝統的な計画アプローチであるコーゼーションと、どちらか一方が絶対的に優れているわけではなく、両者は状況に応じて使い分けるべきものです。

市場が安定し、未来がある程度予測可能な環境や、既存事業の改良といった場面では、目標を明確に定めて効率的に実行していくコーゼーションが有効です。例えば、製造業における生産ラインの効率化や、確立された販売網における売上目標の管理などは、コーゼーションの論理が適しています。一方で、未来が不確実で目標さえも曖昧な新規事業開発や研究開発のような場面では、手元の資源から道を切り拓いていくエフェクチュエーションが力を発揮します。

現代の企業経営では、既存事業を深化させながら、同時に新規事業を探索することが求められます。これは「両利きの経営」と呼ばれますが、この二つの活動は、それぞれ異なる意思決定の論理を必要とします。組織として、状況に応じて二つの思考法を使い分ける、あるいはプロジェクトの段階に応じて組み合わせる能力を持つことが、持続的な成長の鍵となります。

個人が実践するエフェクチュエーション

私たち一人ひとりが、日々の業務の中でエフェクチュエーションを実践するためには、どのような行動を心がければ良いのでしょうか。五つの原則に沿ってアクションを考えてみましょう。

「手中の鳥の原則」を実践するためには、自分自身の「手持ちの資源」を可視化することから始めます。定期的に、自分自身の棚卸しをしてみましょう。「自分は誰か」という問いに対しては、自身の価値観、興味、得意なことを書き出します。「何を知っているか」については、業務上の専門知識だけでなく、趣味やプライベートで学んだ知識も含めてリストアップします。「誰を知っているか」では、社内の同僚や上司、他部署の人々、さらには社外の友人や前職の同僚など、自分がアクセスできる人的ネットワークを整理します。

こうした「資源マップ」を手にすることで、新しい課題に直面した際に、「理想の解決策」を探す前に、「この手持ちのカードで今すぐ何ができるか」という問いから思考をスタートさせることができます。

続いて「許容可能な損失の原則」です。これは、組織に属する個人にとっては、時間や労力、評判といった資源の管理に応用できます。新しい提案や試みを行う際、「これを成功させるために、どれだけのリソースが必要か」と考えるのではなく、「もしこれがうまくいかなくても、失って構わない時間や労力はどれくらいか」と自問するのです。

例えば、新しい業務改善ツールを試す際に、いきなり全部門への導入を提案するのではなく、「まずは自分のチームで1週間、115分の範囲で試してみませんか。それで効果がなければやめましょう」と提案します。これによっって、周囲の抵抗感を和らげ、小さな実験を始める許可を得やすくなります。

「クレイジーキルトの原則」の実践は、意識的な関係構築から始まります。プロジェクトの初期段階で、関係者になりそうな人々をリストアップし、ただ報告や依頼をするだけでなく、「このプロジェクトを◯◯さんにとって価値あるものにするには、どうすれば良いでしょうか」「何か協力できることはありますか」と問いかけ、相手を「共創者」として巻き込んでいきます。

また、日頃から他部署の人と雑談を交わしたり、社外の勉強会に参加したりするなど、直接的な目的がなくても人的ネットワークを広げておくことが、いざという時の思わぬ協力者やアイデアの源泉となります。

「レモネードの原則」を身につけるには、予期せぬ出来事への向き合い方を変えるトレーニングが有効です。プロジェクトで問題が発生した際、すぐに原因追及や対策会議に入るのではなく、一度チームで立ち止まり、「この想定外の事態が、私たちに教えてくれていることは何か」「この制約があるからこそ、生まれる新しいアイデアはないか」と問いかける時間を持ちます。

個人のレベルでは、日々の業務で起きた小さな「想定外」をメモしておき、それらが新しいチャンスにつながる可能性はないか、と思考を巡らせる習慣も有効でしょう。

「飛行機の中のパイロットの原則」は、日々の意識の向け方に関わります。私たちはつい、自分ではコントロールできない外部環境(景気の動向、競合他社の戦略、上層部の決定など)について考え、悩み、時間を費やしてしまいます。この原則は、そうした予測不能な要素に心を奪われるのではなく、自分が直接的に働きかけることができる範囲、すなわち「今日の自分の行動」「目の前の同僚との対話」「今から始められる小さな実験」に集中することの重要性を教えてくれます。

会議の場で、未来を憂う議論が続いたら、「では、この場でいる私たちだけで、来週までに何ができますか」と、コントロール可能なアクションへと議論を引き戻す役割を担うことも、この原則の実践と言えます。

