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コラム

リーダーの落とし穴:組織を蝕む「倫理なき鼓舞」の正体

コラム

組織を活性化させ、従業員のやる気を引き出し、困難な状況を乗り越える力強いリーダー。多くの人が、そんな理想のリーダー像を思い描くのではないでしょうか。現代の経営学では、このようなリーダーシップを「変革型リーダーシップ」と呼び、そのポジティブな側面が数多く語られてきました。ビジョンを掲げて人々を鼓舞し、一人ひとりの成長を促し、旧来のやり方にとらわれない新しい発想を歓迎する。そうしたリーダーの存在が、組織に革新と成長をもたらすことは、広く知られています。

しかし、もしその輝かしい光の裏に、深い影が潜んでいるとしたら、皆さんはどう思いますか。力強い言葉が、実は人々を恐怖で縛り付けるためのものであったとしたら。組織への熱い想いが、いつしか道を踏み外す行為を正当化する口実になってしまったとしたら。変革型リーダーシップという、一見すると万能薬のように思えるアプローチにも、見過ごされがちな倫理的なリスクが存在するのです。

本コラムでは、変革型リーダーシップがもつ、こうした「ダークサイド」に光を当てていきます。リーダーシップの表面的な魅力や言葉の力強さの裏側で、何が起きうるのか。従業員の心や行動に、どのような歪みを生じさせることがあるのか。具体的な研究知見を追いながら、そのメカニズムを紐解いていきます。まずは、その光と影の両面を理解すること。それが、健全な組織とリーダーシップを考える上での第一歩となるでしょう。

擬似的変革型は恐怖と服従を高め信頼と創造性を損なう

リーダーシップの世界には、「本物」によく似た「偽物」が存在します。変革型リーダーシップも例外ではありません。一見すると、情熱的にビジョンを語り、人々を惹きつける魅力を持っている。しかし、その内実は大きく異なる。「擬似的変革型リーダーシップ」と呼ばれるものがそれです。このリーダーシップが、部下の心にどのような作用を及ぼすのかを検証した一連の研究があります[1]

最初の実験では、大学生を対象に、ある企業が危機に陥ったという架空のシナリオを読ませました。参加者は三つのグループに分けられ、それぞれ異なるタイプの最高経営責任者(CEO)からのメッセージを読みます。一つは、真の変革型リーダーのメッセージです。会社の未来と従業員の幸福を第一に考え、皆で知恵を出し合ってこの危機を乗り越えようと呼びかけます。二つ目は、擬似的変革型リーダーのメッセージです。言葉は同じように力強いのですが、よく読むと、自分の地位や利益を守ることが透けて見え、反対意見を封じ込めるようなニュアンスが含まれています。三つ目は、レッセフェール(放任型)リーダーで、危機に対してほとんど無関心な態度をとります。

メッセージを読んだ後、参加者にリーダーに対する感情や会社の状況について尋ねました。その結果、擬似的変革型リーダーのメッセージを読んだグループは、他のグループに比べて、リーダーに対する「恐怖」や「雇用の不安」を最も強く感じていました。リーダーへの「信頼」「満足」「敬意」といった肯定的な感情は、真の変革型リーダーのグループが最も高く、擬似的変革型リーダーのグループは放任型リーダーのグループと同じくらい低い水準でした。力強い言葉の裏にある自己中心的な動機を、人々は敏感に感じ取り、不安や不信感を抱くことがうかがえます。

二つ目の実験では、より複雑な状況設定が用いられました。古典的な映画『十二人の怒れる男』を参加者に見せ、登場する陪審員たちをリーダーシップの観点から評価してもらうというものです。この映画では、一人の少年の有罪・無罪を巡って、個性的な十二人の陪審員が激しい議論を繰り広げます。参加者は、信念を持って粘り強く議論を導く陪審員(変革型リーダーの典型)、感情的に他者を攻撃し自分の意見を押し通そうとする陪審員(擬似的変革型リーダーの典型)、議論に無関心な陪審員(放任型リーダーの典型)など、複数の人物について評価しました。

ここでも結果は明らかでした。擬似的変革型と見なされた陪審員は、参加者から最も「恐怖」を感じさせ、「服従」を強いる人物だと評価されました。その一方で、「信頼」「満足」「敬意」のスコアは最も低かったのです。このことは、人を力で従わせることと、人から心からの信頼や敬意を得ることは、別の次元にあることを物語っています。

さらに別の実験では、プロの俳優が、これら三つのタイプのリーダーを演じ、学生たちのグループワークを実際に主導しました。リーダーは、グループの創造性を試す課題(大学の教科書を改善するアイデアを出す)を与え、その後の学生たちの反応を観察しました。ここでの擬似的変革型リーダーは、やはり情熱的に語りかけますが、その話の端々に「自分の成功のため」という意図をにじませ、学生からの異なる意見を巧妙に退けます。

