2025年12月12日
センスギビングとは何か:人と組織の心を動かす「意味づけ」の技術
職場で働く中で、「この仕事は一体何のためにやっているのだろう」「上司の方針にどうも納得がいかない」と感じた経験はないでしょうか。日々の業務に追われる中で、私たちは時折、自分の仕事の意味や目的を見失いそうになることがあります。組織が大きな変革に直面している時や、困難な課題に取り組んでいる時であれば、なおさらです。こうした状況で、上司やリーダーから発せられる言葉が、私たちの心にすっと落ち、目の前の霧が晴れるように進むべき道筋を照らしてくれたとしたら、仕事への向き合い方は変わるかもしれません。
組織の中で、リーダーが部下やメンバーの物事の解釈を方向づけようとする働きかけは「センスギビング」と呼ばれます。これは、一方的に指示や命令を伝えることとは少し異なります。ビジョンや方針の背景にある想いや文脈を語り、人々の心の中にあるバラバラな認識を、ある一つのまとまりのある理解へと導いていく、繊細で知的な営みです。
本コラムでは、センスギビングが私たちの働く現場でどのように機能しているのかを、三つの異なる角度から光を当てて探求していきます。
一つ目は、大きな企業変革の場面です。リーダーの言葉が、どのように従業員の自発的な意味づけを引き出していくのかを見ていきます。二つ目は、軍隊という特殊な環境です。そこでは、矛盾した要求に直面する兵士たちを支えるために、センスギビングが用いられます。三つ目は、私たちの身近な職場にも通じる、成功している工場の日常です。そこでは、日々の何気ない言動の積み重ねが、組織の空気を形づくっています。
これらの検討を通じて、センスギビングという営みが、特別な場面だけでなく、私たちの日常業務の中に息づいており、組織を動かす力となっていることを感じていただければ幸いです。
センスギビングは社員の自発的意味づけを促す
組織が大きな変化の波に直面したとき、経営層から発せられるメッセージは、従業員の心を一つにし、前進するための原動力となり得ます。しかし、その言葉はどのように現場の一人ひとりに届き、行動へと結びついていくのでしょうか。欧州に拠点を置く多国籍製造業の事例が、その過程を解き明かしてくれます[1]。
この企業では、外部から就任した新しい社長が、グローバルでの連携強化や顧客志向への転換を柱とする、大規模な戦略改革を打ち出しました。当時、会社は深刻な経営危機にあったわけではなかったため、まずは従業員に対して「なぜ今、変わらなければならないのか」という変革の必要性を理解してもらうことが、最初の大きな課題となりました。
この課題に取り組むため、社長は4年以上にわたり、全社員に向けて41通もの手紙を書き続けました。この手紙の内容と、それを受け取った管理職や現場従業員の語りを詳細に分析した調査が行われました。分析の焦点は、社長がどのような「言葉の形式」を用いて変革の意味を伝えようとしたのか、そしてその言葉が組織の各階層でどのように受け止められ、解釈されていったのかという点に置かれました。
調査では、言葉の働きかけが二つの形式に分類されました。一つは「フレーミング」です。これは、キーワードや比喩、スローガンなどを用いて、物事を捉えるための解釈の「枠組み」を提供するものです。例えば、「必勝戦(must-win battle)」といった象徴的な言葉で変革の性格を端的に表現したり、「我々は」といった言葉で一体感を醸成したり、あるいは「収益性」といったビジネス用語で合理的な判断を促したりするものが含まれます。
もう一つは「ナラティブ」です。これは、出来事を時間的な順序で語る「物語」の形式です。例えば、「我々は次に取り組むべきだ」と具体的な行動の連鎖を語るものや、「過去はこうだった。しかし未来はこうあるべきだ」と対比を用いて変化の方向性を語るものがありました。
分析の結果、変革の段階に応じて、これらの言語形式が使い分けられていたことが分かりました。変革の初期、すなわち変革の理由を説明し、正当化する段階では、「必勝戦」という象徴的なフレーミングが強く機能しました。この一言が、複雑で多岐にわたる新戦略を、誰もが共有できる「戦うべき五つの領域」というイメージに結晶化させたのです。この力強いフレーミングは、従業員の一体感を促す言葉や、競争の厳しさを訴える言葉を内包する、大きな「器」のような働きをしました。
変革を実行していく段階になると、ナラティブの力が発揮され始めます。「我々は次にこれをしなければならない」といった、具体的な行動を促す物語が繰り返し語られ、従業員が進むべき道のりを具体的に描きました。同時に、「状況は良くなっている。しかし、ここで満足してはならない」といった対比の物語が、気の緩みや現状維持の空気が生まれるのを防ぎ、変革の勢いを維持する装置として機能しました。
ここからが、この事例の奥深いところです。社長が発した言葉は、そのままの形で組織の末端まで浸透したわけではありませんでした。むしろ、言葉の「形式」だけが伝わり、その「中身」は、それぞれの現場の文脈に合わせて従業員自身によって柔軟に差し替えられていたのです。
例えば、社長はグローバルな市場競争の厳しさを訴えましたが、現場の従業員の語りの中では、その部分はあまり再現されませんでした。その代わり、「対比の物語」という形式だけが受け継がれ、「昔の我々の工場は内向きだった。しかし、これからは顧客の方を向かなければならない」というように、自分たちの職場事情に合わせた内容に置き換えられて語られていました。