おわりに

本講演では、不確実な時代を乗りこなすための思考法「エフェクチュエーション」について、その基本的な考え方から、学術研究によって明らかにされた有効性、そして組織や個人が実践するためのヒントまでを概観してきました。未来を正確に予測し、緻密な計画を立てるコーゼーションのアプローチが、多くの場面で有効であることは間違いありません。

しかし、それだけが唯一の正解ではないのです。予測が困難な状況においては、手持ちの資源から出発し、他者との共創を通じて自ら未来を形作っていくエフェクチュエーションのアプローチが、新たな道を切り拓く力となります。予測不能な時代を生き抜く鍵は、未来を正確に「予測」すること以上に、自らの行動で未来を「コントロール」していくという主体的な姿勢にあるのかもしれません。

明日からできる小さな一歩として、まずは「自分は何を持っているか」を自身の知識、スキル、人脈の観点から書き出してみてはいかがでしょうか。そして、計画通りにいかないことが起きたとき、それを「これは何かのチャンスかもしれない」と捉え直してみましょう。

Q&A

Q:経営層や管理職といった立場の人々に、エフェクチュエーションの考え方を学んでほしいと考えています。しかし、彼ら彼女らはコーゼーションに基づいたマネジメントで成功体験を積んできています。こうしたコーゼーションで成功してきた人々に対して、エフェクチュエーションの考え方を、どのように伝えれば効果的に響くでしょうか。

大切なのは、彼ら彼女らがこれまで拠り所にしてきた「予測」という行為を、「無駄だ」と真っ向から否定しないことです。実際のビジネスにおいて、予測や計画は必要です。例えば、外部への事業計画の説明など、予測に基づいた計画が必要な場面は多く存在します。

予測そのものを否定するアプローチは得策ではありません。むしろ、「予測が有効な領域」と同時に、「予測が困難、あるいは不可能な領域」も確実に存在するという事実を改めて認識していただくことが第一歩です。

その上で、予測が通用しない不確実性の高い事態が起きた際のことを考えていただきます。そのような時、経営層や管理職に求められるのは、予測できない未来を嘆くことではなく、「自分たちが今、確実にコントロールできること」に集中することです。

例えば、部下の行動を具体的に支援することや、状況変化に応じてリソース(人員や予算)を再配分すること。これらは、彼ら彼女らが直接的にコントロールできる行動です。

このように、「不確実な状況下においては、コントロール可能なことに集中する」という、彼らの「役割の再定義」として伝えてみてはいかがでしょうか。これはエフェクチュエーションの原則であり、彼ら彼女らの既存の経験を否定せず、新しい状況に対応する別の「モード」として提示することが有効だと考えます。

Q:「飛行機の中のパイロットの原則」についてですが、もし社員が「自分にはコントロールできることなど何もない」という無力感を抱いてしまっている場合、どのように対処すればよいでしょうか。

エフェクチュエーションは、自分が「持っている手段(手中の鳥)」を元に、主体的に行動することを基本とします。しかし、ご質問のように本人が無力感を抱いていては、最初の一歩が踏み出せません。

このような無力感が生じる原因の一つに、「裁量権の欠如」が考えられます。例えば、上司によるマイクロマネジメント下では、部下は「自分は何も決められない」と感じやすくなります。

この場合、有効な対策の一つは、マネージャーが意識的に部下へ「権限委譲」を行うことです。それは大きな決定でなくても構いません。例えば、日々の業務の進め方の手順や、使用するツールの選定といった小さな意思決定を部下に任せていくのです。

これによって、部下は「自分にもコントロールできる領域がある」という感覚を取り戻していきます。自律性のない環境で「コントロールできることを探せ」と言っても無理な話ですので、マネジメント側が自律性を発揮できる環境を整える支援が求められます。

もう一つのアプローチは、社員自身が「自分も資源を持っている」という事実に気づいてもらう支援です。ここでいう資源とは、エフェクチュエーションの原則でいう「手中の鳥」、すなわち「自分は何者か、何を知っているか、誰を知っているか」という要素です。

キャリア面談などを通じて、本人が自身の「手中の鳥」を再発見する手助けをすることが考えられます。自分が持っている資源に気づくことができれば、「これを使えば、何かできるかもしれない」というコントロール感が高まり、無力感の解消につながっていくと考えられます。