結果、擬似的変革型リーダーのグループは、リーダーに対して高い「服従」の態度を示したものの、生み出したアイデアの数は、真の変革型リーダーのグループに比べて著しく少ないという結果になりました。放任型リーダーのグループとも、アイデアの数に差はありませんでした。要するに、見せかけの力強さや鼓舞する言葉は、短期的には人を従わせるかもしれませんが、人々の自発的な思考や創造性を奪ってしまうのです。信頼関係がなければ、人々は安心して新しいアイデアを出したり、建設的な意見を述べたりすることはできません。

変革型は倫理欠如の鼓舞で恐怖と依存を高める

先ほどは、本物とよく似た「偽物」のリーダーが、いかにして組織の健全性を損なうかを見てきました。その見極めが難しいのは、両者とも「人々を鼓舞する力」という共通の外見を持っているからです。では、その違いはどこから生まれるのでしょうか。その分岐点の一つが、リーダーの「倫理観」、すなわち「誰のためにその力を使うのか」という点にあります。倫理観を欠いたまま、言葉の力だけが巧みになるとき、リーダーシップは人々を支配する道具へと変質しかねません。

この「倫理なき鼓舞」がもたらす危険性を探るため、カナダの管理職600名以上を対象とした調査が行われました[2]。調査に参加した管理職たちは、自身の直属の上司について、その言動やリーダーシップのスタイル、自分が上司に対して抱いている感情などを回答しました。

この調査では、リーダーシップを二つの軸で捉えました。一つは「理想化された影響力」です。これは、リーダーが私利私欲を捨て、組織全体の利益や高い倫理観に基づいて行動しているかどうかを示す次元です。もう一つは「鼓舞する力」で、ビジョンを魅力的に語り、部下のやる気を引き出す能力を指します。

この二つの軸を組み合わせることで、リーダーを三つのタイプに分類します。第一に、理想化された影響力も鼓舞する力も高い「真の変革型リーダー」。第二に、理想化された影響力は低い、要するに倫理観や利他性に欠ける一方で、鼓舞する力だけは高い「擬似的変革型リーダー」。第三に、両方とも低い「放任型リーダー」です。

調査の核心は、この「擬似的変革型リーダー」の下で働く部下が、どのような心理状態に陥りやすいかを明らかにすることにありました。分析の結果、理想化された影響力が低い上司のもとで働いている人ほど、そして同時にその上司の鼓舞する力が高い人ほど、五つの否定的な感情を強く抱いていることが分かりました。

一つ目は「リーダーへの恐怖」です。二つ目は、自分の意見を殺してでも従わざるを得ないという「リーダーへの服従」。三つ目は、上司の指示がなければ動けないという「リーダーへの依存」です。四つ目は、上司から侮辱されたり、理不尽な扱いを受けたりしているという「虐待的な監督の認知」。五つ目が、いつ職を失うか分からないという「雇用の不安」です。

この結果は、重要な点を示しています。リーダーの「鼓舞する力」は、それ自体が善でも悪でもないということです。その力が、高い倫理観や組織全体への貢献意識(理想化された影響力)という土台の上で発揮されるとき、部下は安心してついていくことができます。しかし、その土台が欠けている、すなわちリーダーが自己中心的で倫理観に乏しい場合、同じ「鼓舞する力」は、部下を心理的に追い詰め、恐怖で支配し、思考停止の依存状態に陥らせるための凶器となりうるのです。

変革型は組織同一化を通じ不正行為も促す

これまで、リーダー自身の倫理観が欠如している場合に生じるリスクについて見てきました。しかし、たとえリーダーが悪意を持たず、純粋に「組織のため」を思って行動していたとしても、そのリーダーシップが意図せずして部下を非倫理的な行動へと導いてしまうという可能性もあります。組織への強い一体感が、かえって不正行為の引き金になるという、リーダーシップの逆説的な側面が存在します。

この複雑なメカニズムを解明するため、ドイツの一般就業者を対象とした二つの調査研究が行われました[3]。これらの調査は、同じ参加者に約一ヶ月の間隔をあけて三回にわたって回答を求めるという、丁寧な設計が特徴です。これによって、一時的な感情や出来事に左右されない、より安定した関係性を捉えることができます。

最初の調査(T1)では、部下が自分の上司の変革型リーダーシップの度合いを評価します。次の調査(T2)では、部下自身が、自分がどれだけ組織と一体化しているか(組織同一化)、そして個人の倫理的な傾向について回答します。最後の調査(T3)で、部下は「組織の利益になるのであれば、非倫理的な行動をとることにどの程度同意するか」を尋ねられます。ここでいう非倫理的な行動とは、例えば「顧客に対して製品の欠陥を隠す」「競合他社の情報を不正に入手する」といった、いわゆる「非倫理的向組織行動(Unethical Pro-organizational Behavior)」です。