この現象は、センスギビングが、上から下へ一方的に意味を押し付ける行為ではないことを教えてくれます。優れたセンスギビングは、従業員が自らの頭で考え、自分たちの言葉で現状を意味づけるための「思考の道具」や「対話の型」を提供する営みなのかもしれません。社長が提供した「対比」という物語の型は、変革を支持する文脈だけでなく、「理想は語られたが、現場の現実はこうだ」といった、異議や懸念を表明するためにも使われました。型そのものに柔軟性があったからこそ、組織内の多様なコミュニティに広まっていったと考えられます。
このように、意味づけの「かたち」を与えることで、従業員の自発的な解釈と対話を促し、組織全体の大きなうねりを生み出していったのです。
センスギビングは抑制行動を支える実践知を生む
前に進むための変革を促す言葉がある一方で、時には「行動を控える」という、より繊細な判断を促す言葉も必要とされます。特に、その組織が本来持つ目的とは逆の行動が求められる場合、現場の混乱は大きくなります。軍隊という組織は、その典型例と言えるかもしれません。本来、任務達成のために武力を行使することが想定されている組織が、治安維持活動などでは、逆に「抑制的な行動」を強く求められるからです。この矛盾した状況下で、現場の兵士たちはどのようにして自らの行動を律しているのでしょうか。
イスラエル国防軍のある部隊を対象とした調査が、この問いに答える手がかりをくれます[2]。この調査は、ヨルダン川西岸という緊張度の高い地域で活動する指揮官や兵士たちへのインタビューを通じて、現場の指揮官が部下に対して日々どのような働きかけを行い、抑制的な行動を促しているのかを明らかにしようと試みました。
調査から見えてきたのは、抑制に関するセンスギビングが、特定の「きっかけ」に応じて行われているという事実でした。きっかけは大きく二つに分類されます。一つは「遂行トリガー」と呼ばれるものです。これは、兵士が「この具体的な状況で、どう振る舞うべきかが分からない」という知識や手順の不足に直面したときに生じます。もう一つは「緊張緩和トリガー」です。これは、「何をすべきかは分かっているが、なぜそうしなければならないのか、感情的に納得できない」という、方針への理解や正当性の欠如から生じるものです。
指揮官たちは、これらの異なるトリガーに応じて、六つの異なるセンスギビングの戦略を使い分けていました。
「遂行トリガー」に対しては、主に行動レベルでの理解を促す戦略が用いられます。例えば、日々のブリーフィングで過去の事例や仮想のシナリオを用いて、ある状況でどのような行動が期待されるかを物語る「具体化・詳述」。あるいは、許可される行動と禁止される行動の境界線を繰り返し伝える「反復強調」。抑制的な行動ができない兵士を重要な任務から外すといった「制裁・選抜の活用」です。
一方、「緊張緩和トリガー」に対しては、納得感を醸成するための戦略が中心となります。例えば、抑制的な行動が、長期的に見ていかに自分たちの利益になるか(例えば、敵にプロパガンダの材料をあたえない)、あるいは自分たちの道徳的価値観(例えば、人間の尊厳を守る)と一致するかを物語として語る「正当化の物語化」。また、抑制を強いられることで生じる兵士の不満や恐怖といった感情を、罰することなく対話の中で受け止める「感情の承認」です。
これら六つの戦略の中で、唯一、両方のトリガーにまたがって機能するものがありました。それは「模範提示」です。指揮官が、実際の現場で自ら抑制的に振る舞い、冷静な状況判断や感情のコントロール、段階的な対応の「手本」を見せることです。この行動は、部下にとって具体的な行動の指針になると同時に、方針の正当性を体現するものとして映ります。
こうした指揮官による日々の働きかけの積み重ねは、兵士たちの心の中に、複雑な状況で判断を下すための実践的な知恵、一種の「行動の指針」を形づくっていきます。調査では、兵士たちの語りから、いくつかの共通した指針が抽出されました。例えば、「やるべきこと」としては、「即座に反応せず、一呼吸置く」「より広い文脈で状況を読む」「致死性の低い手段から試す」といったものがありました。逆に「やってはならないこと」としては、「事態をエスカレートさせない」「メディアが喜ぶような絵を作らない」といったものが挙げられました。
この一連のプロセスは、一方通行ではありません。現場で行動した結果、新たな疑問(遂行トリガー)や不満(緊張緩和トリガー)が生まれ、それが再び指揮官によるセンスギビングを促すという、循環的な関係にあります。抑制という難しい規範は、一度の通達で身につくものではなく、現場での経験と、それに応じた対話の繰り返しの中で、少しずつ兵士たちの血肉となっていくのです。
この事例は、矛盾をはらむ方針を現場に浸透させるためには、「何をすべきか」という行動レベルの指導と、「なぜそうすべきか」という納得感を促す働きかけの両方が、状況に応じて粘り強く繰り返される必要があることを教えてくれます。
日常のセンスギビングが工場の成功を支える
組織の変革期や、矛盾を抱えた困難な状況だけでなく、センスギビングは、もっと穏やかで、日々の業務の中にも息づいています。優れた業績を上げ続けている組織の日常を丹念に観察すると、そこにはリーダーによる地道な意味づけの営みが隠されていることがあります。