Q:本日のお話は、起業家や新規事業の文脈が中心だったように思います。一方で、既存事業の運営や、経理・法務といった管理部門など、日々のルーティン業務(定型業務)が多い職場においても、エフェクチュエーションの考え方を適用することは可能でしょうか。

前提として、ご指摘の通り、日々のルーティン業務、つまり手順やゴールが明確な定型業務においては、計画通りに進める「コーゼーション」のアプローチのほうが適しています。

ただし、既存事業や管理部門の仕事が、すべてルーティン業務で構成されているわけではありません。どのような職場であっても、必ず「ノンルーティン業務」、つまり非定型的なタスクやプロジェクトが発生します。

例えば、管理部門で「新しい労務管理システムを導入する」といったプロジェクトが発生したとします。これはノンルーティン業務であり、そこには「どのシステムが最適か」「現場の反発は起きないか」といった高い不確実性が伴います。

このような不確実性の高い業務においては、エフェクチュエーションの考え方が有効になります。例えば、関係する現場の社員たちをうまく巻き込み、協力を得ていく必要があります。これは「クレイジーキルト」の原則です。

また、「許容可能な損失」の原則も重要です。いきなり全社に大規模導入して失敗すれば損失は甚大です。それよりも、まずは特定部署で小さく試すなど、万が一失敗しても許容できる範囲のリスクで進める方が賢明です。

このように、既存事業や管理部門であっても、不確実性の高いノンルーティン業務に取り組む際には、エフェクチュエーションの思考法が役立つ場面は多くあります。

Q:エフェクチュエーションは、どちらかというとポジティブで行動力のある人に適した思考法のように聞こえました。私のように、どちらかというと慎重で、リスクを避けたいと考える性格の人間でも、実践することは可能でしょうか。

エフェクチュエーションは、むしろ慎重な性格の人にこそ向いている思考法だと私は考えています。

エフェクチュエーションは「ハイリスク・ハイリターン」を狙う思考法ではありません。むしろ逆です。「許容可能な損失」の原則を思い出してください。これは、「どれくらいの利益が期待できるか」から考えるのではなく、「最悪の場合、どれくらいまでなら失っても大丈夫か」という損失の上限をあらかじめ設定する、リスク回避的な考え方です。

壮大な予測にすべてを賭ける、といった進め方とは対極にあります。そうではなく、自分がコントロールできる範囲で小さな一歩を踏み出し、その結果を見ながらまた次の一歩を考える。そうしてコントロールできることを着実に増やしていくアプローチです。

そのため、慎重な人が、大きなリスクを負わずに、着実に物事を前に進めていきたいと考えるときにこそ、エフェクチュエーションは有効な思考法であり、行動の指針となってくれるはずです。

脚注

[1] Sarasvathy, S. D. (2001). Causation and effectuation: Toward a theoretical shift from economic inevitability to entrepreneurial contingency. Academy of Management Review, 26(2), 243-263.

[2] Galkina, T., and Chetty, S. (2015). Effectuation and networking of internationalizing SMEs. Management International Review, 55, 647-676.

[3] Kalinic, I., Sarasvathy, S. D., and Forza, C. (2014). “Expect the unexpected”: Implications of effectual logic on the internationalization process. International Business Review, 23(3), 635-647.

[4] Brettel, M., Mauer, R., Engelen, A., and Kupper, D. (2012). Corporate effectuation: Entrepreneurial action and its impact on R&D project performance. Journal of Business Venturing, 27(2), 167-184.

[5] Laine, I., and Galkina, T. (2017). The interplay of effectuation and causation in decision making: Russian SMEs under institutional uncertainty. International Entrepreneurship and Management Journal, 13, 905-941.

[6] Read, S., Song, M., and Smit, W. (2009). A meta-analytic review of effectuation and venture performance. Journal of Business Venturing, 24(6), 573-587.

[7] Wiltbank, R., Read, S., Dew, N., and Sarasvathy, S. D. (2009). Prediction and control under uncertainty: Outcomes in angel investing. Journal of Business Venturing, 24, 116-133.

[8] Dew, N., Read, S., Sarasvathy, S. D., and Wiltbank, R. (2009). Effectual versus predictive logics in entrepreneurial decision-making: Differences between experts and novices. Journal of Business Venturing, 24, 287-309.

[9] Gabrielsson, J., and Politis, D. (2011). Career motives and entrepreneurial decision-making: Examining preferences for causal and effectual logics in the early stage of new ventures. Small Business Economics, 36(3), 281-298.


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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