二度にわたる調査の結果、一貫したパターンが確認されました。変革型リーダーシップが強い上司を持つ部下ほど、組織との一体感を強く感じていることが分かりました。リーダーが示す魅力的なビジョンや一人ひとりへの配慮が、部下の「この組織の一員でありたい」という気持ちを高めるのです。ここまでは、変革型リーダーシップのポジティブな側面としてよく知られています。

問題は、その先にあります。組織との一体感を強く感じている部下ほど、「会社のためなら」と非倫理的な行動に手を染めることへの抵抗感が低くなるという関係が見出されたのです。そして、変革型リーダーシップから会社のための不正へと至るこの道のりは、「組織との一体感」を介してつながっていることが証明されました。変革型リーダーは、部下の組織への帰属意識を高めることで、結果的に、組織利益を優先するあまり倫理のタガが外れてしまう状況を生み出していたのです。

しかし、話はもう少し複雑です。誰もが組織と一体化すれば不正に走るわけではありません。そこには、個人の「倫理観」がブレーキとして働くことが、この研究で明らかにされています。

最初の調査では、個人の非倫理的な傾向が強い人(マキャベリアニズム的な傾向を持つ人)に焦点を当てました。その結果、このような人々は、組織との一体感が高まると、会社のための不正に走りやすいことが分かりました。一方で、二つ目の調査では、個人の公正さを重んじる傾向が強い人(HEXACO性格検査における公正性のスコアが高い人)に焦点を当てました。すると、このような人々は、たとえ組織との一体感が高くても、それが不正行為に結びつくことはなく、むしろ倫理的な行動規範を維持する傾向が見られました。

変革型は高水準で不正を抑えるが中程度では不正を促す

組織への一体感が、時として「会社のための不正」につながる可能性があるとすれば、変革型リーダーシップは常に危険と隣り合わせなのでしょうか。実は、そのリーダーシップの「発揮される度合い」によって、結果が変わることが分かってきました。中途半端なリーダーシップはかえってリスクを高め、卓越したレベルに達して初めて、そのリスクを乗り越えられるという、非線形の関係が存在するのです。

この現象は、韓国の公務員4,000名以上を対象とした調査によって明らかにされました[4]。公務員組織は、階層構造が明確で、規則や規範が重視されるという特徴があり、リーダーシップが倫理的な行動にどう結びつくかを調べる上で、示唆に富む環境です。

この調査では、変革型リーダーシップと、目標達成のために数値を操作したり、都合の悪い情報を隠したりするといった「組織のための不道徳行動」との関係が分析されました。分析の結果、両者の関係は、単純な直線関係ではないことが判明しました。それは、「逆U字」とも呼ばれるカーブを描いていました。

具体的には、変革型リーダーシップのレベルが低い状態から中程度のレベルへと上がっていくにつれて、部下の不道徳な行動は、抑制されるどころか、むしろ増加していくという結果が出ました。しかし、リーダーシップのレベルがさらに高まり、卓越した域に達すると、今度は不道徳な行動が減少に転じました。

なぜ、このような一見すると矛盾した結果になるのでしょうか。研究者たちは、そのメカニズムを次のように考察しています。

変革型リーダーシップが中程度のレベルで発揮される段階では、部下の「組織へのコミットメント」や「リーダーに応えたい」という気持ちが先行します。リーダーが示すビジョンに共感し、組織の一員として貢献したいという思いが強まるものの、そのビジョンを支えるべき倫理的な基盤や、何が許されて何が許されないのかという規範が、まだ組織内に十分に浸透していない状態です。この段階では、「組織のため」「リーダーのため」という気持ちが空回りし、目標達成を優先するあまり、手段を選ばない不道徳な行動が誘発されやすくなるのではないか、と考えられます。

それに対して、変革型リーダーシップが非常に高いレベルで発揮されると、状況は変わります。卓越したリーダーは、魅力的なビジョンを語るだけでなく、そのビジョンがどのような公共の価値や倫理観に基づいているのかを、部下との対話を通じて共有します。組織内には、単なる目標達成への圧力ではなく、相互の信頼に基づいたオープンなコミュニケーションの文化が育まれます。このような環境では、部下は目先の成果にとらわれず、より高い視点から自らの行動を律することができるようになります。結果、組織のための不道徳行動は抑制されるのです。

脚注

[1] Christie, A., Barling, J., and Turner, N. (2011). Pseudo-transformational leadership: Model specification and outcomes. Journal of Applied Social Psychology, 41(12), 2943-2984.

[2] Barling, J., Christie, A., and Turner, N. (2008). Pseudo-transformational leadership: Towards the development and test of a model. Journal of Business Ethics, 81(4), 851-861.

[3] Effelsberg, D., Solga, M., and Gurt, J. (2014). Transformational leadership and follower’s unethical behavior for the benefit of the company: A two-study investigation. Journal of Business Ethics, 120(1), 81-93.

[4] Kim, J., Kang, H., and Lee, K. (2023). Transformational-transactional leadership and unethical pro-organizational behavior in the public sector: Does public service motivation make a difference? Public Management Review, 25(2), 429-458.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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