ある調査では、外部から高い評価を受けている米国の製造工場11カ所を取り上げ、その工場を率いるマネジャーたちが日常的に何をしているのかを、インタビューや現場観察を通じて探りました[3]。この調査の興味深い点は、何か特別な出来事があった時ではなく、彼らの「普段の姿」に光を当てたところにあります。
調査の結果、成功している工場のマネジャーたちには、共通して大切にしている四つの中核的な価値観があることが分かりました。それは、「人を大切にする」「開かれている」「前向きである」「コミュニティの一員である」という四つです。しかし、彼らが優れていたのは、これらの価値観を立派な言葉で語ること以上に、日々のささやかな行動を通じて、それらを一貫して体現し続けていた点にありました。
例えば、「人を大切にする」という価値は、従業員の誕生日カードに手書きのメッセージを添えたり、夜勤で働く従業員のために自動販売機の品切れがないか気にかけたり、工場の食堂やトイレが常に清潔に保たれるよう配慮したり、といった行動に表れていました。従業員を、単に作業をこなす「手」としてではなく、知恵や工夫を生み出す「頭」を持つ存在として尊重し、その成長を支援する姿勢が、言動の端々から伝わってきました。
「開かれている」という価値は、マネジャーが日課として行う「現場歩き」によく表れています。彼らは、部下を伴わずに一人で工場内を歩き、作業中の従業員と目線を合わせて直接対話します。そこで出た意見や要望は必ずメモに取り、後日、何らかの形で対応し、その結果を本人にフィードバックすることを徹底していました。このような地道なやり取りの積み重ねが、風通しの良いコミュニケーションの基盤を築いていました。
マネジャーたちは、自らの言動が職場の雰囲気にどのような影響をあたえるかを自覚しており、「前向きである」ことを常に心がけていました。困難な問題に直面しても、現実を直視しつつ、常に解決策を探る姿勢を崩しません。問題点を指摘する際も、個人を責めるのではなく、皆で改善していくための物語として語り直すことで、職場に楽しさや誇りを醸成しようと努めていました。
そして、彼ら彼女らは工場が地域社会の一部であるという認識を持っていました。「コミュニティの一員である」という価値に基づき、地域のボランティア活動への参加を奨励したり、会社として寄付を行ったりすることを推進していました。工場の存続が地域の雇用を支えているという自負が、従業員に仕事の社会的な意義を感じさせていました。
これらの価値観は、言葉だけでなく、マネジャーの行動そのものが持つ「象徴」としての働きによっても伝えられていました。安全を最優先する工場では、マネジャー自身が誰よりも率先してヘルメットやゴーグルの着用を徹底します。清潔な職場文化を根づかせたいと考えるマネジャーは、工場内を歩きながら自らゴミを拾います。これらの行動は、機能的な意味を持つと同時に、「私はこの価値を本気で大切にしている」というメッセージを発信するのです。
この調査は、一連のプロセスを次のように整理しています。まず、マネジャーが四つの中核的な価値を、日々の言動や象徴的な行為を通じて一貫して示し続けます。この「日常のセンスギビング」が、従業員の心の中に、会社への信頼感や方針への納得感、仕事への意欲といった「感情的な成果」を育みます。このポジティブな感情的基盤が、最終的に高い生産性や品質といった「実質的な成果」へと結びついていく、という道筋です。
優れたリーダーシップとは、何か特別なことを成し遂げることだけを指すのではないのかもしれません。大切にしたい価値観を、日々の地道な言動の繰り返しによって体現し続けること。その営みの中に、組織の文化を形づくり、人を動かす力が宿っています。
脚注
[1] Logemann, M., Piekkari, R., and Cornelissen, J. (2019). The sense of it all: Framing and narratives in sensegiving about a strategic change. Long Range Planning, 52(5), 101852.
[2] Benbenisty, Y., and Luria, G. (2021). The restrained unit: A case study on everyday sensegiving to a use-of-force policy calling for restraint. Military Psychology, 33(4), 264-276.
[3] Smith, A. D., Plowman, D. A., and Duchon, D. (2010). Everyday sensegiving: A closer look at successful plant managers. The Journal of Applied Behavioral Science, 46(2), 220-244.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『組織内の“見えない問題”を言語化する 人事・HRフレームワーク大全』、『イノベーションを生み出すチームの作り方 成功するリーダーが「コンパッション」を取り入れる理由』(ともにすばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

